東部インドネシアの旧日本軍航空基地(5) Bandara Dai Nippon(5) バボ&サガ

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日本の海軍陸戦隊が昭和17年(1942年)3月~4月に、ニューギニア島の要所を占領する以前、西部ニューギニアは蘭領ニューギニア(Nederlands Nieuw Guinea)、そして東半分の北半分がオーストラリアの信託統治領(それ以前はドイツ領)、南半分がオーストラリア領(それ以前は英国領)だった。いずれにせよ、日本軍がこの世界第二位の巨島に兵を進めるまで、同島は欧州列強の植民地の歴史を刻んでいた。
日本軍が侵攻する以前、ビントゥニ湾(Teluk Bintuni)に面したバボ(Babo)には、蘭領ニューギニア石油会社(NNGPM=Nederlandsche Nieuw Guinee Petroleum Maatschappij)が石油調査・試掘を目的に建設した900メートル滑走路があった。NNGPM社は、1935年にローヤルダッチシェル(Royal Dutch Shell)社とStandard Vacuum社、そしてFar Pacific Investment(Caltex)社が、それぞれ40%、40%、20%を出資して設立した石油開発会社。同社は1936年、フォーゲルコップ(Vogelkop)半島西部の、ソロン(Sorong)に近いクラモノ(Klamono)で初めて油田を発見、次いで1939年に同半島東部のモゴイ(Mogoi)、そして1941年にワシアン(Wasian)でも商業生産に足りうる油田を見つけた。しかし開戦。原油の生産は、日本軍の占領によって頓挫した。戦後の1948年(戦後も1960年代初期まで西部ニューギニアはオランダ領のままだった。1969年からインドネシア領に併合)の生産量はおよそ2万トンだった。しかし1954年頃に製産領は55万トンまで伸びた。
かつての原油は、天然ガスに代わった。空港史にその名前さえ残すことができなかった“幻の”サガ滑走路。そして、戦時中、蘭印(今日のインドネシア)とニューギニア島にあった日本軍基地とのハブ空港的な役割を演じた海軍バボ基地。その二つの、今でさえマイナーな滑走路の、まさに目と鼻の先に世界最大級の天然ガス田が眠りについていたとは。70年近くも前の凄惨な戦場で、今、大日本帝国が垂涎した資源エネルギーが世界に向かって輸出されようとしている。



BPによるビントゥニ湾での天然ガス探査。『Atlas Sumberdaya Pesisir Kawasan Teluk Bintuni(ビントゥニ湾海岸部資源地図)』から引用。同冊子は2003年、パプア州政府・マノクワリ県・国立パプア大学(UNIPA)などが編纂。


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バボ(Babo)海軍基地の西隣に陸海軍が造成を試みたサガ(Saga)航空基地。東隣には“緑の地獄”と米軍が呼んだ日本軍による「死の転進作戦」の集結地イドレ(Idore)が。マノクワリ(Manokwari)は日本軍の第二軍司令部が置かれた。


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ビントゥニ湾(Teluk Bintuni)の天然ガス採掘地区。赤線は郡の境界、黒線の枠内がLNGプロジェクト対象地域。


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ビントゥニ湾の衛星画像。中心部が天然ガス採掘地。陸上のLNGプラント基地は、かつて日本軍が造成したものの連合軍の空爆によって使用されることがなかった海軍サガ航空基地のすぐ近くに位置する。この飛行場群は、海軍第四南遣艦隊が海軍部命令によって造成に着手したものだ。


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世界最大規模と謳われる確認埋蔵量14.4兆立方フィートを誇るビントゥニ湾(Teluk Bintuni)の天然ガス採掘計画。推定では最終的に約23.7兆立方フィートの埋蔵量があるとされている。採掘された天然ガスは海上パイプラインでサエンガ(Saengga)に運ばれ、液化天然ガス(LNG)化され、その全量が輸出される予定だ。中国海洋石油総公司により運営される福建省LNG受入基地向けに年間260万トン、韓国Kパワー社向け年間最大80万トン、韓国ポスコ(旧浦項製鉄)社向け年間55万トン、米国センプラ・エナジー社用メキシコ向け年間最大370万トンの4社との間でLNG売買契約が締結済みと言われている。(『Atlas Sumberdaya Pesisir Kawasan Teluk Bintuni(ビントゥニ湾海岸部資源地図)』から引用。


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BPによる天然ガス探索の様子。『Atlas Sumberdaya Pesisir Kawasan Teluk Bintuni(ビントゥニ湾海岸部資源地図)』から引用。


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サエンガ(Saengga)にあるBPの液化天然ガスプラント。


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現在のバボ空港。現在は小型プロペラ機しか運行していないが、拡張工事が終われば、乗客数100名程度の機種が離着陸可能だ。


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1961年3月に蘭領ニューギニア政府によって作成された冊子『Papuans on the threshold of self-determination』に掲載されたソロンの石油基地。



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衛星画像に見る現在のソロン市の原油タンク群


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1956年にオランダのロッテルダム・ニューギニア研究所(Nieu guinea Instituut te Rotterdam)が刊行した『Vademegum Coor Nederlands Nieuw Guinea(Handbook on Netherlands New Guinea)』に掲載された、蘭領ニューギニアの石油採掘地図から引用。


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【参考ブログ】


東部インドネシアの旧日本軍航空基地(4) Bandara Dai Nippon(4) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_5.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(3) Bandara Dai Nippon(3) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_4.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(2) Bandara Dai Nippon(2) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_3.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地 (Bandara Dai Nippon) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_2.html

マルク州タニンバル紀行(9) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (9)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200807/article_1.html

マルク州タニンバル紀行(8) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (8)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_10.html

マルク州タニンバル紀行(7) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (7)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_9.html

マルク州タニンバル紀行(6) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (6)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_8.html

マルク州タニンバル紀行(5) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_7.html

マルク州タニンバル紀行(4) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_6.html

マルク州タニンバル紀行(3) Ke Tanimbar, MTB. Maluk (3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_5.html

マルク州タニンバル紀行(2) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_4.html

マルク州タニンバル紀行(1) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_3.html

アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_4.html

戦後が来ない西南東マルク県。占領の傷跡は誰が癒してくれるのか?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_6.html

パプアの桜(No.2) Pohon Sakura Papua(No.2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_4.html

パプアの桜(No.1) Pohon Sakura Papua(No.1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_3.html

西パプア州政府(Provinsi Papua Barat)
http://www.papuabaratprov.go.id/

パプア州政府(Provinsi Papua)
http://web.papua.go.id/

マノクワリ県(Kabupaten Manokwari)
http://www.manokwarikab.go.id/

ヤーペン島嶼県(Kabupaten Kepulauan Yapen)
http://www.yapenwaropen.go.id

ビアク・ヌンホル県(Kabupaten Biak Numfor)
http://www.biak.go.id/

ソロン県(Kabupaten Sorong)
http://www.sorongkab.go.id/

南ソロン県(Kabupaten Sorong Selatan)
http://sorongselatankab.go.id/

サルミ県(Kabupaten Sarmi)
http://www.sarmikab.go.id/

ワローペン県(Kabupaten Waropen)
http://www.waropenkab.go.id/

ファクファク県(Kabupaten Fakfak)
http://www.fakfakkab.go.id/

ビントゥニ湾県(Kabupaten Teluk Bintuni)
http://www.bintunikab.go.id/

ウォンダマ県(Kabupaten Teluk Wondama)
http://www.telukwondama.go.id/

カイマナ県(Kabupaten Kaimana)
http://www.kaimanakab.go.id/

ジャヤプラ市(Kota Jayapura)
http://www.jayapurakota.go.id/


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