テーマ:大東亜戦争

再録“極秘”地図に見る西部ニューギニア戦線 戦争と地図(10)

十数万人もの戦死・戦病死(主に餓死)を記録したニューギニア戦線。開戦時には、陸海軍共、ニューギニア島に関してほとんど知識・情報を持っていなかった。海軍は初戦の勢いのまま、昭和17(1942)年初頭、いわゆる「FS作戦」と呼ばれるフィジー、サモア、ニューカレドニアまでをも占領する計画を立案したこともある。これは、…
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再録“極秘”地図に見る西部ニューギニア戦線 戦争と地図(9)

十数万人もの戦死・戦病死(主に餓死)を記録したニューギニア戦線。開戦時には、陸海軍共、ニューギニア島に関してほとんど知識・情報を持っていなかった。海軍は初戦の勢いのまま、昭和17(1942)年初頭、いわゆる「FS作戦」と呼ばれるフィジー、サモア、ニューカレドニアまでをも占領する計画を立案したこともある。これは、…
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再録“極秘”地図に見る西部ニューギニア戦線 戦争と地図(8)

十数万人もの戦死・戦病死(主に餓死)を記録したニューギニア戦線。開戦時には、陸海軍共、ニューギニア島に関してほとんど知識・情報を持っていなかった。海軍は初戦の勢いのまま、昭和17(1942)年初頭、いわゆる「FS作戦」と呼ばれるフィジー、サモア、ニューカレドニアまでをも占領する計画を立案したこともある。これは、…
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再録“極秘”地図に見る西部ニューギニア戦線 戦争と地図(7)

十数万人もの戦死・戦病死(主に餓死)を記録したニューギニア戦線。開戦時には、陸海軍共、ニューギニア島に関してほとんど知識・情報を持っていなかった。海軍は初戦の勢いのまま、昭和17(1942)年初頭、いわゆる「FS作戦」と呼ばれるフィジー、サモア、ニューカレドニアまでをも占領する計画を立案したこともある。これは、…
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再録“極秘”地図に見る西部ニューギニア戦線 戦争と地図(6)

十数万人もの戦死・戦病死(主に餓死)を記録したニューギニア戦線。開戦時には、陸海軍共、ニューギニア島に関してほとんど知識・情報を持っていなかった。海軍は初戦の勢いのまま、昭和17(1942)年初頭、いわゆる「FS作戦」と呼ばれるフィジー、サモア、ニューカレドニアまでをも占領する計画を立案したこともある。これは、…
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再録“極秘”地図に見る西部ニューギニア戦線 戦争と地図(5)

十数万人もの戦死・戦病死(主に餓死)を記録したニューギニア戦線。開戦時には、陸海軍共、ニューギニア島に関してほとんど知識・情報を持っていなかった。海軍は初戦の勢いのまま、昭和17(1942)年初頭、いわゆる「FS作戦」と呼ばれるフィジー、サモア、ニューカレドニアまでをも占領する計画を立案したこともある。これは、…
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再録“極秘”地図に見る西部ニューギニア戦線 戦争と地図(4)

十数万人もの戦死・戦病死(主に餓死)を記録したニューギニア戦線。開戦時には、陸海軍共、ニューギニア島に関してほとんど知識・情報を持っていなかった。海軍は初戦の勢いのまま、昭和17(1942)年初頭、いわゆる「FS作戦」と呼ばれるフィジー、サモア、ニューカレドニアまでをも占領する計画を立案したこともある。これは、…
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再録“極秘”地図に見る西部ニューギニア戦線 戦争と地図(3)

十数万人もの戦死・戦病死(主に餓死)を記録したニューギニア戦線。開戦時には、陸海軍共、ニューギニア島に関してほとんど知識・情報を持っていなかった。海軍は初戦の勢いのまま、昭和17(1942)年初頭、いわゆる「FS作戦」と呼ばれるフィジー、サモア、ニューカレドニアまでをも占領する計画を立案したこともある。これは、…
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再録“極秘”地図に見る西部ニューギニア戦線 戦争と地図(2)

十数万人もの戦死・戦病死(主に餓死)を記録したニューギニア戦線。開戦時には、陸海軍共、ニューギニア島に関してほとんど知識・情報を持っていなかった。海軍は初戦の勢いのまま、昭和17(1942)年初頭、いわゆる「FS作戦」と呼ばれるフィジー、サモア、ニューカレドニアまでをも占領する計画を立案したこともある。これは、…
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再録“極秘”地図に見る西部ニューギニア戦線 戦争と地図(1)

十数万人もの戦死・戦病死(主に餓死)を記録したニューギニア戦線。開戦時には、陸海軍共、ニューギニア島に関してほとんど知識・情報を持っていなかった。海軍は初戦の勢いのまま、昭和17(1942)年初頭、いわゆる「FS作戦」と呼ばれるフィジー、サモア、ニューカレドニアまでをも占領する計画を立案したこともある。これは、…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(62) 2017年3月22日

〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉 三一 靴も無く葦分け 行けど 岸遠し    夜(ヨ)は何処(ドコ)に寝(ネ)む 鰐住む湖(ウミ)の 三二 流木に 休みゐて嬉し ゆくりなく    水に埋もれし カヌー見つけたり 三三 忘られし パプアの舟か 苔むすを    押し浮ぶれば…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(61) 2017年3月21日

〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉 二六 戦ひて 幾莫もなきに 夜は白み    硝煙匂う島 あらわなり行く 二七 天の助けと云へるもありや 目の前に    一本の流木 浮び漂よひぬ 二八 流木に倚(ヨ)り 藻を被(カヅ)き 暁(アサ)となりて    米兵の声す 島を離れぬ…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(60) 2017年3月20日

〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉 二一 次次に上る照明灯 銃撃を    花火の如しと 伏せて見てゐぬ 二二 照明と銃撃の間縫ひ 撤退をと    湖(ウミ)に走れど カヌーは見えず 二三 葦のかなた 東北弁の兵あれど    銃撃またし 近よれぬまま 二四 首まで沈む…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(59) 2017年3月19日

〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉 十六 敵、味方さだかに見えず くらやみに    生死分(ワカ)たぬ 白兵戦続く 十七 シュルシュルと 突如上れる照明灯に    島も吾等も 真昼の如く顕(タ)つ 十八 照明灯上る待ちしか 突如敵の    機銃掃射の火 弾(ハジ)け飛びぬ…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(58) 2017年3月18日

〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉 一一 葦を軋(キシ)らせカヌー止れり 泥地踏む    音怖れつつ 敵地に立ちぬ 一二 闇に小さく赤き火浮び 動き来ぬ    敵の歩哨の 煙草なるらし 一三 南無三、藤井少尉の影しのぶ    一瞬の絶呼 敵斃ふるらし 十四 隊長の“…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(57) 2017年3月17日

〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉 六 日高少佐、藤井少尉と兵二名   隊長カヌーに 吾通訳も 七 敵を臨(ノゾ)む岸の葦間に 一日経ぬ   攻撃は月没 暁(アケ)の闇待つと 八 黙々と擢(カイ)の音(ネ)殺し   カヌー五隻 くらやみの奥 敵目指し行く 九 漆黒の…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(56) 2017年3月16日

第36師団(雪兵団)の生還者らが著した『雪第三十六師団戦誌』(関東地区雪部隊慰霊会編さん委員会編集発行・昭和63年4月30日)には、神工作隊所属ながらも、鰐工作隊の南方攻撃隊に加わった「元特務工作隊通訳」の風見秀雄氏が綴った『ヤピナ基地攻撃に加わり詠める』と題する記述がある。長い文章だが、奇襲作戦の過程を読み取…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(55) 2017年3月15日

小泉元少尉は、『雪第三十六師団戦誌』(関東地区雪部隊慰霊会編さん委員会編集発行・昭和63年4月30日)に収められた『第二軍情報班について』の中で、第二軍隷下の大規模な情報班編成に触れ、神機関、虎機関、自らが属した鰐機関、龍機関、梅機関等に関して詳述している。その中から、小泉元少尉が日高岩男少佐指揮下で参加したロ…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(54) 2017年3月14日

ロンベバイ湖のヤピナ島にあった連合軍水挺基地に対する日高岩男少佐率いる鰐工作隊の奇襲攻撃。第二軍(豊嶋房太郎中将))情報班から鰐機関に配属された小泉雅少尉(青山学院大学卒・陸軍予備士官学校卒)は、攻撃時に4名から成る第二班の舟艇長を務めた。 昭和19(1944)年11月25日、モロタ…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(53) 2017年3月13日

二人の行方不明者の内の一人が帰ってきた。残るは小泉少尉のみだ。三日も経過してから帰還した兵がいたことで、小泉少尉生存の可能性が急浮上した。 昭和18(1943)年10月。西部ニューギニアへ出発前の日高岩男大尉と徳野明軍曹。日高は昭和19年3月、少佐に、徳野は昭和18年12月、曹長に進級 …
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(52) 2017年3月12日

終戦後、サルミでは、武器弾薬はもとより私物もぜんぶ占領軍に没収された。そして毎日、占領軍の使役に駆り出された。 昭和21年にはいると、内地送還の話が決まった。そのとき、私は高価な時計をもっていた。この時計は、ニューギニアで亡くなった日高少佐のものである。 日高家に残る資料には、日高岩…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(51) 2017年3月11日

北方攻撃隊(注:新穂智少佐率いる神工作隊)は、約束どおりの日時にヤピナ島へ奇襲上陸したが、敵はすでに撤退していることを確認して帰還していた。私の戦死者確認偵察を待って、新穂少佐は電文を起草し、兵団司令部に打電した。「鰐工作隊は七月三一日払暁ロンベバイ湖ヤピナ島を奇襲攻撃し、該敵の拠点を覆滅せり、わが方の戦死日高…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(50) 2017年3月10日

私のそばで倒れた村瀬兵長の遺体がない。倒れたところから湖水に向って葦も草も、全部なぎ倒されている。不思議だ。かりに村瀬が這って行ったとしても、こんな大きな道はつくるわけがない。四人は草の倒れている先を見つめながらこの跡を追った。鰐だ、大鰐の仕業だ。砂浜に着いたわれわれはここで大鰐の足跡を発見した。鰐は村瀬の死体…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(49) 2017年3月9日

さっそく遺体の捜索をはじめた。先ず第一に隊長の絶叫した地点を探した。そこにはまさしく、隊長の壮烈なる戦死を物語る変り果てた姿があった。正装した隊長の軍服からは、陸軍少佐の襟章がもぎ取られ、私が進上した小刀も、握りしめていた右手を開いて持ち去られていたことがわかった。全員は一列に並び、私の号令で黙?をささげた。敵…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(48) 2017年3月8日

さて、再度、神工作隊隊長の新穂智少佐が、戦後、公判資料として書き上げた『西部ニューギニア横断記』の「第五部未完(自昭和19年5月27日至昭和19年6月6日)」の巻末備忘録から、昭和19(1944)年7月28日~8月4日の「神工作隊」の動きを見てみよう。 「神工作隊」の隊長、新穂智少佐…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(47) 2017年3月7日

三十日夜半、ヤピナ島近くのジャングルの岸辺に集結した鰐機関の人々は、明日の夜までこんな所で待機していて、もし発見されたら水の泡だ、神機関の応援がなくても我々だけで十分攻撃は出来る、といって予定を一日早め、神機関に連絡することもないまま、その夜単独で攻撃を敢行した。なぜそんな決断をしたのかは不明だが、島の周囲には…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(46) 2017年3月6日

こうして、四隻のカヌーが鰐工作隊の前進基地に戻ったのは、昭和19(1944)年7月31日の夕刻のことだった。終戦まではあと1年と半月。西部ニューギニア戦線では、まだまだ熾烈な戦闘が続いていた。拠点では、藤田忠輝軍医中尉や衛生兵によって直ちに負傷者の治療が始まった。時を同じくして、神工作隊の本多文雄憲兵曹長が兵四…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(45) 2017年3月5日

あの裂皐の叫びがはっきりと耳に残っている。「小泉少尉は、誰か知らんか」 「ハイ、私が知っております」 そう言ってその兵隊は黙りこんだ。 「どうした」 「ハイ、小泉少尉は湖に転落行方不明になりました」 「お前見たのか」 「ハイ、パッと敵側から私にとびかかっていく者があったので、私は丸太で殴りつけました。す…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(44) 2017年3月4日

敵機の爆音にフトわれにかえった。水上機がサッと着水していった。夜は白々と明けていた。ここはどこだ。「痛いよ、痛いよ」という声。寝ているのはカヌーのなかだ。 「徳野曹長殿、気がつきましたか」 「おお、高谷、無事だったか」 私は立ち上がろうとしたが足が動かぬ。カヌーは四隻とも、マングローブの下に避…
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再録:西部ニューギニア・ロンベバイ湖ヤピナ島に瞑る日高岩男少佐(43) 2017年3月3日

このとき敵の銃座は、ふたたび火を吹いた。「オーイ、誰か手榴弾を持っているか」 「一発だけ残っております」 最左翼の村瀬兵長が手探りで私の手に渡した。「いいか、おれが銃座に投げ込んだら同時に突撃だ」 「南那珂飫肥 日高岩男」と書かれた格子柄の布袋。日高少佐の遺品の一つ。南那珂は、明治期…
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