インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)

アクセスカウンタ

zoom RSS 『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿(3)

<<   作成日時 : 2009/10/01 00:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 55 / コメント 0

画像


菊池英昭さん(67歳)が10年の歳月を費やして独自に収集した「朝鮮人戦死者名簿」。そこにはおよそ2万1千名の朝鮮半島出身者で、日本軍の軍人・軍属として、中国大陸、アジア・太平洋地域で戦没した方々の氏名(主に日本語名)が記されている。膨大な資料である。その中から、ニューギニア島及び同島近辺の戦没者に絞って、以下、公表する。

名簿を手にする菊池英昭さん


●海軍被徴用死亡者

 所   属  死亡場所 死亡年月日 名簿番号  創 氏 名

明陽丸 ニューギニア 1942.08.08 1063 金東鎬
第4海軍施設部 ブーゲンビル島 1943.01.22 44 豊山洛麟
第4海軍施設部 ブーゲンビル島 1943.01.24 114 高霊學俊
第4海軍施設部 ラバウル 1943.12.14 312 大島秀雄
第4海軍施設部 ラバウル 1943.08.14 52 大本海石
第4海軍施設部 ラバウル 1943.09.14 31 山本光吉
第4海軍施設部 ラバウル 1944.01.14 321 朴正大
第4海軍施設部 ラバウル 1944.01.17 81 菊村三得
第4海軍施設部 ラバウル 1944.01.17 82 金江○起
第4海軍施設部 ラバウル 1944.01.17 86 柳栄培
第4海軍施設部 ラバウル 1944.01.17 87 杉山次郎
第4海軍施設部 ラバウル 1944.01.17 278 南錫萬
第4海軍施設部 ラバウル 1944.01.17 313 高村鎮鎬
第4海軍施設部 ラバウル 1944.01.17 324 清本慶男
第4海軍施設部 ラバウル 1944.02.13 306 柴田孟老
第8海軍施設部 ラバウル 1944.01.09 63 松本聖出
第8海軍施設部 ラバウル 1944.05.21 74 山本東河
第8海軍施設部 ラバウル 1944.06.21 287 松本葉栄
第8海軍施設部 ラバウル 1944.06.29 28 徳川辰龍
第8海軍施設部 ラバウル 1944.08.27 32 金海龍得
第8海軍施設部 ラバウル 1944.08.29 33 西原建玉
第8海軍施設部 ラバウル 1944.09.26 77 木村正一
第8海軍施設部 ラバウル 1944.10.05 29 金山千○
第8海軍施設部 ラバウル 1944.11.18 47 川本恒徳
第8海軍施設部 ラバウル 1945.01.26 61 木下光英
第8海軍施設部 ラバウル 1945.03.10 36 木田泰奉
第8海軍施設部 ラバウル 1945.03.28 49 大村浩栄
第8海軍施設部 ラバウル 1945.05.15 66 松山英生
第8海軍施設部 ラバウル 1945.05.15 76 豊川斗業
第8海軍施設部 ラバウル 1945.07.11 75 松田黄植
第8海軍施設部 ラバウル 1945.10.06 72 江原永亀
第8海軍建築部 ニューギニア 1943.08.24 80 安田相光
第8海軍建築部 ニューギニア・東部 1944.04.05 765 安本春雄
第8海軍建築部 ニューギニア・ホーランジア 1944.05.30 19 伊東龍得
第8海軍建築部 ニューギニア・トル河 1945.05.30 88 往川慶守
第8海軍建築部 ニューギニア・サルミ 1944.08.10 38 大本宋太郎
第8海軍建築部 ニューギニア・サルミ 1944.08.20 40 大本仁俊
第15海軍設営隊 ラバウル 1942.08.12 214 具炳月
第15海軍設営隊 ニューギニア・東部 1942.09.02 304 赤松近烈
第15海軍設営隊 ニューギニア・イリモ 1942.09.15 211 松原泰義
第15海軍設営隊 ニューギニア・イリモ 1942.09.15 238 福本圭千
第15海軍設営隊 ニューギニア・イリモ 1942.09.16 210 松田守鉉
第15海軍設営隊 ニューギニア・イリモ 1942.09.17 212 宮本忠建
第15海軍設営隊 ニューギニア・イリモ 1942.09.28 194 川本甲出
第15海軍設営隊 ニューギニア・イリモ 1942.10.01 193 李川丙浩
第15海軍設営隊 ニューギニア・イリモ 1942.10.02 219 菊原若奉
第15海軍設営隊 ニューギニア・イリモ 1942.11.07 240 柳川在
第15海軍設営隊 ニューギニア・イリモ 1942.11.15 239 鄭昌模
第15海軍設営隊 ニューギニア・ブナ 1942.12.31 18 河野斗容
第15海軍設営隊 ニューギニア・ブナ 1942.12.31 123 青木魯守
第15海軍設営隊 ブーゲンビル島 1942.10.05 97 上原徳益
第15海軍設営隊 ブーゲンビル島 1942.10.07 98 東村昌之
第15海軍設営隊 ニューギニア・アンボカ 1942.10.13 141 金谷和成
第15海軍設営隊 ニューギニア・パパキ 1942.09.18 143 國本春根
第15海軍設営隊 ニューギニア・パパキ 1942.10.18 140 柳鳳来
第15海軍設営隊 ニューギニア・パパキ 1942.10.20 218 菊本容舜
第15海軍設営隊 ニューギニア・ソブタ 1942.10.26 217 金州奉吉
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.09.07 167 山本熙鳳
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.09.15 237 沃原童夏
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.09.20 187 東井再○
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.10.08 192 竹本勳一
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.10.09 265 永松圭夏
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.10.09 266 青田在述
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.10.10 186 金村然達
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.10.18 209 沃山大允
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.10.26 191 茂村在鎮
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.11.07 216 梅田一童
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.11.14 215 金田大用
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.11.20 190 孫萬鎮
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.11.21 213 安田述龍
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.11.25 142 木本鍾吉
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.11.27 188 越村發○
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.05 171 川本煥淑
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.07 185 金子在石
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.07 236 山村完吉
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.08 184 金山福ェ
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.11 183 岡谷春學
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.18 264 中本錫九
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.19 182 張泰熙
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.23 181 木村文政
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.23 254 松本守溶
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.24 253 富山奎植
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.25 180 金天鍾烈
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.26 234 鈴山東用
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.26 263 光山鶴春
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.27 251 鄭仁石
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.27 252 松川○漢
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1942.12.29 178 上川壽鳳
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 17 申昌均
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 64 益田忠助
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 92 金基設
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 101 天谷龍圭
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 102 天谷昌奎
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 104 平山正徹
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 105 河本泰弘
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 106 呉山石根
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 107 善田炳用
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 108 宮本鍾録
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 109 平山七龍
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 110 益田相憲
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 111 長谷丁未
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 112 平沼正男
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 113 木村萬成
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 124 鄭炳俊
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 125 安田三奉
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 126 金九石
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 127 西川清四郎
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 128 安東三録
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 129 富田元○
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 130 李晩雨
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 131 伊高一郎
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 132 新本魯玉
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 133 安田勝洙
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 134 新井殷栄
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 135 李相寧
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 136 青松庚変
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 137 江本魯壽
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 138 小松雲鵬
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 139 新本忠吉
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 144 松本熙豊
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 146 木村鳳○
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 147 金城鍾均
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 148 高山忠三
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 149 藤原俊植
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 150 西原玉河
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.27 151 松山栄均
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 152 高山性淳
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 153 金壬哲
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 154 松本勝培
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 155 金田徳吉
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 156 林順
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 157 柳多子
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 158 李載河
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 159 清水開東
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 160 尹福基
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 162 村井源玉
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 163 金井聖満
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 172 姜發忠
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 173 和山江生
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 174 金井盛根
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 175 安田徳祥
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 176 竹本共秀
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 177 林栄洙
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 198 金勝岩
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 199 菊本相鎮
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 200 平山基福
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 201 金光東旭
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 202 竹村昌煥
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 203 金村東鎬
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 204 姜完壽
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 205 松田鳳龍
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 206 金田大植
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 207 松田吉雄
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 220 金時杓
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 221 高島光奎
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 222 松本愚慶
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 223 崔秉岩
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 224 三井龍澤
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 225 劉潤元
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 226 金學培
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 227 宮本斗鉉
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 228 柳川喜杰
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 229 高山範植
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 230 金本玉振
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 231 柿谷奎讃
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 232 山田貞欽
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 233 劉東植
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 241 松川福ェ
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 242 松本麟煥
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 243 李原鍾萬
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 244 新本喜俊
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 245 星山東洙
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 246 金村老米
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 247 星山定洙
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 248 瀧本晩洙
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 249 山本丙鳳
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 250 金本東武
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 256 南在熙
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 257 月野丁炳
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 258 新井周夏
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 259 門田拓三
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 260 松川英治
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 261 野山幸雄
第15海軍設営隊 ニューギニア・ギルワ 1943.01.22 322 徳原負i
第15海軍設営隊 ニューギニア・マンバレイ 1943.01.22 165 西原相徳
第15海軍設営隊 ニューギニア・マンバレイ 1943.01.22 196 姜本仁哲
第15海軍設営隊 ニューギニア・マンバレイ 1943.01.22 208 金谷永喜
第15海軍設営隊 ニューギニア・マンバレイ 1943.01.22 164 李圭完
第15海軍設営隊 ニューギニア・マンバレイ 1943.01.22 166 金城月福
第28海軍建築部 ニューギニア 1944.06.07 255 金良ト
第28海軍建築部 ニューギニア 1944.07.18 168 竹本一郎
第28海軍建築部 ビアク島 1944.07.31 195 應山基祐
第212海軍設営隊 ラバウル 1943.12.19 742 安東在哲
第212海軍設営隊 ブーゲンビル島 1944.09.15 738 金岩宇
多佳山丸 インドネシア(蘭印) 1944.07.23 747 平山相大
スラバヤ運輸部 ジャワ海 1945.05.30 1660 大山在玉
南方政務部 ジャワ海 1945.04.09 355 太田○也
南方政務部 スラバヤ 1944.08.18 269 不本又在五
南方政務部 ニューギニア 1943.11.18 125 夏山沃鉉
南方政務部 ニューギニア 1944.05.28 349 石本仙吉
南方政務部 セレベス島 1945.08.04 354 山下一郎
ニューブリテン民政部 ラバウル 1945.04.09 277 山本三玉
ニューギニア民政部 ジャワ海 1943.10.21 779 金龍乾
横須賀海軍施設部 ニューギニア 1943.02.20 661 神農洪烈
横須賀海軍施設部 ニューギニア・ゲオム 1944.05.03 544 崔泰根
横須賀海軍施設部 ニューギニア・西部 1944.05.20 642 伊東 栄
横須賀海軍施設部 ニューギニア・西部 1944.05.28 585 梁原奉圭
横須賀海軍施設部 ニューギニア・西部 1944.05.28 590 金宮壮吉
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.07.01 567 徳山圭佑
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.08.10 693 松山和夫
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.08.10 696 柳川卓三
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.08.18 699 崔本鳳道
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.09.25 606 木村長春
ラバウル運輸部 ニューギニア 1943.10.12 928 西原漢洙
ラバウル運輸部 ニューギニア 1944.02.21 916 安本正出
ラバウル運輸部 ニューギニア 1944.02.22 940 呉村壽次
第4海軍施設部 ニューギニア・ラエ 1942.03.10 210 玉山南寛
第4海軍施設部 ニューギニア・ラエ 1942.03.15 95 山村萬庫
第4海軍施設部 ニューギニア・ラエ 1942.03.22 108 金原聖龍
第4海軍施設部 ニューギニア・ラエ 1942.03.22 92 金村斗明
第4海軍施設部 ニューギニア・ラエ 1942.03.22 93 光本相奎
第4海軍施設部 ニューギニア・ラエ 1942.05.14 226 三井盛文
第4海軍施設部 ニューギニア 1943.08.18 78 ○山炳俊
第4海軍施設部 ニューギニア 1944.04.18 281 安田徳令
第4海軍施設部 ラバウル 1942.05.16 207 「山且守
第8海軍建築部 ニューギニア・西部 1942.05.07 63 豊田兼吉
第8海軍建築部 ニューギニア・西部 1944.05.30 85 柳永吾
第8海軍建築部 ニューギニア 1944.06.14 358 松田春也
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.02.10 158 権東久西
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.08.31 152 山本在孝
第8海軍建築部 ニューギニア・ウウェワク 1943.06.04 219 川島秀茂
第8海軍建築部 ニューギニア・タルヒヤ沖 1944.04.21 199 國本福男
第8海軍建築部 ニューギニア・ゲオム 1944.05.05 234 山田政男
第8海軍建築部 ニューギニア・トル河 1944.04.21 262 徳山一男
第8海軍建築部 ニューギニア・トル河 1945.05.10 352 崔大煥
第8海軍建築部 ニューギニア・トル河 1944.05.15 200 山本金郎
第8海軍建築部 ニューギニア・トル河 1944.05.30 204 金石伊
第8海軍建築部 ニューギニア・トル河 1944.05.30 216 藤原金市
第8海軍建築部 ニューギニア・トル河 1944.05.30 242 西原○○
第8海軍建築部 ニューギニア・トル河 1944.05.30 265 完山泰益
第8海軍建築部 ニューギニア・トル河 1944.06.10 145 完山春満
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.02.06 181 金山桂煥
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.04.21 348 崔泰益
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.04.30 350 金鐘澤
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1942.05.07 155 春山龍雄
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1942.05.07 157 南○熙
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.05.30 360 岸本政宗
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.06.02 229 李桂○
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.06.25 156 達川用錫
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.06.25 159 徳川 清
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.06.25 218 西村三郎
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.06.25 276 新本○佑
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.06.25 354 山下一郎
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.08.05 232 坂上長漢
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.09.30 65 木村一郎
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.09.30 223 新井秀正
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.10.05 185 山本春雄
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.10.10 86 柳清一
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.10.15 118 石山長吉
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.10.15 231 申成坤
第8海軍建築部 ニューギニア・サルジ 1944.12.10 160 徳山客浩
第8海軍建築部 ニューギニア・パマイ 1944.06.25 46 朴山政一
第8海軍建築部 ニューギニア・パマイ 1944.06.25 136 趙正秀
第8海軍建築部 ニューギニア・パマイ 1944.06.25 144 金岡○基
第8海軍建築部 ニューギニア・パマイ 1944.06.25 195 山田三郎
第8海軍建築部 ニューギニア・パマイ 1944.06.25 241 大原二郎
第8海軍建築部 ニューギニア・パマイ 1944.06.25 261 徳山澤浩
第8海軍建築部 ニューギニア・パマイ 1944.06.25 357 鈴川少敏
第8海軍建築部 ニューギニア・パマイ 1944.07.15 275 金山甲壽
第8海軍施設部 ラバウル 1943.03.23 54 安本永世
第8海軍施設部 ラバウル 1943.06.06 49 西山春満
第8海軍施設部 ラバウル 1943.08.14 50 金山光雄
第8海軍施設部 ラバウル 1943.12.19 94 金林洙石
第8海軍施設部 ラバウル 1944.04.27 294 新井在福
第8海軍施設部 ラバウル 1944.05.09 87 大原斗碩
第8海軍施設部 ラバウル 1944.05.25 100 張田作之
第8海軍施設部 ラバウル 1944.06.04 141 方敬萬
第8海軍施設部 ラバウル 1944.06.05 56 中野根光
第8海軍施設部 ラバウル 1944.06.05 57 辛島守峻
第8海軍施設部 ラバウル 1944.06.13 105 山本貞雄
第8海軍施設部 ラバウル 1944.09.06 104 金田丁得
第8海軍施設部 ラバウル 1944.10.06 208 松山貞夏
第8海軍施設部 ラバウル 1944.10.09 128 姜本信鐘
第8海軍施設部 ラバウル 1944.11.17 99 岩本光信
第8海軍施設部 ラバウル 1945.02.19 55 金本勝夫
第8海軍施設部 ラバウル 1945.02.29 116 梁原性賛
第8海軍施設部 ラバウル 1945.04.11 201 新井祐鎬
第8海軍施設部 ラバウル 1945.05.20 240 姜相守
第8海軍施設部 ラバウル 1945.05.21 113 金相鎬
第8海軍施設部 ラバウル 1945.06.04 59 山井点龍
第8海軍施設部 ラバウル 1945.06.14 70 米沢賛洪
第8海軍施設部 ラバウル 1945.06.24 112 岩本邦夫
第8海軍施設部 ラバウル 1945.07.11 211 良原性煥
第8海軍施設部 ラバウル 1945.08.06 106 金山実根
第8海軍施設部 ラバウル 1945.09.25 214 林昌述
第8海軍施設部 ラバウル 1945.10.15 51 呉○植
第8海軍施設部 ラバウル 1945.10.28 52 金守福聖
第8海軍施設部 ラバウル 1945.11.02 53 河本竹夫
第26海軍建築部 アンボン 1944.07.31 1304 木本貞男
第26海軍建築部 蘭印 1944.07.31 1346 長川永根
第28海軍建築部 マノクアリ 1943.11.21 138 山本一郎
第28海軍建築部 ニューギニア 1943.11.21 213 田中 営 良本鉄石
第28海軍建築部 ニューギニア 1944.05.15 278 良原在文
第28海軍建築部 ニューギニア 1944.07.13 97 永原信太郎
第28海軍建築部 ニューギニア 1944.07.13 274 中島金一郎
第28海軍建築部 ニューギニア 1944.07.18 206 金澤未出
第28海軍建築部 ビアク島 1944.07.31 203 金原○龍
第28海軍建築部 ビアク島 1944.07.31 221 金山徳王
第28海軍建築部 ビアク島 1944.07.31 233 金村一郎 金朝鳳
第28海軍建築部 ビアク島 1944.07.31 235 金村辛一
第28海軍建築部 ビアク島 1944.07.31 247 泉原敬玉
第28海軍建築部 ニューギニア・西部 1944.08.05 61 森田義雄
第28海軍建築部 ニューギニア・西部 1944.08.18 68 歌山明栄
第28海軍建築部 ニューギニア・サルミ 1944.09.30 65 木村一郎 ダブリ8建
第101燃料廠 アンボン 1944.08.05 1332 金本碩律
第102工作部 スラバヤ 1944.10.07 965 國本興守
第102燃料廠 ボルネオ島 1945.07.10 197 高山富雄
第102燃料廠 ボルネオ島 1945.08.30 1254 金本仁載
第102海軍施設部 ボルネオ島 1945.06.20 1406 宮本一雄
第104海軍建築部 ニューギニア 1944.08.18 353 崔本愛郎
第12神保丸 インドネシア(蘭印) 1943.05.02 1282 安田在浩
松佑丸 インドネシア(蘭印) 1944.01.18 1174 東源祥鎬
第15須賀丸 ニューギニア 1944.04.21 1559 金山仙律
第21大成丸 ニューギニア 1944.04.22 1664 達川享風
第5福盛丸 ニューギニア 1944.04.31 1147 岩本相○
第6金盛丸 ニューギニア 1944.06.25 1642 中本炳道
多佳山丸 インドネシア(蘭印) 1944.09.30 969 金興英俊
第3大喜丸 インドネシア(蘭印) 1944.11.08 1276 ○田尚奎
国光丸 ボルネオ島 1945.10.20 430 松岡亭黙
ニューブリテン民生部 ジャワ海 1943.10.21 1122 新井泰富
横須賀海軍施設部 ニューギニア 1943.03.04 863 「城水基
横須賀海軍施設部 ニューギニア 1943.03.24 1069 金浦基黙 基然
横須賀海軍施設部 ニューギニア 1943.07.23 743 岩本相烈
横須賀海軍施設部 ニューギニア 1943.10.12 827 小林 実
横須賀海軍施設部 ニューギニア 1944.05.03 725 塚 幸雄
横須賀海軍施設部 ニューギニア 1944.05.10 982 平沼春植
横須賀海軍施設部 ニューギニア 1944.05.25 867 白川台○
横須賀海軍施設部 ニューギニア 1944.05.30 736 蔡川清次郎
横須賀海軍施設部 ニューギニア 1944.01.22 989 大原根萬
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.07.25 808 徳山朝造
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.08.01 727 金田俊治
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.08.01 1024 岩本三郎
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.08.30 760 金海容九
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.08.30 994 金本先培
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.08.30 995 木本正○
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.08.30 999 朴孝淳
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.09.01 728 柳茂男
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.09.01 770 野村清三
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.09.01 925 平島永達
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.09.10 874 吉田炳玉
第4海軍施設部 ニューギニア 1942.09.23 411 利川昶淳
第4海軍施設部 ニューギニア 1944.06.16 522 金四成
第4海軍施設部 ニューギニア 1944.10.23 421 金栄泰
第4海軍施設部 ニューギニア 1944.05.30 432 崔達用
第8海軍施設部 ラバウル 1945.01.20 110 金原丁祥
第8海軍施設部 ラバウル 1945.11.07 255 田中占白
第8海軍建築部 ニューギニア 1944.04.07 105 平山仙吉
第8海軍建築部 ニューギニア 1944.04.21 150 森岡金一
第8海軍建築部 ニューギニア 1944.04.30 67 金海根
第8海軍建築部 ニューギニア 1944.04.30 529 新井福根
第8海軍建築部 ニューギニア 1944.05.25 353 河本東治
第8海軍建築部 ニューギニア 1944.05.25 383 大村茂変
第8海軍建築部 ニューギニア 1944.05.27 528 新井吉正
第8海軍建築部 ニューギニア 1944.05.28 283 盧奉仙
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.05.28 492 山口正次郎
第8海軍建築部 ニューギニア 不詳 493 大倉清吉
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.05.30 80 武門命○
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.05.30 209 松村演治郎
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.05.30 273 金井守鳳
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.05.30 471 金泰岩
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.05.30 494 李鍾和
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.05.30 589 青林宗林
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.05.30 590 金基連
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.15 74 木村述洛
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.25 58 東原秀元
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.25 59 大川相俊
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.25 60 千川一郎
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.25 95 井元栄吉
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.25 305 金山源善
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.25 354 西原三祥
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.25 393 竹本載日
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.25 423 桃農春吉
第8海軍建築部 ニューギニア 194.06.25 462 平沼重Y
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.29 137 宇佐美憲
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.30 124 東原秀冀
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.06.30 491 槁川相律
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.08.01 576 福田春雄
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.09.20 557 金山八岩
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.10.10 476 木下三郎
第8海軍建築部 ニューギニア 1945.11.15 256 張在鳳
第15海軍設営隊 ニューギニア 1942.09.02 467 金澤 正
第15海軍設営隊 ニューギニア 1942.09.21 417 晋州永鳳
第15海軍設営隊 ニューギニア 1942.12.25 414 新田義秀
第15海軍設営隊 ニューギニア 1943.01.22 413 金城昭奉
第15海軍設営隊 ニューギニア 1943.01.22 564 韓徳洙
第15海軍設営隊 ラバウル 1943.05.10 485 金村四龍
第19海軍設営隊 ニューギニア 1943.04.03 1155 佳山乙祥
第28海軍建築部 ジャワ海 1943.10.21 477 山本在洛
第28海軍建築部 ニューギニア 1944.04.08 292 田中一郎 金萬植
第28海軍建築部 ニューギニア 1944.06.16 472 李在述
第28海軍建築部 ニューギニア 1944.07.13 479 吉原文男
28海軍建築部 ニューギニア 1944.07.14 106 岩山健三郎
第28海軍建築部 ビアク島 1944.07.31 259 木山春雄
第101海軍施設部 スマトラ島 1944.05.22 1532 大島基昌
第102海軍施設部 小スンダ島 1945.03.10 1403 長田四郎
第102海軍施設部 ボルネオ 1945.07.18 1292 永浦順達
第102海軍施設部 ボルネオ 1945.08.09 1474 夏山在倹
第102海軍施設部 ボルネオ 1945.08.12 1445 権寧模
第102海軍施設部 ボルネオ 1945.08.13 1377 金山陳玉
第102海軍施設部 ボルネオ 1945.08.15 1174 平田鉱國
第102海軍施設部 ボルネオ 1945.08.16 1405 金他官
第102海軍施設部 ボルネオ 1945.08.17 1314 高木載鎬
第102海軍施設部 ボルネオ 1945.08.20 1246 岩城丁植
第102海軍施設部 ボルネオ 1945.09.08 1378 玉山泰勳
第102海軍施設部 ボルネオ 1945.09.26 1294 吉田光雄
第102海軍施設部 ボルネオ 1945.12.12 1404 木戸光雄
第102海軍施設部 ボルネオ 1946.01.03 1490 金本仙吉
南方政務部 ニューギニア 1943.10.08 125 川本○賢
南方政務部 ニューギニア 1943.10.23 421 金栄泰
南方政務部 ボルネオ島 1945.12.25 340 水野相仁
2雲洋丸 ボルネオ 1941.12.26 1103 林村一萬
21大成丸 ニューギニア 1944.04.22 1585 金山東允
5福盛丸 西部ニューギニア 1944.05.17 1254 玉山錫柱
多佳山丸 インドネシア(蘭印) 1944.07.23 1491 新井勇雄
3幸運丸 ラバウル 1944.08.31 1536 星本己龍
多金山丸 蘭印 1944.09.30 1151 大村之堅
セレベス島民政部 セレベス島マカッサル 1944.02.02 967 林秉仁
セレベス島民政部 セレベス島バソマ沖 1944.11.17 1738 松井日淳
南方政務部 ニューギニア 1943.10.28 207 市川富治郎
南方政務部 セレベス島ゼニポンド沖 1944.11.22 964 東村宗圭
南方政務部 マカッサル港外 1945.04.15 331 金亀宗郁
南方政務部 ボルネオ島近海 1945.05.17 1591 金本徳洙
南方政務部 スラバヤ沖 1945.05.26 249 金仲鎮
南方政務部 ボルネオ島近海 1945.05.29 1356 上田尚吉
南方政務部 スラバヤ沖 1945.06.26 332 福本正雄
南方政務部 スラバヤ沖 1945.06.26 333 崔木欣彩
南方政務部 セレベス島マカッサル 1945.08.01 307 春川昌順
ニューギニア民生部 ジャワ 1943.10.21 2305 荒川 勇
ラバウル運輸部 ニューギニア 1944.02.22 2287 李家性南
ラバウル運輸部 ニューギニア 1944.02.22 2291 宮崎基胤
ラバウル運輸部 ニューギニア 1944.02.22 2298 高山元吉
横須賀海軍施設部 ニューギニア 1944.05.28 2192 金 竹松
横須賀海軍施設部 ビアク島 1944.08.02 2130 大元仁聖
横須賀運輸部 セレベス島近海 1943.02.14 2277 金光器満
横須賀運輸部 ニューギニア 1943.10.22 2303 佐野達才
横須賀運輸部 ニューギニア 1944.10.27 2107 岩姜成炎
横須賀海軍軍需部 ニューギニア 1943.03.20 1997 岩波身子
横須賀海軍軍需部 ニューギニア 1944.04.23 2882 李村大○
第4海軍施設部 ニューギニア、ギルワ 1942.12.28 881 徐田延玉
第4海軍施設部 ニューギニア、ギルワ 1943.01.22 942 永川鳳煥
第4海軍施設部 ニューギニア、ギルワ 1943.01.22 950 杉本仙吉
第4海軍施設部 ニューギニア、ギルワ 1943.01.02 1104 孫井日淳
第4海軍施設部 ニューギニア、ギルワ 1943.01.02 1105 楊川正秀
第4海軍施設部 ニューギニア、ギルワ 1943.01.22 1258 武山成玉
第4海軍施設部 ニューギニア、ギルワ 1942.12.12 1459 邑山基玉
第4海軍施設部 ニューギニア、ムンダ 1943.05.09 1556 國本仁秀
4南遣艦隊司令部 ジャワ海 1944.12.26 1606 松本芳雄
第8海軍建築部 ニューギニア、カイソル島 1944.01.29 170 林洙昆
第8海軍建築部 ニューギニア、トル河 1944.04.22 1360 吉村由松
第8海軍建築部 ニューギニア、サルミ 1944.05.07 197 英山鐘勳
第8海軍建築部 ニューギニア、サルミ 1944.05.30 247 良原廣鍾
第8海軍建築部 ニューギニア、ペマイ 1944.06.25 512 崔基○
第8海軍建築部 ニューギニア、サルミ 1944.05.30 570 山田洙乱
第8海軍建築部 ニューギニア、トル河 1944.05.30 1691 崔貴淡 海山貴淡
第8海軍建築部 ニューギニア、サルミ 1944.06.02 571 山田俊夫
第8海軍建築部 ニューギニア、サルミ 1944.06.05 1720 金山政雄
第8海軍建築部 ニューギニア、サルミ 1944.08.05 745 國本引康
第8海軍建築部 ニューギニア、サルミ 1944.10.15 192 木村春吉
第8海軍建築部 ニューギニア、サルミ 1944.11.10 744 國本徳康
第8海軍建築部 ニューギニア、サルミ 1944.12.10 1033 近藤情吉 権甫充


続く。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(55件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
『ニューギニア未帰還兵展』 海軍第202設営隊(6) 武内満多男 
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で10月30日までの日程で開催中の『ニューギニア未帰還兵展』を訪れた、元海軍第202設営隊(永田亀雄技術少佐)の隊員だった東京・練馬区在住の武内満多男さん(83歳)から同隊に関する貴重な資料提供を受けた。同氏とのインタビュー内容は後日紹介するとして、資料によってこれまで不明だった数々の謎解きが可能となった。海軍第202設営隊は、およそ230を数える海軍設営隊の中でも、最初の“玉砕部隊”として不幸な名誉を残している。しかし、その要員数... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/10/04 19:09
『ニューギニア未帰還兵展』 海軍第202設営隊(7) 戦死公報の謎
{%爆弾webry%}『海軍設営隊の太平洋戦争 航空基地築城の展開と活躍』(光人社・1996年4月26日発行)の著者で、元海軍第203設営隊(岩下久哉技術少佐・ハルマヘラ島で基地設営)の西部ニューギニア・ソロン派遣隊長だった佐用泰司元海軍技術大尉によれば、「海軍第202設営隊(永田亀雄技術少佐・昭和18年11月15日海軍横須賀施設部編成)」は、“玉砕設営隊”の第一号だった。一部およそ130名がハルマヘラ島に取り残されたが、約1,000名の隊員が昭和19(1944)年6〜7月、ビアク... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/10/05 20:26
海軍第202設営隊(1) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦ま... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/10/08 11:14
海軍第202設営隊(2) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦ま... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/10/08 19:46
海軍第202設営隊(3) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦ま... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/10/09 15:01
海軍第202設営隊(4)武内満多男の証言 Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦ま... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/10/11 12:20
海軍第202設営隊(5) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦ま... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/10/20 22:47
海軍第202設営隊(6) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦ま... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/10/21 16:43
海軍第202設営隊(7) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦ま... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/10/24 09:48
『ニューギニア未帰還兵展』12月19日まで再延長。Pameran Prajurit Jepang
{%爆弾webry%}開催期間を一ヶ月間延長して、去る8月8日から10月30日までの予定で実施中の『ニューギニア未帰還兵展』。戦後65年も経過したのにも関わらず、未だ祖国へ還れない、ニューギニアに瞑る幾多の旧日本軍将兵の霊。そして、「いつ、どこで、どのように亡くなったのか?」を究明したいと願う遺族。夫を、父を、兄を、弟を、そして伯父(叔父)の最期の地を必死で探し求めている妻、子、兄弟姉妹、そして姪と甥。 赤紙一枚で出征し、白紙一枚の戦死公報。ニューギニアで亡くなった方々のお墓に安... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/10/24 17:51
海軍第202設営隊(8) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦ま... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/01 01:47
海軍第202設営隊(小林光雄氏の絵日記証言)Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}2009年12月19日までインドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/01 02:48
第35師団野戦病院(東第2931部隊第3分隊)故永井寿三郎氏提供写真 ヌンホル島
{%爆弾webry%}再々延長して2009年12月19日までインドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。再延長の最終日、2009年10月30日、『亡き父のアルバムの中に、大戦中にニューギニアで戦死した戦友たちが写っている写真がありました。もしや、ご遺族の方々の中に、身内の消息を探している方がいるのではないかと思って持参しました』---そう言って、横浜市か... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/01 16:48
海軍第202設営隊(9) 武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦ま... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/02 11:00
海軍第202設営隊(10)武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦ま... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/03 13:59
『ニューギニア未帰還兵展』12月19日まで再々延長。Pameran s/d 19 Des 09
{%爆弾webry%}開催期間を一ヶ月間延長して、去る8月8日から10月30日までの予定で実施中の『ニューギニア未帰還兵展』。戦後65年も経過したのにも関わらず、未だ祖国へ還れない、ニューギニアに瞑る幾多の旧日本軍将兵の霊。そして、「いつ、どこで、どのように亡くなったのか?」を究明したいと願う遺族。夫を、父を、兄を、弟を、そして伯父(叔父)の最期の地を必死で探し求めている妻、子、兄弟姉妹、そして姪と甥。 赤紙一枚で出征し、白紙一枚の戦死公報。ニューギニアで亡くなった方々のお墓に安... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/04 09:49
海軍第202設営隊(11)武内満多男の証言(動画)Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)で開催中の『ニューギニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』。西部ニューギニアに戦後65年間、瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊(永田亀雄少佐)」の将兵・軍属およそ1,000名がいる。彼らはビアク(Biak)島で亡くなった。連合軍のビアク上陸(1944年5月27日)によって、上陸を果たせなかった第202設営隊の約130名は、遠く西方のハルマヘラ島で終戦ま... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/05 12:09
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(1)
{%爆弾webry%}いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/08 21:01
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(2)
{%爆弾webry%}いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/10 13:28
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(3)
{%爆弾webry%}いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/12 10:10
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(4)
{%爆弾webry%}いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/13 08:48
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(5)
{%爆弾webry%}いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/14 16:27
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(6)
{%爆弾webry%}いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/15 00:30
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(7)
{%爆弾webry%}いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/18 09:38
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(8)
{%爆弾webry%}いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/19 10:28
海軍第202設営隊絵日記(1)小林光雄の戦記 Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/20 11:36
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(9)
{%爆弾webry%}いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/20 23:58
海軍第202設営隊絵日記(2)小林光雄の戦 Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/22 09:54
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(10)
{%爆弾webry%}いわば日本軍の海兵隊。海上機動旅団。上陸作戦の専門部隊としての性格を有していた。海上機動第2旅団(通称号:巡旅団=めぐりりょだん・玉田美郎少将・約5,500名)は、昭和19年5月、北支から南方へ送られた。当初は連合軍が上陸したビアク(Biak)島への逆上陸部隊として三度にわたって派遣される予定だった(渾作戦)が、実現しなかった。そして西部ニューギニア西端のソロン(Sorong)に上陸、主にサラワティ島やワイゲオ島の警備に当たったが、多くの兵が飢餓・病魔に倒れた... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/23 10:58
海軍第202設営隊絵日記(3)小林光雄の戦記 Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/23 21:11
海軍第202設営隊絵日記(4)小林光雄の戦 Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/26 10:56
海軍第202設営隊絵日記(5)小林光雄の戦記 Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/27 22:07
海軍第202設営隊絵日記(6)小林光雄の証言 Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/11/29 13:19
海軍第202設営隊絵日記(7)小林光雄の戦記 Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/01 09:49
海軍第202設営隊絵日記(8)小林光雄の戦記 Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/02 09:51
海軍第202設営隊(1)小林光雄の証言(動画) Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/05 11:05
海軍第202設営隊(2)小林光雄の証言(動画) Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/06 11:21
ビアク島マンドン・イブディの旧日本軍洞窟(1) Gua Dai Nippon Biak
{%爆弾webry%}今から13年前。1997年5月、“玉砕の島”ビアク島を訪ねた時の写真が資料棚から出てきた。フィルムで撮影したもので、多少変色している。画像は、その3年前の1994年10月、地主のパウルス・カフィアール(Paulus.A.Kafiar)さんによって発見されたとされるマンドン(Mandon)・イブディ(Ibdi)の断崖にある、内部が5室構造の鍾乳洞を写し出している。 ビアク島といえば、1万数千名の日本軍将兵や台湾人、朝鮮半島出身の軍属、そしてインドネシア人兵補や... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/07 10:45
ビアク島マンドン・イブディの旧日本軍洞窟(2) Gua Dai Nippon Biak
{%爆弾webry%}今から13年前。1997年5月、“玉砕の島”ビアク島を訪ねた時の写真が資料棚から出てきた。フィルムで撮影したもので、多少変色している。画像は、その3年前の1994年10月、地主のパウルス・カフィアール(Paulus.A.Kafiar)さんによって発見されたとされるマンドン(Mandon)・イブディ(Ibdi)の断崖にある、内部が5室構造の鍾乳洞を写し出している。 ビアク島といえば、1万数千名の日本軍将兵や台湾人、朝鮮半島出身の軍属、そしてインドネシア人兵補や... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/07 10:59
海軍第202設営隊(3)小林光雄の証言(動画) Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/09 12:20
海軍第202設営隊(4)小林光雄の証言(動画) Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/10 21:46
海軍第202設営隊(5)小林光雄の証言(動画) Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/12 14:40
☆12月17日:西部ニューギニア遺骨収集団遺骨引渡式のお知らせ☆
{%メガホンhdeco%}来る12月17日(木)、今年二回目の、厚生労働省派遣による西部ニューギニア地区遺骨収集団が帰国し、東京・千代田区三番町にあります「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」にて遺骨引渡式が行われます。今回はビアク島、ホーランジア(現ジャヤプラ)、ヌンホル島からの祖国帰還となります。 長年同地の遺骨調査に従事し、今回の収集団にも参加した岩手県奥州市のNPO『太平洋戦史館』のメンバーから遺骨が国に引き渡されます。事前予約無しで自由に出席できますので、是非ご参加下さい。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/13 14:31
海軍第202設営隊(6)小林光雄の証言(動画) Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/14 10:32
12月17日、西部ニューギニア遺骨収集団遺骨引渡式:291柱が無言の祖国帰還
{%メガホンhdeco%}来る12月17日(木)、今年二回目の、厚生労働省派遣による西部ニューギニア地区遺骨収集団が帰国し、東京・千代田区三番町にあります「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」にて遺骨引渡式が行われます。今回はビアク島、ホーランジア(現ジャヤプラ)、ヌンホル島からの祖国帰還となります。過去最多の291柱が還ってくる予定です。 長年同地の遺骨調査に従事し、今回の収集団にも参加した岩手県奥州市のNPO『太平洋戦史館』のメンバーから遺骨が国に引き渡されます。事前予約無しで自由に出席でき... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/15 12:27
東西ニューギニアから計702名の遺骨が祖国帰還
  ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/17 21:52
海軍第202設営隊(7)小林光雄の証言(動画) Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/18 14:11
海軍第202設営隊(8)小林光雄の証言(動画) Pasukan 202 AL Dai Nippon
{%爆弾webry%}インドネシア文化宮(GBI)では2009年8〜12月、『ニューギ ニア未帰還兵展---私たちは帰りたい。祖国日本へ』を実施。西部ニューギニアに戦後 65年間瞑り続ける、およそ3万の未帰還兵の遺骸。この中には、海軍最初の玉砕設営隊と称せられる「海軍第202設営隊 (永田亀雄少佐)」がいる。 およそ1,000名の将兵・軍属がビアク(Biak)島で亡くなった。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/19 09:52
2010年にも始まるワクデ島の遺骨収集 Pulau Wakde & Prajurit Jepang
{%爆弾webry%}3月に次いで今年二回目となった、厚生労働省による西部ニューギニア域戦没者遺骨収集団が去る12月17日帰国した。3月の108柱のおよそ2.7倍に当たる291柱が無言の祖国帰還を果たした。彼らは、現在のパプア州の州都ジャヤプラ(Jayapura・旧ホランジア)近郊のプアイ村で見つかった77柱、そして玉砕の島として戦史に残るビアク(Biak)島で確認された214柱の旧日本軍将兵・軍属の遺骨・遺灰だ。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/20 18:26
三橋國民 『64年目の夏 鎮魂のニューギニア』 Kunitami Mitsuhashi
{%爆弾webry%}日展参与で造形美術家の三橋國民氏は、2009年8月11日〜16日、銀座鳩居堂画廊で、次いで9月1日〜6日、八王子のいちょうホールで『64年目の夏 鎮魂のニューギニア 三橋國民 2009』展示会を開いた。 2010年に90歳になる三橋氏は、戦時中、野戦高射砲第74大隊第2中隊の隊員として西部ニューギニアのサラワティ(Sarawati)島のサマテ(Samate)に暮らした。戦友はことごとく戦死。40名中2名の生還だった。ニューギニアでの戦争体験を原点に、戦後、造... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/24 19:29
三橋國民 鎮魂のニューギニア(1) Kunitami Mitsuhashi & Papua
{%爆弾webry%}日展参与で造形美術家の三橋國民氏は、2009年8月11日〜16日、銀座鳩居堂画廊で、次いで9月1日〜6日、八王子のいちょうホールで『64年目の夏 鎮魂のニューギニア 三橋國民 2009』展示会を開いた。 2010年に90歳になる三橋氏は、戦時中、野戦高射砲第74大隊第2中隊の隊員として西部ニューギニアのサラワティ(Sarawati)島のサマテ(Samate)に陣地を構えた。戦友はことごとく戦死。40名中2名の生還だった。ニューギニアでの戦争体験を原点に、戦後... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/26 12:54
三橋國民 鎮魂のニューギニア(2) Kunitami Mitsuhashi & Papua
{%爆弾webry%}日展参与で造形美術家の三橋國民氏は、2009年8月11日〜16日、銀座鳩居堂画廊で、次いで9月1日〜6日、八王子のいちょうホールで『64年目の夏 鎮魂のニューギニア 三橋國民 2009』展示会を開いた。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/28 08:54
三橋國民 鎮魂のニューギニア(3) Kunitami Mitsuhashi & Papua
{%爆弾webry%}日展参与で造形美術家の三橋國民氏は、2009年8月11日〜16日、銀座鳩居堂画廊で、次いで9月1日〜6日、八王子のいちょうホールで『64年目の夏 鎮魂のニューギニア 三橋國民 2009』展示会を開いた。 2010年に90歳になる三橋氏は、戦時中、野戦高射砲第74大隊第2中隊の隊員として西部ニューギニアのサラワティ(Sarawati)島のサマテ(Samate)に暮らした。戦友はことごとく戦死。40名中2名の生還だった。ニューギニアでの戦争体験を原点に、戦後、造... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/29 12:10
東部インドネシアの旧日本軍航空基地(109) Bandara DaiNippon(109)ボルネオ島
{%空港(ユラユラ)hdeco%}2008年12月2日に連載を開始した『東部インドネシアの旧日本軍航空基地(Bandara Dai Nippon)』シリーズは、 西部ニューギニアのバボ(Babo)を第1号に、2009年5月19日のボルネオ島の第108号まで回を重ね、以降、ロテ島の伝統楽器ササンドゥ特集や『ニューギニア未帰還兵展』などのシリーズのため中断していた。太平洋戦争の開戦から68周年。ますます遠のく“先の大戦”の記憶。たとえ幾万の旧日本軍将兵・軍属の遺骨が、特に西部ニューギニ... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/30 11:02
東部インドネシアの旧日本軍航空基地(110) Bandara DaiNippon(110)ボルネオ島
{%空港(ユラユラ)hdeco%}2008年12月2日に連載を開始した『東部インドネシアの旧日本軍航空基地(Bandara Dai Nippon)』シリーズは、 西部ニューギニアのバボ(Babo)を第1号に、2009年5月19日のボルネオ島の第108号まで回を重ね、以降、ロテ島の伝統楽器ササンドゥ特集や『ニューギニア未帰還兵展』などのシリーズのため中断していた。太平洋戦争の開戦から68周年。ますます遠のく“先の大戦”の記憶。たとえ幾万の旧日本軍将兵・軍属の遺骨が、特に西部ニューギニ... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/12/31 01:07

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『ニューギニア未帰還兵展』 朝鮮人戦死者名簿(3)  インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる