テーマ:GBIニュース

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja【テンバガプラ・リポート】(3)

【フリーポート見学記(3)】(1999.5.29) 昼食をとろうと車でオフィス棟へと向かう途中、労働者住宅区(アパート)を通り過ぎた。ちょうどお昼時。工場で働く地元出身者でごった返している。わずかながら白人の姿も見られた。『ライラ、ここでは車から降りるなよ。ここテンガパプラには女性がほとんどいないから、ワニみ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja【テンバガプラ・リポート】(2)

【フリーポート見学記(2)】(1999.5.5) ティミカ市内を一日見学し、翌朝はいよいよフリーポート社の銅鉱山と工場へと案内してもらえることになった。案内してくれるのは同社のCommunity Affairs部門で働く、アンボン出身のヤピー(Yappy Uneputty)さん。30歳、独身。英語が堪能という…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja【テンバガプラ・リポート】(1)

【テンバガプラ・リポート】(1) テンバガプラとは(前書きに代えて:インドネシア文化宮) ジャカルタを夜21:00に発ち、翌朝08:00(ジャカルタ時間の06:00)、つまり9時間かかってようやく到着する、インドネシア最東端のイリアンジャヤ州の州都ジャヤプラ。人口およそ200万人。人口の半分は、1960年代…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja ティオム村物語: 埋葬

【ティオム村物語(4)埋葬】 『私の村には病院もないし、薬だって手に入れにくいから、ほんのちょっとした病気でも人が死んでしまうの。おそらく平均寿命は50-60歳ぐらいかな』とデピナ。 人が亡くなると、ティオム村では火葬が行われる。キリスト教の影響だ。そして葬式に欠かせないものは、やはり豚だ。…
トラックバック:5
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja ティオム村物語:死

【ティオム村物語(3)死】 キリスト教が、村の生活と村人の精神生活を急激に変えたとは言え、イリアンジャヤの中央高地に暮らす人々にとって、古来の慣習や伝統はいまだに大きな存在となっている。 例えば人の死。宣教師の教えによって、人間の死が『神に召されたもの』であり、『寿命』であり、『病気が原因』…
トラックバック:6
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja ティオム村物語:出産

【ティオム村物語(2)出産】 病院がないティオム村。大病の場合は、一日費やしてジャヤウイジャヤ県の県都であるワメナまで降りてくる。ここならば、公立病院やミッショナリーのクリニックがある。しかし、妊娠は病気ではない(確かに!)。そこでティオム村の女たちは、自分自身で出産に備えなければならない。 …
トラックバック:7
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irjaティオム村物語:ダニ族の恋人たち

【ティオム村物語(1)ダニ族の恋人たち】 イリアンジャヤ州の玄関口であるセンタニ空港から双発プロペラ機フォッカー27型でおよそ45分。中央高地の玄関口にあたるワメナに到着する。標高はおおよそ1500メートル。赤道直下とはいえ、朝夕は震え上がるほどの寒さだ。ワメナから車と徒歩で丸一日、ワメナ盆地西方…
トラックバック:8
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja アメリカ兵遺骨返還式

アメリカ兵遺骨返還式:第二次世界大戦時の米兵の遺骨がインドネシアより返還される(1999/1/25) 戦後半世紀以上が経過しても、ここイリアンジャヤ州(旧オランダ領西部ニューギニア。日本も3年以上にわたって軍事占領したことがある)のいたるところで太平洋戦争の痕跡に出会うことができる。ビアク島やサル…
トラックバック:9
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja 隣のイリアン・ボーイ

隣のイリアン・ボーイ(1999/1/22) 私が友人と暮らす家は、州都ジャヤプラのポリマック地区にある。隣近所の家は大半が、外来のインドネシア人が“Putra Daerah(地元民)”と呼ぶ地元出身のイリアン人。そんなわけで前の通りは、いつでもイリアン人でいっぱい。ジャヤプラで唯一の日本国籍保持者…
トラックバック:10
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irjaイリアンジャヤ98年主要ニュース

イリアンジャヤ98年主要ニュース(1998/12/31) 地元紙『チェンドラワシ・ポスト』に見る、1998年イリアンジャヤ州の主な出来事 ニューギニア島並びにオセアニア最高峰のジャヤ峰(4,884m)。 みなさん、明けましておめでとうございます。私の暮らすインドネシア最東…
トラックバック:11
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja 祈祷を受けに帰郷(パート2)

ルームメート、祈祷を受けに帰郷(パート2)(1998/12/31)  12月12日土曜日。軍の飛行機、ヘラキュレスでセンタニ空港から中央高地のワメナへ飛び立ったデピナ。目的は故郷のティオム村に住む両親に会い、先祖の“祟り(たたり)”と言われる自分の病気をお祓いしてもらうこと。 二つの黒いビニ…
トラックバック:12
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja 祈祷を受けに帰郷(パート1)

ルームメート、祈祷を受けに帰郷(パート1) 去る7月ぐらいから、ずっと体の不調を訴えていたルームメートのデピナ。何度も州都ジャヤプラの診療所へ通い、色々な薬をもらった。少し回復し、それで良くなったものと思い、山の畑に出かけると、また再発の繰り返し。ある時、何も告げずに突然“失跡”。およそ一ヶ月間な…
トラックバック:13
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja コテカ:中央高地のペニスケース

コテカ:中央高地人のペニスケース イリアンジャヤ州の中央山岳地帯に暮らす、ダニ(Dani)族やヤリ(Yali)族と呼ばれる 人々。1970年頃までは、多くの男性たちが「コテカ(Koteka)」をつけていた。コテカと はウリ科の一種で作った、いわゆるペニスケース。つまり男性の「下着」のことだ。 昔は…
トラックバック:14
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja樹皮絵画アーティスト:イスマイル

幻の樹皮絵画アーティスト:イスマイルさん イリアンジャヤの玄関口・センタニ空港から東へ。州都ジャヤプラ市のちょっと手前に、アベプラという名の町がある。私が通う国立チェンドラワシ(極楽鳥)大学があり、いつも学生でにぎわっている。付近には高校やアカデミーなどもあり、学生の街だ。大学本部校舎の直ぐ隣に、…
トラックバック:15
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja  センタニ湖アセイ島の樹皮絵画

センタニ湖アセイ島の樹皮絵画 イリアンジャヤ州の州都ジャヤプラの西方数十kmの所に、大きな淡水湖センタニ湖がある。昔、日本軍が建設した滑走路が湖畔にあり、今その滑走路がセンタニ空港となっている。湖には何機もの日本軍の戦闘機が沈んでいるともいわれている。湖にはいくつもの小島が点在する。 湖畔の…
トラックバック:16
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja イリアンジャヤの名物料理

イリアンジャヤの名物料理 イリアンジャヤではいったいどんな料理があるのか。バナナやいもや昆虫しかないのではないか、と思う人がいるかもしれない。しかし、州都ジャヤプラにおいては食べ物には全く困らない。取れたての新鮮な海魚の炭火焼きなど、首都ジャカルタでさえ探すのは難しい。パダン料理、ジャワそして中華…
トラックバック:17
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja イリアンジャヤの果物

イリアンジャヤの果物 インドネシアで、イリアンジャヤの州都ジャヤプラにしかないと言われる果物がある。しかも季節限定で、毎年10月から12月まで。名前はこの町で一番のホテルの名と同じ、マトア(Matoa)。3-5センチのまるい実で、色は緑や赤や紫。堅い皮を割ると、中にはライチのような感じの大きな種が…
トラックバック:18
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja 砂金フィーバー

砂金フィーバー 今年三月終わり頃、イリアンジャヤ地方新聞、チェンドラワシポストに大きな見出しの記事が出た。「旧コダムでアガス金見つかる」。ジャヤプラの町中心部からコダム付近を流れるアンペラ川の上流で砂金が出ることが発見され、それが一気に砂金探しの大ブームを引き起こした。 海…
トラックバック:19
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja日本の援助がジャヤプラに届いた!

日本の援助がジャヤプラに届いた! 経済危機に見舞われるインドネシアに対して日本政府が行った緊急援助の品々が、州都ジャヤプラに到着。10月末には、服部公使一行がジャカルタからやってきて、そ の引き渡し式を行いました。以下、その時のスナップ写真です。(1998.10) 対イ援助…
トラックバック:20
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja ジャヤプラの通学事情

ジャヤプラの通学事情 『イリアンジャヤでは、大学への通学は何に乗っていくの?』--友人からよく質問される。自分の車なんて持っていないので、一般交通手段に頼るしかないのだが、ここジャヤプラではその種類は極めて少ない。 日本のような路線バスなんてまだないし、ましてや電車など、この土地の起伏の激しい地…
トラックバック:21
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja ピナンとシリ

ピナンとシリ 州都ジャヤプラの町を歩いていると、道路のところどころに赤い血のようなものが吐き捨ててあるのに気が付く。よくよく観察すると、口を真っ赤にしてくちゃくちゃ何かを噛んでいる人がたくさんいる。そして時々所構わず、その赤いものをぺっと吐き出し、またくちゃくちゃ。これは一体何なんだろうか。 {…
トラックバック:22
コメント:0

続きを読むread more

再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja 家族紹介(98年11月5日)

『安田和彦の沖縄マタハリ物語』シリーズに次ぐ、インドネシア文化宮(GBI)ホームページから消えたストーリーの「再録」は、『ライラのイリアンジャヤだより』です。これは、今からおよそ16年前に、その当時イリアンジャヤ(Irian Jaya)と呼ばれていた、インドネシア最東端に位置する、現パプア州(Pro…
トラックバック:23
コメント:0

続きを読むread more

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ウンガミのバーリー』(1999.9.13)

【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ウンガミのバーリー』(1999.9.13) 8月27日金曜日、私は、大宜味村(おおぎみそん)塩屋(しおや)に、「塩屋のウンガミ」の御願(ウグァン)バーリーを見に行った。 ウンガミ(海神、所によってはウンジャミとも)とは、沖縄本島北部のいくつか…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 芭蕉布:東南アジアと沖縄を結ぶイカットの道』(99.8.22)

【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『芭蕉布:東南アジアと沖縄を結ぶイカットの道』(1999.8.22) 旧盆を間近にした8月20日、私は、名護市から国道58号を北上し、大宜味村(おおぎみそん)喜如嘉(きじょか)の芭蕉布会館を訪ねた。 芭蕉布とは、糸芭蕉から繊維を採り出し、細く裂…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『イノーとスク漁』(1999.7.28)

【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『イノーとスク漁』(1999.7.28) 六月一日(新暦では7月13日)の朝、私は、名護市東海岸の嘉陽(かよう)区に仲村悦二(なかむらえつじ)氏(上の写真)を訪ねた。嘉陽区は約60世帯に120人ほどが住む小さな字(あざ)で、そ…
トラックバック:4
コメント:0

続きを読むread more

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『南来流&キジムナー』(1999.6.27)

【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『南来流(なんくる)&キジムナー(木の聖霊)』(1999.6.27) 名護市内北部の為又(びーまた)区、本部(もとぶ)町へ通じる県道116号線沿いに、ガーデンカフェ南来流(なんくる)という喫茶店がある。私も2年前のオ―プン以来しばしばコーヒーを飲…
トラックバック:3
コメント:0

続きを読むread more

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ナゴンチュとピトゥ』(1999.6.5)

【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ナゴンチュとピトゥ』(1999.6.5) 名護に来て間もない頃、「安田さん、もうピトゥは食べました?名護はピトゥが有名ですからね。」と言われたことがあるのだが、ピトゥとは、クジラの一種の、体長5~6メートルのゴンドウクジラ、または体長2~3メー…
トラックバック:5
コメント:0

続きを読むread more

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『沖縄・カンビン・インドネシア』(1999.5.25)

【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『沖縄・カンビン(山羊)・インドネシア』(1999.5.25) 島袋氏にお会いしお話を伺いたいと思ったきっかけは、氏が書かれた「沖縄の豚と山羊」(1989年、ひるぎ社)という本を読んだことである。名桜大学で山原(やんばると読み、沖縄県本島北部を指…
トラックバック:5
コメント:0

続きを読むread more

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『うちなータイム』(1999.5.14) 

【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『うちなータイム』(1999.5.14) 日常生活の中で沖縄とインドネシアで共通していると思うことの一つに、時間の感じ方がある。沖縄では「うちなータイム」といい、インドネシアでは"Jam karet"(ゴムの時間、伸び縮み自由な時間)というもので…
トラックバック:6
コメント:0

続きを読むread more