ロテ島ササンドゥ物語(3) Sasandu, Rote, NTT(3)

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【サリサンドゥ(SARISANDU)発展の歴史】
◎ サリサンドゥの弦の変遷

16世紀におけるサリサンドゥの状況は、民話から窺い知ることできるように、まだロテ島のナラ・ティエ(Nala Thie)地区で、限られた芸術家によってのみ愛好されていた。しかし17世紀には、現在の南西ロテ郡の中でも、ヌサック・デンカ(Nusak Dengka)、そしてウナレ(Oenale)方面や、ンダオ(Ndao)島のある北西ロテ郡へも広がっていきました。それは、その時代の世代が、以前の世代よりもより高い思考能力を持っていたからでした。オランダ東インド会社(VOC)の権力がインドネシア東部にも広がり、さらに牡馬や海産物などを探し求めてロテ島にやってきたアラブ商人や、その他の外国人、さらにはスラウェシ島のマカッサルの貿易商たちを介して、VOCの金貨もヌサンタラの隅々へと広がりました。この機会を通して、ロテ島民は金貨を持つようになりました。
17世紀、ンダオ島の住民はすでに金銀細工師として、金や銀や銅製のアクセサリーを作る技術を持っていました。彼らは生活費を稼ぐため、ロテ島に渡り、何ヶ月も何年もの間、金貨を様々な装飾品へ変えました。そして、米やとうもろこし、砂糖や家畜などと交換したのでした。こうして、ロテ島西部の住民、殊に芸術家たちは、木の皮や植物繊維製だった弦を、より美しく高音を発することが可能な、なめらかな銅の弦に換えることができました。それと共に、7本の弦を9本の弦へと発展させました。このように、銅製の弦に換えたことで丈夫になり、音階もより整い美しくなり、この楽器の能力が増しました。
やがてサリサンドゥの愛好者はロテ島の中部や東側へと広がりました。18世紀の初頭、ロテ島民は初めて鉄製のワイヤを知りました。そして弦を鉄製ワイヤから作り、弦の数も10本に増やしました。



NTT(東ヌサトゥンガラ)州でササンドゥ演奏の第一人者であるザカリアス・ンダオン(Zakarias Ndaong)さんは、自費出版でササンドゥ演奏曲集CDを作った。これも「ササンドゥが消え去らないように願う努力の一つ」という。


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棕櫚椰子(ロンタール:Lontar)の樹。楽器ササンドゥの本体を形作る主要素材。NTT州では、どこでも見られる椰子の木だが、ロテ島はまさにその“本場”。ロンタール無くしてロテ島は無い---と言われるまでに、ロンタールの樹はロテ島民にとってかけがえのないものだ。


◎ サリサンドゥ音楽へのゴング音楽の影響
18世紀の半ばに入ると、サリサンドゥの愛好者は減り、誕生日や結婚式、そして新築祝いなどの席で、場を盛り上げるための楽器としては用いられなくなりました。
オランダ人はロテ島の産物を、オランダのお金で購入したり、またロテ島には無い他の島の産物を持ってきてロテ島の産物と物々交換したりしました。彼らは、その音色がサリサンドゥの音とよく似合う、9~10個のゴングと共に合奏させたりもしました。これらのゴングは馬と交換されました。この時代、ゴングを所有できた者は、王族と裕福な人々だけでした。
中には3~4個から成るゴングセットを所有する人もいました。1個の値段は3~4頭の牡馬ほどにもなり、そのためゴングは買えないけれども、音楽に関心がある人々は、たまにお祝い事の場所でゴングをたたかせてもらいました。一方で、ゴングを持てない人々にとって、家庭内で、サリサンドゥは、夜の癒しの楽器となりました。



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古いタイプのササンドゥ。棕櫚椰子(ロンタール:Lontar)の葉を丸めて半球型を作る。葉と葉の間が繋がっているので、丸めるとそのまま液体を入れる容器にもなる。そして実際に、今でもロンタールの葉で作った容器は日常生活の中で用いられている。背景は、イカット(絣)。ロテ島はかつてイカット産地として知られていたが、近年、衰退の一途をたどっている。


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クーパン市内にある工房「DALEKESA」で、マホガニの木からササンドゥの竹筒取り付け部分のヘッドを作るザカリアスさん。
棕櫚椰子(ロンタール:Lontar)の葉を丸めて半球型を作り、ササンドゥの本体を作る。



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完成したササンドゥを手にするザカリアスさんと、工房の仲間たち。「ササンドゥ製作をロテ島の産業にしたいと願っている」と、ザカリアスさん。


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ロテ島がかつて手紡ぎ綿糸を用い、総自然色染めで、素晴らしいイカットを作っていたことを物語る旧バア(Baa)王家が所有するイカット古布。


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ンダオ(Ndao)島はかつてイカット生産の中心地だった(衛星画像)。
ンダオ島の海岸。白砂がどこまでも続く。



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【参考ブログ】


ロテ島ササンドゥ物語(2) Sasandu, Rote, NTT(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200811/article_6.html

ロテ島ササンドゥ物語 (1)  Sasandu, Pulau Rote, Propinsi NTT
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200811/article_5.html

ロテ島の楽器ササンドゥの運命(2) Nasib Sasando di Pulau Rote(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200808/article_4.html

ロテ島の楽器ササンドゥの運命(Nasib Sasando di Pulau Rote) (1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200808/article_3.html

ロテ島&サブ島伝統イカット展(Pameran Ikat Rotendao & Savu-NTT)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200801/article_1.html

インドネシア最南端のロテ島で伝統イカットが消滅(Tenun Ikat di Pulau Rote)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_2.html

第7回アロール県エキスポ画像リポート(2)Expo Alor ke-VII(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200808/article_2.html

第7回アロール県エキスポ画像リポート(1)Expo Alor ke-VII
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200808/article_1.html

第7回アロール・エキスポ情報(Expo Alor ke-VII)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200807/article_2.html

アロール県エキスポでオスカルさんのファッションショー
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_5.html

第6回アロール県エキスポで日本の竹製品を紹介
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_4.html

第6回アロール・エキスポ情報(Expo Alor ke-VI)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_11.html

アロール県がタマンミニにパビリオンをオープン
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200704/article_4.html

Mr.おじいさん&Mrs.おばあさんコンテスト
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200611/article_5.html

アロール島でミスコンを主催
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200611/article_4.html

世界で二番目に美しい海中公園アロール島
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200611/article_3.html

第5回アロール・エキスポで日本の絣&着物を展示
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_7.html

第5回アロール・エキスポで寿司を握る
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_6.html

アロール島事典(日本語): http://alor.hp.infoseek.co.jp/

アロール県公式Website(インドネシア語)
http://www.alorkab.go.id/

アロール県Website(英イ語): http://www.alor-island.com/

インドネシア文化宮(GBI)活動記録
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_2.html

インドネシア文化宮活動記録(インドネシア語)Kegiatan GBI
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_4.html





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