再録 鰐工作隊の隊長日高岩男少佐のお墓発見か?(4) Mayor Iwao Hidaka

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終戦後、サルミでは、武器弾薬はもとより私物もぜんぶ占領軍に没収された。そして毎日、占領軍の使役に駆り出された。
昭和21年にはいると、内地送還の話が決まった。そのとき、私は高価な時計をもっていた。この時計は、ニューギニアで亡くなった日高少佐のものである。

日高岩男少佐(『鰐部隊とパプア人マンドル』より引用)

まだ米軍が西部ニューギニアに攻撃を開始していないころ、米軍が上陸するという情報がはいった。日高少佐は部隊を連れ、現地に情報をとりにいった。
日高少佐は若いころ、日本陸軍の工作隊長としてソ連に潜入していた。そのとき旧ロシア皇帝と接触があったらしい。ロシア国家は共産主義国家になった。旧ロシア皇帝としてはなんとかスターリンを倒したい。その旧ロシア勢力に協力していたのが日高少佐だった。そのとき旧ロシア皇帝から記念品として銀時計をもらった。それをニューギニアでももっていた。
ところが、日高少佐はこの作戦で重傷をおった。
「もうだめだ」
と死期をさとり、部下の千原に、
「この時計はロシア皇帝からもらった貴重な品だから、日本へもちかえって国の財産としたほうがいい」
と遺言した。千原は、通信兵で私の部下である。山形出身で、千原の実家は代々山形藩の能役者の家元であった。
その千原もサルミ帰還後、病気で斃れた。千原が死ぬとき、
「日高少佐の時計をあずかっています。これをご遺族にわたしてください」
とたのまれた。見ると、その時計は三重構造になっており、ロシアの国歌とロシア皇帝の肖像画が浮き彫りになっている。途方もない価値がある時計であることはすぐにわかった。
私は日高少佐の遺族にわたしてあげようと思い、大切にあずかっていた。

以上、『西部ニューギニア戦線 極限の戦場』(久山忍著・2012年12月3日、潮書房光人社刊)収録の『サルミの戦い』(第36師団通信隊の陸軍軍曹だった中里文吉さんの証言)より引用。

しかしながら、その銀時計が日本の日高少佐のご遺族の手に渡ることはなかった。というのも、サルミからの引揚船に乗船する直前の身体検査で発覚することをおそれた中里氏は、身体検査を待つ長蛇の列に並ぶ中、その時計を足もとに落とし、足で砂の中に埋めた、と述懐している。

インドネシア文化宮(GBI)とPAMIC(パミック=アジア太平洋戦争行方不明者情報センター)は、レオン・サヨリ氏並びにインドネシア国軍の協力の下、遠くない将来、ロンベバイ湖に浮かぶヤピナ島を訪れ、真相調査に乗り出す。


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ヤピナ島の日高岩男少佐の埋葬地を指さすレオン・サヨリ氏。2015年5月24日撮影。

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昭和18年10月、ニューギニアへ出発前の日高大尉(当時・右)と徳野軍曹(当時・左)。日高大尉は19年3月少佐に進級、徳野軍曹は18年12月曹長に進級。画像は徳野明氏著の『鰐部隊とパプア人マンドル』から引用
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ヤピナ島攻撃略図(『鰐部隊とパプア人マンドル』より引用)

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徳野明氏が描いたヤピナ島スケッチ画。『鰐部隊とパプア人マンドル』より引用)

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ヤピナ島遠景。『雪第三十六師団戦誌』より引用。小泉雅氏提供とある。

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マンベラーモ川からロンベバイ湖に入る。遠方の丘の手前にヤピナ島が浮かぶ(2015年5月24日、レオン氏撮影)

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参考ブログ

鰐工作隊の隊長日高岩男少佐のお墓発見か?(3) Mayor Iwao Hidaka
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201605/article_2.html

鰐工作隊の隊長日高岩男少佐のお墓発見か?(2) Mayor Iwao Hidaka
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201605/article_1.html

鰐工作隊の隊長日高岩男少佐のお墓発見か? Mayor Iwao Hidaka
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201604/article_31.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(36) Bandara Dai Nippon(36 ロンベバイ湖
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_8.html

PAMIC=パミック=アジア太平洋戦争行方不明者情報センター設立
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201512/article_31.html

西部ニューギアから新たな旧日本兵の遺骨情報が Nasib Tentara Dai Nippon
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201412/article_17.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201411/article_16.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_29.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_25.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_24.html
西部ニューギニアから祖国帰還を果たしたとされる“ご遺骨”だが
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_10.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_8.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵、そして生き続ける三八歩兵銃
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201409/article_26.html
「大東亜戦争」関連ブログ記事
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/43f9afaef5.html

参考動画


新穂智少佐の西部ニューギニア横断記 Major Satoru Niiho's West New Guinea
https://youtu.be/FzKN7LNQVug


太田敏子さんが語る故新穂智少佐・神機関工作隊長 Major Satoru Niiho & Toshiko Ota
https://youtu.be/mTifvX_dI7A


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