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みんなの「展示会のお知らせ」ブログ

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スマトラ島沖大地震(アチェ津波)10周年報道写真 Tsunami Aceh 10 thn(2)
スマトラ島沖大地震(アチェ津波)10周年報道写真 Tsunami Aceh 10 thn(2) 歳月はまさに光陰矢の如しか。あの、およそ23万人もの犠牲者を記録したスマトラ島沖大地震(アチェ津波)から、間もなく10年が経過する。2004年12月26日、現地時間で午前8時直前に起きた巨大地震、そして空前絶後の大津波。 ...続きを見る

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2014/11/20 00:00
スマトラ島沖大地震(アチェ津波)10周年報道写真 Tsunami Aceh 10 thn
スマトラ島沖大地震(アチェ津波)10周年報道写真 Tsunami Aceh 10 thn 歳月はまさに光陰矢の如しか。あの、およそ23万人もの犠牲者を記録したスマトラ島沖大地震(アチェ津波)から、間もなく10年が経過する。2004年12月26日、現地時間で午前8時直前に起きた巨大地震、そして空前絶後の大津波。 ...続きを見る

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2014/11/19 00:00
女性画家ニケン展から一年(2) 近況報告。Niken Larasati makin aktif
女性画家ニケン展から一年(2) 近況報告。Niken Larasati  makin aktif 良妻賢母と言えば、日本の懐かしい“古語”。インドネシアのジャワ島の古都ジョグジャカルタに暮らす、女性画家のニケン・ララサティ(Niken Larasati)さんは、まさにジャワ島の“良妻賢母”なのだろう。昨年3月、インドネシア文化宮(GBI)で開催された『画家ニケン・ララサティ個展 “ドラナン・アナック(子供の遊びの世界)”(Pameran Tunggal Pelukis Niken Larasati, Dunia Dolanan Anak)』。 ...続きを見る

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2013/06/19 00:00
女性画家ニケン展から一年。近況報告。Niken Larasati makin aktif
女性画家ニケン展から一年。近況報告。Niken Larasati makin aktif 昨年(2012)3月〜6月、インドネシア文化宮(GBI)は、古都ジョグジャカルタ在住の女性画家ニケン・ララサティ(Niken Larasati)さんを招聘して、『画家ニケン・ララサティ個展 “ドラナン・アナック(子供の遊びの世界)”(Pameran Tunggal Pelukis Niken Larasati, Dunia Dolanan Anak)』を実施した。あれから一年。ニケン女史から近況報告が届いた。 ...続きを見る

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2013/06/18 00:00
再録『GBIニュース』2000.9.920 GBI主催『パプア芸術展』10月20日ジャカルタ開催
再録『GBIニュース』2000.9.920 GBI主催『パプア芸術展』10月20日ジャカルタ開催 大川誠一のGBIニュース(2000年9月20日)(Berita GBI: 20 Sept. .2000) 【パプア芸術】 GBI主催『パプア芸術展』が10月20日、ジャカルタでオープン 『今こそパプアの心を知ろう!』と画家のハルディ氏 GBIニュース(2000.7.17号参照)で既報だが、インドネシア文化宮(GBI)では,“パプアからジャカルタへ!”をテーマに、首都ジャカルタで『パプア芸術展』を企画してきました。 秘境の彫刻家ハルク氏の最新作「ミイラ像」 ...続きを見る

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2013/05/10 00:00
再録『GBIニュース』2000.7.17【パプア芸術】GBI主催パプア展 Papua JKT
再録『GBIニュース』2000.7.17【パプア芸術】GBI主催パプア展 Papua JKT 大川誠一のGBIニュース(2000年7月17日)(Berita GBI: 17 Juli .2000) 【パプア芸術】 パプアからジャカルタへ!これがパプア芸術だ! 首都ジャカルタで、パプアの彫刻家ハルク氏&樹皮画家アグス氏作品展をGBIが主催 ...続きを見る

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2013/04/24 00:00
再録『GBIニュース』2000.3.31 【画家ダルマジ展】 『素晴らしい多様性の世界へどうぞ』
再録『GBIニュース』2000.3.31 【画家ダルマジ展】 『素晴らしい多様性の世界へどうぞ』 大川誠一のGBIニュース(2000年3月31日)(Berita GBI: 31 Mar.2000) 【画家ダルマジ展】 『素晴らしい多様性の世界へどうぞ』 GBIインドネシア画家シリーズ第二弾スタート 3月31日早朝、インドネシア文化宮(GBI)が全面的に応援した映画『パチンコ』を撮り終えたハリー・スハルヤディ監督が、成田空港から逃げるようにジャカルタへと慌しく旅立ったその日、GBIは新たな客人を迎えた。画家にして、"良きナショナリスト"を名乗るダルマジ・サティマン(Darmadj... ...続きを見る

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2013/03/23 00:00
木暮
木暮 【参考ブログ】 ...続きを見る

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2012/12/31 00:00
 Loch Ness of Alor Island? アロール島のネッシー? 謎の生物の正体は?
 Loch Ness of Alor Island? アロール島のネッシー? 謎の生物の正体は? インドネシア文化宮(GBI)は去る8月11日から臨時休業。インドネシアへの長期出張に伴う措置です。このため7月14日からスタートした展示会『アロールの糸・色彩の世界展・Pameran Warna-Warni Alor』も一時中断中です。ごめんなさい! ...続きを見る

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2012/08/29 00:00
【お知らせ】インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です
【お知らせ】インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です インドネシア文化宮(GBI)では、去る7月14日より『アロールの糸・色彩の世界展・Pameran Warna-Warni Alor 』を実施していますが、インドネシア出張に伴い、来る8月11日(土)から9月末日まで臨時休業とさせていただきます。10月以降の再オープンにつきましては、日時が確定次第、ブログ上でお知らせ致します。 ...続きを見る

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2012/08/06 00:00
【お知らせ】インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です
  【お知らせ】インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です インドネシア文化宮(GBI)では、去る7月14日より『アロールの糸・色彩の世界展・Pameran Warna-Warni Alor 』を実施していますが、インドネシア出張に伴い、来る8月11日(土)から9月末日まで臨時休業とさせていただきます。10月以降の再オープンにつきましては、日時が確定次第、ブログ上でお知らせ致します。 ...続きを見る

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2012/08/05 00:00
【お知らせ】インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です
【お知らせ】インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です インドネシア文化宮(GBI)では、去る7月14日より『アロールの糸・色彩の世界展・Pameran Warna-Warni Alor 』を実施していますが、インドネシア出張に伴い、来る8月11日(土)から9月末日まで臨時休業とさせていただきます。10月以降の再オープンにつきましては、日時が確定次第、ブログ上でお知らせ致します。 ...続きを見る

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2012/08/02 00:00
【お知らせ】インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です
【お知らせ】インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です インドネシア文化宮(GBI)では、去る7月14日より『アロールの糸・色彩の世界展・Pameran Warna-Warni Alor 』を実施していますが、インドネシア出張に伴い、来る8月11日(土)から9月末日まで臨時休業とさせていただきます。10月以降の再オープンにつきましては、日時が確定次第、ブログ上でお知らせ致します。 ...続きを見る

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2012/08/01 00:00
【お知らせ】インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です
【お知らせ】インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です インドネシア文化宮(GBI)では、去る7月14日より『アロールの糸・色彩の世界展・Pameran Warna-Warni Alor 』を実施していますが、インドネシア出張に伴い、来る8月11日(土)から9月末日まで臨時休業とさせていただきます。10月以降の再オープンにつきましては、日時が確定次第、ブログ上でお知らせ致します。 ...続きを見る

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2012/07/30 00:00
【お知らせ】 インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です
【お知らせ】 インドネシア文化宮(GBI)は8月11日より臨時休業です インドネシア文化宮(GBI)では、去る7月14日より『アロールの糸・色彩の世界展・Pameran Warna-Warni Alor 』を実施していますが、インドネシア出張に伴い、来る8月11日(土)から9月末日まで臨時休業とさせていただきます。10月以降の再オープンにつきましては、日時が確定次第、ブログ上でお知らせ致します。 ...続きを見る

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2012/07/27 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』(平良美榮子さん記事再録No.2)
『アロールの糸・色彩の世界展』(平良美榮子さん記事再録No.2) サーバーが消えたために、今では見ることができなくなっているが、インドネシア文化宮(GBI)はその昔、『アロール島事典』の名称で同島を訪れた日本人の手記をまとめて掲載していた。その中のお一人、当時桜美林大学教授で服飾と染色の専門家であった平良美榮子さんが、その『アロール島事典』に「インドネシア・アロール島の天然染料による糸染め」と題する一文を寄せていた。以下、その内容(No.2)を再録する。 ...続きを見る

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2012/07/26 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』(平良美榮子さん記事再録)
『アロールの糸・色彩の世界展』(平良美榮子さん記事再録) サーバーが消えたために、今では見ることができなくなっているが、インドネシア文化宮(GBI)はその昔、『アロール島事典』の名称で同島を訪れた日本人の手記をまとめて掲載していた。その中のお一人、当時桜美林大学教授で服飾と染色の専門家であった平良美榮子さんが、その『アロール島事典』に「インドネシア・アロール島の天然染料による糸染め」と題する一文を寄せていた。以下、その内容を再録する。 ...続きを見る

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2012/07/25 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』(渡辺くにえさん記事再録)
『アロールの糸・色彩の世界展』(渡辺くにえさん記事再録) サーバーが消えたために、今では見ることができなくなっているが、インドネシア文化宮(GBI)はその昔、『アロール島事典』の名称で同島を訪れた日本人の手記をまとめて掲載していた。その中のお一人、当時桜美林大学教授で服飾と染色の専門家であった渡辺くにえさんが、その『アロール島事典』に「インドネシア・アロール島のソンケット」と題する一文を寄せていた。以下、その内容を再録する。 ...続きを見る

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2012/07/22 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』2 天然染色の世界 Pameran Warna-Warni Alor
『アロールの糸・色彩の世界展』2 天然染色の世界 Pameran Warna-Warni Alor インドネシア文化宮(GBI)は、2002年〜2008年の7年間、毎年、NTT(東ヌサトゥンガラ州)アロール県(Kabupaten Alor)政府との共催で“島興し”文化イベントである「アロール・エキスポ(Expo Alor)」を実施しました。その基本理念は、地元の潜在的人材力を掘り起し、伝統文化をベースに据えた、国内外の市場を意識した地場産業の興隆でした。 ...続きを見る

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2012/07/17 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』 天然染色の世界 Pameran Warna-Warni Alor
『アロールの糸・色彩の世界展』 天然染色の世界 Pameran Warna-Warni Alor その昔、人間は樹皮繊維で衣服を作り、やがて綿を紡ぐことで綿糸を生んだ。そして、自然界の中から幾種もの天然色の素材を見つけた。手紡ぎ綿糸と植物染色、いわゆる草木染は、世界各地で独特なテキスタイル文化を発展させた。 ...続きを見る

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2012/07/16 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』今日からDibuka Pameran Warna-Warni Alor
『アロールの糸・色彩の世界展』今日からDibuka Pameran Warna-Warni Alor 天然染料(植物染料)で何種類の色を創りだすことができるのか?インドネシア文化宮(GBI)の呼びかけに応えて、ヌサンタラ(インドネシア群島)の小島にある、小さな村の女性たちが一生懸命、試行錯誤にチャレンジしました。その結果が、今回の展示会『アロールの糸・色彩の世界展(Pameran Warna-Warni Alor)』です。いよいよ今日(2012年7月14日・土曜日)オープニングです。 ...続きを見る

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2012/07/14 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』7月14日から Pameran Warna-Warni Alor
『アロールの糸・色彩の世界展』7月14日から Pameran Warna-Warni Alor 天然染料(植物染料)で何種類の色を創りだすことができるのか?インドネシア文化宮(GBI)の呼びかけに応えて、ヌサンタラ(インドネシア群島)の小島にある、小さな村の女性たちが一生懸命、試行錯誤にチャレンジしました。その結果が、今回の展示会『アロールの糸・色彩の世界展(Pameran Warna-Warni Alor)』です。いよいよ明日(2012年7月14日・土曜日)オープニングです。 ...続きを見る

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2012/07/13 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』マジカル・カラー Pameran Warna-Warni Alor
『アロールの糸・色彩の世界展』マジカル・カラー Pameran Warna-Warni Alor 世界最多の島嶼国インドネシアは、染色の“宝庫”でもある。殊に腰機で織られるイカット(絣)やソンケット(縫取り織り)の多様性で世界的に知られるNTT(東ヌサトゥンガラ州)は、まさにイカット文化の中心地。多くの地域で便利な合成染料などの化学染めが主流となる中、NTT州の小さな島々では、伝統的な自然色染めが頑なに守られている。その代表的な地がアロール県(Kabupaten Alor)だ。 ...続きを見る

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2012/07/12 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展(Pameran Warna-Warni Alor)』7月14日から
『アロールの糸・色彩の世界展(Pameran Warna-Warni Alor)』7月14日から インドネシア文化宮(GBI)は、東ヌサトゥンガラ州アロール県(Kabupaten Alor, Provinsi NTT)と「じゃかるた新聞」との共催で、来る土曜日(2012年7月14日)から『アロールの糸・色彩の世界展(Pameran Warna-Warni Alor)』を開催します。 展示会場の光景 ...続きを見る

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2012/07/09 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』開催のお知らせ Pameran Warna-Warni Alor
『アロールの糸・色彩の世界展』開催のお知らせ Pameran Warna-Warni Alor インドネシア文化宮(GBI)では、東ヌサトゥンガラ州アロール県(Kabupaten Alor, Provnisi NTT)の“自然色”にテーマをあてた展示会を7月中旬より実施します。アロール島&パンタール島から成るアロール県。GBIは、同県政府との共催で2002年〜2008年の7年間連続で、大規模な文化を通じた島興しイベントである「アロール・エキスポ」を県都カラバヒで実施しました。 ...続きを見る

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2012/07/04 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』開催のお知らせ Pameran Warna-Warni Alor
『アロールの糸・色彩の世界展』開催のお知らせ Pameran Warna-Warni Alor インドネシア文化宮(GBI)では、東ヌサトゥンガラ州アロール県(Kabupaten Alor, Provnisi NTT)の“自然色”にテーマをあてた展示会を7月中旬より実施します。アロール島&パンタール島から成るアロール県。GBIは、同県政府との共催で2002年〜2008年の7年間連続で、大規模な文化を通じた島興しイベントである「アロール・エキスポ」を県都カラバヒで実施しました。 ...続きを見る

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2012/07/03 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』開催のお知らせ Pameran Warna-Warni Alor
『アロールの糸・色彩の世界展』開催のお知らせ Pameran Warna-Warni Alor すでに何度かお知らせしましたが、東ヌサトゥンガラ州アロール県(Kabupaten Alor, Provnisi NTT)の“自然色”にテーマをあてた展示会を7月中旬より実施します。アロール島&パンタール島から成るアロール県。インドネシア文化宮(GBI)は、同県政府との共催で2002年〜2008年の7年間連続で、大規模な文化を通じた島興しイベントである「アロール・エキスポ」を実施しました。 ...続きを見る

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2012/06/28 00:00
女性画家ニケン個展あと一週間 Pameran Pelukis Niken Larasati
女性画家ニケン個展あと一週間 Pameran Pelukis Niken Larasati 去る3月17日から開催中の『画家ニケン・ララサティ個展:“ドラナン・アナック(子供の遊びの世界)”Pameran Tunggal Pelukis Niken Larasati, Dunia Dolanan Anak』があと一週間で終了予定です。ニケンさんは帰国後、精力的に新たな創作活動に励んでいます。バリ島や首都ジャカルタでの個展・グループ展が計画されているそうです。 ...続きを見る

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2012/06/11 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』開催予定 Pameran Warna-Warni Alor
『アロールの糸・色彩の世界展』開催予定 Pameran Warna-Warni Alor 去る3月17日に始まった絵画展『画家ニケン・ララサティ個展 “ドラナン・アナック(子供の遊びの世界)”:Pameran Tunggal Pelukis Niken Larasati, Dunia Dolanan Anak』は、6月16日を最終日に予定しています。古都ジョグジャカルタ在住の女性画家が描く、今や消滅の危機に瀕している“ドラナン”。日本の、その昔の子供たちの遊び方と驚くほど酷似しています。ご鑑賞お待ちしています。 ...続きを見る

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2012/06/05 00:00
女性画家ニケン個展あと二週間 Pameran Pelukis Niken Larasati
女性画家ニケン個展あと二週間 Pameran Pelukis Niken Larasati 去る3月17日から開催中の『画家ニケン・ララサティ個展:“ドラナン・アナック(子供の遊びの世界)”Pameran Tunggal Pelukis Niken Larasati, Dunia Dolanan Anak』があと二週間で終了予定です。ニケンさんは帰国後、精力的に新たな創作活動に励んでいます。バリ島や首都ジャカルタでの個展・グループ展が計画されているそうです。 ...続きを見る

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2012/06/04 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』開催予定 Pameran Warna-Warni Alor 
『アロールの糸・色彩の世界展』開催予定 Pameran Warna-Warni Alor  去る3月17日に始まった絵画展『画家ニケン・ララサティ個展 “ドラナン・アナック(子供の遊びの世界)”:Pameran Tunggal Pelukis Niken Larasati, Dunia Dolanan Anak』は、6月16日を最終日に予定しています。古都ジョグジャカルタ在住の女性画家が描く、今や消滅の危機に瀕している“ドラナン”。日本の、その昔の子供たちの遊び方と驚くほど酷似しています。ご鑑賞お待ちしています。詳細は以下のブログを参照してください。 インドネシア文化宮(GBI)... ...続きを見る

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2012/05/27 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』開催予定 Pameran Warna-Warni Alor 
『アロールの糸・色彩の世界展』開催予定 Pameran Warna-Warni Alor  去る3月17日に始まった絵画展『画家ニケン・ララサティ個展 “ドラナン・アナック(子供の遊びの世界)”:Pameran Tunggal Pelukis Niken Larasati, Dunia Dolanan Anak』は、およそ一か月後の6月16日を最終日に予定しています。古都ジョグジャカルタ在住の女性画家が描く、今や消滅の危機に瀕している“ドラナン”。日本の、その昔の子供たちの遊び方と驚くほど酷似しています。ご鑑賞お待ちしています。詳細は以下のブログを参照してください。 インドネシア... ...続きを見る

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2012/05/19 00:00
『アロールの糸・色彩の世界展』開催予定 Pameran Warna-Warni Alor 
『アロールの糸・色彩の世界展』開催予定 Pameran Warna-Warni Alor  インドネシア文化宮(GBI)は、インドネシア・東ヌサトゥンガラ州(Provinsi NTT)のアロール県(Kabupaten Alor)と共催で、2012年6〜8月、『アロールの糸・色彩の世界展』を開催する予定です。イカットやソンケットなどの伝統布で知られるアロール県。樹木、葉、茎、根、果物、土、石等々から生み出された計111種の色彩。ご期待ください。 ...続きを見る

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2012/05/18 00:00
インドネシア文化宮(GBI)満14歳です GBI-Tokyo genap usia 14 thn
インドネシア文化宮(GBI)満14歳です GBI-Tokyo genap usia 14 thn 今日(2012年5月15日)、インドネシア文化宮(GBI=Graha Budaya Indonesia)は満14歳になりました。1998年5月15日のオープン以来、計62回の展示会、そして105回の「インドネシア理解講座」を実施しました。現在は『画家ニケン・ララサティ個展 “ドラナン・アナック(子供の遊びの世界)” Pameran Tunggal Pelukis Niken Larasati, Dunia Dolanan Anak』を来る6月16日までの予定で開催中です。  ...続きを見る

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2012/05/15 00:00
子供の日に思うインドネシアの子供の遊び Hari Anak Jepang & Dolanan RI
子供の日に思うインドネシアの子供の遊び  Hari Anak Jepang & Dolanan RI 5月5日。日本は子供の日(Hari Anak)。インドネシアの子供たちは、どう過ごしているのだろうか。ジョグジャカルタ在住の女性画家ニケン・ララサティ(Niken Larasati)さんが描くように、つい一昔前まであった伝統的な遊びに代わって、電子ゲーム機器やインターネットのオンラインゲームに興じているのか。 ...続きを見る

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2012/05/05 00:00
アロール県観光チームGBIへ Kunjungan Delegasi Pemkab.Alor, NTT
アロール県観光チームGBIへ Kunjungan Delegasi Pemkab.Alor, NTT 東京・池袋のサンシャインシテイで行われた第20回マリンダイビングフェアに参加した、NTT(東ヌサトゥンガラ)州アロール県(Kabupaten Alor)観光局の3名。帰国の前日、東京・高田馬場にあるインドネシア文化宮(GBI)を訪問。告知の様に、同県特産のソンケット(縫取り織り肩掛け布)を来訪者にプレゼント。 ...続きを見る

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2012/04/10 00:00
アロール県政府からプレゼント! 4月9日(月)GBIで!Alor ke Tokyo
アロール県政府からプレゼント! 4月9日(月)GBIで!Alor ke Tokyo 4月8日(日)、今年の「マリンダイビングフェア」が終了。午後17時まで、三日間にわたり、観光やショッピングに抜け出すこともなく、NTT(東ヌサトゥンガラ州)アロール県(Kab.Alor)観光局の3名は、連日池袋サンシャインの会場に詰めた。一般的なインドネシア人公務員とは異なり、極めて真面目な“公務”態度だった。 ...続きを見る

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2012/04/09 00:00
画家ニケンさんのジャワ語講座Kursus Bahasa Jawa, Niken Larasati
画家ニケンさんのジャワ語講座Kursus Bahasa Jawa, Niken Larasati インドネシア文化宮(GBI)で実施中の『ニケン・ララサティ個展』。古都ジョグジャカルタ在住の女性画家ニケンさんは、帰国の二日前、第105期インドネシア理解講座として「画家として、母として、そして妻として」と題するミニ講義を行う傍ら、ジャワ語の基礎単語111語コースの講師を務めた。 ...続きを見る

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2012/04/08 00:00
アロール県政府からプレゼント! 4月9日(月)GBIで!Alor ke Tokyo
アロール県政府からプレゼント! 4月9日(月)GBIで!Alor ke Tokyo 4月6日(金)、東京・池袋のサンシャインシティで第20回マリンダイビングフェア(Marine Diving Fair)が始まった。8日(日)までの三日間。会場のアジアエリアを覗くと、フィリピンやマレーシア、そしてベトナム、タイなどのブース奥、ステージ&飲食休憩コーナーの手前に、インドネシアが。 ...続きを見る

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2012/04/07 00:00
画家ニケンさんの講演(動画リポート4) Pak Wardiman ke GBI-Tokyo
画家ニケンさんの講演(動画リポート4) Pak Wardiman ke GBI-Tokyo 春そのもの。薄いピンクの桜の花びら。今日こそとばかりに、見る者を感動に導くサクラの木々が咲き誇る。柔らかな陽光を背に、元インドネシア共和国教育文化大臣のワルディマン・ジョジョネゴロ(Prof. Dr. Ing. Wardiman Djojonegoro)さんがGBI(インドネシア文化宮)を訪れた。 ニケンさんの作品を鑑賞するワルディマンさん ...続きを見る

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2012/04/06 00:00
画家ニケンさんの講演(動画リポート3) Ceramah Niken Larasati di GB
画家ニケンさんの講演(動画リポート3) Ceramah Niken Larasati di GB 今日(2012年4月5日)、神田川沿いのソメイヨシノが咲きほこる中、元インドネシア共和国教文化大臣のワルディマン・ジョジョネゴロ(Prof. Dr. Ing. Wardiman Djojonegoro)さんがインドネシア文化宮(GBI)を訪れる。日本の春を堪能するため、伊勢、奈良、京都、金沢などを巡って東京に戻ってくる。 ...続きを見る

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2012/04/05 00:00
画家ニケンさんの講演(動画リポート2) Ceramah Niken Larasati di GBI
画家ニケンさんの講演(動画リポート2) Ceramah Niken Larasati di GBI 画家ニケンさんが、夫と子供たちが待つジョグジャカルタ(Yogyakarta)に“帰還”。「無事、家族と合流しました。家族皆元気です。日本滞在中の厚意に感謝します」---ニケンさんから携帯電話を通じてショートメッセジが届いた。 ...続きを見る

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2012/04/04 00:00
画家ニケンさんの講演(動画リポート1) Ceramah Niken Larasati di GBI
画家ニケンさんの講演(動画リポート1)  Ceramah Niken Larasati di GBI 2012年4月2日。桜並木が続く東京・、練馬区桜台。ようやく春の女王・サクラの季節がやってきた。地名通りに、ソメイヨシノの蕾が満開の日に向けて、気温を気にしながらも蠢いている。その朝、先月15日まだ肌寒い東京にやってきたジャワ島の古都ジョグジャカルタ在住の女性画家ニケン・ララサティ(Niken Larasati)さんが帰国途に就いた。 ...続きを見る

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2012/04/03 00:00
画家ニケンさんの講演&ジャワ語講座 Ceramah+Bahasa Jawa Niken
画家ニケンさんの講演&ジャワ語講座 Ceramah+Bahasa Jawa Niken 強風下、東京で桜の開花宣言が出た土曜日(2012年3月31日)インドネシア文化宮(GBI)では、戸外の風と雨音を応援歌に、来日中の女性画家ニケン・ララサティさんを講師に、第105期インドネシア理解講座が開催された。幸運にも、参加者全員がインドネシア語が堪能なため、ニケンさんは通訳を介せずに熱気あふれる講演とジャワ語講座をこなした。 第105期インドネシア理解講座で講師を務めるニケン・ララサティさん ...続きを見る

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2012/04/01 00:00
今日、画家ニケンさん講演会+ジャワ語講座 Ceramah Niken Larasati
今日、画家ニケンさん講演会+ジャワ語講座 Ceramah Niken Larasati 去る3月28日インドネシア文化宮(GBI)を訪ね、画家ニケンさんの作品を鑑賞したインドネシア中央銀行東京事務所のジュナント・ヘルディアワン(Junanto Herdiawan)さん。早速、鑑賞記をインドネシア有力紙『Kompas』が運営する投稿サイトである『Kompasiana』で発表した。「子供の遊びを通して、ニケン日本進出」と題する一文。以下、原語ですが全文を再録します。 ...続きを見る

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2012/03/31 00:00
第105期「インドネシア理解講座」のお知らせ Ceramah Niken Larasati
第105期「インドネシア理解講座」のお知らせ Ceramah Niken Larasati 個展スタートの二日前、3月15日に来日したジョグジャカルタの女性画家ニケン・ララサティ(Niken Larasati)さん。4月2日(月)には早くも帰国の途に。離日を前に、今週土曜日(3月31日)、彼女はインドネシア文化宮(GBI)恒例の、第105期インドネシア理解講座で「画家として、母として、妻として」と題してミニ講演会を開く。同時に、これもGBI恒例の語学コース「111基本単語で学ぶジャワ語」の講師を務める。 ...続きを見る

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2012/03/30 00:00
第105期「インドネシア理解講座」のお知らせ Ceramah Niken Larasati
第105期「インドネシア理解講座」のお知らせ Ceramah Niken Larasati もうすぐ、と思わせながらなかなか蕾が膨らまない桜。来日してからまもなく二週間。ジョグジャカルタ出身の女性画家ニケンさんは、四月初旬の帰国を前に、桜の開花が気がかりでならない。いつになったら“Negeri Sakura(桜の国日本)”を体感できるのか。 ...続きを見る

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2012/03/27 00:00
第105期「インドネシア理解講座」のお知らせ Ceramah Niken Larasati
第105期「インドネシア理解講座」のお知らせ Ceramah Niken Larasati インドネシア文化宮(GBI)が閉宮の土日(3月24〜25日)。来日中の画家ニケンさんは、来る土曜日(3月31日)の「インドネシア理解講座」へ向けてジャワ語リストや講演内容の推敲に時を過ごした。『来週の土曜日、晴れることを願っています。そして東京の桜も少しだけでも開花してくれたら』と。一年に一度の“Sakura”の開花は、日本人同様に待ち遠しい。 ...続きを見る

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2012/03/26 00:00
第105期「インドネシア理解講座」のお知らせ Ceramah Niken Larasati
第105期「インドネシア理解講座」のお知らせ Ceramah Niken Larasati ジョグジャカルタの女性画家ニケン・ララサティさんが描く『ドラナン・アナック(子供の遊び)』に登場する子供は全て女の子、しかも全員がバティック(ろうけつ染め)を身につけている。バティックはジャワ文化の象徴の一つでもある。日本風に言えば、皆が着物を着ている。計22の作品を鑑賞すると、様々なモチーフのBatikを楽しむことが出来る。 ...続きを見る

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2012/03/25 00:00
画家ニケンさん個展(動画・2)Pameran Dolanan Anak Indonesia
画家ニケンさん個展(動画・2)Pameran Dolanan Anak Indonesia インドネシア情報をクリックしている方で『ガドガド(gadogado)』を知らない人はいないだろう。オンタイムでインドネシアに関するあらゆるホットな情報を提供している。別ブログの『アチャラカレンダー』なども含めて、きめ細かいインドネシア関連情報を連日紹介している。在日インドネシア大使館でさえできない、まさに“インドネシアのデパート”的な常設サイトだ。主宰者は佐々木信子さん。 ...続きを見る

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2012/03/24 00:00
画家ニケンさん個展(動画)Pameran Dolanan Anak Indonesia
ジョグジャカルタ在住の女性画家ニケン・ララサティ(Niken Larasati)さんが来日して一週間。冷たい雨の歓迎を受けたものの、個展オープニング(3月17日)も無事クリア。桜の開花を待ち侘びながらも、寒い春に少しだけ滅入っている。 ...続きを見る

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2012/03/23 00:00
画家ニケンが描く子供の遊び4 Dolanan Anak Tradisional Indonesia
3月21日、インドネシア文化宮(GBI)で画家ニケンさんをインタビュー録画。“ドラナン・アナック(Dolanan Anak・子供の遊び)”を描こうとした動機は?なぜ昔の遊びが電子ゲームに駆逐されているのか?どうしたら昔の遊びは復活するのか?今後男の子の遊びの世界も描いていくのか?等々。 ...続きを見る

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2012/03/22 00:00
画家ニケンが描く子供の遊び3 Dolanan Anak Tradisional Indonesia
春分の日。インドネシア文化宮(GBI)は閉宮。来日中の画家ニケンさんは、都内の美術館巡り。今日から始まった、東京国立博物館の『ボストン美術館・日本の美術の至宝』展へ。屏風絵画や常設展示場の着物に感動しきり。次いで上野の森美術館へ。開催中の『VOCA(現代美術の展望---新しい平面の作家たち)』を鑑賞。 ...続きを見る

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2012/03/21 00:00
画家ニケンが描く子供の遊び2 Dolanan Anak Tradisional Indonesia
東京の桜の蕾は、寒空と時折射す暖かい陽光の狭間で、開花の時期を測りかねている。『画家ニケン・ララサティ個展 “ドラナン・アナック(子供の遊びの世界)・Pameran Tunggal Pelukis Niken Larasati, Dunia Dolanan Anak』が始まって三日。Sakuraを楽しみに来日した、古都ジョグジャカルタの女性画家ニケンさんも、桜同様に東京の寒気に滅入っている。 ニケンさんの東京生活が始まった ...続きを見る

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2012/03/20 00:00
画家ニケンが描く子供の遊び Dolanan Anak Tradisional Indonesia
電子ゲーム機やオンラインゲームが、世界中の子供たちの遊び方を劇的に変化させている。いわゆる昔の遊び(伝統的な子供の遊び)が、危機に瀕していると懸念する以前に、すでに大方消え失せた。先進工業国ばかりか、その傾向はまさにグローバル化している。 木靴競争(Balapan Teklek) ...続きを見る

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2012/03/19 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催が開幕 Pameran Tunggal Pelukis Niken
絵画展初日だというのに、天は冷たい雨を運んできた。寒さに凍える画家のニケンさん。しかし「ドラナン・アナック(インドネシア子供の遊びの世界)」をテーマに据えた、ニケンにとって初の海外個展に駆けつけてくれた方々の暖かい声援に、女性画家の頬が緩んだ。 ...続きを見る

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2012/03/18 00:00
画家ニケン・ララサティ個展今日から Pameran Tunggal Pelukis Niken
古都ジョグジャカルタに暮らす女性画家ニケン・ララサティ(Niken Larasati)さんの個展が今日2012年3月17日(土)いよいよ始まります。『ジョグジャカルタ近くのボロブドゥール遺跡は世界的に知られていますよね。でもその古都ジョグジャカルタばかりか、インドネシア全土から、その昔の子供たちの文化であった伝統的な遊びが消え去る運命にあります。あの素晴らしかった世界を絵画にしました。子供たちの絆を思い出してください。それがやがて絆を大事にする大人の社会を創るのだと思います』---まだまだ... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 26 / コメント 0

2012/03/17 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催まで1日 Pameran Tunggal Pelukis Niken
古都ジョグジャカルタからニケン・ララサティ(Niken Larasati)さんが2012年3月15日来日した。『寒い。でもこの寒さが今の東京なんですよね。寒さも楽しまなくちゃ』と三児の母。バリ島経由、ガルーダ航空880便で成田空港着。『売れない絵を描かないと、画家とは見てもらえないインドネシア。首都ジャカルタで行われるグループ展に参加しても、“田舎の絵”と言われてしまう私の絵画。でもね、私は、私の絵画の中に、インドネシアの昔の姿を再現しているの。ジョグジャカルタの王様は、そんな私の絵画の個... ...続きを見る

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2012/03/16 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催まで2日 Pameran Tunggal Pelukis Niken
『色々な活動、多忙、そして技術の進歩、さらには行動空間の制限などによって、今日、昔の子供たちの遊び(Dolanan Anak)の多くがその存在の危機に瀕しています。私は、その頃が黄金時代とも感じた、その昔の幾種類ものドラナン・アナック(子供の遊び)を思い起こし、その心髄をここに描こうと思いました。絵画に再現した総ての世界は、時代に呑み込まれて、すっかり色褪せてしまったと言っても過言ではないドラナン・アナックの姿です。その狙いや意義などの視点から見ると、かつてのドラナン・アナックは、子供たち... ...続きを見る

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2012/03/15 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催まで3日 Pameran Tunggal Pelukis Niken
『色々な活動、多忙、そして技術の進歩、さらには行動空間の制限などによって、今日、昔の子供たちの遊び(Dolanan Anak)の多くがその存在の危機に瀕しています。私は、その頃が黄金時代とも感じた、その昔の幾種類ものドラナン・アナック(子供の遊び)を思い起こし、その心髄をここに描こうと思いました。絵画に再現した総ての世界は、時代に呑み込まれて、すっかり色褪せてしまったと言っても過言ではないドラナン・アナックの姿です。その狙いや意義などの視点から見ると、かつてのドラナン・アナックは、子供たち... ...続きを見る

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2012/03/14 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催まで一週間 Pameran Tunggal Pelukis Niken
ジョグジャカルタから画家ニケンさんの絵画が無事到着。じゃかるた新聞との共催で実施する『画家ニケン・ララサティ個展“ドラナン・アナック(子供の遊びの世界)”(Pameran Tunggal Pelukis Niken Larasati, Dunia Dolanan Anak)』の第一難関がクリアされました。これから額装作業が始まります。 ...続きを見る

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2012/03/10 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催まで10日 Pameran Tunggal Pelukis Niken
ジョグジャカルタから画家ニケンさんの絵画が無事到着。じゃかるた新聞との共催で実施する『画家ニケン・ララサティ個展“ドラナン・アナック(子供の遊びの世界)”(Pameran Tunggal Pelukis Niken Larasati, Dunia Dolanan Anak)』の第一難関がクリアされました。これから額装作業が始まります。 ...続きを見る

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2012/03/07 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催のお知らせ Pameran Tunggal Pelukis Niken
11年も前のことですが、2000年11月18日〜12月28日、インドネシア文化宮(GBI)は『インドネシア童話展』を開催し、同国の新進気鋭の童話作家の作品を紹介すると同時に、童話の挿絵や子供のおもちゃ類を展示しました。 ...続きを見る

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2012/03/06 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催のお知らせ Pameran Tunggal Pelukis Niken
11年も前のことですが、2000年11月18日〜12月28日、インドネシア文化宮(GBI)は『インドネシア童話展』を開催し、同国の新進気鋭の童話作家の作品を紹介すると同時に、童話の挿絵や子供のおもちゃ類を展示しました。 ...続きを見る

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2012/03/02 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催のお知らせ Pameran Tunggal Pelukis Niken
11年も前のことですが、2000年11月18日〜12月28日、インドネシア文化宮(GBI)は『インドネシア童話展』を開催し、同国の新進気鋭の童話作家の作品を紹介すると同時に、童話の挿絵や子供のおもちゃ類を展示しました。 ...続きを見る

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2012/02/29 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催のお知らせ Pameran Tunggal Pelukis Niken
11年も前のことですが、2000年11月18日〜12月28日、インドネシア文化宮(GBI)は『インドネシア童話展』を開催し、同国の新進気鋭の童話作家の作品を紹介すると同時に、童話の挿絵や子供のおもちゃ類を展示しました。 ...続きを見る

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2012/02/26 00:00
アチェ津波7周年報道写真展2月末まで Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)に始まった『アチェ津波7周年報道写真展』はあと2週間、今月末に終了します。スマトラ島沖大地震&巨大津波禍(2004年12月26日)の翌2005年以降、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末年始恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からの復興・復活を果たしたアチェの姿... ...続きを見る

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2012/02/24 00:00
アチェ津波7周年報道写真展2月末まで Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)に始まった『アチェ津波7周年報道写真展』はあと2週間、今月末に終了します。スマトラ島沖大地震&巨大津波禍(2004年12月26日)の翌2005年以降、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末年始恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からの復興・復活を果たしたアチェの姿... ...続きを見る

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2012/02/23 00:00
アチェ津波7周年報道写真展2月末まで Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)に始まった『アチェ津波7周年報道写真展』はあと2週間、今月末に終了します。スマトラ島沖大地震&巨大津波禍(2004年12月26日)の翌2005年以降、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末年始恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からの復興・復活を果たしたアチェの姿... ...続きを見る

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2012/02/20 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催中 Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)に始まった『アチェ津波7周年報道写真展』はあと2週間、今月末に終了します。スマトラ島沖大地震&巨大津波禍(2004年12月26日)の翌2005年以降、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末年始恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からの復興・復活を果たしたアチェの姿... ...続きを見る

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2012/02/19 00:00
アチェ津波7周年報道写真展あと2週間 Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)に始まった『アチェ津波7周年報道写真展』はあと2週間、今月末に終了します。スマトラ島沖大地震&巨大津波禍(2004年12月26日)の翌2005年以降、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末年始恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からの復興・復活を果たしたアチェの姿... ...続きを見る

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2012/02/17 00:00
ジョグジャの王様が画家ニケン個展を応援Raja Yogya dukung Pameran Niken
インドネシアの古都ジョグジャカルタ。ここには“王様”がいる。彼の名は「スリ・スルタン・ハメンクブウォノ10世(Sri Sultan Hamengkubuwono X)」。ジョグジャカルタ特別州の州知事職にある。気さくで開放的な人柄はつとに知られている。権威主義とはまるで無縁だ。そこに、一般大衆の絶大な敬慕と支持の背景がある。 ...続きを見る

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2012/02/16 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催中 Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)に始まった『アチェ津波7周年報道写真展』は今月末に終了します。スマトラ島沖大地震&巨大津波禍(2004年12月26日)の翌2005年以降、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末年始恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からの復興・復活を果たしたアチェの姿は、東日本大... ...続きを見る

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2012/02/13 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催のお知らせ Pameran Tunggal Pelukis Niken
11年も前のことですが、2000年11月18日〜12月28日、インドネシア文化宮(GBI)は『インドネシア童話展』を開催し、同国の新進気鋭の童話作家の作品を紹介すると同時に、童話の挿絵や子供のおもちゃ類を展示しました。 ...続きを見る

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2012/02/12 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催のお知らせ Pameran Tunggal Pelukis Niken
11年も前のことですが、2000年11月18日〜12月28日、インドネシア文化宮(GBI)は『インドネシア童話展』を開催し、同国の新進気鋭の童話作家の作品を紹介すると同時に、童話の挿絵や子供のおもちゃ類を展示しました。 ...続きを見る

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2012/02/06 00:00
画家ニケン・ララサティ個展開催のお知らせ Pameran Tunggal Pelukis Niken
11年も前のことですが、2000年11月18日〜12月28日、インドネシア文化宮(GBI)は『インドネシア童話展』を開催し、同国の新進気鋭の童話作家の作品を紹介すると同時に、童話の挿絵や子供のおもちゃ類を展示しました。 ...続きを見る

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2012/02/05 00:00
アチェ津波7周年報道写真展2月末まで Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)に始まった『アチェ津波7周年報道写真展』は今月末に終了します。スマトラ島沖大地震&巨大津波禍(2004年12月26日)の翌2005年以降、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末年始恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からの復興・復活を果たしたアチェの姿は、東日本大... ...続きを見る

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2012/02/04 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催中 Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)『アチェ津波7周年報道写真展』が始まりました。2005年以来、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からのアチェ復興・復活の姿は、東日本大震災被災者・被災地への力強い教示とも言えます。 ...続きを見る

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2012/02/02 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催中 Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)『アチェ津波7周年報道写真展』が始まりました。2005年以来、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からのアチェ復興・復活の姿は、東日本大震災被災者・被災地への力強い教示とも言えます。 津波上陸地点のウレレ港も復活(撮影:S... ...続きを見る

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2012/01/29 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催中 Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)『アチェ津波7周年報道写真展』が始まりました。2005年以来、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からのアチェ復興・復活の姿は、東日本大震災被災者・被災地への力強い教示とも言えます。 津波避難ビル(撮影:Serambi I... ...続きを見る

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2012/01/27 00:00
来る3月初のインドネシア女性画家個展を開催予定 Pameran Pelukis Wanita RI
ちょうど一年前、中部ジャワの古都ジョグジャカルタ郊外の水田地帯に暮らす女性画家ニケン(Niken Larasati)さんの自宅兼アトリエを訪ねた。その1年と数ヶ月前には、北方に聳え立つ“火の山”ムラピ(Merapi)山が、138年ぶりに大噴火を起こした。 ...続きを見る

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2012/01/26 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催中 Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)『アチェ津波7周年報道写真展』が始まりました。2005年以来、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からのアチェ復興・復活の姿は、東日本大震災被災者・被災地への力強い教示とも言えます。 ...続きを見る

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2012/01/25 00:00
来る3月、初のインドネシア女性画家個展を企画中 Pameran Pelukis Wanita RI
インドネシア文化宮(GBI)では、1998年の創設以来、これまでに計8回の絵画展を実施しました。それらは: ...続きを見る

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2012/01/22 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催中 Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)『アチェ津波7周年報道写真展』が始まりました。2005年以来、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からのアチェ復興・復活の姿は、東日本大震災被災者・被災地への力強い教示とも言えます。 ...続きを見る

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2012/01/19 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催中 Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)『アチェ津波7周年報道写真展』が始まりました。2005年以来、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からのアチェ復興・復活の姿は、東日本大震災被災者・被災地への力強い教示とも言えます。 ...続きを見る

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2012/01/12 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催中 Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
2011年12月20日(火)『アチェ津波7周年報道写真展』が始まりました。2005年以来、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、昨年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しました。絶望のどん底からのアチェ復興・復活の姿は、東日本大震災被災者・被災地への力強い教示とも言えます。 ...続きを見る

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2012/01/10 00:00
スマトラ島沖大地震から7年経って7 thn pasca Bencana Tsunami Aceh
一昨日(2011.12.25)既報の「7年ぶりに帰って来たアチェの津波少女」の続報が、地元最有力紙『Serambi Indonesia』の12月26日付紙面に掲載されている。同紙によれば、西アチェ県警が児童保護法違反の疑いで、元里親を取り調べる意向を示している。一方、民放の『メトロTV』は、少女メリさんと父親、そして祖父をジャカルタに招聘し、12月26日、生番組で“7年間の謎”に迫る。 ...続きを見る

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2011/12/27 00:00
スマトラ島沖大地震から7周年(動画) Video 7 tahun Tsunami Aceh
今日(2011年12月26)アチェは巨大津波被災7周年を迎えました。23万の命を一瞬にして奪い去った「TSUNAMI」。7年前、かろうじて残った半壊の住宅に次のような一文が殴り書きされていました。『招待状も無しに突然やってきて、さよならも言わずに立ち去った津波。TSUNAMI 26 Dec. 2004』。 ...続きを見る

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2011/12/26 00:00
巨大津波禍から7年ぶりに帰って来たアチェの少女 Meri Kembali ke Rumah
7年前、スマトラ島北端のアチェ近海で発生したM9.1の大地震。クリスマスの翌朝(2004年12月26日)、“メッカの前庭”の別名を持つ、敬虔なイスラム教徒が暮らすアチェを突如襲った。巨大津波はアチェばかりか、インド洋沿岸諸国に空前絶後の被害をもたらした。死者・行方不明者の総計はおよそ23万。 ...続きを見る

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2011/12/25 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催のお知らせ Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
12月20日(火)『アチェ津波7周年報道写真展』が始まりました。2005年以来、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、本年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しています。絶望のどん底からのアチェ復興・復活の姿は、東日本大震災被災者・被災地への力強い教示とも言えます。 ...続きを見る

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2011/12/24 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催のお知らせ Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
12月20日(火)『アチェ津波7周年報道写真展』が始まりました。2005年以来、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、本年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しています。絶望のどん底からのアチェ復興・復活の姿は、東日本大震災被災者・被災地への力強い教示とも言えます。 ...続きを見る

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2011/12/23 00:00
『アチェ津波7周年報道写真展』始まる Pameran Foto 7 thn Tsunami Aceh
12月20日(火)『アチェ津波7周年報道写真展』が始まりました。2005年以来、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、本年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しています。絶望のどん底からのアチェ復興・復活の姿は、東日本大震災被災者・被災地への力強い教示とも言えます。 ...続きを見る

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2011/12/22 00:00
今日からアチェ津波7周年報道写真展 Pameran Foto 7 thn Tsunami Aceh
今日から『アチェ津波7周年報道写真展』が始まります。2005年以来、毎年、アチェの地元紙「Serambi Indonesia」と共催している年末恒例の展示会です。被災6年後に復旧・復興に一定の目途を付けたアチェは、本年2011年を“バンダアチェ観光年”として、各種の文化・観光イベントを実施し、アチェの“復活”を世界に発信しています。絶望のどん底からのアチェ復興・復活の姿は、東日本大震災被災者・被災地への力強い教示とも言えます。 陸前高田の一本松の悲運が報じられていますが、州都バンダアチェ... ...続きを見る

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2011/12/20 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催のお知らせ Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
州都バンダアチェで開催されたアチェ国際伝統舞踊大会に参加したポーランド・チームの練習風景(撮影:Serambi Indonesia紙写真記者:M.Anshar) ...続きを見る

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2011/12/19 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催のお知らせ Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
州都バンダアチェで開催されたアチェ国際Sufi音楽祭で披露されたアチェ伝統舞踊Seudati(撮影:Serambi Indonesia写真記者M.Anshar) ...続きを見る

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2011/12/09 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催のお知らせ Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
大アチェ県プカンバダのウジョン・パンチュの森で集めたロタン(籐)を運ぶ女性たち(撮影:Serambi Indonesia写真記者:Budi Fatria) ...続きを見る

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2011/12/08 00:00
アチェ津波7周年報道写真展開催のお知らせ Pameran 7 tahun Tsunami Aceh
州都バンダアチェ・ムラクサ地区にある津波避難ビルで行われた避難訓練(撮影:Serambi Indonesia写真記者M.Anshar) ...続きを見る

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2011/12/07 00:00
『初級インドネシア語会話』+『華人ケイ語の111基礎単語』講座開催のお知らせ
インドネシア文化宮(GBI)は、来る5月15日、満13歳の誕生日を迎えます。この間、計60テーマの展示会、そして計101回の「インドネシア理解講座」を開催しました。12歳最後の日に当たる5月14日(土)、第102回インドネシア理解講座として、『初級インドネシア語会話』+『華人ケイ語の111基礎単語』の二つの学習コースを実施します。 ...続きを見る

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2011/05/11 00:00
『初級インドネシア語会話』+『華人ケイ語の111基礎単語』講座開催のお知らせ
インドネシア文化宮(GBI)は、来る5月15日、満13歳の誕生日を迎えます。この間、計60テーマの展示会、そして計101回の「インドネシア理解講座」を開催しました。12歳最後の日に当たる5月14日(土)、第102回インドネシア理解講座として、『初級インドネシア語会話』+『華人ケイ語の111基礎単語』の二つの学習コースを実施します。 ...続きを見る

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2011/05/07 00:00
インドネシア文化宮(GBI)再オープン GBI dibuka kembali
去る2月中旬から閉館していましたが、2011年4月6日(水)より、再オープンしました。西部ニューギニア(殊に西パプア州)における旧日本兵の第一次遺骨情報調査を無事終え帰国するや、東日本大震災。インドネシア文化宮(GBI)活動は中断を余儀なくされ、メトロTV東京支局の取材業務に専心していました。 ...続きを見る

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2011/04/06 00:00
インドネシア文化宮(GBI)臨時閉館のお知らせGBI ditutup s/d awal Maret
インドネシア文化宮(GBI)は、スタッフの急病に伴い、2011年2月1日(火)より当面の間、臨時休業とさせていただきます。また、2月中旬からはインドネシア出張の予定ですので、このことも含めて、おそらく3月第1週までは閉宮となる模様です。具体的に再オープンの日時が確定しましたら、あらためてお知らせ致します。 ...続きを見る

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2011/03/05 00:00
インドネシア文化宮(GBI)臨時閉館のお知らせGBI ditutup s/d awal Maret
インドネシア文化宮(GBI)は、スタッフの急病に伴い、2011年2月1日(火)より当面の間、臨時休業とさせていただきます。また、2月中旬からはインドネシア出張の予定ですので、このことも含めて、おそらく3月第1週までは閉宮となる模様です。具体的に再オープンの日時が確定しましたら、あらためてお知らせ致します。 ...続きを見る

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2011/02/18 00:00
インドネシア文化宮(GBI)臨時閉館のお知らせGBI ditutup s/d awal Maret
インドネシア文化宮(GBI)は、スタッフの急病に伴い、2011年2月1日(火)より当面の間、臨時休業とさせていただきます。また、2月中旬からはインドネシア出張の予定ですので、このことも含めて、おそらく3月第1週までは閉宮となる模様です。具体的に再オープンの日時が確定しましたら、あらためてお知らせ致します。 ...続きを見る

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2011/02/07 00:00
インドネシア文化宮(GBI)臨時閉館のお知らせ
インドネシア文化宮(GBI)は、スタッフの急病に伴い、2011年2月1日(火)より当面の間、臨時休業とさせていただきます。また、2月中旬からはインドネシア出張の予定ですので、このことも含めて、おそらく3月第1週までは閉宮となる模様です。具体的に再オープンの日時が確定しましたら、あらためてお知らせ致します。 ...続きを見る

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2011/02/01 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(31) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年1月11日(火)からは『インドネシア・民族アート展』もスタートしました。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ...続きを見る

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2011/01/31 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(30) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年1月11日(火)からは『インドネシア・民族アート展』もスタートしました。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ...続きを見る

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2011/01/29 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(29) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年1月11日(火)からは『インドネシア・民族アート展』もスタートしました。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ...続きを見る

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2011/01/27 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(28) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年1月11日(火)からは『インドネシア・民族アート展』もスタートしました。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ...続きを見る

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2011/01/25 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(27) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年1月11日(火)からは『インドネシア・民族アート展』もスタートしました。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ...続きを見る

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2011/01/24 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(26) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年1月11日(火)からは『インドネシア・民族アート展』もスタートしました。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ...続きを見る

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2011/01/22 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(25) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年1月11日(火)からは『インドネシア・民族アート展』もスタートしました。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ...続きを見る

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2011/01/21 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(24) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年1月11日(火)からは『インドネシア・民族アート展』もスタートしました。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ...続きを見る

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2011/01/19 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(23) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年は1月11日(火)から再びオープン。同日から『インドネシア・民族アート展』がスタートしますが、アチェの写真展はコーナーの一角に留まり3月31日まで見ることができます。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ... ...続きを見る

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2011/01/17 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(22) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年は1月11日(火)から再びオープン。同日から『インドネシア・民族アート展』がスタートしますが、アチェの写真展はコーナーの一角に留まり3月31日まで見ることができます。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ... ...続きを見る

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2011/01/15 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(21) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年は1月11日(火)から再びオープン。同日から『インドネシア・民族アート展』がスタートしますが、アチェの写真展はコーナーの一角に留まり3月31日まで見ることができます。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ... ...続きを見る

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2011/01/13 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(20) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年は1月11日(火)から再びオープン。同日から『インドネシア・民族アート展』がスタートしますが、アチェの写真展はコーナーの一角に留まり3月31日まで見ることができます。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ... ...続きを見る

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2011/01/10 00:00
インドネシア・民族アート展(Pameran Seni Nusantara)は1月11日(火)から
インドネシア文化宮(GBI)では、去る12月24日からスタートした『バンダアチェ観光年報道写真展』と同時並行で『インドネシア・民族アート展』を2011年1月11日(火)より実施します。昨年9月18日〜12月18日に開催した『インドネシア・仮面と彫像の世界展』の展示物を大幅拡充して、1970年代から収集してきた、主にパプア(Papua)州のアスマット(Asmat)彫刻を中心に、インドネシアが世界に誇る原始美術の極致を紹介する展示会です。 ...続きを見る

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2011/01/09 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(19) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年は1月11日(火)から再びオープン。同日から『インドネシア・民族アート展』がスタートしますが、アチェの写真展はコーナーの一角に留まり3月31日まで見ることができます。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ... ...続きを見る

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2011/01/07 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(18) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年は1月11日(火)から再びオープン。同日から『インドネシア・民族アート展』がスタートしますが、アチェの写真展はコーナーの一角に留まり3月31日まで見ることができます。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ... ...続きを見る

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2011/01/06 00:00
インドネシア・民族アート展開催のお知らせ Pameran Seni Nusantara
インドネシア文化宮(GBI)では、現在開催中の『バンダアチェ観光年報道写真展』と同時並行で『インドネシア・民族アート展』を2011年1月11日(火)より実施します。昨年9月18日〜12月18日に開催した『インドネシア・仮面と彫像の世界展』の展示物を大幅拡充して、1970年代から収集してきた、主にパプア(Papua)州のアスマット(Asmat)彫刻を中心に、インドネシアが世界に誇る原始美術の極致を紹介する展示会です。 ...続きを見る

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2011/01/05 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(17) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年は1月11日(火)から再びオープン。同日から『インドネシア・民族アート展』がスタートしますが、アチェの写真展はコーナーの一角に留まり3月31日まで見ることができます。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ... ...続きを見る

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2011/01/04 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(16) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。2011年は1月11日(火)から再びオープン。同日から『インドネシア・民族アート展』がスタートしますが、アチェの写真展はコーナーの一角に留まり3月31日まで見ることができます。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会がありましたら、是非アチェを訪れてください! ... ...続きを見る

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2011/01/03 00:00
インドネシア文化宮2010年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2010)
あけましておめでとうございます。 2010年、インドネシア文化宮(GBI)は、前年同様に「端」路線を走りました。「アチェ津波被災5周年報道写真展」から「アチェ観光年報道写真展」へ、西端のアチェで始まり、アチェで終えました。そして「東京パプア芸術展」と「インドネシア仮面と彫像の世界展」では、東端のパプアに焦点をあてました。 ...続きを見る

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2011/01/01 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(15) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。年内の展示は一昨日の12月28日で終了しました。明年は1月11日(火)から再びオープンします。同日から『インドネシア・民族アート展』がスタートしますが、アチェの写真展はコーナーの一角に留まり3月31日まで見ることができます。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。機会が... ...続きを見る

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2010/12/30 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(14) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月24日から始まった『バンダアチェ観光年報道写真展』。年内の展示は昨日28日で終了しました。明年は1月11日(火)から再びオープンします。同日から『インドネシア・民族アート展』がスタートしますが、アチェの写真展はコーナーの一角に留まり3月31日まで見ることができます。 2011年は、バンダアチェ観光年です。地元最有力紙『スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)』のフォトジャーナリストが見つめてきた2010年のアチェの姿をご覧ください。 ...続きを見る

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2010/12/29 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(13) Pameran Visit Banda Aceh Year
アチェの貧困率が20.98%とするリポートが発表された。中央統計局(BPS=Biro Pusat Statistik)の報告によれば、2010年3月時点でのアチェ州の貧困率は20.98%で、全人口4,486,570人の941,282人が厳しい生活を強いられている。しかし、この貧困率は、2009年12月時点と比較すると、0.82%下がり、徐々にではあるが、貧困問題が縮小していることを示している。 ...続きを見る

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2010/12/28 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(12) Pameran Visit Banda Aceh Year
津波被災6周年を控え、去る12月22日、州都バンダアチェ(Banda Aceh)で報道機関関係者を集めてセミナーが開催された。「Seminar Jurnalisme Bencana(災害ジャーナリズム・セミナー)」。ムハマッド・ハムザ(Muhammad Hamzah)を司会に、地元最有力紙『Serambi Indonesia(スランビ・インドネシア)』社代表シャムスル・カハール(Sjamsul Kahar)、『Kompas』紙記者で「Jurnalisme Bencana, bencan... ...続きを見る

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2010/12/27 00:00
今日はあのアチェ津波から6周年(11) Pameran Visit Banda Aceh Year
6年前の今日(2004年12月26日)起きたスマトラ島沖大地震&巨大津波。6年という歳月は、長期にわたった紛争に終止符を打たせると同時に、門戸開放的なイスラム社会を築く基盤を提供した。アチェ、特に州都バンダアチェは日々、その容貌を劇的に変化させています。6年経っても、あの悲劇は決して忘れない。一方で、維新的な変貌を伴って、新たなアチェが生まれています。 ...続きを見る

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2010/12/26 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展(10) Pameran Visit Banda Aceh Year
明日(2010年12月26日)、アチェは巨大津波被災6周年を迎える。6年という歳月は、長期にわたった紛争に終止符を打つと同時に、門戸開放的なイスラム社会を静かに築いている。昨日から『バンダアチェ観光年報道写真展』が始まりました。 インドネシアを始めインド洋沿岸諸国で約23万人もの命を奪ったスマトラ島沖大地震&巨大津波。その3週間後にインドネシア文化宮(GBI)で始めた『戒厳令下アチェ報道写真展』。以降、今日まで、毎年“あの日”を回顧する報道写真展を実施してきました。地元紙「スランビ・... ...続きを見る

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2010/12/25 00:00
今日からバンダアチェ写真展開催(9) Pameran Visit Banda Aceh Year
今日(2010年12月24日)から『バンダアチェ観光年報道写真展』が始まります。2010年12月26日。6回目の“あの日”がやってきます。インドネシアを始めインド洋沿岸諸国で約23万人もの命を奪ったスマトラ島沖大地震&巨大津波。“あの日(2004年12月26日)”の3週間後に始めた『戒厳令下アチェ報道写真展』。以降、今日まで、毎年“あの日”を回顧する報道写真展を実施してきました。地元紙「スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)」紙との共催です。 ...続きを見る

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2010/12/24 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展開催(8) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月26日。6回目の“あの日”がやってきます。インドネシアを始めインド洋沿岸諸国で約23万人もの命を奪ったスマトラ島沖大地震&巨大津波。“あの日(2004年12月26日)”の3週間後に始めた『戒厳令下アチェ報道写真展』。以降、今日まで、毎年“あの日”を回顧する報道写真展を実施してきました。地元紙「スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)」紙との共催です。 ...続きを見る

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2010/12/23 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展開催(7) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月26日。6回目の“あの日”がやってきます。インドネシアを始めインド洋沿岸諸国で約23万人もの命を奪ったスマトラ島沖大地震&巨大津波。“あの日(2004年12月26日)”の3週間後に始めた『戒厳令下アチェ報道写真展』。以降、今日まで、毎年“あの日”を回顧する報道写真展を実施してきました。地元紙「スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)」紙との共催です。 ...続きを見る

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2010/12/22 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展開催(6) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月26日。6回目の“あの日”がやってきます。インドネシアを始めインド洋沿岸諸国で約23万人もの命を奪ったスマトラ島沖大地震&巨大津波。“あの日(2004年12月26日)”の3週間後に始めた『戒厳令下アチェ報道写真展』。以降、今日まで、毎年“あの日”を回顧する報道写真展を実施してきました。地元紙「スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)」紙との共催です。 ...続きを見る

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2010/12/21 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展開催(5) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月26日。6回目の“あの日”がやってきます。インドネシアを始めインド洋沿岸諸国で約23万人もの命を奪ったスマトラ島沖大地震&巨大津波。“あの日(2004年12月26日)”の3週間後に始めた『戒厳令下アチェ報道写真展』。以降、今日まで、毎年“あの日”を回顧する報道写真展を実施してきました。地元紙「スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)」紙との共催です。 ...続きを見る

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2010/12/20 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展開催(4) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月26日。6回目の“あの日”がやってきます。インドネシアを始めインド洋沿岸諸国で約23万人もの命を奪ったスマトラ島沖大地震&巨大津波。“あの日(2004年12月26日)”の3週間後に始めた『戒厳令下アチェ報道写真展』。以降、今日まで、毎年“あの日”を回顧する報道写真展を実施してきました。地元紙「スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)」紙との共催です。 ...続きを見る

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2010/12/19 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展開催(3) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月26日。6回目の“あの日”がやってきます。インドネシアを始めインド洋沿岸諸国で約23万人もの命を奪ったスマトラ島沖大地震&巨大津波。“あの日(2004年12月26日)”の3週間後に始めた『戒厳令下アチェ報道写真展』。以降、今日まで、毎年“あの日”を回顧する報道写真展を実施してきました。地元紙「スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)」紙との共催です。 ...続きを見る

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2010/12/18 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展開催(2) Pameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月26日。6回目の“あの日”がやってきます。インドネシアを始めインド洋沿岸諸国で約23万人もの命を奪ったスマトラ島沖大地震&巨大津波。“あの日(2004年12月26日)”の3週間後に始めた『戒厳令下アチェ報道写真展』。以降、今日まで、毎年“あの日”を回顧する報道写真展を実施してきました。地元紙「スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)」紙との共催です。 ...続きを見る

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2010/12/17 00:00
バンダアチェ観光年報道写真展開催のお知らせPameran Visit Banda Aceh Year
2010年12月26日。6回目の“あの日”がやってきます。インドネシアを始めインド洋沿岸諸国で約23万人もの命を奪ったスマトラ島沖大地震&巨大津波。“あの日(2004年12月26日)”の3週間後に始めた『戒厳令下アチェ報道写真展』。以降、今日まで、毎年“あの日”を回顧する報道写真展を実施してきました。地元紙「スランビ・インドネシア(Serambi Indonesia)」紙との共催です。 ...続きを見る

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2010/12/15 00:00
仮面と彫像の世界展 Pameran Budaya Kedok & Patung 12月18日まで
『インドネシア・仮面と彫像の世界展』が始まってまもなく二か月。別名ヌサンタラ(Nusantara・島嶼国家)のインドネシアは、世界最多の仮面文化を有し、同時に世界最多種の彫像文化を併せ持つ。 ...続きを見る

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2010/11/12 00:00
パプア州政府使節団がGBIへ Delegasi Prop.Papua ke GBI
インドネシア最東端のパプア州(Provinsi Papua)生まれの彫像を核に、インドネシア文化宮(GBI)で実施中の『インドネシア・仮面と彫像の世界展』。奄美大島が豪雨に襲われ、肌寒い小雨が落ちる東京。2010年10月21日(木)。その会場に三名のパプア人がやってきた。友人で、同州投資調整庁に勤務するジョン・ジュリウス・ボコルシュム(John Julius Boekorsjom)さんと、ミミカ県(Kab.Mimika)畜産局長のジョン・W・テガル(John Wichlif Tegal... ...続きを見る

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2010/10/22 00:00
仮面と彫像の世界展 Pameran Budaya Kedok & Patung 12月18日まで
『インドネシア・仮面と彫像の世界展』が始まって一ヶ月が経過した。別名ヌサンタラ(Nusantara・島嶼国家)のインドネシアは、(おそらく)世界最多の仮面文化を有し、同時に世界最多種の彫像文化を併せ持つ。 ...続きを見る

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2010/10/20 00:00
『インドネシア・仮面と彫像の世界展』12月18日まで開催中 Pameran Kedok RI
2010年9月18日(土)、『インドネシア・仮面と彫像の世界展』が始まった。別名ヌサンタラ(Nusantara・島嶼国家)のインドネシアは、(おそらく)世界最多の仮面文化を有し、同時に世界最多種の彫像文化を併せ持つ。 ...続きを見る

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2010/10/08 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(18)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/20 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(17)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/19 00:00
『インドネシア・仮面と彫像の世界展』が9月18日(土)スタートPameran Kedok RI
2010年9月18日(土)、『インドネシア・仮面と彫像の世界展』が始まる。別名ヌサンタラ(Nusantara・島嶼国家)のインドネシアは、(おそらく)世界最多の仮面文化を有し、同時に世界最多種の彫像文化を併せ持つ。 ...続きを見る

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2010/09/18 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(16)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/17 00:00
インドネシア・仮面と彫像の世界展(Pameran Budaya Kedok & Patung RI)
世界最大のイスラム教人口を誇るインドネシアは、断食月(Ramadan)が終わり、レバラン(Lebaran)の大祭の真っ只中。ヌサンタラ(Nusantara・島嶼国家)の異名を持つ同国は、(おそらく)世界最多の仮面文化を有し、同時に世界最多種の彫像文化を併せ持つ。 ...続きを見る

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2010/09/15 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(15)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/14 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(14)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/13 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(13)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/12 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(12)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/11 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(11)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/10 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(10)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/09 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(9)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/08 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(8)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/07 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(7)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/06 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(6)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/05 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(5)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/04 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(4)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/03 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(3)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/02 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(2)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/09/01 00:00
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(1)
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/08/31 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・州知事がパプアの森林保護強調
パプア州の州都ジャヤプラに本社を置く「Papua TV」が取材した、パプア州の見所。全島が深い熱帯雨林に覆われている、まさに“南太平洋の肺”のニューギニア島。鉱山開発や熱帯林伐採によって、加速で敵に失われていく熱帯林。ベルナバス・スエブ(Bernabas Suebu, SH)パプア州知事が語る熱帯林保護の必要性。さて、開発と環境問題の狭間で、パプア熱帯林の未来は? ...続きを見る

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2010/08/29 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・マンベラーモ川の向学心
パプア州の州都ジャヤプラに本社を置く「Papua TV」が取材した、パプア州の見所。添付の動画は、秘境”パプアの中でもさらに“秘境”のマンベラーモ(Mamberamo)川流域。ニューギニア最大の河川マンベラーモ(Mamberamo)川。西部ニューギニアの中央高地に端を発し、サルミ西方のテバ(Teba)付近で太平洋に注ぐ大河。かつてオランダ人がメールクラフテ(大湿原)と呼んだイーデンブルグ川とラファエール川流域。そこにはマンベラーモの先住民と、中央高地民族が共生している。秘境中の秘境と呼... ...続きを見る

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2010/08/28 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・パプア模様バティックのCM
パプア州の州都ジャヤプラに本社を置く「Papua TV」が取材した、パプア州の見所。添付の動画は、同TV局の人気番組である「Tabea(こんにちは)」の中の、パプア・モチーフのバティック愛用を呼びかけるCM、さらにパプアTVニュースの番宣。 ...続きを見る

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2010/08/27 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・州都ジャヤプラの交通道徳CM
パプア州の州都ジャヤプラに本社を置く「Papua TV」が取材した、パプア州の見所。ジャヤプラも近年、交通戦争と無縁ではない。そこで、Papua TVは、正しい横断歩道の渡り方を○×形式で紹介。左右をよく確認して渡る少女。どこでも横断してしまおうとする青年。やがて青年は横断歩道を渡り、○。 ...続きを見る

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2010/08/26 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・星山県の女性起業家
パプア州の州都ジャヤプラに本社を置く「Papua TV」が取材した、パプア州の見所。お隣の国パプアニューギニアと国境を接する、星山(Pegunungan Bintang)県の県都オクシビル(Oxibil)に暮らすフレデリカさんは、地元で知られる女性起業家。小さな雑貨店からスタート、今では幾つものビジネスを展開している。「やる気さえあれば、志さえあれば、パプア人だって成功する」と番組は伝えている。 ...続きを見る

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2010/08/25 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・ビアク島港の近くの市場
パプア州の州都ジャヤプラに本社を置く「Papua TV」が取材した、パプア州の見所。船の入港に合わせてオープンするビアク島の港市場。トランジットの乗客に大人気。畑の幸、そして海の幸が並ぶ。ビアク島は、かつて1万数千もの日本軍が玉砕した島だ。 ...続きを見る

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2010/08/24 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・州都ジャヤプラの魚市場
パプア州の州都ジャヤプラに本社を置く「Papua TV」が取材した、パプア州の見所。州都ジャヤプラのDok-9にある魚市場の光景。 ...続きを見る

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2010/08/23 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・州都ジャヤプラ近郊のコヤ市場
パプア州の州都ジャヤプラに本社を置く「Papua TV」。ジャヤプラ近郊のコヤ(Koya)地区にある市場。Pasar Kaget Koya。隣国PNG(パプアニューギニア)とも近いコヤ地区。国境を越えて、インドネシアの産物が手土産でPNGに渡っている。 ...続きを見る

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2010/08/22 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・州都ジャヤプラの果物市場
パプア州の州都ジャヤプラに本社を置く「Papua TV」。添付の動画は、同TV局の人気番組である「Tabea(こんにちは)」の枠で放送された、西部ニューギニア(パプア州と西パプア州)の各地の観光スポットや民族風習を記録したドキュメンタリー映像。同番組は、毎週月曜日〜木曜日の夜21時30分〜22時30分(木曜日のみ22時55分まで)、州都ジャヤプラのスタジオから生放送でオンエア。ジャヤプラ近郊にあるフルーツ市場。季節のランブータンが並ぶ。自宅の庭から収穫した果物を売る主婦たち。売り上げは... ...続きを見る

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2010/08/21 00:00
オセアニアの最高峰ジャヤ峰 カルステンツピラミッド Puncak Jaya, Papua
パプア州の州都ジャヤプラに本社を置く「Papua TV」。添付の動画は、同TV局の人気番組である「Tabea(こんにちは)」で紹介された、オセアニア地区で最も高く、ニューギニア島の最高峰(4884m)でもあるプンチャック・ジャヤ(Puncak Jaya)の光景。7大陸最高峰の一つに数えられるプンチャック・ジャヤ(勝利の峰)は、かつてカルステンツ・ピラミッド(Carstensz Pyramid)とも呼ばれた。 ...続きを見る

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2010/08/20 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・州都ジャヤプラのスタジオ収録2
インドネシア文化宮(GBI)で来る8月31日まで開催している『東京パプア芸術展』。GBIとパプアTVの共催で実施している。パプア・テレビ(Papua TV)は、2007年5月、放送を開始した一地方民放局だが、その100%の株式をパプア州政府が握る。いわゆる州営企業。2010年からは一日12時間の放送を始めた。衛星放送によって、日本の国土よりも大きい西部ニューギニア全域に電波を届けている。その意味では、日本のキー局よりもその放送エリアは広い。 ...続きを見る

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2010/08/18 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・州都ジャヤプラのスタジオ収録
インドネシア文化宮(GBI)で来る8月31日まで開催している『東京パプア芸術展』。GBIとパプアTVの共催で実施している。パプア・テレビ(Papua TV)は、2007年5月、放送を開始した一地方民放局だが、その100%の株式をパプア州政府が握る。いわゆる州営企業。2010年からは一日12時間の放送を始めた。衛星放送によって、日本の国土よりも大きい西部ニューギニア全域に電波を届けている。その意味では、日本のキー局よりもその放送エリアは広い。 ...続きを見る

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2010/08/17 00:00
西部ニューギニア樹上生活のコロワイ民族(パプアTV・3)
インドネシア文化宮(GBI)で来る8月31日まで開催している『東京パプア芸術展』。GBIとパプアTVの共催で実施している。パプア・テレビ(Papua TV)は、2007年5月、放送を開始した一地方民放局だが、その100%の株式をパプア州政府が握る。いわゆる州営企業。2010年からは一日12時間の放送を始めた。衛星放送によって、日本の国土よりも大きい西部ニューギニア全域に電波を届けている。その意味では、日本のキー局よりもその放送エリアは広い。 ...続きを見る

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2010/08/13 00:00
西部ニューギニア樹上生活のコロワイ民族(パプアTV・2)
インドネシア文化宮(GBI)で来る8月31日まで開催している『東京パプア芸術展』。GBIとパプアTVの共催で実施している。パプア・テレビ(Papua TV)は、2007年5月、放送を開始した一地方民放局だが、その100%の株式をパプア州政府が握る。いわゆる州営企業。2010年からは一日12時間の放送を始めた。衛星放送によって、日本の国土よりも大きい西部ニューギニア全域に電波を届けている。その意味では、日本のキー局よりもその放送エリアは広い。 ...続きを見る

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2010/08/10 00:00
西部ニューギニア樹上生活のコロワイ民族(パプアTV・1)
インドネシア文化宮(GBI)で来る8月31日まで開催している『東京パプア芸術展』。GBIとパプアTVの共催で実施している。パプア・テレビ(Papua TV)は、2007年5月、放送を開始した一地方民放局だが、その100%の株式をパプア州政府が握る。いわゆる州営企業。2010年からは一日12時間の放送を始めた。衛星放送によって、日本の国土よりも大きい西部ニューギニア全域に電波を届けている。その意味では、日本のキー局よりもその放送エリアは広い。 ...続きを見る

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2010/08/09 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・センタニ湖樹皮絵画作家ネレさん
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/08/07 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・センタニ湖樹皮絵画作家オンゲ2
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/08/06 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・センタニ湖の樹皮絵画作家オンゲさん
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/08/05 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・“夕暮れの街”カイマナ
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/08/04 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・ヤーペン島セルイの伝統太鼓
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/08/02 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・パプア州 人類誕生の舞踊
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/31 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・マノクワリ災害村のアーティスト
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/30 00:00
パプアTVの番組に見る 西部ニューギニア・マノクワリ パプア大学文学部学生舞踊グループ
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/29 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・マノクワリ伝統舞踊
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/28 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・ラジャアンパットの奇岩
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/27 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・ラジャアンパットの伝統舞踊
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/25 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・ラジャアンパット県の笛太鼓文化
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/24 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・ラジャアンパット知られざる生物多様性の楽園
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/23 00:00
パプアTVの番組に見る 西部ニューギニア・ラジャアンパット ワイゲオ島カブイ湾
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/22 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・アスマットのサゴ虫祭り(4)
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/21 00:00
西部ニューギニア・峰岸政夫マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(6) Manokwari Idore
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/07/20 00:00
西部ニューギニア・峰岸政夫マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(5) Manokwari Idore
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/07/19 00:00
西部ニューギニア・峰岸政夫マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(4) Manokwari Idore
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/07/18 00:00
西部ニューギニア・峰岸政夫マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(3) Manokwari Idore
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/07/17 00:00
西部ニューギニア・峰岸政夫マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(2) Manokwari Idore
昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミ、そしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。 ...続きを見る

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2010/07/16 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・アスマットのサゴ虫祭り(3)
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/13 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・アスマットのサゴ虫祭り(2)
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/10 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・アスマットのサゴ虫祭り(1)
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/09 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・ワメナの編み袋 Nokken Wamena
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/08 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・椰子の実彫刻
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/07 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・魚を呼び集める主婦
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/06 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・マンベラーモ川
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/05 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・ヌンホル島
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/04 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・ナビレの光景
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/03 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・ナビレのアヘ島
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/07/01 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・サルミの海辺
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/06/30 00:00
パプアTV番組に見るパプア州の素顔(サルミ) 市場の光景
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/06/29 00:00
パプアTV番組に見るパプア州の素顔(サルミ) 旧日本軍慰霊碑
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/06/28 00:00
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・樹上生活のコロワイ民族
2010年6月24日、ロイター通信社がジャカルタ発で報じたニュースによれば、2010年国勢調査の過程で、最東端のパプア州で、樹上生活を営むコロワイ民族の存在が“公式に”発見されたという。その推定人口はおよそ3千名。熱帯雨林の奥深く、外界との接触を持たずに、独自の文化を育んでいるという。 ...続きを見る

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2010/06/27 00:00
パプアTV番組に見るパプア州の素顔(サルミ) クマンバ諸島
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/06/26 00:00
パプアTV番組に見るパプア州の素顔(ビアク島)旧日本軍の洞窟
インドネシアの最東端に位置するパプア州。銅、金、天然ガスなど世界規模の鉱業を抱え、“インドネシア共和国21世紀の担保”とまで言われる、同国内でトップクラスの“超”天然資源州だ。その一方、1960年代から続く分離独立運動が、インドネシア共和国の“トゲ”ともなっている。 ...続きを見る

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2010/06/25 00:00
第102期インドネシア理解講座(パプアTV制作ドキュメンタリー鑑賞)のお知らせ2
来る8月31日まで開催期間を延長した『東京パプア芸術展』。当初の予定の最終日に当たる6月12日(土)、以下の要領で「第102期インドネシア理解講座」を開催致します。同展の共催パートナーである、パプア州の地元テレビ局「Papua TV」が制作した、各地の文化や人物像を紹介するDVD動画を鑑賞します。 ...続きを見る

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2010/06/09 00:00
第102期インドネシア理解講座(パプアTV制作ドキュメンタリー鑑賞)のお知らせ
来る8月31日まで開催期間を延長した『東京パプア芸術展』。当初の予定の最終日に当たる6月12日(土)、以下の要領で「第102期インドネシア理解講座」を開催致します。同展の共催パートナーである、パプア州の地元テレビ局「Papua TV」が制作した、各地の文化や人物像を紹介するDVD動画を鑑賞します。 ...続きを見る

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2010/06/06 00:00
『東京パプア芸術展』延長&未帰還兵情報調査コーナー開設のお知らせ
去る4月に始まり6月12日までの予定で開催中の『東京パプア芸術展』を、8月末日まで延長することなりました。昨年の『ニューギニア未帰還兵展』と似て、パプア(西部ニューギニア)を展示会のテーマに据えると、目に見えない力が働いて、「止めないで、止めないで」とのベクトルが働くようです。 ...続きを見る

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2010/06/05 00:00
インドネシア文化宮(GBI)満12歳です HUT GBI ke-12 thn
インドネシア文化宮(GBI)は今日(2010年5月15日)、満12歳になりました。12年前の5月、スハルト長期独裁政権が崩壊するちょうど一週間前のオープンでした。ジャワ島やバリ島文化に代表される、いわゆるステレオタイプなインドネシア文化観から脱皮し、まさに“サバンからメラウケ(Dari Sabang sampai Merauke)”の広大なヌサンタラの版図の姿を、最西端のアチェから最東端のパプアまで、文化に軸を置きながら“民主的に”平等な視点から紹介していこうと考えてスタートしました。... ...続きを見る

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2010/05/15 00:00
東京パプア芸術展あと一ヶ月 Pameran Seni Rupa Papua/Tokyo
2010年4月3日から始まった『東京パプア芸術展』。インドネシア文化宮(GBI)と、パプア州の地元テレビ局「Papua TV」との共催プロジェクトだ。北部のセンタニ湖周辺からは伝統樹皮絵画コンボウが、そして中央高地のワメナ盆地からは、彫刻家のハルク氏の作品群が、さらに南西部のアスマット地方からは、世界的に知れらるアスマット彫刻が展示品に並ぶ。 ...続きを見る

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2010/05/13 00:00
メラウケからジャヤプラへ(動画) Dari Merauke ke Jayapura
北は北海道から南は九州・沖縄まで---という日本列島の広がりを指す表現方法があるが、インドネシア共和国では、それをDari Sabang Sampai Merauke(サバンからメラウケまで)と言う。サバンは、スマトラ島北端のアチェ州の州都バンダ・アチェの沖合いに浮かぶウェ(Weh)島の中心都市。メラウケは、最東端に位置するパプア州の東南端の街。 ...続きを見る

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2010/05/11 00:00
パプア州のジャヤプラからメラウケへ(動画) Dari Jayapura ke Merauke
“北は北海道から南は九州・沖縄まで”---という日本列島の広がりを指す表現方法があるが、インドネシア共和国では、それを“Dari Sabang Sampai Merauke(サバンからメラウケまで)”と言う。サバンは、スマトラ島北端のアチェ州の州都バンダ・アチェの沖合いに浮かぶウェ(Weh)島の中心都市。メラウケは、最東端に位置するパプア州の東南端の街。動画は、2003年10月26日、州都のジャヤプラ近郊に位置するセンタニ(Sentani)空港からインドネシア最東南端に位置するメラウケ... ...続きを見る

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2010/05/09 00:00
パプア独立運動指導者テイス・エルアイ氏会見(2000.8)No.2 WWCR Theys Eluay
およそ11年前の2000年8月6日。首都ジャカルタで、パプア独立運動の母体であるPDP(Presidium Dewan Papua・パプア最高評議会)のテイス・エルアイ(Theys Eluay)議長をインタビューした。同氏との単独インタビューは翌2001年11月1日にも行ったが、それがインドネシアのメディアとしては“最後のインタビュー”となった。その10日後、同氏は、州都ジャヤプラ近郊で拉致され、そして遺体で発見された。後に、陸軍特殊部隊の隊員の犯行と発覚した。 これは、2000年8... ...続きを見る

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2010/04/23 00:00
パプア独立運動指導者テイス・エルアイ氏会見(2000年8月) WWCR Theys Eluay
およそ11年前の2000年8月6日。首都ジャカルタで、パプア独立運動の母体であるPDP(Presidium Dewan Papua・パプア最高評議会)のテイス・エルアイ(Theys Eluay)議長をインタビューした。同氏との単独インタビューは翌2001年11月1日にも行ったが、それがインドネシアのメディアとしては“最後のインタビュー”となった。その10日後、同氏は、州都ジャヤプラ近郊で拉致され、そして遺体で発見された。後に、陸軍特殊部隊の隊員の犯行と発覚した。 これは、2000年8... ...続きを見る

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2010/04/22 00:00
パプア独立運動指導者テイス・エルアイ氏会見(4) WWCR dgn Theys Eluay
およそ10年前の2001年11月1日。首都ジャカルタで、パプア独立運動の母体であるPDP(Presidium Dewan Papua・パプア最高評議会)のテイス・エルアイ(Theys Eluay)議長をインタビューした。その10日後、同氏は、州都ジャヤプラ近郊で拉致され、そして遺体で発見された。後に、陸軍特殊部隊の隊員の犯行と発覚した。同氏に関しては、月刊『世界』の2000年2月号「アチェ、イリアン高まる独立へのマグマ」や2001年2月号「インドネシア アチェ、イリアン問題の最前線 統... ...続きを見る

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2010/04/21 00:00
パプア独立運動指導者テイス・エルアイ氏会見(3) WWCR dgn Theys Eluay
およそ10年前の2001年11月1日。首都ジャカルタで、パプア独立運動の母体であるPDP(Presidium Dewan Papua・パプア最高評議会)のテイス・エルアイ(Theys Eluay)議長をインタビューした。その10日後、同氏は、州都ジャヤプラ近郊で拉致され、そして遺体で発見された。後に、陸軍特殊部隊の隊員の犯行と発覚した。同氏に関しては、月刊『世界』の2000年2月号「アチェ、イリアン高まる独立へのマグマ」や2001年2月号「インドネシア アチェ、イリアン問題の最前線 統... ...続きを見る

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2010/04/20 00:00
パプア独立運動指導者テイス・エルアイ氏会見(2) WWCR dgn Theys Eluay
およそ10年前の2001年11月1日。首都ジャカルタで、パプア独立運動の母体であるPDP(Presidium Dewan Papua・パプア最高評議会)のテイス・エルアイ(Theys Eluay)議長をインタビューした。その10日後、同氏は、州都ジャヤプラ近郊で拉致され、そして遺体で発見された。後に、陸軍特殊部隊の隊員の犯行と発覚した。同氏に関しては、月刊『世界』の2000年2月号「アチェ、イリアン高まる独立へのマグマ」や2001年2月号「インドネシア アチェ、イリアン問題の最前線 統... ...続きを見る

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2010/04/19 00:00
パプア独立運動指導者テイス・エルアイ氏会見(1) WWCR dgn Theys Eluay
およそ10年前の2001年11月1日。首都ジャカルタで、パプア独立運動の母体であるPDP(Presidium Dewan Papua・パプア最高評議会)のテイス・エルアイ(Theys Eluay)議長をインタビューした。その10日後、同氏は、州都ジャヤプラ近郊で拉致され、そして遺体で発見された。後に、陸軍特殊部隊の隊員の犯行と発覚した。同氏に関しては、月刊『世界』の2000年2月号「アチェ、イリアン高まる独立へのマグマ」や2001年2月号「インドネシア アチェ、イリアン問題の最前線 統... ...続きを見る

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2010/04/18 00:00
パプア文化討論会(動画・3) Diskusi ttg Budaya Papua Okt.2000
現在、東京で開催中(2010年6月12日までを予定)の『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa Papua)』。インドネシア文化宮(GBI)は、ちょうど10年前の2000年10月20〜26日、首都ジャカルタで『パプア文化芸術展(Pameran Seni Rupa Budaya Papua)』を実施した。同国最東端のパプア州から二名のアーティストを首都ジャカルタへ招聘、外務省近くのホテル・ボロブドゥールを会場に一週間にわたって行われた。 ...続きを見る

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2010/04/17 00:00
パプア文化討論会(動画・2) Diskusi ttg Budaya Papua Okt.2000
現在、東京で開催中(2010年6月12日までを予定)の『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa Papua)』。インドネシア文化宮(GBI)は、ちょうど10年前の2000年10月20〜26日、首都ジャカルタで『パプア文化芸術展(Pameran Seni Rupa Budaya Papua)』を実施した。同国最東端のパプア州から二名のアーティストを首都ジャカルタへ招聘、外務省近くのホテル・ボロブドゥールを会場に一週間にわたって行われた。 ...続きを見る

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2010/04/15 00:00
パプア文化討論会(動画・1) Diskusi ttg Budaya Papua Okt.2000
インドネシア文化宮(GBI)では2010年4月〜6月、同国最東端のパプア州(Provinsi Papua)の文化に焦点を当てた『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa PAPUA』を開催中。同地域の北岸で古来製作されているコンボウ(Kombowもしくはkhambouw)と呼ばれる樹皮絵画。そして中央高地の諸民族の男たちが、かつて下着として使用したコテカ(一般的には英語でペニスケースとも呼ばれている)のバラエティー。さらに南部のアスマット(Asmat)地方の、世界的に知られ... ...続きを見る

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2010/04/14 00:00
パプア文化芸術展:2000年ジャカルタ2Pameran Seni Rupa Budaya Papua
現在、東京で開催中(2010年6月12日までを予定)の『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa Papua)』。インドネシア文化宮(GBI)は、ちょうど10年前の2000年10月20〜26日、首都ジャカルタで『パプア文化芸術展(Pameran Seni Rupa Budaya Papua)』を実施した。同国最東端のパプア州から二名のアーティストを首都ジャカルタへ招聘、外務省近くのホテル・ボロブドゥールを会場に一週間にわたって行われた。 ...続きを見る

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2010/04/13 00:00
パプア文化芸術展(2000年ジャカルタ)Pameran Seni Rupa Budaya Papua
現在、東京で開催中(2010年6月12日までを予定)の『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa Papua)』。インドネシア文化宮(GBI)は、ちょうど10年前の2000年10月20〜26日、首都ジャカルタで『パプア文化芸術展(Pameran Seni Rupa Budaya Papua)』を実施した。同国最東端のパプア州から二名のアーティストを首都ジャカルタへ招聘、外務省近くのホテル・ボロブドゥールを会場に一週間にわたって行われた。 ...続きを見る

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2010/04/12 00:00
インドネシア森の文化芸術展 Pameran Budaya Asmat di Tokyo '97
インドネシア文化宮(GBI)では2010年4月〜6月、同国最東端のパプア州(Provinsi Papua)の文化に焦点を当てた『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa PAPUA』を実施する。同地域の北岸で古来製作されているコンボウ(Kombowもしくはkhambouw)と呼ばれる樹皮絵画。そして中央高地の諸民族の男たちが、かつて下着として使用したコテカ(一般的には英語でペニスケースとも呼ばれている)のバラエティー。さらに南部のアスマット(Asmat)地方の、世界的に知ら... ...続きを見る

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2010/04/11 00:00
インドネシア最東南端の画家ウエンス氏個展(2003年) Wens, pelukis Papua
インドネシア文化宮(GBI)では2010年4月〜6月、同国最東端のパプア州(Provinsi Papua)の文化に焦点を当てた『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa PAPUA』を実施する。同地域の北岸で古来製作されているコンボウ(Kombowもしくはkhambouw)と呼ばれる樹皮絵画。そして中央高地の諸民族の男たちが、かつて下着として使用したコテカ(一般的には英語でペニスケースとも呼ばれている)のバラエティー。さらに南部のアスマット(Asmat)地方の、世界的に知ら... ...続きを見る

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2010/04/10 00:00
パプア州センタニ湖の樹皮絵画作家オンゲ氏 Agustinus Ongge & Khambouw
インドネシア文化宮(GBI)では2010年4月〜6月、同国最東端のパプア州(Provinsi Papua)の文化に焦点を当てた『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa PAPUA』を開催中。同地域の北岸で古来製作されているコンボウ(Kombowもしくはkhambouw)と呼ばれる樹皮絵画。そして中央高地の諸民族の男たちが、かつて下着として使用したコテカ(一般的には英語でペニスケースとも呼ばれている)のバラエティー。さらに南部のアスマット(Asmat)地方の、世界的に知られ... ...続きを見る

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2010/04/09 00:00
パプア州中央高地ワメナ盆地の彫刻家ハルク氏(4) Haluk, Pemahat Papua Indo
インドネシア文化宮(GBI)では2010年4月〜6月、同国最東端のパプア州(Provinsi Papua)の文化に焦点を当てた『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa PAPUA』を開催中。同地域の北岸で古来製作されているコンボウ(Kombowもしくはkhambouw)と呼ばれる樹皮絵画。そして中央高地の諸民族の男たちが、かつて下着として使用したコテカ(一般的には英語でペニスケースとも呼ばれている)のバラエティー。さらに南部のアスマット(Asmat)地方の、世界的に知られ... ...続きを見る

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2010/04/08 00:00
パプア州中央高地ワメナ盆地の彫刻家ハルク氏(3) Haluk, Pemahat Papua
インドネシア文化宮(GBI)では2010年4月〜6月、同国最東端のパプア州(Provinsi Papua)の文化に焦点を当てた『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa PAPUA』を開催中。同地域の北岸で古来製作されているコンボウ(Kombowもしくはkhambouw)と呼ばれる樹皮絵画。そして中央高地の諸民族の男たちが、かつて下着として使用したコテカ(一般的には英語でペニスケースとも呼ばれている)のバラエティー。さらに南部のアスマット(Asmat)地方の、世界的に知られ... ...続きを見る

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2010/04/06 00:00
パプア州中央高地ワメナ盆地の彫刻家ハルク氏(2) Haluk, Pemahat Papua
インドネシア文化宮(GBI)では2010年4月〜6月、同国最東端のパプア州(Provinsi Papua)の文化に焦点を当てた『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa PAPUA』を開催中。同地域の北岸で古来製作されているコンボウ(Kombowもしくはkhambouw)と呼ばれる樹皮絵画。そして中央高地の諸民族の男たちが、かつて下着として使用したコテカ(一般的には英語でペニスケースとも呼ばれている)のバラエティー。さらに南部のアスマット(Asmat)地方の、世界的に知られ... ...続きを見る

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2010/04/05 00:00
パプア州中央高地ワメナ盆地の彫刻家ハルク氏(1) Haluk, Pemahat Papua
インドネシア文化宮(GBI)では2010年4月〜6月、同国最東端のパプア州(Provinsi Papua)の文化に焦点を当てた『東京パプア芸術展(Pameran Seni Rupa PAPUA』を開催中。同地域の北岸で古来製作されているコンボウ(Kombowもしくはkhambouw)と呼ばれる樹皮絵画。そして中央高地の諸民族の男たちが、かつて下着として使用したコテカ(一般的には英語でペニスケースとも呼ばれている)のバラエティー。さらに南部のアスマット(Asmat)地方の、世界的に知られ... ...続きを見る

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2010/04/04 00:00
東京パプア芸術展始まる Pameran Seni Rupa Papua/Tokyo
今日(2010年4月3日)から『東京パプア芸術展』が始まる。インドネシア文化宮(GBI)と、パプア州の地元テレビ局「Papua TV」との共催プロジェクトだ。GBIは今からちょうど10年前の2000年10月20〜26日、スハルト長期独裁政治が終わり、“民主化の春”を迎えた首都ジャカルタで、『Pameran Seni Rupa Budaya Papua(パプア文化芸術展)』を主催した。 ...続きを見る

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2010/04/03 00:00
東京パプア芸術展 Pameran Seni Rupa Papua/Tokyo
インドネシア文化宮(GBI)は来る5月15日、満12歳を迎える。12歳と言えば中学一年生。もうなのか、まだ12歳なのか。思春期の面影はなく、ただ反抗期ばかりが一人歩きしているような気もします、が。12年前、スハルト長期政権が崩壊するちょうど一週間前、GBIが産声をあげました。最初の展示会は、インドネシア最東端のイリアンジャヤ州(現在のパプア州)の南西部アスマット(Asmat)地方の祖霊彫刻にスポットをあてた『アスマット原始美術展』。以降、今日まで、パプア(旧イリアンジャヤ)をテーマ... ...続きを見る

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2010/03/30 00:00
巨大津波に流されたアチェの発電船 Kapal PLTD Apung Tsunami Aceh
2004年12月26日(日)、スマトラ島沖で発生した大地震、そして巨大津波。州都 バンダ・アチェの一角、プンゲ・ブラン・チュ(Punge Blang Cut)地区に、一隻の大型船が海岸から3kmの距離を流され押し寄せた。そして引き潮に伴い街中で鎮座。船は発電船。津波被災以前、アチェ州では独立を目指すGAM(独立アチェ運動)と政府治安当局との長年の紛争が。サボタージュと推定される送電線の切断事件も頻繁に起きた。このため、州都の電力需要を満たすため、海に発電船が浮んでいた。そして大津波。巨... ...続きを見る

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2010/03/18 00:00
巨大津波から45名の命を救ったアチェの一隻の漁船 Kapal Tsunami Aceh
2004年12月26日(日)、スマトラ島沖で発生した大地震、そして巨大津波。州都バンダ・アチェの一角、クルン・アチェ(Krueng Aceh)川の河口付近、クタアラム(Kec.Kuta Alam)地区のランプロ(Lampulo)。ここには津波で流され、一般民家の屋根の上に“漂着”した一隻の漁船がある。この漁船のおかげで、付近住民45名の命が助かった。現在は“津波船(Kapal Tsunami)”として観光スポットにもなろうとしている。マハディさん(27歳)が証言する、津波船物語。撮影は... ...続きを見る

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2010/03/17 00:00
スマトラ島沖大地震・巨大津波体験証言:宏観現象も Kesaksian Tsunami Aceh
2005年3月20日、津波(2004年12月26日)による未曾有の被害を受けたスマトラ島北端のアチェ州。州都アチェ近郊のランプウ(Lampuuk)村で、被災者の一人、バフティアール・フセン(Bachtiar Husen)さん(48歳)から、津波に巻き込まれた体験を聞いた。9人の家族のうち7人を失ったバフティアールさん。大地震が起こる当日の早朝に体験した“宏観現象”と思われる話も。 ...続きを見る

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2010/03/15 00:00
インドネシア最西端のウェ島へ!(動画・2) Ke KM-0 RI(Pulau Weh NAD)
“サバン(Sabang)からメラウケ(Merauke)”のインドネシア共和国。最西端の街サバンは、アチェ州の州都バンダ・アチェから高速艇でおよそ45分。島は「自由貿易港」に指定されているが、そのインセンティブが十分に活かされてはいない。島の最西端にはインドネシア共和国の“始まり”を意味する「KM-0(ゼロkm)」の記念碑が。 ...続きを見る

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2010/03/10 00:00
インドネシア最西端のウェ島へ!(動画) Ke KM-0 RI(Pulau Weh NAD)
“サバン(Sabang)からメラウケ(Merauke)”のインドネシア共和国。最西端の街サバンは、アチェ州の州都バンダ・アチェから高速艇でおよそ45分。島は「自由貿易港」に指定されているが、そのインセンティブが十分に活かされてはいない。島の最西端にはインドネシア共和国の“始まり”を意味する「KM-0(ゼロkm)」の記念碑が。 ...続きを見る

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2010/03/08 00:00
スマトラ島沖大地震・アチェ巨大津波に耐え抜いた樹木たち2 Pohon2 tahan Tsunami
5年余前の2004年12月26日、スマトラ島北端のアチェ州、そしてインド洋沿岸諸国に甚大な被害をもたらした大地震・巨大津波。津波は多くの人命、そして家屋などを奪い去った。しかし、20〜40メートルの高さに達したといわれる大津波の攻撃に耐え、生き残った植物があった。泥土の、黒い海水がまさに一網打尽に洗い流した州都バンダ・アチェ。その広大な、平らな大地に、毅然として立つ木麻黄やグルンパンの樹。茎をえぐられたバナナは、半年後、地中から芽を出し、そしてマングローブも小さな芽を付けていた。 ... ...続きを見る

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2010/03/07 00:00
アチェ州縦断の旅(動画) From Banda Aceh to Kuta Cane
スマトラ島北端に位置するアチェ州。2007年1月、州都バンダ・アチェを出発、高地にタケゴン(Takegon)、ブランケジェラン(Blang Kejeran)などを経由して北スマトラ州との州境付近にあるクタ・チャネ(Kuta Cane)まで、陸路縦断した。 ...続きを見る

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2010/03/06 00:00
スマトラ島沖大地震・アチェ巨大津波に耐え抜いた樹木たち Pohon2 tahan Tsunami
5年余前の2004年12月26日、スマトラ島北端のアチェ州、そしてインド洋沿岸諸国に甚大な被害をもたらした大地震・巨大津波。津波は多くの人命、そして家屋などを奪い去った。しかし、20〜40メートルの高さに達したといわれる大津波の攻撃に耐え、生き残った植物があった。泥土の、黒い海水がまさに一網打尽に洗い流した州都バンダ・アチェ。その広大な、平らな大地に、毅然として立つ木麻黄やグルンパンの樹。茎をえぐられたバナナは、半年後、地中から芽を出し、そしてマングローブも小さな芽を付けていた。 ... ...続きを見る

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2010/03/05 00:00
2007年9月2日アチェ州教育の日(動画4)Hari Pendidikan NAD Sept '07
}2007年9月2日、スマトラ島北端のアチェ州の州都バンダ・アチェで「アチェ州教育の日」の式典が行われた。高校生によるブラスバンド演奏に続いて、最優秀生徒&最優秀学校の表彰が行われた。次いで、会場を国立シーア・クアラ大学キャンパスへ移し、舞踊やコメディなどの文化イベントが。映像を駆使したアチェの歴史紹介も。 ...続きを見る

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2010/03/02 00:00
ハイチ、チリ大地震。アチェ巨大津波を回顧する(動画)。Tsunami Aceh
災害は、忘れない頃にもやってくる。歴史的な犠牲者数を記録したハイチの大地震。そして2010年2月27日、南米のチリでM8.8規模の巨大地震が起きた。しかも、広大な太平洋を超え、津波は日本まで達した。 ...続きを見る

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2010/03/01 00:00
2007年9月2日アチェ州教育の日(動画3) Hari Pendidikan NAD
}2007年9月2日、スマトラ島北端のアチェ州の州都バンダ・アチェで「アチェ州教育の日」の式典が行われた。高校生によるブラスバンド演奏に続いて、最優秀生徒&最優秀学校の表彰が行われた。次いで、会場を国立シーア・クアラ大学キャンパスへ移し、舞踊やコメディなどの文化イベントが。映像を駆使したアチェの歴史紹介も。 ...続きを見る

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2010/02/28 00:00
2007年9月2日アチェ州教育の日(動画2)Hari Pendidikan NAD Sept '07
}2007年9月2日、スマトラ島北端のアチェ州の州都バンダ・アチェで「アチェ州教育の日」の式典が行われた。高校生によるブラスバンド演奏に続いて、最優秀生徒&最優秀学校の表彰が行われた。次いで、会場を国立シーア・クアラ大学キャンパスへ移し、舞踊やコメディなどの文化イベントが。映像を駆使したアチェの歴史紹介も。 ...続きを見る

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2010/02/27 00:00
2007年9月2日アチェ州教育の日(動画)Hari Pendidikan NAD Sept 2007
}2007年9月2日、スマトラ島北端のアチェ州の州都バンダ・アチェで「アチェ州教育の日」の式典が行われた。高校生によるブラスバンド演奏に続いて、最優秀生徒&最優秀学校の表彰が行われた。次いで、会場を国立シーア・クアラ大学キャンパスへ移し、舞踊やコメディなどの文化イベントが。映像を駆使したアチェの歴史紹介も。 ...続きを見る

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2010/02/26 00:00
アチェ州スルタン・イスカンダル・ムダ空港へ(動画) Mendarat di Bandara Aceh
スマトラ島北端のアチェ州。2004年12月26日に同地を襲った未曾有の津波被害。「メッカの前庭」との異名を持つアチェには、インドネシア国内で最も敬虔なイスラム教徒が暮らす、別名「Tanah Rencong」。東南アジアで一番美しいと呼ばれるモスクもある州都バンダ・アチェ。ジャカルタから飛行機でおよそ2時間45分。2009年8月には大型の国際空港施設(SIM)が完成。動画は1998年と2005年に撮影した、SIMへの着陸態勢に入った状況を映し出す。 ...続きを見る

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2010/02/25 00:00
アチェ報道写真展2004-2009延長のお知らせPameran Foto Aceh2004-2009
インドネシア文化宮(GBI)で行われている『アチェ報道写真展2004-2009』の開催期間を1ヵ月間延長し、3月27日(土)までと致します。あのスマトラ島沖大地震&巨大津波の被災から早くも5年間が経過しました。その間、“メッカの前庭(Serambi Mekah)”と呼ばれるアチェ州は、復興の一段落から、開放・自由のスピードアップによる劇的な社会変化の渦中にあります。 ...続きを見る

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2010/02/24 00:00
2004年第4回アチェ文化週間動画(3) アチェ伝統舞踊 PKA-IV Aceh
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Ser ambi Indonesia」と共催。GBIは過去十数年にわたってアチェ州をテーマに、日本 でその文化紹介を行ってきた。スマトラ島沖大地震、それに続く巨大津波でアチェが未曾 有の大自然災害を被った2004年12月26日。その悲劇の4ヵ月ほど前、文民戒厳令 が敷かれるアチェ州で、第4回アチェ文化週間(PKA=Pekan Keb... ...続きを見る

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2010/02/22 00:00
2004年第4回アチェ文化週間動画(2) アチェ伝統集団舞踊サマンPKA-IV Aceh
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Ser ambi Indonesia」と共催。GBIは過去十数年にわたってアチェ州をテーマに、日本 でその文化紹介を行ってきた。スマトラ島沖大地震、それに続く巨大津波でアチェが未曾 有の大自然災害を被った2004年12月26日。その悲劇の4ヵ月ほど前、2004年8月、文民戒厳令 が敷かれるアチェ州の州都バンダ・アチェで第4回アチェ文... ...続きを見る

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2010/02/21 00:00
2004年第4回アチェ文化週間動画 PKA(Pekan Kebudayaan Aceh) IV
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Ser ambi Indonesia」と共催。GBIは過去十数年にわたってアチェ州をテーマに、日本 でその文化紹介を行ってきた。スマトラ島沖大地震、それに続く巨大津波でアチェが未曾 有の大自然災害を被った2004年12月26日。その悲劇の4ヵ月ほど前、2004年8月、文民戒厳令 が敷かれるアチェ州の州都バンダ・アチェで第4回アチ... ...続きを見る

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2010/02/20 00:00
ミキアルさんが読むアチェ詩『慟哭の詩(うた)』Mikial membaca puisi Aceh
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Ser ambi Indonesia」と共催。展示会の一環として、アチェ語とアラビア語の基本単語を学ぶ講座を開設。同時にアチェ詩の朗読会も。 アチェ詩は、インドネシア文化宮(GBI)とJAN(ジャパン・アチェ・ネット))がASA(Aliansi Sastrawan Aceh・アチェ文学者連合)と2005年に共同出版したアチェ詩集全... ...続きを見る

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2010/02/17 00:00
ミキアルさんから学ぶアチェ語の基本単語 kosakata dasar Bahasa Aceh
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Ser ambi Indonesia」と共催。展示会の一環として、アチェ語とアラビア語の基本単語を 学ぶ講座を開設。GBIにとって第100回目のインドネシア理解講座となった。201 0年2月13日、早稲田大学国際教養学部に留学中の、アチェ出身のミキアル・マウリタ (Mikial Maulita)さん(19歳)を講師に迎え、それぞれの... ...続きを見る

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2010/02/16 00:00
ミキアルさんから学ぶアチェ語&アラビア語講座(動画)Belajar bahasa Aceh&Arab
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)までの予定で『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Ser ambi Indonesia」と共催中。展示会の一環として、2010年2月13日、アチェ語とアラビア語の基本単語を 学ぶ講座を開設。GBIにとって第100回目の「インドネシア理解講座」となった。講師は、早稲田大学国際教養学部に留学中の、アチェ出身のミキアル・マウリタ (Mikial Maulita)さん(19歳)。二つ... ...続きを見る

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2010/02/15 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ動画(3)インドネシア語版(3)
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。インドネシア... ...続きを見る

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2010/02/14 00:00
さあアチェへ Mari kita kunjungi Nanggroe Aceh Darussalam
アチェ州(正式名称はナングロ・アチェ・ダルサラーム州=Nanggroe Aceh Darussalam)。世界第6位の巨大なスマトラ島の最北端部。州都はバンダ・ア チェ。インド洋に面し、マラッカ海峡の出入り口の戦略的地理を占め、古来、東西文明の 十字路だった。 ...続きを見る

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2010/02/13 00:00
2月13日留学生のミキアルさんからアチェ語とアラビア語を学ぶ・インドネシア理解講座第100回
2010年2月27日までの予定で開催中の『アチェ報道写真展2004-2009』では、来る2月13日(土)、アチェからの留学生ミキアル・マウリタ(Mikial Maulita)さん(19歳)を講師に、アチェ語とアラビア語を同時に学ぶ、恒例の「2時間でマスターする語学講座」を実施します。「インドネシア理解講座」の記念すべき第100回目となります。 ...続きを見る

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2010/02/12 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ動画(2)インドネシア語版(2)
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。インドネシア... ...続きを見る

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2010/02/11 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ動画(1)インドネシア語版(1)
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。以下3シリー... ...続きを見る

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2010/02/10 00:00
ミキアルさんからアチェ語とアラビア語を学ぶ・インドネシア理解講座第100回
2010年3月27日までの予定で開催中の『アチェ報道写真展2004-2009』では、来る2月13日(土)、アチェからの留学生ミキアル・マウリタ(Mikial Maulita)さん(19歳)を講師に、アチェ語とアラビア語を同時に学ぶ、恒例の「2時間でマスターする語学講座」を実施します。「インドネシア理解講座」の記念すべき第100回目となります。 ...続きを見る

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2010/02/09 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(24 Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/02/08 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(23) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/02/07 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(22) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/02/06 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(21) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/02/05 00:00
第100回インドネシア理解講座・アチェ語&アラビア語・アチェ詩朗読会
2010年3月27日までの予定で開催中の『アチェ報道写真展2004-2009』では、来る2月13日(土)、アチェからの留学生ミキアル・マウリタ(Mikial Maulita)さん(19歳)を講師に、アチェ語とアラビア語を同時に学ぶ、恒例の「2時間でマスターする語学講座」を実施します。「インドネシア理解講座」の記念すべき第100回目となります。 ...続きを見る

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2010/02/04 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(20) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/02/03 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(19) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/02/02 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(18) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/02/01 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(17) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年3月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/31 00:00
第100回インドネシア理解講座・アチェ語&アラビア語・アチェ詩朗読会
2010年3月27日までの予定で開催中の『アチェ報道写真展2004-2009』では、来る2月13日(土)、アチェからの留学生ミキアル・マウリタ(Mikial Maulita)さん(19歳)を講師に、アチェ語とアラビア語を同時に学ぶ、恒例の「2時間でマスターする語学講座」を実施します。「インドネシア理解講座」の記念すべき第100回目となります。 ...続きを見る

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2010/01/30 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(16) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/29 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(15) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/28 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(14) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/27 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(13) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/26 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(12) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/24 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(11) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/23 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(10) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/22 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(9) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/21 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(8) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/20 00:00
アチェのラジオ局「FM Serambi」 FM Serambi, Banda Aceh
阪神・淡路大震災15周年を迎えた、去る1月17日、NHKのラジオ第一は、早朝から「阪神淡路大震災から15年」特別番組を放送した。そして、この番組の中で、津波被災5周年を昨年12月26日に迎えた、スマトラ島北端のアチェ州の模様もリポートされた。 ...続きを見る

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2010/01/19 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(7) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/18 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(6) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/17 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(5) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/15 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(4) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/14 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(3) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/13 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(2) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/12 00:00
ATJEH・オランダ植民地時代のアチェ(1) Aceh menurut buku ATJEH
インドネシア文化宮(GBI)では、2009年12月21日(月)から2010年2月 27日(土)まで、『アチェ津波被災五周年報道写真展』を、アチェの最有力紙「Serambi Indonesia」と共催。その準備の過程で、一冊の古書を入手。題名はずばり「ATJEH(アチェ)」。1873年3月に始まったオランダ軍によるアチェ侵略。以降1912年まで続いた「アチェ戦争」。オランダ自身が作ったオランダ軍のアチェ支配史を綴った貴重な一冊。同書所蔵の画像に見るアチェの19世紀〜20世紀。 ...続きを見る

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2010/01/11 00:00
アチェ報道写真展(2004-2009) Pameran Foto Aceh 2004-2009
インドネシア文化宮(GBI)の2010年の展示会第一弾は、2009年12月21日に始まった『アチェ津波被災5周年報道写真展』を引き継いで、来る2月末まで実施します。まもなく阪神・淡路大震災から15年(2010年1月17日)。アチェは、去る12月26日、スマトラ沖大地震・インド洋巨大津波被災満5周年を迎えた。 ...続きを見る

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2010/01/02 00:00
インドネシア文化宮2009年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2009)
あけましておめでとうございます。 筆者は「端」が好きだ。子どもの頃からそうかもしれない。親がどこからかもらったお土産の羊羹を食べるとき、決まって銀紙の端っこをねだったものだ。端に付いている砂糖の固まった部分が好きだったからだ。ガキ大将という点では「中心」にいることが多かったが、喧嘩が一番弱い「端っこ」の下級生をよくかばってあげた。 ...続きを見る

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2010/01/01 00:00
三橋國民 鎮魂のニューギニア(3) Kunitami Mitsuhashi & Papua
日展参与で造形美術家の三橋國民氏は、2009年8月11日〜16日、銀座鳩居堂画廊で、次いで9月1日〜6日、八王子のいちょうホールで『64年目の夏 鎮魂のニューギニア 三橋國民 2009』展示会を開いた。 2010年に90歳になる三橋氏は、戦時中、野戦高射砲第74大隊第2中隊の隊員として西部ニューギニアのサラワティ(Sarawati)島のサマテ(Samate)に暮らした。戦友はことごとく戦死。40名中2名の生還だった。ニューギニアでの戦争体験を原点に、戦後、造形美術活動を続けてきた。三... ...続きを見る

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2009/12/29 00:00
三橋國民 鎮魂のニューギニア(2) Kunitami Mitsuhashi & Papua
日展参与で造形美術家の三橋國民氏は、2009年8月11日〜16日、銀座鳩居堂画廊で、次いで9月1日〜6日、八王子のいちょうホールで『64年目の夏 鎮魂のニューギニア 三橋國民 2009』展示会を開いた。 ...続きを見る

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2009/12/28 00:00
アチェ津波被災5周年報道写真展をSerambi Indonesia紙が掲載
スマトラ島北端のアチェ州は昨日(2009年12月26日)、津波被災満5周年を静かに回顧した。前夜には、報道関係者によって、犠牲者となった27名の地元メディア記者を追悼するタイマツ行進も行われた。「人は、明日どうなるのか知るすべを持たない。そして人はどこで死を迎えるのか知るすべを持たない」( Q.S. Lukman: 34)---イスラムの教えが説く一節だ。 ...続きを見る

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2009/12/27 00:00
三橋國民 鎮魂のニューギニア(1) Kunitami Mitsuhashi & Papua
日展参与で造形美術家の三橋國民氏は、2009年8月11日〜16日、銀座鳩居堂画廊で、次いで9月1日〜6日、八王子のいちょうホールで『64年目の夏 鎮魂のニューギニア 三橋國民 2009』展示会を開いた。 2010年に90歳になる三橋氏は、戦時中、野戦高射砲第74大隊第2中隊の隊員として西部ニューギニアのサラワティ(Sarawati)島のサマテ(Samate)に陣地を構えた。戦友はことごとく戦死。40名中2名の生還だった。ニューギニアでの戦争体験を原点に、戦後、造形美術活動を続けてきた... ...続きを見る

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2009/12/26 00:00
明日26日、アチェ津波被災から5周年 Tsunami Aceh 5 Tahun
明日、2009年12月26日、スマトラ島北端のアチェ州は、巨大津波被災5周年を迎えます。17万もの尊い人命を一瞬で奪った、歴史的な大自然災害。忘れまじ「Tsunami Aceh」。しかし、あの未曾有の大災害から、私たちは、そしてインドネシア国民は何を学んだのだろうか。以降、毎年のように各地で起こる大地震と津波被害。あの日の“試練”は今日の、そして未来の防災に活かされているのだろうか。 ...続きを見る

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2009/12/25 00:00
三橋國民 『64年目の夏 鎮魂のニューギニア』 Kunitami Mitsuhashi
日展参与で造形美術家の三橋國民氏は、2009年8月11日〜16日、銀座鳩居堂画廊で、次いで9月1日〜6日、八王子のいちょうホールで『64年目の夏 鎮魂のニューギニア 三橋國民 2009』展示会を開いた。 2010年に90歳になる三橋氏は、戦時中、野戦高射砲第74大隊第2中隊の隊員として西部ニューギニアのサラワティ(Sarawati)島のサマテ(Samate)に暮らした。戦友はことごとく戦死。40名中2名の生還だった。ニューギニアでの戦争体験を原点に、戦後、造形美術活動を続けてきた。三... ...続きを見る

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2009/12/24 00:00
アチェ津波被災五周年報道写真展を動画で覗く Pameran Foto Tsunami Aceh
2009年12月21日から始まった『アチェ津波被災5周年報道写真展』。初日のオープンと同時に駆けつけてくれた某テレビ局のチーフ・ディレクター。翌日からインドネシア出張が控えている。彼はアチェへ向かう。あの未曾有の自然災害から来る12月26日で満5年。アチェは不死鳥のように蘇った。写真展は、2004年12月26日の“TSUNAMI”から今日までを撮り続けた、地元最有力紙『Serambi Indonesia(スランビ・インドネシア)』の写真記者が見つめたアチェの2004年〜2009年の実像... ...続きを見る

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2009/12/22 00:00
2010年にも始まるワクデ島の遺骨収集 Pulau Wakde & Prajurit Jepang
3月に次いで今年二回目となった、厚生労働省による西部ニューギニア域戦没者遺骨収集団が去る12月17日帰国した。3月の108柱のおよそ2.7倍に当たる291柱が無言の祖国帰還を果たした。彼らは、現在のパプア州の州都ジャヤプラ(Jayapura・旧ホランジア)近郊のプアイ村で見つかった77柱、そして玉砕の島として戦史に残るビアク(Biak)島で確認された214柱の旧日本軍将兵・軍属の遺骨・遺灰だ。 ...続きを見る

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2009/12/21 00:00
12月21日アチェ津波被災五周年報道写真展スタートPameran 5 thnTsunami Aceh
まだ覚えていますか?今から5年前の2004年12月26日、北スマトラ島沖合で大地震が発生し、インド洋沿岸諸国は23万人もの人命を奪われる未曾有の大災害を被りました。特にスマトラ島の北端に位置するアチェ州を襲った巨大津波は17万の犠牲者をもたらしました。 インドネシア文化宮(GBI)では、その歴史的大自然災害直後から、アチェをテーマに写真展を開催、以降毎年“その日(12月26日)”に向けて、アチェの最有力地元紙『Serambi Indonesia』と共催で、被災後のアチェの歩みを綴る報... ...続きを見る

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2009/12/20 00:00
東西ニューギニアから計702名の遺骨が祖国帰還 Mantan Prajurit Dai Nippon
ごめなんさい。寒かったでしょう。今朝の東京の気温は、今年最低の5度でしたから。日本の真南およそ5,000km。赤道直下のニューギニアに60余年。陽光の直射温度が45度もの大地に瞑っておられたお身体には祖国日本の寒さは堪えたことでしょうね。 日本では昨今、新型インフルエンザが流行しています。どうかご留意、ご自愛ください。 ...続きを見る

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2009/12/17 00:00
12月17日、西部ニューギニア遺骨収集団遺骨引渡式:291柱が無言の祖国帰還
来る12月17日(木)、今年二回目の、厚生労働省派遣による西部ニューギニア地区遺骨収集団が帰国し、東京・千代田区三番町にあります「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」にて遺骨引渡式が行われます。今回はビアク島、ホーランジア(現ジャヤプラ)、ヌンホル島からの祖国帰還となります。過去最多の291柱が還ってくる予定です。 長年同地の遺骨調査に従事し、今回の収集団にも参加した岩手県奥州市のNPO『太平洋戦史館』のメンバーから遺骨が国に引き渡されます。事前予約無しで自由に出席できますので、是非ご参加下さい。 ... ...続きを見る

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2009/12/15 00:00
☆12月17日:西部ニューギニア遺骨収集団遺骨引渡式のお知らせ☆
来る12月17日(木)、今年二回目の、厚生労働省派遣による西部ニューギニア地区遺骨収集団が帰国し、東京・千代田区三番町にあります「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」にて遺骨引渡式が行われます。今回はビアク島、ホーランジア(現ジャヤプラ)、ヌンホル島からの祖国帰還となります。 長年同地の遺骨調査に従事し、今回の収集団にも参加した岩手県奥州市のNPO『太平洋戦史館』のメンバーから遺骨が国に引き渡されます。事前予約無しで自由に出席できますので、是非ご参加下さい。 ...続きを見る

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2009/12/13 00:00
アチェ津波被災五周年報道写真展のお知らせ Pameran 5 tahun Tsunami Aceh
まだ覚えていますか?今から5年前の2004年12月26日、北スマトラ島沖合で大地震が発生し、インド洋沿岸諸国は23万人もの人命を奪われる未曾有の大災害を被りました。特にスマトラ島の北端に位置するアチェ州を襲った巨大津波は17万の犠牲者をもたらしました。 インドネシア文化宮(GBI)では、その歴史的大自然災害直後から、アチェをテーマに写真展を開催、以降毎年“その日(12月26日)”に向けて、アチェの最有力地元紙『Serambi Indonesia』と共催で、被災後のアチェの歩みを綴る報... ...続きを見る

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2009/12/09 00:00
ビアク島マンドン・イブディの旧日本軍洞窟(2) Gua Dai Nippon Biak
今から13年前。1997年5月、“玉砕の島”ビアク島を訪ねた時の写真が資料棚から出てきた。フィルムで撮影したもので、多少変色している。画像は、その3年前の1994年10月、地主のパウルス・カフィアール(Paulus.A.Kafiar)さんによって発見されたとされるマンドン(Mandon)・イブディ(Ibdi)の断崖にある、内部が5室構造の鍾乳洞を写し出している。 ビアク島といえば、1万数千名の日本軍将兵や台湾人、朝鮮半島出身の軍属、そしてインドネシア人兵補や地元パプア人が亡くなった、... ...続きを見る

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2009/12/08 00:00
ビアク島マンドン・イブディの旧日本軍洞窟(1) Gua Dai Nippon Biak
今から13年前。1997年5月、“玉砕の島”ビアク島を訪ねた時の写真が資料棚から出てきた。フィルムで撮影したもので、多少変色している。画像は、その3年前の1994年10月、地主のパウルス・カフィアール(Paulus.A.Kafiar)さんによって発見されたとされるマンドン(Mandon)・イブディ(Ibdi)の断崖にある、内部が5室構造の鍾乳洞を写し出している。 ビアク島といえば、1万数千名の日本軍将兵や台湾人、朝鮮半島出身の軍属、そしてインドネシア人兵補や地元パプア人が亡くなった、... ...続きを見る

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2009/12/07 00:00
アチェ津波被災五周年報道写真展 Pameran 5 tahun Tsunami Aceh
まだ覚えていますか?今から5年前の2004年12月26日、北スマトラ島沖合で大地震が発生し、インド洋沿岸諸国は23万人もの人命を奪われる未曾有の大災害を被りました。特にスマトラ島の北端に位置するアチェ州を襲った巨大津波は17万の犠牲者をもたらしました。 インドネシア文化宮(GBI)では、その歴史的大自然災害直後から、アチェをテーマに写真展を開催、以降毎年“その日(12月26日)”に向けて、アチェの最有力地元紙『Serambi Indonesia』と共催で、被災後のアチェの歩みを綴る報道写... ...続きを見る

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2009/12/04 00:00
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(10)
いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた。同旅団第1大隊第2中隊第... ...続きを見る

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2009/11/24 00:00
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(9)
いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた。同旅団第1大隊第2中隊第... ...続きを見る

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2009/11/22 00:00
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(8)
いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた。同旅団第1大隊第2中隊第... ...続きを見る

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2009/11/20 00:00
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(7)
いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた。同旅団第1大隊第2中隊第... ...続きを見る

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2009/11/19 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』南十字星になった故瀧澤吉治准尉(動画2)
岩手県盛岡に生まれ、中国戦線を経て、西部ニューギニアへ赤道を越えた瀧澤吉治。陸軍第6飛行師団第68戦隊の幹部整備士だった。20歳と4ヵ月で入隊。25歳と9ヵ月で戦死。青春花盛りの齢。 ...続きを見る

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2009/11/18 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』南十字星になった故瀧澤吉治准尉(動画)
岩手県盛岡に生まれ、中国戦線を経て、西部ニューギニアへ赤道を越えた瀧澤吉治。陸軍第6飛行師団第68戦隊の幹部整備士だった。20歳と4ヵ月で入隊。25歳と9ヵ月で戦死。青春花盛りの齢。 ...続きを見る

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2009/11/17 00:00
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(6)
いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた。同旅団第1大隊第2中隊第... ...続きを見る

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2009/11/15 00:00
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(5)
いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた。同旅団第1大隊第2中隊第... ...続きを見る

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2009/11/14 00:00
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(4)
いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた。同旅団第1大隊第2中隊第... ...続きを見る

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2009/11/13 00:00
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(3)
いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた。同旅団第1大隊第2中隊第... ...続きを見る

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2009/11/12 00:00
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(2)
いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた。同旅団第1大隊第2中隊第... ...続きを見る

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2009/11/10 00:00
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(1)
いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた。同旅団第1大隊第2中隊第... ...続きを見る

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2009/11/09 00:00
海軍第202設営隊(11)武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦までを過ごした。そこでも、飢... ...続きを見る

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2009/11/08 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』12月19日まで再々延長。Pameran s/d 19 Des 09
開催期間を一ヶ月間延長して、去る8月8日から10月30日までの予定で実施中の『ニューギニア未帰還兵展』。戦後65年も経過したのにも関わらず、未だ祖国へ還れない、ニューギニアに瞑る幾多の旧日本軍将兵の霊。そして、「いつ、どこで、どのように亡くなったのか?」を究明したいと願う遺族。夫を、父を、兄を、弟を、そして伯父(叔父)の最期の地を必死で探し求めている妻、子、兄弟姉妹、そして姪と甥。 赤紙一枚で出征し、白紙一枚の戦死公報。ニューギニアで亡くなった方々のお墓に安置した白木の箱には何も入っ... ...続きを見る

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2009/11/07 00:00
海軍第202設営隊(10)武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦までを過ごした。そこでも、飢... ...続きを見る

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2009/11/05 00:00
海軍第202設営隊(9) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦までを過ごした。そこでも、飢... ...続きを見る

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2009/11/04 00:00
第35師団野戦病院(東第2931部隊第3分隊)故永井寿三郎氏提供写真 ヌンホル島
再々延長して2009年12月19日までインドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。再延長の最終日、2009年10月30日、『亡き父のアルバムの中に、大戦中にニューギニアで戦死した戦友たちが写っている写真がありました。もしや、ご遺族の方々の中に、身内の消息を探している方がいるのではないかと思って持参しました』---そう言って、横浜市から永井新一さんが駆けつけて... ...続きを見る

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2009/11/03 00:00
海軍第202設営隊(小林光雄氏の絵日記証言)Pasukan 202 AL Dai Nippon
2009年12月19日までインドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る

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2009/11/02 00:00
海軍第202設営隊(8) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦までを過ごした。そこでも、飢... ...続きを見る

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2009/11/01 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』12月19日まで再延長。Pameran Prajurit Jepang
開催期間を一ヶ月間延長して、去る8月8日から10月30日までの予定で実施中の『ニューギニア未帰還兵展』。戦後65年も経過したのにも関わらず、未だ祖国へ還れない、ニューギニアに瞑る幾多の旧日本軍将兵の霊。そして、「いつ、どこで、どのように亡くなったのか?」を究明したいと願う遺族。夫を、父を、兄を、弟を、そして伯父(叔父)の最期の地を必死で探し求めている妻、子、兄弟姉妹、そして姪と甥。 赤紙一枚で出征し、白紙一枚の戦死公報。ニューギニアで亡くなった方々のお墓に安置した白木の箱には何も入っ... ...続きを見る

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2009/10/31 00:00
海軍第202設営隊(7) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦までを過ごした。そこでも、飢... ...続きを見る

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2009/10/29 00:00
海軍第202設営隊(6) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦までを過ごした。そこでも、飢... ...続きを見る

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2009/10/24 00:00
海軍第202設営隊(5) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦までを過ごした。そこでも、飢... ...続きを見る

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2009/10/22 00:00
海軍第202設営隊(4)武内満多男の証言 Pasukan 202 AL Dai Nippon
インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦までを過ごした。そこでも、飢... ...続きを見る

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2009/10/15 00:00
海軍第202設営隊(3) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦までを過ごした。そこでも、飢... ...続きを見る

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2009/10/14 00:00
海軍第202設営隊(2) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦までを過ごした。そこでも、飢... ...続きを見る

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2009/10/13 00:00
海軍第202設営隊(1) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦までを過ごした。そこでも、飢... ...続きを見る

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2009/10/12 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 海軍第202設営隊(7) 戦死公報の謎
『海軍設営隊の太平洋戦争 航空基地築城の展開と活躍』(光人社・1996年4月26日発行)の著者で、元海軍第203設営隊(岩下久哉技術少佐・ハルマヘラ島で基地設営)の西部ニューギニア・ソロン派遣隊長だった佐用泰司元海軍技術大尉によれば、「海軍第202設営隊(永田亀雄技術少佐・昭和18年11月15日海軍横須賀施設部編成)」は、“玉砕設営隊”の第一号だった。一部およそ130名がハルマヘラ島に取り残されたが、約1,000名の隊員が昭和19(1944)年6〜7月、ビアク(Biak)島で戦死した。... ...続きを見る

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2009/10/11 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 海軍第202設営隊(6) 武内満多男 
インドネシア文化宮(GBI)で10月30日までの日程で開催中の『ニューギニア未帰還兵展』を訪れた、元海軍第202設営隊(永田亀雄技術少佐)の隊員だった東京・練馬区在住の武内満多男さん(83歳)から同隊に関する貴重な資料提供を受けた。同氏とのインタビュー内容は後日紹介するとして、資料によってこれまで不明だった数々の謎解きが可能となった。海軍第202設営隊は、およそ230を数える海軍設営隊の中でも、最初の“玉砕部隊”として不幸な名誉を残している。しかし、その要員数については、明瞭な記述がな... ...続きを見る

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2009/10/10 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿(10)
菊池英昭さん(67歳)が10年の歳月を費やして独自に収集した「朝鮮人戦死者名簿」。そこにはおよそ2万1千名の朝鮮半島出身者で、日本軍の軍人・軍属として、中国大陸、アジア・太平洋地域で戦没した方々の氏名(主に日本語名)が記されている。膨大な資料である。その中から、ニューギニア島及び同島近辺の戦没者に絞って、以下、公表する。 ...続きを見る

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2009/10/08 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿(9)
菊池英昭さん(67歳)が10年の歳月を費やして独自に収集した「朝鮮人戦死者名簿」。そこにはおよそ2万1千名の朝鮮半島出身者で、日本軍の軍人・軍属として、中国大陸、アジア・太平洋地域で戦没した方々の氏名(主に日本語名)が記されている。膨大な資料である。その中から、ニューギニア島及び同島近辺の戦没者に絞って、以下、公表する。 ...続きを見る

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2009/10/07 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿(8)
菊池英昭さん(67歳)が10年の歳月を費やして独自に収集した「朝鮮人戦死者名簿」。そこにはおよそ2万1千名の朝鮮半島出身者で、日本軍の軍人・軍属として、中国大陸、アジア・太平洋地域で戦没した方々の氏名(主に日本語名)が記されている。膨大な資料である。その中から、ニューギニア島及び同島近辺の戦没者に絞って、以下、公表する。 ...続きを見る

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2009/10/06 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿(7)
菊池英昭さん(67歳)が10年の歳月を費やして独自に収集した「朝鮮人戦死者名簿」。そこにはおよそ2万1千名の朝鮮半島出身者で、日本軍の軍人・軍属として、中国大陸、アジア・太平洋地域で戦没した方々の氏名(主に日本語名)が記されている。膨大な資料である。その中から、ニューギニア島及び同島近辺の戦没者に絞って、以下、公表する。 ...続きを見る

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2009/10/05 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿(6)
菊池英昭さん(67歳)が10年の歳月を費やして独自に収集した「朝鮮人戦死者名簿」。そこにはおよそ2万1千名の朝鮮半島出身者で、日本軍の軍人・軍属として、中国大陸、アジア・太平洋地域で戦没した方々の氏名(主に日本語名)が記されている。膨大な資料である。その中から、ニューギニア島及び同島近辺の戦没者に絞って、以下、公表する。 ...続きを見る

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2009/10/04 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿(5)
菊池英昭さん(67歳)が10年の歳月を費やして独自に収集した「朝鮮人戦死者名簿」。そこにはおよそ2万1千名の朝鮮半島出身者で、日本軍の軍人・軍属として、中国大陸、アジア・太平洋地域で戦没した方々の氏名(主に日本語名)が記されている。膨大な資料である。その中から、ニューギニア島及び同島近辺の戦没者に絞って、以下、公表する。 ...続きを見る

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2009/10/03 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿(4)
菊池英昭さん(67歳)が10年の歳月を費やして独自に収集した「朝鮮人戦死者名簿」。そこにはおよそ2万1千名の朝鮮半島出身者で、日本軍の軍人・軍属として、中国大陸、アジア・太平洋地域で戦没した方々の氏名(主に日本語名)が記されている。膨大な資料である。その中から、ニューギニア島及び同島近辺の戦没者に絞って、以下、公表する。 ...続きを見る

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2009/10/02 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿(3)
菊池英昭さん(67歳)が10年の歳月を費やして独自に収集した「朝鮮人戦死者名簿」。そこにはおよそ2万1千名の朝鮮半島出身者で、日本軍の軍人・軍属として、中国大陸、アジア・太平洋地域で戦没した方々の氏名(主に日本語名)が記されている。膨大な資料である。その中から、ニューギニア島及び同島近辺の戦没者に絞って、以下、公表する。 ...続きを見る

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2009/10/01 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿(2)
菊池英昭さん(67歳)が10年の歳月を費やして独自に収集した「朝鮮人戦死者名簿」。そこにはおよそ2万1千名の朝鮮半島出身者で、日本軍の軍人・軍属として、中国大陸、アジア・太平洋地域で戦没した方々の氏名(主に日本語名)が記されている。膨大な資料である。その中から、ニューギニア島及び同島近辺の戦没者に絞って、以下、公表する。 ...続きを見る

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2009/09/30 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿
開催中の『ニューギニア未帰還兵展』に菊池英昭さん(67歳)が「朝鮮人戦死者名簿」を持ってやってきた。立川市在住の菊池さんは、10年の歳月を費やし、旧日本軍の軍人・軍属として日中戦争・太平洋戦争で戦死した約2万1千名の名簿を作り上げた。出版計画は、今のところ“頓挫”しているそうだが、遠くない将来日の目を見るとのことだ。 先の大戦に、多くの朝鮮半島出身者、そして台湾人、さらにインドネシア人、インド人などが日本軍の軍人・軍属・兵補などの立場で従軍している。そして、その戦没者数も決して少ない... ...続きを見る

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2009/09/29 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を「東京新聞」が報道
開催期間を一ヵ月延長し、10月30日までの予定で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。未だ“戦後”を実感することのできない多くの人々が、インドネシア文化宮(GBI)に足を運ぶ。『東京新聞』が今朝(2009年9月28日)、「ニューギニア戦線 遺品展に反響」、「最期知りたい思い切実」の見出しで、同展について特報面で大きく取り上げた。『読売新聞』、『朝日新聞』に次ぐ報道に、来宮者は引きもきらない。 ...続きを見る

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2009/09/28 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 海軍第202設営隊(5) 故小池省吾軍属
1944年5月27日の連合軍ビアク島上陸後、海軍第202設営隊の軍属工員約720名並びに指揮部隊など総計860名(但し内60数名は捕虜となり戦後帰還)はどのような運命をたどったのか?これを知る唯一の手がかりが、元同設営隊の海軍書記であった帰還兵・小林福市氏(故人)の手記にある。『濠北を征く』(濠北方面遺骨引揚促進会・昭和31年8月20日発行)の同氏による記録『海軍ニ〇ニ設営隊の奮闘』によれば次のような経緯を辿っている。 ...続きを見る

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2009/09/26 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』10月30日まで延長。Pameran Prajurit Jepang
去る8月8日から9月30日までの予定で開催中の『ニューギニア未帰還兵展』。想定外の、実に多くの方々が展示会場に駆けつけています。その多くは、戦後64年間、ずっと肉親の“最期”に関する情報を探し続けてきました。しかし、戦死の正確な場所はおろか、戦死日さえ疑惑に包まれた「戦死公報」は、遺族の気持ちを納得させるものではありませんでした。いわんや、遺骨はおろか遺品さえも戻ってはきませんでした。「国から手渡されたものは、氏名を書いた一枚の紙が入っている白い木箱だけでした」---大方がそう言ってい... ...続きを見る

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2009/09/25 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 海軍第202設営隊(4) 故小池省吾軍属
海軍第202設営隊(永田亀雄海軍技術少佐)は、第4南遣艦隊(山縣正郷中将・司令部はアンボン)から派遣された白石義雄、桑原三郎両海軍技術大尉の現地調査を基に、当初ビアク島のボスネック海岸裏手の高台に3ヶ所の飛行場建設を命じられていた。ボスネックは、まさに昭和19(1944)年5月27日、連合軍が上陸した海岸そのものだった。しかし、同設営隊の本隊主力がビアク島に到着したのは4月中旬以降〜5月初旬。一方、連合軍は4月22日、ビアクの東南東約530kmのホランジア(現ジャヤプラ)にすでに上陸し... ...続きを見る

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2009/09/21 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 海軍第202設営隊(3) 故小池省吾軍属
海軍第202設営隊(昭和18(1943)年11月15日、横須賀で編成。部隊長は永田亀雄海軍技術少佐。隊員数860名。所属艦隊は第四南遣艦隊・山縣正郷中将。派遣元は海軍横須賀施設部)のわずか60数名の生き残り将兵の一人である同隊書記の小林福市は、その著『永田部隊の最後(ビアク島)』の中で次のように記している。 ...続きを見る

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2009/09/20 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 海軍第202設営隊(2) 故小池省吾軍属
海軍第202設営隊は、『海軍設営隊の太平洋戦争(光人社刊:1996年4月)』の著者で元海軍第203設営隊の技術大尉佐用泰司氏によれば“不運な設営隊”だった。「この不運な設営隊は、ニューギニア北岸のビアク島に進出することになっていた。しかし、便船の関係で、一時カウ(注:ハルマヘラ島)の対岸ロロバタに揚陸し、つぎの便船を待って、ビアク島に進出することとなった。その待機期間、彼らはカウ、ロロバタ地区の設営に協力していた」。 ...続きを見る

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2009/09/19 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』 海軍第202設営隊(1) 故小池省吾軍属
歴史に残る太平洋戦争の激戦地、ビアク(Biak)島。西部ニューギニアの北岸沖合いに浮び、面積は約1,800km2。足の形によく似たこの島は珊瑚礁の隆起でできたため、無数の鍾乳洞があり、それらはそのまま日本軍の応戦陣地として利用された。ビアク島の戦没者はおよそ13,000名。当時、第2方面軍司令官の阿南惟幾大将が「ビアクを敵に委すれば空母10隻を敵に与えるに等しい」とまで表現した、絶対国防圏外郭の、航空大決戦を前提とした戦略上の最重要拠点だった。 ...続きを見る

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2009/09/18 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』28 故田中梅男伍長
今日、民主党政権が旗揚げした。期待と不安---とマスコミは描く。どんな未来像が生まれるのかは別にして、日本政治史が新たなページを記し始めたことは確かだ。その歴史の執筆者は、鳩山由紀夫総理。一方、自由民主党は、雌伏の時代を刻み始めた。 ...続きを見る

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2009/09/16 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』27 故瀧澤吉治准尉(4)
瀧澤吉治曹長はいったいどこで戦死したのか?そしてその日はいつか? 岩手県保健福祉部地域福祉課が原本を基に証明するところによれば、瀧澤(飛行第68戦隊=襲第9151部隊)は昭和19年5月30日、西部ニューギニアのトム付近で戦死となっている。原本を作成した調製官は飛行第68戦隊長代理の陸軍少佐田崎次夫(但し、田崎少佐は西部ニューギニアには転進せずに、当時東部ニューギニアのウエワク南方山中にいたことから推測して、直接情報を基に記したものとは思えない)。 ...続きを見る

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2009/09/14 00:00
『ニューギニア未帰還兵展』を10月30日まで延長。Pameran Prajurit Jepang
去る8月8日から9月30日までの予定で開催中の『ニューギニア未帰還兵展』。想定外の、実に多くの方々が展示会場に駆けつけています。その多くは、戦後64年間、ずっと肉親の“最期”に関する情報を探し続けてきました。しかし、戦死の正確な場所はおろか、戦死日さえ疑惑に包まれた「戦死公報」は、遺族の気持ちを納得させるものではありませんでした。いわんや、遺骨はおろか遺品さえも戻ってはきませんでした。「国から手渡されたものは、氏名を書いた一枚の紙が入っている白い木箱だけでした」---大方がそう言ってい... ...続きを見る

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2009/09/13 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』26 故瀧澤吉治准尉(3)
『薄れゆく悲劇 西部ニューギニア戦線(池見坦著)』によれば、ゴアイに駐屯していた池見氏を含む工作機関(鰐機関:内山守衛中尉指揮下)は4月27日に、ゲニム西方の村(村名不明)で、ゲニムから転進してくる「哀れな日本兵」の姿に接している。乞食同然の姿。銃を持つ者は皆無。手には杖、腰には飯盒と鞘なしの帯剣。この記憶に間違いがなければ、これら日本兵は、4月26日ゲニムを発った第1梯団とも想像される。あるいは、デムタかデパプレ方面から、もっと早くサルミに向けて出発した一団かもしれない。いずれにして... ...続きを見る

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2009/09/12 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』26 故瀧澤吉治准尉(2)
昭和19(1944)年4月22日、連合軍はホランジア(現ジャヤプラ)へ上陸するが、その前月末、ホランジアには第4航空軍(寺本熊市中将)司令部と、その隷下にある第6飛行師団(板花義一中将)が東部ニューギニアのウェワク(Wewak)から後退してきていた。そして、瀧澤吉治曹長が戦闘機整備要員として所属する、第4航空軍隷下の第6飛行師団傘下の第14飛行団(徳永賢治大佐)隷下の飛行第68戦隊も、同年3月中旬、空中勤務者(パイロット)の主力と整備員の一部計約50名が(おそらく空路)ホランジアに移動... ...続きを見る

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2009/09/11 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』25 故岩渕金次郎准尉
「ひいじいちゃんと太平洋戦争」----2009年9月6日(日)、インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』に、表題のファイルを持った少年がやってきた。東京・中野区立南中学校1年生の上野健太君(12歳)。野球部員だそうで、毬栗頭がなんとも頼もしい。祖母の曽屋真紀子さん66歳)そして母の上野睦子さん(41歳)も一緒だ。 ...続きを見る

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2009/09/08 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』24 岩渕宣輝が語る
2009年9月6日(日)、太平洋戦史館の岩渕宣輝会長理事が、インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』会場を訪れ、西部ニューギニアに放置されたままの旧日本兵の遺骸の現状についてミニ講義を行った。戦後65年目に入ったが、西部ニューギニアには、いまだに“戦後”が来ない3万を超える将兵が瞑っている。 ...続きを見る

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2009/09/07 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』23 故瀧澤吉治准尉
瀧澤吉治。大正7(1918)年8月13日、瀧澤吉助の長男として岩手県盛岡生まれ。 瀧澤吉治。昭和19年(1944)年5月30日、西部ニューギニアのトムで戦死。 瀧澤吉治。20歳と4ヶ月で入隊。25歳と9ヶ月で戦死。 瀧澤吉治。平成21(2009)年9月初旬現在、未帰還兵。 ...続きを見る

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2009/09/06 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』22 岩渕宣輝が東京へ
「あのォー、ビアク島の遺留品の中にYの苗字の物はないでしょうか?」----フィリピンのルソン島で実兄を亡くした、現在84歳の女性から電話があった。航空部隊に所属していたという兄の戦死の通知は、一枚の白い紙切れだった。「ルソン島ってビアク島の近くでしょうか?もしや、兄がそのビアク島にもいたかもと思って....」。「Yの遺品があれば、両親のお墓に入れてあげたいと思っていますが...」 ...続きを見る

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2009/09/05 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』21故田中應海大尉
ホランジア(現ジャヤプラ)の陥落(1944年4月22日連合軍上陸)に続くサルミへの“地獄の転進”作戦。やがて連合軍は、第2方面軍司令官だった阿南惟幾大将をして「ここを失うは空母10隻を失うに等しい」とまで言わしめたビアク島へ上陸(1944年5月27日)。第6飛行師団を核とするサルミ転進部隊は、直線距離でおよそ230kmの敗走行軍で、主に飢餓と病魔によって5,000名を超える将兵が屍となった。ジャヤプラ・サルミ間は、まさに“白骨街道”と化した。さらに、サルミ地区(1944年5月17日、連... ...続きを見る

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2009/09/04 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を「読売新聞」が報道
「読売新聞」がインドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』に関して、「日本は迎えに来ていない 激戦ビアク島 帰れぬ遺骨」と題する記事を都民版に掲載した2009年9月3日の朝、東京・銀座のホテルで、元インドネシア共和国教育文化大臣(1993-1998)のワルディマン・ジョヨネゴロ(Wardiman Djojonegoro)氏と朝食を共にした。ワルディマンさんは昨年、日本政府の秋の叙勲で、日本・インドネシア国間の学術・文化交流の促進に寄... ...続きを見る

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2009/09/03 00:00
“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)5 Goa Jepang Pulau Biak Papua
海のビアク(安田和彦)) 赤道直下の南太平洋、チェンドラワシ(極楽鳥)湾に浮かぶビアク島。そこで、豊かで美しい海の姿に出会った。ビアク・ヌンホル県の県都ビアク市内の魚市場。天気が良くて出漁のあった日には、必ずオープン。私達が訪れた8月中旬、市場には色々な魚が並んでいた。カツオ、マグロ、サヨリ、そしてタイ、ハタ、アジ、エビ。活きたウミガメまでも。近くでは、ぶつ切りにした魚を炭火で焼いている屋台があり、結構繁盛している。バイクでやってきた市民が、一匹、二匹と買っていく。 ...続きを見る

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2009/09/02 00:00
“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)4 Goa Jepang Pulau Biak Papua
あの戦争が残したもの(安田和彦) あの戦争とは何を指すのか。それは生まれ育った時代、そして国籍によって異なるのだろうが、“戦後”20年も経ってから青森県で生まれた私にとって、あの戦争とは太平洋戦争もしくは大東亜戦争のことだ。今夏、“玉砕の島”と呼ばれるビアク島を訪れ、戦争が残したものを数々目にした。ビアク島には“戦後”そして“戦中”が共存していた。 ...続きを見る

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2009/09/01 00:00
“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)3 Goa Jepang Pulau Biak Papua
まだ来ない“戦後”(安田和彦) ビアク島西洞窟のすぐ近くに「第二次世界大戦博物館」がある。日本軍と連合軍双方の遺留品を展示している。西洞窟を訪れ、洞窟内と戦没日本人之碑の前で慰霊のお祈りをした後、その博物館を見学した。そこで、博物館を運営する傍ら、旧日本兵の遺骨収集に協力しているというユスフ氏と会った。 ...続きを見る

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2009/08/31 00:00
“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)2 Goa Jepang Pulau Biak Papua
「(注:昭和19年)六月二十一日頃になると、西洞窟は殆ど完全に包囲され、敵は至近から戦車砲、火焔放射器及点火ドラム缶等で洞窟内を攻撃する様になった。洞窟入口附近の戦闘は酸鼻を極め、支隊長(注:第36師団歩兵第222連隊長の葛目直幸大佐)は玉砕を覚悟したが、西原大隊の増援、千田少将の意見具申、鹿野副官、渡辺大尉(第一大隊長代理)の諌止等に依り決意を翻し、二十二日夜暗を利用して西洞窟を脱出することになった。脱出に先立ち独歩不能の重症患者約百数十名は、全員必勝を確信して莞爾として自決を遂げ、... ...続きを見る

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2009/08/30 00:00
“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)Goa Jepang, Pulau Biak, Papua
京都産業大学の安田和彦教授が今夏、パプア州のビアク島を訪れた。インドネシア共和国が第64回独立記念日を迎えた2009年8月17日早朝、首都ジャカルタからおよそ6時間の夜間飛行の末、安田さん夫妻は“玉砕の島”ビアク(Biak)島に到着。戦時中、この島では第2軍直轄の、歩兵第222連隊(葛目直幸大佐:雪3523部隊=青森編成)を主力とするビアク支隊が海軍部隊と共に、連合軍と対峙。激戦は、1万数千の将兵・軍属の命を奪った。歩兵第222連隊の原隊である第36師団(通称雪兵団)は、青森県弘前の編... ...続きを見る

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2009/08/29 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』21 金属カップ 杉本
およそお洒落な形のカップに似合わない、銃弾貫通の跡。「太平洋戦史館」(岩手県奥州市)が、玉砕のビアク(Biak)島で見つけた金属製のカップ。誰が、何を飲むために使っていたのだろうか。いや、すくなくとも「誰」かは知れている。底に『杉沢』と刻まれている。 ...続きを見る

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2009/08/27 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』20 飯盒の内蓋 久保金治
「太平洋戦史館」がビアク島で収集し、現在インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展--私たちは帰りたい。祖国日本へ』で展示されている数々の旧日本軍将兵の水筒、飯盒などの遺留品。その中に、「久保金治」とフルネームが刻まれた飯盒の蓋がある。姓と名までもが明確にも関わらず、未だ遺族に関する情報が得られていない。当時、フルネームを飯盒や水筒に書くことは稀で、たいていは苗字のみだった。 “玉砕の”ビアク(Biak)島で戦死した将兵の数は1万数千と言われている。「久保金治... ...続きを見る

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2009/08/25 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』19 飯盒の内蓋 中島愼希一?
「太平洋戦史館」がホランジア(現ジャヤプラ)西方のゲニェム(ゲニム=Genyem)地区で収集し、現在インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展--私たちは帰りたい。祖国日本へ』で展示されている数々の旧日本軍将兵の水筒、飯盒などの遺留品。その中に、「中島慎市」あるいは「中島愼市」、もしくは「中島慎希一」か「中島愼希一」とも読める、フルネームが刻まれた飯盒の内蓋がある。姓と名がほぼ判読可能にも関わらず、未だ遺族に関する情報が得られていない。当時、フルネームを飯盒や水筒に... ...続きを見る

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2009/08/24 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』18 水筒 長野一彦
「太平洋戦史館」がビアク島で収集し、現在インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展--私たちは帰りたい。祖国日本へ』で展示されている数々の旧日本軍将兵の水筒、飯盒などの遺留品。その中に、「長野一彦」とフルネームが刻まれた水筒がある。姓と名までもが明確にも関わらず、未だ遺族に関する情報が得られていない。当時、フルネームを飯盒や水筒に書くことは稀で、たいていは苗字のみだった。 “玉砕の”ビアク(Biak)島で戦死した将兵の数は1万数千と言われている。「長野一彦」さ... ...続きを見る

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2009/08/23 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』17飯盒の内蓋 渡辺貞雄
「太平洋戦史館」がビアク島で収集し、現在インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展--私たちは帰りたい。祖国日本へ』で展示されている数々の旧日本軍将兵の水筒、飯盒などの遺留品。その中に、「渡辺貞雄」とフルネームが刻まれた飯盒の内蓋がある。姓と名までもが明確にも関わらず、未だ遺族に関する情報が得られていない。当時、フルネームを飯盒や水筒に書くことは稀で、たいていは苗字のみだった。 “玉砕の”ビアク(Biak)島で戦死した将兵の数は1万数千と言われている。「渡辺貞雄」... ...続きを見る

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2009/08/22 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』 16 飯盒・鈴木信太
「太平洋戦史館」がビアク島で収集し、現在インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展--私たちは帰りたい。祖国日本へ』で展示されている数々の旧日本軍将兵の水筒、飯盒などの遺留品。その中に、「鈴木信太」とフルネームが刻まれた飯盒がある。姓と名までもが明確にも関わらず、未だ遺族に関する情報が得られていない。「鈴木」の二文字は、大きく二重線で刻まれ、「信太」は、少し小さめで一本の線。当時、フルネームを飯盒や水筒に書くことは決して多くはなく、たいていは苗字のみだった。但し... ...続きを見る

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2009/08/20 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』 15 小野寺中尉の水筒
インドネシア文化宮(GBI)で涙を見ない日はない。開催中の『ニューギニア未帰還兵展--私たちは帰りたい。祖国日本へ』を目指して、親族を西部ニューギニアで亡くされた方々が多く訪れている。64回目の終戦記念日が数日前に過ぎたとはいえ、それはカレンダー上での出来事。心の奥底には“戦後”が未だ訪れていないと思わせる抜けないトゲが残っている。あれから64年も経ったというのに。 「義父はビアク島で亡くなったとされています。義母が生きていた時には、テレビで旧日本兵の話題が取り上げられる度に、『... ...続きを見る

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2009/08/19 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』14 終戦記念日
終戦から満64年。2009年8月15日(土)正午。東京・九段の日本武道館で、政府主催の「全国戦没者追悼式」が行われた。“戦後”は65年目に入った。終戦の年に19歳で徴兵検査を受けた人も、今では83歳。あの日はますます遠ざかっている。 以下は同追悼式典における天皇陛下と首相の言葉。 ...続きを見る

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2009/08/15 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』13 トル川
開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』に、身内を西部ニューギニアで亡くした方々がたくさん駆けつけている。もしや、展示されている遺留品の中に、身内の物が含まれていないか?どこで、どのように戦死・戦病死したのか、何か手掛かりを得られるのでは?そんな思いで関東一円から、インドネシア文化宮(GBI)を目指して集まっている。 その中のお一人、町田市の川口美代子さんは幼い頃、実父の小坂岩吉兵長をニュギニア本島北岸で亡くした。戦後、昭和21年9月13日付で大平秀夫東京... ...続きを見る

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2009/08/12 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』 12 ビアク島へ
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』のスタート二日目の8月10日。展示主要対象地であるビアク(Biak)島に向けて五日後に出発するという、京都産業大学の安田和彦教授ご夫妻がやってきた。これまでインドネシア各地を旅行しているが、西部ニューギニアは初訪問。しかも訪問地は“玉砕の島”ビアク。 戦時中、大本営は当初、第2方面軍(阿南惟幾大将)隷下の第2軍(豊嶋房太郎中将)、その隷下の第36師団(雪兵団:田上八郎中将)を当初、西部ニューギニアのホランジア(Holland... ...続きを見る

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2009/08/11 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』11ビアク島戦史
開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』は、主に、“玉砕の島”ビアク(Biak)島の未帰還兵に焦点を当てている。1万を超す兵が戦死したが、いまだに約6,000人の遺骸が収集されていない。まだ“遺骨”にさえなっていない。以下このビアク島の戦史をインドネシア語の動画で辿る。 ...続きを見る

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2009/08/10 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』 が始まる10
広島と長崎の64回目の“原爆の日”を挟む8月8日(土)、インドネシア文化宮(GBI)で『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』が始まった。世はお盆の帰省ラッシュのスタート。展示会初日、会場には共催者である「太平洋戦史館(岩手県奥州市)」の関東在住の会員の皆さんが駆けつけてくれた。その一人、相模原市在住の座間淳子さんは、去る7月、西部ニューギニアのかつての激戦地であるサルミやビアク島などの慰霊巡拝の旅に参加した。サルミ東方の“玉砕の島”ワクデ島にも渡った。座間さんの伯... ...続きを見る

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2009/08/09 00:00
今日からスタート『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』9
今日、2009年8月8日(土)から『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』が始まります。間もなく戦後65年目に入ります。しかし、激戦地だった西部ニューギニア(現在のインドネシア・パプア州、中パプア州、西パプア州)には、今でも少なくとも3万名を超える旧日本兵の遺骸が、放置されたままで、まさに“野垂れ死に”の観を呈しています。“祖国”のためと、赤道を越えた日本軍、そして日本軍と共に南下した朝鮮半島や台湾出身者、さらに日本軍に協力したインドネシア人兵補やパプア住民。彼... ...続きを見る

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2009/08/08 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』8 ビアク島からの遺留品3
まもなく戦後65年目に入る。しかし、いまだに祖国日本へ帰還することができない、西部ニューギニアに瞑る少なくとも3万名の旧日本兵。戦後、同胞に遺骸を拾われることなく、珊瑚礁台地の洞窟、深いジャングル、そして湿地帯などに放置されている。2009年8月8日〜9月30日、インドネシア文化宮(GBI)は、岩手県奥州市の「太平洋戦史館」と共催で、『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を 開催する。 玉砕の島・ビアク島で見つかる数々の遺留品。飯盒のフタはその一つ。姓名が刻... ...続きを見る

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2009/08/07 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』7 ビアク島からの遺留品2
まもなく戦後65年目に入る。しかし、いまだに祖国日本へ帰還することができない、西部ニューギニアに瞑る少なくとも3万名の旧日本兵。戦後、同胞に遺骸を拾われることなく、珊瑚礁台地の洞窟、深いジャングル、そして湿地帯などに放置されている。2009年8月8日〜9月30日、インドネシア文化宮(GBI)は、岩手県奥州市の「太平洋戦史館」と共催で、『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を 開催する。 玉砕の島・ビアク島で見つかる数々の遺留品。飯盒はその一つ。姓名が刻まれた... ...続きを見る

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2009/08/07 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』6 ビアク島からの遺留品
まもなく戦後65年目に入る。しかし、いまだに祖国日本へ帰還することができない、西部ニューギニアに瞑る少なくとも3万名の旧日本兵。戦後、同胞に遺骸を拾われることなく、珊瑚礁台地の洞窟、深いジャングル、そして湿地帯などに放置されている。2009年8月8日〜9月30日、インドネシア文化宮(GBI)は、岩手県奥州市の「太平洋戦史館」と共催で、『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を 開催する。 玉砕の島・ビアク島で見つかる数々の遺留品。水筒はその一つ。姓が刻まれた水... ...続きを見る

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2009/08/06 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』5 ビアク島戦史
まもなく戦後65年目に入る。しかし、いまだに祖国日本へ帰還することができない、西部ニューギニアに瞑る少なくとも3万名の旧日本兵。戦後、同胞に遺骸を拾われることなく、珊瑚礁台地の洞窟、深いジャングル、そして湿地帯などに放置されている。2009年8月8日〜9月30日、インドネシア文化宮(GBI)は、岩手県奥州市の「太平洋戦 史館」と共催で、『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を 開催する。西部ニューギニア(パプア州)最大の凄惨な激戦地ビアク島の戦史を映像で綴る(... ...続きを見る

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2009/08/05 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』4 ビアク島戦史
まもなく戦後65年目に入る。しかし、いまだに祖国日本へ帰還することができない、西部ニューギニアに瞑る少なくとも3万名の旧日本兵。戦後、同胞に遺骸を拾われることなく、珊瑚礁台地の洞窟、深いジャングル、そして湿地帯などに放置されている。2009年8月8日〜9月30日、インドネシア文化宮(GBI)は、岩手県奥州市の「太平洋戦 史館」と共催で、『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を 開催する。西部ニューギニア(パプア州)最大の凄惨な激戦地ビアク島の戦史を映像で綴る 。 ... ...続きを見る

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2009/08/04 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』3 ビアク島日誌
一万数千名の犠牲者を出したビアク島の戦い。終戦後、マノクワリの日本軍と連合軍との合同捜索隊が同島に入った。しかし、生存兵わずか八名を収容できたのみだった。その生存者の一名が、連合軍の厳しい監視をかいくぐり日本に持ち帰り、遺族に手渡した一冊のノート。それが、第36師団歩兵第222連隊を基幹とするビアク支隊附の陸軍主計中尉浅野寛氏(陸軍経理学校第二期乙種学生)が書き記した日記帳だった。 日記の開始は「五月三十日」(注:1944年5月30日のこと。この三日前の5月27日、連合軍がビアク... ...続きを見る

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2009/08/03 00:00
『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』2 Pameran Prajurit
まもなく戦後65年目に入る。しかし、いまだに祖国日本へ帰還することができない、西部ニューギニアに瞑る少なくとも3万名の旧日本兵。戦後、同胞に遺骸を拾われることなく、珊瑚礁台地の洞窟、深いジャングル、そして湿地帯などに放置されている。2009年8月8日〜9月30日、インドネシア文化宮(GBI)は、岩手県奥州市の「太平洋戦史館」と共催で、『ニューギニア未帰還兵展---私を祖国日本へ帰らせてください』を開催する。西部ニューギニア(パプア州)の戦史、そして玉砕が残した史実を映像で綴る。 ... ...続きを見る

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2009/08/02 00:00
「ニューギニア未帰還兵展--私たちは帰りたい。祖国日本へ」開催のお知らせ
お母様、お父様、お変りございませんでしょうか。 お婆様、お爺様 お元気でしょうか。 兄上様、姉上様、そしてご家族の皆様、達者でお暮らしでしょうか。 叔母様、叔父様、そしてご家族の皆様、お変わりありませんでしょうか。 戦友の皆々様方、日本は立派なお国になりましたでしょうか。 ...続きを見る

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2009/08/01 00:00
『東ヌサトゥンガラ(NTT)州の伝統楽器とイカット(絣)文化展』開催のお知らせ
『東ヌサトゥンガラ(NTT)州のイカット(絣)とササンドゥ音楽展』は、去る2月28日から5月末まで3ヵ月間の日程で開催されましたが、同州政府文化使節団の来日計画に鑑み、同展を『東ヌサトゥンガラ(NTT)州の伝統楽器とイカット(絣)文化展(Pameran Budaya NTT)』として、新たにNTT州文化紹介の第二弾として2ヶ月間の展示会をスタートさせることになりました。前者で行われた「ロテ島の伝統楽器ササンドゥ演奏会&講習会」は、予想を上回る反響を記録しました。世界中で同州にのみ存... ...続きを見る

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2009/05/29 00:00
NTT州のイカットとササンドゥ音楽展がスタート(Pameran Ikat & Sasandu NTT
今週の土曜日(2009年2月28日)から『東ヌサトゥンガラ州のイカット(絣)とササンドゥ音楽展(Pameran Tenun Ikat & Musik Sasandu, Provinsi NTT)』が始まります。来る5月末までの3ヶ月間を予定しています。州都のクーパンのからの連絡によりますと、同州政府は、来たる4月初旬にも州知事を団長に、文化使節団を日本へ派遣する計画をたてているそうです。これが実現しますと、日本で初の本格的ササンドゥ音楽演奏会が開催可能となります。 実現できるかど... ...続きを見る

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2009/02/27 00:00
『東ヌサトゥンガラ州のイカットとササンドゥ音楽展』開催のお知らせ(Pameran Sasandu)
2008年、インドネシア文化宮(GBI)は、「日本・インドネシア国交50周年記念文化イベント」として、1〜3月に『ロテ島&サヴ島伝統イカット展』、4〜6月に『ヌサンタラ・テキスタイル文化展』、6〜10月に『中カリマンタン州文化展』、そして11月〜本年2月まで『LIKE・A・BALIJINウブドの達人展(バリ舞踊写真展)』を実施しました。 そして“100年に一度の大不況”の2009年、“インドネシア最南端の音楽文化”にスポットを当て、NTT(東ヌサトゥンガラ)州政府との共催で、『東... ...続きを見る

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2009/02/15 00:00
バリ島ウブドゥ王宮舞踊写真展あと3週間です(Pameran Foto Ubud-Bali)
2008年の日本・インドネシアが国交樹立50周年は過ぎましたが、インドネシア文化宮(GBI)では、昨年11月15日から越年で『 LIKE・A・BALIJINウブドの達人展』を開催しています。来る2009年2月14日(土)が最終日です。あと3週間です。漫画家で写真家の玉地俊雄さんが撮り続けてきたウブドゥ王宮・バリ舞踊の世界をご堪能ください。 インドネシアでは来る4月9日、総選挙が控えています。そして7月には直接選挙としては二度目の大統領選挙も行われます。いわゆる“政治の季節”の本格... ...続きを見る

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2009/01/27 00:00
インドネシア文化宮2008年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2008)
あけましておめでとうございます。 2008年は「日本・インドネシア国交樹立50周年」。インドネシア文化宮(GBI)は、1月から12月まで、まさに一年中、祝賀文化イベントに明け暮れました。2009年は米国に新大統領が誕生し、インドネシアでは総選挙と大統領選挙が行われます。経済ばかりではなく、世界中で、何が起きてもおかしくないような世相になってきているようです。それが秩序を維持したカオスなのか、それとも無秩序の中にも希望の灯りが瞬くのか。去年の5月に10歳の誕生日を祝ったGBI。この... ...続きを見る

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2009/01/01 00:00
玉地俊雄さん『LIKE・A・BALIJINウブドの達人展』会場へPameran Foto Bali
『人間っていうのは、言わば地球のガン細胞だな。破壊しまくっている。でもね、地球は人間が絶えても残るよ。人間の歴史なんて地球から見れば、零コンマ零零秒みたいなものだから』----漫画家・写真家の玉地俊雄さんが言う。バリ島ウブドゥの舞姫写真展である『LIKE・A・BALIJINウブドの達人展』の“主人公”が、開幕二日目(2008年11月17日)、大阪から駆け付けた。会場でのバリ島談義の中で、そう語った。 そう言えば、その昔、アイヌ民族のエカシ(長老)からこう言われたことがある。『人間... ...続きを見る

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2008/11/18 12:30
『LIKE・A・BALIJINウブドの達人展』スタート(Pameran Foto Bali)
【LIKE・A・BALIJINウブドの達人展】が始まった。日本・インドネシアの外交樹立50周年を記念する「日イ友好年」の2008年も残すところあと1ヶ月半。漫画家・写真家で大阪在住の玉地俊雄さんが15年間のバリ島紀行で撮り続けてきた、ウブドゥの舞踊団『ティルタ・サリ(Tirta Sari)』所属の舞姫たちの“写心(写真)”、そして、舞姫を題材にした玉地流イラスト漫画作品群。日本人のインドネシア渡航先として最多を記録するバリ島の舞に焦点をあてたこの展示会は、次の両国関係半世紀の初年にあた... ...続きを見る

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2008/11/16 13:58
今日からバリ島『LIKE・A・BALIJINウブドの達人展』 (Pameran Foto Bali)
期間三ヶ月間の展示会というものは、一般的には長期に分類されるだろうが、志だけが資本のインドネシア文化宮(GBI)にとっては“普通”だ。これまで10年間に50タイトル以上ものインドネシア文化紹介展示会を開催・実施してきたGBI活動記録から見ても、三ヶ月間の展示は標準。2004年末に起きた、あのスマトラ島沖巨大地震(アチェ津波)の直後の翌年1月からは、8ヵ月間、アチェに固執した展示会を続けた。東京以外の都市を含めれば一年以上のロングランで、アチェをテーマに各種展示会を行った。その後も継... ...続きを見る

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2008/11/15 00:00
観てから視る舞姫スリビダニ(バリ島写真展)Pameran Foto Penari Ubud Bali
11月15日(土)正午、いよいよ【LIKE・A・BALIJINウブドの達人展】がスタートします。バリ舞踊家の芳野未央(Yoshino Mio)さんの“Panyambrama”(パニャンブラマ・歓迎の踊り)が、写真家&漫画家の玉地俊雄さんの映像バリ世界へと導きます。この写真展で、しっかりとグスティ・アユ・スリ・ビダニ(Gusti Ayu Sri Bidani)さんを確認しておきましょう。というのも、翌日(11月16日)、NHK BS1のドキュメンタリー番組『アジアンスマイル(18:1... ...続きを見る

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2008/11/14 19:08
11月15日から『LIKE・A・BALIJINウブドの達人展』スタート
バリへ(Ke Bali) ああバリ島よ、お前は一体何者なのだ? 人々を魅了して止まない“地上最後の楽園”なのか。 甘美で蠱惑的な“神々の島(Pulau Dewata)”よ。 その空気に触れたその瞬間から、旅人は憑かれたようにお前の虜になる。 誰しもが芸術家然と生き、菩提樹や棚田さえ劇場小宇宙の主役となる。 割れ門(Candi Bentar)から現れる一舞百魂の宴。ガムランは快感への媚薬。 王子が語り、詩人が詠い、画家が描く悠久の島。 漫画家・写真家の玉地俊雄が紡いだ... ...続きを見る

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2008/11/13 00:00
芳野未央バリ舞踊公演&玉地俊雄バリ島写真展(Tari Bali Mio Yoshino)
インドネシア文化宮(GBI)は、来る11月15日(土)から2009年2月14日までの三ヶ月間、【LIKE・A・BALIJINウブドの達人展】を実施しますが、そのオープニングイベントを、バリ舞踊家の芳野未央(Yoshino Mio)さんによるソロ舞踊で飾ります。芳野さんは、GBIが太鼓判を押す、バリ舞踊のエキスパートで、これまでにもGBIが行った絵画展やトペン(仮面)展などで、その優美で華麗な舞を披露していただきました。今回は、“Panyambrama”と“Marga... ...続きを見る

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2008/11/07 13:31
LIKE・A・BALIJINウブドの達人展(Pameran Foto Ubud-BALI)
2008年は、日本とインドネシアが国交を樹立して50周年目にあたります。インドネシア文化宮(GBI)では、この日イ関係の節目の年、去る1月以降連続して、祝賀文化イベントを実施してきました。友好年自体は、あと二ヶ月で終了しますが、GBIでは、次の半世紀の良好な日イ関係に向けて、日本人に一番馴染みの深いバリ島の文化にスポットをあてた写真展を共同企画し、2009年からの新たな50年の第一歩を踏み出します。 GBIは、国交樹立50周年の本年、まず1月12日〜3月29日『サヴ島&ロテ島伝統... ...続きを見る

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2008/11/03 19:48
中カリマンタン州文化公演&講座(Musik&Tarian&Bahasa Dayak,Kalteng)
計14名の中カリマンタン州政府派遣文化使節団が来日し、昨日(2008.10.13)予定通り、ケチャピ演奏とダヤク伝統舞踊が披露されました。そして今日、明日と以下のイベントが予定されています。 ...続きを見る

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2008/10/14 11:35
中カリマンタン文化使節団来日公演:Seni Budaya Prop Kalteng ke Tokyo
待ちに待った、中カリマンタン州(Propinsi Kalimantang Tengah)からの文化使節団の来日。しかも計15名。ようやく詳細が判明しました。断食月(ラマダン)とレバラン大祭の関係か、それともお国柄なのか、まさに出発直前のスケジュール決定となりました。去る6月21日から10月31日までのおよそ四ヶ月間の『中カリマンタン文化展』のフィナーレを飾る文化イベント。第80期〜第82期インドネシア理解講座として、以下の日程で実施します。オランウータンが暮らす広大な熱帯雨林からや... ...続きを見る

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2008/10/05 12:54
デザイナーのオスカル・ラワラタさんの展示会実現か(Pameran OL's Nusantara)
インドネシアを代表する若手デザイナーのオスカル・ラワラタ(Oscar Lawalata)さんが、去る9月1日、首都ジャカルタの自宅に、セレブな仲間たちを招いて、31歳の誕生日を祝った。“若手”の枕詞を省いても、もはや“インドネシアを代表する”デザイナーとしての地歩を固めつつあるように見える。半年ほど前には、自らがデザインした、首都にオープンする大規模コンドミアムのスタッフの制服をお披露目、マスメディアの話題に。そして、誕生日の数日後には、ビジネスで香港へと旅立った。来年の年明けには... ...続きを見る

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2008/09/19 00:19
中カリマンタン文化展の期間延長のお知らせ(Pameran Budaya Kalteng)
去る6月21日に三ヶ月間の予定でスタートしました『中カリマンタン文化展』を来る10月31日まで期間延長することになりました。これは、中カリマンタン州政府が、現在、文化使節団の日本派遣を考慮中であることに関連しての延長です。 現地からの情報によりますと、舞踊家や伝統ギターであるケチャピの演奏家などの派遣を企画しているようです。具体的な日程が確定しましたら、あらためてお知らせ致します。ご期待ください。 ...続きを見る

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2008/09/12 13:20
中カリマンタン文化展始まる(Pameran Budaya Kalimantan Tengah)
カリマンタン(ボルネオ)島のど真中。しかも“インドネシアのへそ”的位置にあたる中カリマンタン州(Propinsi Kalimantan Tengah)。日本・インドネシア友好50周年記念文化イベントの第三弾は『中カリマンタン文化展』です。今週の土曜日(6/21)から三ヶ月間、9月20日までの予定です。 凄まじい勢いで世界中の熱帯林が縮小しています。カリマンタン島ではオランウータンが生息地をますます奪われています。地球温暖化、そしてCO2問題。インドネシアのジャングルは“地球の肺”... ...続きを見る

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2008/06/19 11:07
中カリマンタン文化展(Pameran Budaya Kalimantan Tengah)
日本・インドネシア国交樹立50周年記念文化イベントとして開催された『ロテ島&サヴ島伝統イカット展(2008.1.12〜3.29)そして『ヌサンタラ・テキスタイル展(2008.4.12〜6.14)』に次ぐ、日イ友好年記念文化イベントの第三弾は、世界第三位の巨島カリマンタン(ボルネオ)島の真ん中に位置する中カリマンタン州(Propinsi Kalimantan Tengah)にスポットを当てます。題して『中カリマンタン文化展(Pameran Budaya Kalteng』。折しも、... ...続きを見る

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2008/06/05 18:42
ヌサンタラ・テキスタイル展は6月14日までPameran Tekstil Se-Nusantara
インドネシア全土から集めたテキスタイル文化を紹介する『ヌサンタラ・テキスタイル展(Pameran Tekstil Se-Nusantara)』は、2008年6月14日(土)が最終日です。去る5月15日に、インドネシア文化宮(GBI)は、満10歳の誕生日を祝いました。インドネシア各地の伝統・モダン文化を紹介し続けて10年間。日本・インドネシア国交50周年を迎えた2008年。しかし、体感的には、日本におけるインドネシア人気に多少の陰りが見え始めてきた印象を持ちます。国際情勢の変化、... ...続きを見る

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2008/05/26 11:34
ヌサンタラ・テキスタイル展(Pameran Tekstil Nusantara)
日本・インドネシア国交樹立50周年記念文化イベントとして開催された『ロテ島&サヴ島伝統イカット展』に次ぐ、日イ友好年記念文化イベントの第二弾は、インドネシア全土のテキスタイル文化に焦点を当てます。インドネシア文化宮(GBI)では、2002年11月〜2003年3月『インドネシアン・テキスタイル展』と題して、西端のアチェ州から東端のパプア(旧イリアンジャヤ)州までを網羅するインドネシア各地の伝統テキスタイルを一堂に集めた展示会を実施しました。 あれから五年、GBIのコレクションは... ...続きを見る

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2008/03/26 17:33
東京テキスタイル研究所でイカット作品展(Pameran Tenun Ikat di TTI)
東京の京王線明大前駅近くにある東京テキスタイル研究所(TTI=Tokyo Textile Institute)で、2008年3月24日(月)〜26日(水)、『イカットクラス展』が開催される。これは、一年間もしくはそれ以上同研究所でイカット(絣)織りを勉強した生徒たちの“成果”を展示するものだ。日本で本格的なイカット織りを学べる場所は、おそらくこの研究所をおいて他にはないだろう。イカットクラスの授業最終日にあたる3月19日、メトロTVの取材で、同研究所を訪問して、草木染を主体とする見事な... ...続きを見る

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2008/03/23 14:12
アジア創造美術展始まる(Pameran Asia Creative Art Exhibition 2
2008年1月23日(水)〜2月4日(月)、東京の六本木にある国立新美術館で『アジア創造美術展(Asia Creative Art Exhibition 2008』が始まる。インドネシア文化宮(GBI)は、インドネシアの最西端・アチェと最東端・パプアからアクリル画と伝統刺繍、そして樹皮絵画を出展する。1月22日は、その設置。以下、現場から画像リポート。 ...続きを見る

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2008/01/23 01:44
ロテ島&サブ島伝統イカット展(Pameran Ikat Rotendao & Savu-NTT)
日本インドネシア友好年事業【NTT州ロテ島&サヴ島伝統イカット展】 ...続きを見る

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2008/01/01 22:57
アチェとパプア絵画を国立新美術館で展示(Asia Creation Art Exhibition)
インドネシア文化宮(GBI)は、新年の1月23日(水)〜2月4日(月)に、東京・六本木の国立新美術館(The National Art Center)で、公募展の一つとして開催される『アジア創造美術展』(亜細亜太平洋水墨画会主催・国際アジア共同体学会共同企画)に、インドネシアのアチェとパプア両州のアートを出展します。 インドネシア共和国の東西両端に位置するアチェとパプア。赤道直下、インド洋と太平洋に連なるヌランタラ(インドネシア)の、首都ジャカルタから最も離れた両... ...続きを見る

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2007/12/28 19:43
アチェ津波被災三周年企画展のお知らせ(Pameran Aceh 3 thn Tsunami)
イルワンディ州知事世界へ! 去る2月の就任以来、イルワンディ・ユスフ(Irwandi Yusuf)アチェ州知事は、海外視察が多い。9月末にはアメリカを訪れ、バイオディーゼル工場を見学。アチェの輸出産物を紹介する一方でアチェへの投資を呼びかけている(上の風刺漫画)。 ...続きを見る

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2007/11/24 17:27
バンカ島チュアル展のお知らせ(Pameran Tenun Cual Bangka Belitung)
インドネシア文化宮(GBI)は、2007年10月6日(土)〜12月8日(土)、『バンカ島チュアル布展』を開催します。GBIは、2007年8月23日、バンカ・ブリトゥン(略称Babel)諸島州の州都パンカルピナンで、同州政府と共催で、第一回『伝統チュル布コンテスト』を実施しました。これは、チュアル(Cual)布が本来は同州のバンカ島を起源とするものの、これまで同州が南スマトラ州の傘下にあったためパレンバン文化として発展してきた史実から脱し、バンカ・ブリトゥン州の独自文化として復活させ... ...続きを見る

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2007/09/23 17:50
トラジャ人画家マイク・トゥルーシー個展(Pameran Tunggal Mike Turusy)
【名称】 トラジャ絵画展(マイク・トゥルーシー個展) 【期間】 2007年7月7日(土)〜9月29日(土) 11:00〜18:00 但し、日曜・祝日並びに第2&第4土曜日はお休みです。さらに8月13日(月)〜15日(水)は夏季休業。また、雨天などの悪天候の日も、予告無しに閉める場合があります。 【展示品】 アクリル画約20点。トラジャ・イカット&樹皮絵画、音楽CD&VCDなど多数 【主催】 インドネシア文化宮(GBI) 【後援】 じゃかるた新聞、メトロTV 【場所】 インド... ...続きを見る

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2007/06/17 19:02
アチェ刺繍展&アチェのドキュメンタリー映画上映会
4月14日に始まりました『アチェ伝統刺繍文化展』も、6月16日(土)に最終日を迎えます。アチェ全土から収集した素晴しいスラマン(刺繍)文化が展示されています。是非、ご覧になってください。 同展にちなんで、インドネシア文化宮(GBI)では、下記の日程で、アチェをテーマにしたドキュメンタリー映画を計4本上映します。特に、アチェ人監督のマウラナ氏の作品公開は、日本では初めての試みです。 ...続きを見る

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2007/06/01 19:24
ユスフ・カラ副大統領来日&伝統工芸品展示会
ユスフ・カラJusuf Kalla)副大統領の来日に合わせて、東京・東五反田の駐日インドネシア大使公邸で、三日間(2007.5.24-26)の日程で、デクラナス(Dekranas・インドネシア全国伝統工芸品評議会)主催の『The Indonesian Handicrafts: Showcase of Excellence』が開催中。初日のオープニング式典には、高円宮妃殿下がご臨席、ユスフ・カラ夫人と共に、ジャスミンの花のテープをカット。今回のイベントは、来年国交樹立50年を迎える日イ関係... ...続きを見る

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2007/05/25 13:06
アチェのドキュメンタリー映画上映会のお知らせ
現在開催中の『アチェ伝統刺繍文化展』(2007.4.14〜6.16)のオープニングで特別上映した「二つの故国をつなぐ歌」の追加上映会を下記の日程で行うことになりました。今回は、同映画に加えて、新進気鋭のアチェ人ドキュメンタリー映画監督であるマウラナ・アクバール・カハール(Maulana Akbar Kahar・愛称モモンさん)氏の作品も同時上映します。日本初公開です。マウラナさんは、2004年12月26日にアチェを襲った巨大津波から奇跡的に生還。押し寄せる濁流を背後に必死に逃げ、高いビル... ...続きを見る

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2007/05/20 23:47
トラジャ人画家マイク・トゥルーシー個展のお知らせ(Pameran Mike Turusy)
インドネシア文化宮(GBI)は、スマトラ島ランプン州の伝統刺繍タピス展(2007.2.3-3.31)、そして現在進行中のスマトラ島アチェ州伝統刺繍文化展(2007.4.14-6.16)に次いで、2007年文化イベント第三弾として、スラウェシ島トラジャ民族の文化に焦点を当てます。トラジャ人画家マイク・トゥルーシーの個展です。 GBIでは、これまでに、『ハルディ個展』(1999年4月18日〜9月17日)、『ダルマジ個展』(2000年4月1日〜6月30日)、『クリヨノ個展』(2001年6... ...続きを見る

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2007/05/04 02:58
アチェ最有力紙がアチェ伝統刺繍文化展について報道
アチェ州で最も影響力がある「Serambi Indonesia」紙(上の画像は、2006年初頭に完成した同紙の新社屋。同社も2004年12月26日、巨大津波の直撃を受け、本社社屋が半壊、多数の従業員が帰らぬ人となった)は、2007年4月15日付け紙面の一面で、前日よりインドネシア文化宮(GBI)で始まった『アチェ伝統刺繍文化展』並びに、初日に実施されたドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』の上映会に関して以下のような詳細な報道を行った。 ...続きを見る

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2007/04/17 20:14
アチェ伝統刺繍文化展のお知らせ(Pameran Budaya Sulaman Aceh)
インドネシア文化宮(GBI)の2007年の文化展示会はスマトラ島でスタートしました。まず2月3日〜3月31日の二ヶ月間、『スマトラ島ランプン州伝統タピス(金刺繍)展』を実施。そして第二弾もスマトラ島の一州に焦点を当てます。対象は、正式名でナングル・アチェ・ダルサラーム(NAD)州、略してアチェ州です。 ランプン州とアチェ州は、共に面積世界第5位のスマトラ島に位置します。最大の相違点は、ランプン州が同島の最南端に、そしてアチェ州が最北端にあることです。GBIでは、この二州の文化的共通点と... ...続きを見る

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2007/04/01 15:30
ランプン州観光&タピス講座(Ceramah Pariwisata & Budaya Lampung)
2007年3月28日(水)、開催中の『スマトラ島ランプン州伝統刺繍タピス展』の最後の講座イベントとして「第67期インドネシア理解講座」が開催された。テーマは、ランプン州が発祥の地と言われるタピス(金刺繍)文化、そして同州の観光ポテンシャル。 上は、タピス文化の講師ラスワンさん。同氏は、州都バンダルランプンでTapis Helau Galleryを主宰。現在、タピスの全てをまとめた書籍の刊行に向けて、調査・執筆に忙しい。 ...続きを見る

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2007/03/30 01:31
ランプン州伝統工芸品評議会来日(Dekranasda Prop.Lampung ke Tokyo)
インドネシア文化宮(GBI)が2007年2月3日〜3月31日に開催した『スマトラ島ランプン州伝統刺繍タピス展』。同展に向けて、同州政府はまさに“大型”文化使節団を送り込んできた。まずは3月23日〜26日、第一陣として7名構成の「ランプン州芸術評議会(DKL)」チーム。伝統舞踊やファションショーを披露。農業生産地として知られる同州のこれまでのイメージを劇的に変える、華やかなパフォーマンスを繰り広げた。 そして第二陣として3月25日〜30日、計11名の「ランプン州伝統工芸品評議会(Dekr... ...続きを見る

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2007/03/30 01:17
ランプン語講座(Kursus Bahasa Lampung)
インドネシア文化宮(GBI)の第66期インドネシア理解講座『2時間で学ぶランプン語』が2007年3月24日(土)開催された。「ランプン州文化フェスティバル」の『ランプン伝統舞踊ショー』と『ランプン州ウスス刺繍ファッションショー』の合間に実施。事前広報が不十分で、今回は計4名が参加。インドネシア文化宮では、これまでインドネシア語、アチェ語、マカサル語、ブギス語などの集中講座を実施してきた。2007年夏にはスラウェシ島のトラジャ語講座を実施する予定です。 ...続きを見る

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2007/03/30 00:45
ランプン州ファッションショー(Lampung Fashion Show)
2007年3月24日(土)、『スマトラ島ランプン州タピス展』の一環として、ランプン州から来日したDKL(ランプン州芸術評議会)主催のファッションショーが開催された。モデルは、舞踊家でもあるアニー・クルニアシさん(愛称アニー)、そしてアンディナ・マルタディノヴァさん(愛称ディナ)。アニーさん(23歳)は、国立ランプン大学経済学部を卒業し、現在は、中部ランプン県の県庁勤務。県知事室でプロトコールを担当。ディナさん(20歳)は、現在、国立ランプン大学社会政治学部二年生。ランプン独特の花嫁衣装を... ...続きを見る

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2007/03/30 00:34
ランプン州文化フェスティバル報告(Festival Budaya Lampung)
2007年3月23日(金)〜24日(土)、インドネシア文化宮(GBI)で、『スマトラ島ランプン州伝統タピス展』の最後の一週間を飾る「ランプン州文化フェスティバル」が開催された。ランプン州芸術評議会(DKL)は、この日のために計7名を派遣。事前の広報活動に余裕がなかったことは大きな反省点だが、それでも同州政府の対外PRの意気込みは、インドネシアの他州と比較しても大いに評価できる。二人の舞踊家に加えて、音楽担当、演出担当を送り込む力の入れよう。特に、同州で老舗の芸術グループ「SRI(Sang... ...続きを見る

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2007/03/30 00:07
ランプン州タピス文化&観光講演会(第67期インドネシア理解講座)
3月31日まで開催中の『スマトラ島ランプン州伝統刺繍展』に関連して、以下の日程で第67期インドネシア理解講座を実施します。ランプンで育まれた金刺繍文化の歴史的背景やモチーフの意味、そして儀礼布としてのタピス(金刺繍布)文化を知る絶好の機会です。講師は、州都バンダルランプンで最も有名なタピス工房を営むラスワン(Raswan)氏です。 同時に、ランプン州政府観光文化投資局のムハマッド・ハルン(Muhammad Harun)氏による、ランプン観光の魅力に関する講演も行われます。使用言語は... ...続きを見る

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2007/03/24 11:08
ランプン州文化フェスティバル(Festival Budaya Propinsi Lampung)
2007年3月23日(金)、ランプン州文化使節団の第一陣がやってきた。ランプン州芸術評議会会長のウィディヤンティ女史を始め計7名。スマトラ島最南端の同州州都バンダル・ランプンを夜行バスで発って、スンダ海峡をフェリーでジャワ島へ。そして翌朝ジャカルタからシンガポールへ。同日、深夜便で一路東京へ。翌朝、成田着。そしてそのまま高田馬場のインドネシア文化宮(GBI)へ。休む暇もなく、第一回目のランプン伝統舞踊を披露。「日本はまだ寒いわね。だから、こうして身体を動かしている方が温まっていい」と、舞... ...続きを見る

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2007/03/24 01:34
ランプン州政府文化使節団が来日(Rombongan Budaya dari Lampung)
3月31日(土)まで開催中の『スマトラ島ランプン州伝統刺繍展』のフィナーレを飾るイベントとして、ランプン州政府は、文化交流使節団を送ることを決定しました。3月21日、その一陣として「ランプン州芸術評議会(DKL)」は2名の舞踊家兼ファッションモデル、そして演出家と音楽担当者各一名、さらに芸術集団のSanggar Radin Intanを主宰するメイ・サリ・ベルティ女史の計5名を、さらに「ランプン州伝統工芸品評議会(Dekranasda Propinsi Lampung」は、議長のウィディ... ...続きを見る

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2007/03/14 18:19
2時間で話せるランプン語(第66期インドネシア理解講座)参加者募集Bahasa Lampung)
現在開催中の『スマトラ島ランプン州伝統タピス展』(2007.2.3〜3.31)にちなんで、以下のような日程で、『2時間で話せるランプン語』講座を開設します。インドネシア文化宮(GBI)では、これまでに“超スピードで覚えるインドネシア各地の言語講座”シリーズの一環として、「インドネシア語」、「アチェ語」、「マカッサル語」、そして「ブギス語」講座を実施してきました。これらは、111の基本単語(インドネシア文化宮が独自に選択・考案)を覚え、それで会話まで習得してしまおうとの、大胆かつ不届きな試... ...続きを見る

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2007/02/19 17:22
スマトラ島ランプン州伝統タピス展(Pameran Budaya Tapis Lampung)
インドネシア文化宮(GBI)の2007年文化イベントの第一弾は、スマトラ島の最南端に位置するランプン(Lampung)州にスポットを当てます。GBIは同州政府との間で、今後、定期的に文化交流イベントを実施することで合意しました。そして最初のテーマとして、同州特産の金銀刺繍文化であるタピス布を取り上げます。 タピス(Tapis)布は、ズバリ豪華絢爛。インドネシア国内でも、タピスほど華やかで存在感の強いテキスタイル文化は他地域では見ることができません。基本的には、タピスは結婚式で花嫁が着け... ...続きを見る

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2007/01/31 23:52
インドネシア文化宮臨時閉宮のお知らせ
ランプン州ワイカンバスの“象の学校”にて(2006.5) ...続きを見る

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2007/01/07 12:49
インドネシアの独楽(コマ)展のお知らせ
インドネシア文化宮(GBI)の2006年を締めくくる展示会は、ガシン(Gasing)・独楽(コマ)です。インドネシア全土から収集した大小各種の珍しいコマが並びます。カリマンタンの鉄木(アイロンウッド)製の巨大コマ。アカシアの木から作ったフローレスの可愛いコマ。ジャワ島のガルットからは競技用のコマ。古都ジョグジャカルタからは竹製のコマ。首都ジャカルタ近郊からは、色鮮やかなブタィ民族のコマ。津波に襲われたアチェの西海岸、ムラボからも小さなコマが。スラウェシ島からは、北端のメナドのコマ... ...続きを見る

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2006/12/08 19:18
スマトラ島ランプン州タピス展の予定
ランプン州伝統の花嫁衣裳(モデルは伊藤紗世さん) ...続きを見る

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2006/10/30 23:10
東フローレス・イカット展
東フローレス・イカット展のお知らせ ...続きを見る

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2006/10/22 21:27

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