再録『GBIニュース』1999.8.21【インタビュー】 ウィラント国防治安相兼国軍司令官

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ウィラント国防治安相兼国軍司令官
大川誠一の『GBIニュース』  1999年8月21日 Berita GBI(21 Agus. 1999)
【インタビュー】 ウィラント国防治安相兼国軍司令官
改革時代の真っ直中、民主化と表裏一体で語られるTNI(旧ABRI=インドネシア国軍)の二重機能。「軍は兵舎へ戻れ!」が一般国民の率直な気持ちだ。スハルトの32年間、ABRIはスハルト政権の“道具”、そしてスハルト自身の“私兵”と化した。銃は国民自身に向けられ、その結果現在アチェ特別州やイリアンジャヤ州、そして東ティモールで見られるように、反ABRIが反インドネシアとして大爆発を起こしている。
スハルト政権が崩壊した1998年、最高司令官ハビビ大統領を迎え、10月5日、ABRIは第53回目の建軍記念日を祝した。その日、国防治安省はウィラント大臣兼国軍司令官名で、一冊のカタログを発行した。その名も『ABRI Abad XXI(21世紀のインドネシア国軍)』。この中で、ABRIは21世紀に向けて、国民生活の中における国軍の役割に関して、再定義(Redefinisi)、再ポジショニング(Reposisi)、再現(Reaktualisasi)も必要があることを強調した。
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『ABRI Abad XXI(21世紀のインドネシア国軍)』表紙

これまでGBI(インドネシア文化宮)ニュースは、インドネシア国軍幹部との単独会見を度々伝えてきた。例えば、国軍総参謀長ファフルール・ラジ中将(現国防治安省事務次官)とのインタビューは98.12.11#2号で、陸軍参謀次長のジョニー・ルミンタン中将との会見は、99.6.11、そして領域参謀長(旧政治社会参謀長)のスシロ・バンバン・ユドヨノ中将との単独インタビューについては、99.7.29号で報じた。また、国防治安相兼国軍司令官であるウィラント大将との単独会見についても、GBIニュース99.6.17号で一部触れた。
最近目にした日本の某時事週刊誌に、『インドネシア国軍は分裂していて、第二国軍とも呼ぶべき部隊が存在』と強調する、あたかもその実態を確認したかのような原稿が掲載されていた。中央のコントロール(掌握)が効かないことをもって、“第二国軍”の存在とするのならば、例えばロシアには第二、第三、第四、第五もの国軍が存在することになる。また、ヴェトナム戦争当時の、最前線で指揮を離れた行動をとった部隊なども、さしずめ米第二軍の存在ということになってしまう。筆者は、派閥が、ハビビ政権内部同様に、インドネシア国軍内部にも存在することは否定はしない。そのことは、中佐クラスから中将クラスまでの将校らとの一連のインタビューで確認済である。しかし、その派閥の存在を持って、“国軍が分裂し”“第二軍が存在”とまでおどろおどろしく記述することに興味はない。
さて、今回のGBIニュースは、99.6.17号の続報として、インドネシア国軍ナンバー1のウィラント国防治安相兼国軍司令官との単独会見内容について報告しよう。以下、会見要旨。


将軍、まずあなたが理想とするインドネシアの21世紀像について、その形と姿に関して説明願えますか?

インドネシアの形そして姿は、統一インドネシア共和国です。1945年憲法とパンチャシラ(注:建国五原則)とに基づいた市民社会(Civil Society)の新インドネシアです。国民そして国家生活において顕著な、民主的な生活を礎としたものに彩られていることです。

社会、政治、文化、国防治安、経済、道徳、倫理などの観点から見て、あなたは21世紀のインドネシアが直面するであろう問題をどのようにお考えでしょうか?また、それらの挑戦にインドネシア国民はどのように対峙していくべきとお考えでしょうか?さらに次世代を担うインドネシアの若者たちは、そのためにどのような準備が必要と考えていますか?

それらの側面において、構造的かつ文化的に方法で、立派な国家改革を遂行するために、特に言えば文化改革の側面から言えば、それは決して容易いことではないと言うことです。それはこの国民の多くが、旧式の政治フォーマットに影響されやすいという姿勢を持っているからです。しかし、これは時代の求めに応じて好むと好まざるとに関わらず変化しなければなりません。準備しなければならないこととは、人材の質の向上でしょう。我々の国では今のところ未だに十分に適応されていないユニバーサルな価値観や、そしてグローバライゼーションに向けての国民、国家生活について理解を深めることが大切です。

インドネシアは国家分裂の危機をはらんでいると言っても過言ではない状況です。この分裂状況というのは一体どの程度までTNI(インドネシア国軍)並びにインドネシア国民にとって脅威となっているのでしょうか?地方自治の向上・拡大という方策は、今インドネシア共和国が直面している分裂の危険性を解決に導くことが可能とお考えでしょうか?それともこの問題は今後もずっとくすぶり続ける可能性を秘めているのでしょうか?この国家分裂という課題にTNIはどのような役割を果たそうと考えているのでしょうか?強権を発動するのでしょうか、それともマナーのよい対処を取るのでしょうか?一方で、インドネシアから分離しようと試みている地方の勢力は、彼らはインドネシアの国内法に縛られる必要はないと考えています。それが正当な主張との考えをもっているように見受けられますが。

民族分裂はTNIそしてインドネシア民族にとって、非常に深刻な問題です。なぜならば、我々インドネシアの建国者たちが切り開き、イニシアチブをとって創り上げたインドネシア共和国統一国家は、その領域は境界が明白で、そして法的にも統一を果たしています。さらに1945年憲法においても、統一国家という意義は明記されています。地方自治というものは、決して問題解決の保証とは成り得ません。しかしながら、その問題を解決するための単なる一つの選択肢でしかありません。中央と地方のハーモニー、そして行政上のモラル並びに倫理観の度合い、さらにはますます顕著になってきている地方の重要性などの要素は、民族分裂問題に影響を及ぼしています。インドネシアの地理とデモグラフィーとは、特別の性質、形態を持っています。それはチャンス、可能性を持っている一方で、いつ何時変化し、そして紛争の種となる障害という側面も合わせて持っています。この民族複合性の存在、そして狭小な民族主義の台頭は、絶えず紛争の可能性と言えましょう。同時に、グローバリゼーションの影響並びに価値観の衝突は、絶えず警戒しなければならない憂慮点と言えます。国民生活における国家の役割の減少、そして21世紀における新たな経済秩序は、早急かつ的確な順応を要求します。しかしながら、この21世紀のスタート地点において、インドネシア国民は、これまで直面していた諸困難からやっと解き放たれようとしています。この問題は、注意して真剣に対応しないと、国家開発の障害となってしまいます。ロシアもユーゴスラビアも同様な問題に直面しました。もちろん、それらの国家とインドネシア国家の成り立ち・歴史は異なってはいますが、統一と統合を拒否したり、地方のセンチメンタリズムを持って狭小な民族主義精神をけしかけようとする輩が、他人に影響を及ぼそうとする限り、ずっと問題となり続けるでしょう。その意味で、TNIの役割は、国家・国民の統一と統合を押し進める数々のプログラムにとって、接着剤としての要素の他に推進者としての要素として重要であり続けるでしょう。TNIの内部においては、地方性といったニュアンスやSARA(Suku=民族、Agama=宗教、Ras=人種、Antargolonan=集団間)などと言った要素は存在していません。問題は、強権を使うか、それとも柔軟に対応するかではありません。問題は、社会生活を送り、民族・国家生活の中で、成熟しているかどうかということです。TNIは、憲法上の総(ふさ)そして統一と統合とが脅かされ、あるいは国家開発継続と国家にとって危険があると見られる要素が出てきた場合は、躊躇せずに厳しい対処をとります。しかしながら、もしこれらの問題が、最良の方法で民族の問題を解決するための選択肢を探るために、ある合法的で健全なフォーラムの中で話し合われるものであれば、TNIは寛大な姿勢をとるでしょう。

21世紀のインドネシア共和国を率いる指導者、つまり大統領ですが、あなたはどのような人物像を期待しているのでしょうか?複合社会をまとめる指導者の条件とは?

TNIも、一つの国家機関として、この国家と国民の未来を決定づける戦略的な問題に関して関心を持っています。TNIにとって国家の指導性とは極めて戦略的な国家問題です。その意味でTNIにとって、将来の国家指導者のクリテリアは、まず国民の中で最高の人物と言うことです。それがTNIの人材であるのかそれとも民間人なのかは問題ではありません。1973年のMPR(国民協議会)決定に明記されているような条件を満たすものであれば、そのことは問いません。そして同時に私の考えによれば、次のようなクリテリア・条件を満たすことが絶対必要だと思います。まず最初に、優れた信頼性と誠実さを持っていること、第二に、未来に対するビジョンを持っていてかつプラグマティックなミッションを合わせて持っていること、第三に、明確で現実的なコンセプトを持っていること、第四に、国民を率い、危機を処理し、民族分裂を防止し、改革を実行でき、国家建設を継続していくことができる能力を持っていること。

ところで、広くインドネシア国民があなた、ウィラントさんをこの共和国の指導者に願った場合は、引き受ける用意があるのでしょうか?

まず最初に私は、Sapta Marga(7つの道。インドネシア軍人が遵守すべき7箇条)とSumpah Prajurit(軍人の誓い)の意義を理解しているTNIの兵士であるという立場に自分を置かなければいけないということです。従って、私は闘争者そして兵士としての姿勢を、国民・国家生活と切り離すことは不可能です。大統領候補問題に関して言えば、これまで何度も言ってきたように、私は大統領候補ということに関して、巻き込まれたくないし、また自分自身を巻き込みたくないということです。また、誰それを支持するとか、誰それなら認めるとか認めないとか、そういったことに自分を巻き込みたいとは思っていません。TNIの司令官というものは、ある政党の幹部ではありません。私は国民と国家の治安を守るという職務に集中したいと思っています。私は、この私の発言をあれやこれやと色々に解釈しないで欲しいと願っています。

東ティモール問題についてですが、その将来をどのように見ているのでしょうか?同地は将来もインドネシア共和国の一部としてあり続けるのでしょうか、それとも分離・独立の道を歩むのでしょうか?あなたは東ティモールの軍事作戦に何度も行っていますね。東ティモールがインドネシアに併合されて以来、あなた自身が得た学習そして智恵とは何なのでしょうか?

東ティモール住民は、インドネシア共和国、ポルトガルそして国連の合意の下、住民投票を実施します。彼ら自身が彼らの未来を決めるのです。もしも彼らが広範な自治を受け入れることでインドネシア共和国との併合を願うのであれば、インドネシアの他の州と共に、地方開発を遂行していくでしょう。もしも彼らが独立を選択すれば、当然のことながら、同地が有している人材と天然資源とに準じた、リスクとその帰結を受け入れなければなりません。住民投票がどのような結果になろうとも、TNIはその結果を尊重します、たとえ最終的決定はインドネシア共和国のMPR(国民協議会)の手にあろうともです。

東ティモールをインドネシア共和国の一州として維持するために支払われた犠牲者は国軍と警察部隊でどの程度に達したのでしょうか?その数1万人程度という説もありますし、そればかりか20万人という数値さえ聞かれますが。実際のところ、どれほどの犠牲だったのですか?

東ティモールでの犠牲者の正確な数字については、私はまだチェックしていません。しかしながらその数は相当大きなものです。住民投票を通じた東ティモール問題の解決によって、将来、民衆、TNIそして警察に犠牲者が出ないことを願っています。
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【プロフィール】

Jend.TNI. Wiranto。陸軍大将。1947年4月4日、中部ジャワのソロ、バンジャラン(Banjaran)、プンガワン(Pungawan)村で、父RS. Wirowijoto(元Boyolaliの国民学校校長)と母Suwarsijahとの間に第五子として生まれる。身長172cm、イスラム教徒。1959年小学校卒、1962年中学校(SMP Bag.B)卒、1965年高等学校(SMA Bg.B)卒。1968年マゲランのAMN(陸軍士官学校)卒。1969.8.8-1971年、陸軍第13軍管区(Merdeka師団)第713歩兵大隊(北スラウエシ・メナド)C小隊長(少尉)。1971年1月1日、陸軍713歩兵大隊副中隊長(中尉)。1972年1月1日、陸軍713歩兵大隊第一(諜報)課長。1973年1月1日、陸軍713歩兵大隊中隊長(大尉)。1975年1月1日、陸軍713歩兵大隊第四(兵たん)課長。1978年1月1日、陸軍戦略予備軍(KOSTRAD)第18空挺旅団第二(諜報)課長(少佐)。1980年4月14日、陸軍713歩兵大隊長。1982年7月1日、陸軍712歩兵大隊長(中佐)。1983年7月1日、陸軍歩兵センター戦術・技術課長。1984年5月1日、陸軍歩兵センター軍事技術部長。1985年5月1日、陸軍戦略予備軍第9歩兵旅団参謀長。1987年8月1日、陸軍戦略予備軍参謀長付け作戦副参謀。1988年9月15日、陸軍戦略予備軍第二歩兵師団作戦参謀長付け作戦参謀。1989年10月1日-1993年、スハルト大統領副官(大佐)。1993年5月25日-1994年11月、陸軍ジャカルタ軍管区(ジャヤ師団)参謀長(准将)。1994年11月1日-1996年3月、陸軍ジャカルタ軍管区司令官(少将)。1996年4月4日-1997年、陸軍戦略予備軍司令官(中将)。1996年ABRI(インドネシア国軍)第三回合同演習(ナツナ)司令官。1997年6月10日、陸軍参謀長(大将)。1998年2月16日、国軍司令官(Panglima ABRI)。1998年3月16日、国防治安相。1999年4月1日、警察の国軍(ABRI)からの分離に伴い、TNI(インドネシア国軍:TNI=Tentara Nasional Indonesia)司令官。作戦歴:1978,1981,1987,1989年、東ティモールでSeroja(蓮華)作戦。主な海外研修:1980年米国(合同演習)、1982年フィリピン。その他、ASEAN諸国、オーストラリア、オーストリア、インド、サウジアラビア、マルタ、ネパールなどもオフィシャル旅行。スハルト大統領副官として随行来日の経験もある。教育:1984年、陸軍指揮幕僚学校、1994年、ジャカルタのタリマネガラ(Tarimanegara)大学より国家行政学士の称号、1995年、UT(=Universitas Terbuka:インドネシア・オープン大学)より政治学の修士号(Drs)。1996年、STHM(軍法律学校)より軍法の学士号取得。
IBA(Indonesian Bridge Association)並びにIndonesian Karate-do Federation(Forki)会長も務める。趣味は、ゴルフ、テニス、バトミントン。


参考ブログ


GBIニュース
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再録『GBIニュース』1999.8.13【インタビュー】 AGグループ総帥トミー・ウィナタ氏
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再録『GBIニュース』1999.7.27 【インタビュー】 アブドゥラフマン・ワヒッドNU総裁
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再録『GBIニュース』1999.7.24 【紙幣】 メガワティ政権誕生!?
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再録『GBIニュース』1999.7.22アチェ問題大統領顧問チーム・TPPUAムマッド・サレ氏に聞く
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再録『GBIニュース』1999.7.20 【インタビュー】 アブドゥラフマン・ワヒッドNU総裁
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再録『GBIニュース』1999.7.19 【インタビュー】エミー・ハフィルドWALHI代表
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再録『GBIニュース』1999.7.18#2 【最新流行語】 Bahasa Gaul(交際語)
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再録『GBIニュース』1999.7.12 【インタビュー】 マトリPKB(民族覚醒党)党首
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再録『GBIニュース』1999.7.11 【インタビュー】 B.J.ハビビ大統領と単独会見
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再録『GBIニュース』1999.7.10 【会見】 作家プラムディア・アナンタ・トゥ―ル
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再録『GBIニュース』1999.6.29【セミポルノ新聞】タブーに“挑戦”するタブロイド紙『POP』
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再録『GBIニュース』1999.6.28 【会見】インドネシア・テレビ史の"生き字引"イシャルディ氏
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再録『GBIニュース』1999.6.27 【刑務所】 日曜日のチピナン刑務所
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再録『GBIニュース』1999.6.26  【インタビュー】 ムニールKONTRAS代表
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再録『GBIニュース』1999.6.25 【紙幣】5万ルピア紙幣に秘められた重大な事実とは?
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再録『GBIニュース』1999.6.24 【インタビュー】 アリ・アラタス外相
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再録『GBIニュース』1999.6.23 画家ハルディのモデルがアルマーニのモデルへと華麗な変身
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再録『GBIニュース』1999.6.22#3知られざるアリー・スミットの名画に触れる
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再録『GBIニュース』1999.6.22#2 【写真展】『インドネシア・歴史の中の芸術家たち』
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再録『GBIニュース』1999.6.22 バリ島ウブドゥのコマネカ・ファイン・アート・ギャラリー
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再録『GBIニュース』1999.6.21【トッペン】GBIがバリ島最高峰のトッペン(仮面)を東京へ
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再録『GBIニュース』1999.6.20 【会見】スリ・スルタン・ハメンクブォノ10世
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再録『GBIニュース』1999.6.19 【会見】イフラスル・アマールUGM(国立ガジャマダ大学学長
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再録『GBIニュース』1999.6.17#2 【インタビュー】 シャルワン・ハミッド内務大臣
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再録『GBIニュース』1999.6.17 【インタビュー】 ウィラント国防治安相兼国軍司令官
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再録『GBIニュース』1999.6.16 【インタビュー】ヘリー・コマール『GAMMA』誌編集長
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再録『GBIニュース』1999.6.14【総選挙&マスコミ】 GBI代表TVRI出演
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再録『GBIニュース』1999.6.13#3【政治倫理】 PUSKAP(政治・政府倫理教育センター)
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再録『GBIニュース』1999.6.5 インタビュー:女優のクリスティン・ハキムさん
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再録『GBIニュース』1999.6.2 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201112/article_5.html
再録『GBIニュース』1999.5.30 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(4)
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再録『GBIニュース』1999.5.31#2 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(3)
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再録『GBIニュース』1999.5.30 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(3)~(1)
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http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_30.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_29.html
再録『GBIニュース』1999.5.21 インドネシア手描き絵葉書展
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_28.html
再録『GBIニュース』1999.5.18 【ヌサンタラ横断・メラウケからサバンまで】(7) ~(1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_27.html
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再録『GBIニュース』1999.5.17 【人】 スマディ駐日インドネシア大使
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再録『GBIニュース』1999.3.15JIF(日本インドネシア科学技術フォーラム)が運営委員会開催
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再録『GBIニュース』1999.3.11【インドネシアのジョーク&ユーモア特集7】 『頭文字略語』
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再録『GBIニュース』1999.3.10【インドネシアのジョーク&ユーモア特集6】 『東ティモール』
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再録『GBIニュース』1999.3.9 【インドネシアのジョーク&ユーモア特集5】『お札の価値』
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再録『GBIニュース』1999.3.8【インドネシアのジョーク&ユーモア特集4】『脳の値段』
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再録『GBIニュース』1999.3.7【インドネシア・ジョークユーモア特集3】インテル・インサイド
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再録『GBIニュース』1999.3.5 【ビジネス】イリアンジャヤから熱帯魚バラムンディを輸出希望
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再録『GBIニュース』1999.3.4【インドネシア・ジョークユーモア特集2】 それだけは求めるな!
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再録『GBIニュース』1999.3.3【インドネシア・ジョーク&ユーモア特集1】 『地獄への電話』
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再録『GBIニュース』1999.2.25 【人】 アンティック・ストーンとジュナイディ・ハンドコ氏
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再録『GBIニュース』1999.2.24 イリアンジャヤへ帰った研修生ベルナドゥス・ティパガウさん
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再録『GBIニュース』1999.2.23 【インタビュー】 作家セノ・グミラ・アジダルマ氏
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再録『GBIニュース』1999.2.14 IWAPI(イ女性経営者協会)が3月ジャカルタで国際セミナー
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再録『GBIニュース』1999.1.19#2ラトゥナ・サルンパエット女史が演じる『マルシナは訴える』
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再録『GBIニュース』1999.1.19 【書籍】 タブーが消えたインドネシア出版事情(2)
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再録『GBIニュース』1999.1.18【会見】国家人権委員会)事務局長クレメンティノ・アマラ―ル氏
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再録『GBIニュース』1999.1.15  【書籍】 タブーが消えたインドネシア出版事情
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再録『GBIニュース』1999.1.14 【会見】UILPEM(社会経済研究所)スリ・ムルヤニ所長
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再録『GBIニュース』1999.1.13 CAPS(農業政策研究センター)所長のH.S.ディロン氏
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再録『GBIニュース』1998.12.22 【会見】アンディ・アリフィアン・マラランゲン行政法学者
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再録『GBIニュース』1998.12.15  【会見】 メガワティ・スカルノプトゥリ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_29.html
再録『GBIニュース』1998.12.14#2 【会見】PAN(国民信託党)総裁アミン・ライス氏
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再録『GBIニュース』1998.12.14 【インタビュー】 詩人レンドラ
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再録『GBIニュース』1998.12.13 P3M(プサントレンと社会の発展協会)会長マスダール氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_26.html
再録『GBIニュース』1998.12.12 【インタビュー】 不動産評論家パナンギアン氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_25.html
再録『GBIニュース』1998.12.11#2 会見:インドネシア国軍総参謀長ファフルール・ラジ中将
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_24.html
再録『GBIニュース』1998.12.11GBIとIWAPI(インドネシア女性経営者協会)が協力
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_21.html
再録『GBIニュース』1998.12.10#2 HMI(イスラム学生協会)会長アナス・ウルバニングル
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_19.html

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