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zoom RSS インドネシアの巨石文化(4) Budaya Megalitik Indonesia(4)

<<   作成日時 : 2008/05/23 11:43   >>

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「Arca megalitik(巨石像)・Megalithic Statue」は、巨石信仰に関連する人間もしくは動物の形をした石彫刻。「Arca Menhir(メンヒル像)・Menhir Statue」は、胴体、首そして頭から成る足を持たない、人間の形をした石像。「Ksadasn」は、石垣で囲んだ広場。西ティモールに多く、儀式用。「Bosok」は、西ティモールに多く、石積み構築物で、儀式用。「Areosali」は、ニアス島に多く見られ、裁判所としての機能を持つほか、村や地域の掟や規則を決定する場所として使われた。「Neogadi」は、ニアス島で見られ、儀式の際に、舞踊の舞台として用いられた円形テーブル。「Neoadulomano」は、小さなNeogadi。「Sitilubagi」は、ニアス島で見られ、結婚式などで用いられる、動物のような形をした石椅子。「Lasara」は、守護動物と捉えられた空想の動物像。

上の画像は、東ジャワ州ボンドウォソ(Bondowoso)・ナンカアン(Nangkaan)村にある石棺。盗掘にあった形跡が。長さ275cm、高さ135cm、幅115cm


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南スラウェシ州ランテ・カラシック(Rante Karasik)にあるメンヒル。生贄の水牛を縛り付けるポールに使用したと推定されている。彫られたものではなく、形が美しい自然石を用いている。直径約150cm、高さ約450cm


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南スラウェシ州ジェネポント(Jeneponto)で見つかり、現在はマカッサルの博物館で所蔵している石像。墓石として使用された、とされる。メンヒル型


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中スラウェシ州の南ロレ(Lore Selatan)郡パダン・ビラントゥア(Padang Birantua)にある人物像のメンヒル。長さ約360cm。幅約87cm


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北スラウェシ州ウォロハン(Wolohan)で見つかった石像


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北スラウェシ州サワンガン(Sawangan)で見つかったワルガ(Waruga・墓石)。王冠を被ったトペン(仮面)風な顔が描かれている。高さ125cm、幅58cm


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NTT(東ヌサトゥンガラ)州スンバ島の東スンバにあるドルメン。王様の墓。スンバ最大の規模。このメンヒルの長さは5.8m、幅3.15m、高さ78cm


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NTT(東ヌサトゥンガラ)州スンバ島の西スンバのアナカラン(Anakalang)にあるドルメンの彫刻。胸飾りの間に立つ人物。そしてマムリ(Mamuli)と呼ばれる耳飾。そして馬に乗る人物像


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NTT(東ヌサトゥンガラ)州スンバ島の西スンバで見つかったメンヒル石棺の一部で、あの世への無事の到達を祈ったものとされる。高さ115cm、幅45cm、厚み17cm


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NTT(東ヌサトゥンガラ)州スンバ島の西スンバにあるドルメン。雨乞いの儀式にも使用されたと言われている


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NTT(東ヌサトゥンガラ)州スンバ島にある儀式用舞台。直径375cm、高さ100cm。後ろの円錐形の家は墓


【備考】


画像は、インドネシア共和国教育文化省文化局が11年前の1997年に発行した「Album Tradisi Megalitik Di Indonesia(インドネシアにおける巨石伝統アルバム)」と題する非売品書籍から引用。


【参考ブログ】


インドネシアの巨石文化(2) Budaya Megalitik Indonesia(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200805/article_7.html

インドネシアの巨石文化(1) (Budaya Megalitik Indonesia(1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200805/article_6.html

タニンバル島の謎の石階段(Tangga Batu, Tanimbal, MTB, Maluk)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200805/article_5.html

タニンバル島の謎の石船No.2(Kapal Batu, Tanimbal MTB) No.2
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200805/article_4.html

タニンバル島の謎の石船(Kapal Batu, Tanimbal MTB) No.1
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200805/article_3.html

インドネシア考古学研究センターの刊行物(1955〜2000)
http://www.h6.dion.ne.jp/~kawan/sotsumanu/No.23.htm

国際シンポジウム・謎の巨石文化を考える(2003.3.21)
http://www.nara.accu.or.jp/about/symposium/symposium.pdf

インドネシア文化宮(GBI)活動記録
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_2.html

インドネシア文化宮活動記録(インドネシア語)Kegiatan GBI
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_4.html


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北スラウェシ州紀行(22) ワルガ Perjalanan ke Sulut (22) Waruga
{%十字架webry%}エジプトのピラミッド、北京郊外の明の十三陵を見るまでもなく、古いお墓は世界中で著名な観光地となっている。偉人の墓ならなおさらだ。庶民のお墓だって、立派な観光地になることは、スラウェシ島のトラジャ民族の断崖の石室が証明している。実は北スラウェシ州にも、未だ対外的によく知れ渡ってはいないが、それはそれは見ごたえのあるお墓がある。地元で「ワルガ(Waruga)」と呼んでいる、屋根付きの石棺がそれだ。 側聞では、なんでも北スラウェシ州全土に計2,000基ほどあ... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/17 16:36
北スラウェシ州紀行(23) ワルガ Perjalanan ke Sulut (23) Waruga
{%十字架webry%}キリスト教が北スラウェシ一帯に入ると時期を同じくして、石棺の中に亡骸を入れて自宅前に置く埋葬形式は徐々に禁止された。以降は土葬に変わり今日に至っている。屋根や石棺に彫られたシンボルやモチーフは、それぞれのマルガ(Marga)、すなわち同一族(氏)によって異なった。また、その昔は、石棺の脇に、故人の氏名を書いた木札が立てられていたそうだが、今では残っていない。 サワンガン(Sawangan)村は、トンセア語を話すトンセア民族。この近辺の人々は、石棺の素材... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/18 15:28
北スラウェシ州紀行(24) ワルガ Perjalanan ke Sulut (24) Waruga
{%十字架webry%}サワンガン(Sawangan)村の古い石棺(ワルガ:Waruga)は計144基。ミナハサ(Minahasa)地域にある2,000基とも言われるワルガの約7%が、この一村に集中している。西暦800年頃に始まったとされるワルガ石棺。その中には西洋人や、日本人のお墓とされるものもある。 サワンガン村のワルガの幾つかは、軍服を着用したヨーロッパ人の姿がレリーフで描かれている。長い銃を手にしたものもある。おそらく大航海時代にやってきて、この地で最期を迎えた者か、... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/19 00:01
北スラウェシ州紀行(25) ワルガ Perjalanan ke Sulut (25) Waruga
{%十字架webry%}ミナハサ民族のワルガ(Waruga)は、単なる墓標であるばかりではなく、身内との“一体感”を具現化する祖霊像的な意味合いも持つ。今では、一か所に公園墓地風にまとめられているが、かつては各家々の前庭や、門前に置かれていたことから考えても、その可能性が高い。考古学と文化人類学の調査を待たねばならないが、例えば、インドネシア最東端のパプア(Papua)州の南西部、アスマット(Asmat)県一帯に見られるアスマット民族のビスポール(Bis Poll)と、その存在... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/20 00:02
北スラウェシ州紀行(26)サンギヘ Perjalanan ke Sulut (26) Sangihe
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}スラウェシ島の最北端付近の西海岸に位置する北スラウェシ(Propinsi Sulawesi Utara = Sulut)州の州都マナド。ここから北のフィリピンのミンダナオ島に向かって、点々と大小の島嶼が並ぶ。サンギヘ(Sangihe)諸島とタラウド(Talaud)諸島だ。この一帯は隣国フィリピンとの国境エリア。タラウド諸島に属する、インドネシア最北端のミアンガス(Miangas)島は、県都のタラウド島へ行くよりも、フィリピン領土に近い場... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/21 00:01
北スラウェシ州紀行(27)サンギヘ Perjalanan ke Sulut (27)Sangihe
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}インド洋から南太平洋まで展開するインドネシア共和国は、幾つもの国と接している。陸上で接する隣国は、西からマレーシアそして東ティモール、さらにパプアニューギニア。一方、海上で接する国は、インド、タイ、シンガポール、フィリピン、オーストラリア。広大な広がりを称して“サバン(Sabang)からメラウケ(Merauke)まで”と表現する。日本の“北は北海道から南は九州・沖縄まで”と同じ類だ。サバンは、スマトラ島北端のアチェ州の州都バンダアチェの... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/22 00:01
北スラウェシ州紀行(28) タルシウス Perjalanan ke Sulut (28)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}バリ島と東のロンボク島との間にあるロンボク海峡。そしてカリマンタン(ボルネオ)島とスラウェシ島との間のマカッサル海峡。この二つを結ぶ線は、生物学上“ウォレス(Wallace)ライン”と呼ばれ、生物相の東洋区とオーストラリ区とを分かつ分布境界線として知られている。余談だが、ティモール島東部海域とブル島西部海域、そしてハルマヘラ島西部海域とを結ぶ線は“ウェーバー(Weber)ライン”と呼ばれている。前者は、イギリス人博物学者のアルフレッド・... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/26 00:13
北スラウェシ州紀行(29) ブヤット湾 Perjalanan ke Sulut (29) Buyat
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}南ミナハサ県から分離して2007年5月に誕生した南東ミナハサ県(Kab.Minahasa Tenggara:人口約10万人。県都はラタハン:Ratahan)は、かつて重大な汚染問題で世界の耳目を集めた。1996年に金生産を開始した米国の巨大鉱山会社ニューモント社(Newmont Inc)の子会社PT.NMR(Newmont Minahasa Raya)によるとされる、2004年のブヤット湾(Teluk Buyat)の水銀・ヒ素汚染問題の... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/27 00:01
北スラウェシ州紀行(30) コタモバグ Perjalanan ke Sulut (30)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}コタモバグ(Kotamobagu)は北スラウェシ州(Sulut)にある4都市の一つ。他の3つは州都のマナド(Manado)、そして港町ビトゥン(Bitung)とトモホン(Tomohon)。マナドから南西におよそ100km。内陸部に位置し、トモホン市同様に、高原リゾート、そしてアグリビジネスで未来を切り開こうとしている。人口はおよそ98,000人。面積は約68km2。2007年1月に、ボラアン・モンゴンドウ(Bolaang Mongo... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/28 00:01
北スラウェシ州紀行(31) 経済特区 Perjalanan ke Sulut (31) Kapet
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}インドネシア国内では十数のKAPET(Kawasan Pengembangan Ekonomi Terpadu:経済統合開発地域)が指定されているが、州都マナドを中心とするエリアもその一つに組み込まれている。名称は「KAPET Manado-Bitung」。インドネシア政府は、東部インドネシア地域(KTI:Kawasan Timur Indonesia)の開発に腐心してきているが、マナド・ビトゥンKAPETは、NTT(東ヌサトゥンガラ)... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/29 00:01
北スラウェシ州紀行(31) 経済特区 Perjalanan ke Sulut (31) Kapet
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}インドネシア国内では十数のKAPET(Kawasan Pengembangan Ekonomi Terpadu:経済統合開発地域)が指定されているが、州都マナドを中心とするエリアもその一つに組み込まれている。名称は「KAPET Manado-Bitung」。インドネシア政府は、東部インドネシア地域(KTI:Kawasan Timur Indonesia)の開発に腐心してきているが、マナド・ビトゥンKAPETは、NTT(東ヌサトゥンガラ)... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/29 00:01
北スラウェシ州紀行(32) 画家ソニーPerjalanan ke Sulut (32) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}アトリエを州都のマナドから高原の“花の街(Kota Bunga)”トモホン(Tomohon)に移した、北スラウェシ州(Prop.Sulut)を代表する画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さん。本名はサムソン・G・A・レンコン(Samson G.A.Lengkong)。地元紙から“東の真珠”と敬称で呼ばれるソニーさんは、1957年7月16日、トモホンで生まれた。『私にとって絵画とは敬虔であるための媒体です』----2男2... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/30 00:14
北スラウェシ州紀行(32) 画家ソニーPerjalanan ke Sulut (32) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}アトリエを州都のマナドから高原の“花の街(Kota Bunga)”トモホン(Tomohon)に移した、北スラウェシ州(Prop.Sulut)を代表する画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さん。本名はサムソン・G・A・レンコン(Samson G.A.Lengkong)。地元紙から“東の真珠”と敬称で呼ばれるソニーさんは、1957年7月16日、トモホンで生まれた。『私にとって絵画とは敬虔であるための媒体です』----2男2... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/30 00:14
北スラウェシ州紀行(32) 画家ソニーPerjalanan ke Sulut (32) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}アトリエを州都のマナドから高原の“花の街(Kota Bunga)”トモホン(Tomohon)に移した、北スラウェシ州(Prop.Sulut)を代表する画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さん。本名はサムソン・G・A・レンコン(Samson G.A.Lengkong)。地元紙から“東の真珠”と敬称で呼ばれるソニーさんは、1957年7月16日、トモホンで生まれた。『私にとって絵画とは敬虔であるための媒体です』----2男2... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/30 00:14
北スラウェシ州紀行(32) 画家ソニーPerjalanan ke Sulut (32) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}アトリエを州都のマナドから高原の“花の街(Kota Bunga)”トモホン(Tomohon)に移した、北スラウェシ州(Prop.Sulut)を代表する画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さん。本名はサムソン・G・A・レンコン(Samson G.A.Lengkong)。地元紙から“東の真珠”と敬称で呼ばれるソニーさんは、1957年7月16日、トモホンで生まれた。『私にとって絵画とは敬虔であるための媒体です』----2男2... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/30 00:15
北スラウェシ州紀行(32) 画家ソニーPerjalanan ke Sulut (32) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}アトリエを州都のマナドから高原の“花の街(Kota Bunga)”トモホン(Tomohon)に移した、北スラウェシ州(Prop.Sulut)を代表する画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さん。本名はサムソン・G・A・レンコン(Samson G.A.Lengkong)。地元紙から“東の真珠”と敬称で呼ばれるソニーさんは、1957年7月16日、トモホンで生まれた。『私にとって絵画とは敬虔であるための媒体です』----2男2... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/30 00:16
北スラウェシ州紀行(32) 画家ソニーPerjalanan ke Sulut (32) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}アトリエを州都のマナドから高原の“花の街(Kota Bunga)”トモホン(Tomohon)に移した、北スラウェシ州(Prop.Sulut)を代表する画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さん。本名はサムソン・G・A・レンコン(Samson G.A.Lengkong)。地元紙から“東の真珠”と敬称で呼ばれるソニーさんは、1957年7月16日、トモホンで生まれた。『私にとって絵画とは敬虔であるための媒体です』----2男2... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/30 00:17
北スラウェシ州紀行(33) 画家ソニー Perjalanan ke Sulut (33) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}“東の真珠(Mutiara Timur)”そして“北スラウェシの真珠(Mutiara Sulawesi Utara)”の敬称・愛称で呼ばれる、トモホン(Tomohon)在住の画家ソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さん。『世界の画家の中では、ヴァン・ゴッホが一番好きかな。彼の全ての作品に共通する、あの線、そして筋。素晴らしい』と。『残念ながら、日本の画家については、未だ多くを知っていませんから、誰の絵画が好きかは言えません』... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/31 00:01
北スラウェシ州紀行(34) 画家ソニー Perjalanan ke Sulut (34) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}『アートの世界で言えば、ここ北スラウェシの芸術家たちは、バリ島やジョグジャカルタ、そしてジャワ島のその他の都市に暮らす芸術家と比べて、その存在が国内的に認識されていない。あたかも、バリ島とジャワ島の外には、アーティストがいないかのようなメディアの報道、そして美術評論家を始めとして、評論家と名が付く者たちの認識の低さ。僕は首都ジャカルタで行った個展では、いつも、ミナハサ(Minahasa)文化を強く打ち出して、ミナハサ、そして北スラウェシ... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/11/01 00:02
北スラウェシ州紀行(35) 画家ソニー Perjalanan ke Sulut (35) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}ミナハサを代表する画家ソニー・レンコンさんのストーリーを掲載し始めて三日目(11月1日)、東京・高田馬場のインドネシア文化宮(GBI)で中カリマンタン州映画上映会を楽しんでいた時、携帯が鳴った。『突然のお知らせだから、今夜トモホン(Tomohon)に来てよね、とは言わないけれども、実は今日から9日まで、第15回目の個展をトモホンのアトリエで開催するんで、そのことを伝えておこうと思って電話をかけた』と、ソニーさんの声。聞けば、ソニーさんの... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/11/02 00:01
北スラウェシ州紀行(36) 画家ソニー Perjalanan ke Sulut (36) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}2008年11月1日、トモホン(Tomohon)のソニー・ギャラリー2(Sonny Art Galeri:兼アトリエ)で、第15回目の「ソニー・レンコン個展」がスタートした。9日までの日程だ。画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さんは、州都のマナドにもギャラリーを所有しているが、最近では創作の拠点をトモホンに移している。そして、トモホンでは三月に一回の割合で、新作の個展を開催している。『北スラウェシ州、殊にトモホンで文... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/11/03 17:42
マナドWOC開催記念ソニー・レンコンさんの個展(Pameran Sonny L di Manado)
{%夏海(チカチカ)hdeco%}インドネシア最南端のNTT(東ヌサトゥンガラ)州政府から派遣され、最北端の北スラウェシ州(Prop.Sulut)の州都マナド(Manado)で5月初旬、ササンドゥ(Sasandu)演奏を行うザカリアス・ンダオン(Zakarias Ndaong)さん。当地では、“インドネシア東部の真珠”の異名を持つ、画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さんが待っている。そしてソニーさんも同時期、個展を開催する。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/05/01 18:02
マナド&トモホンでソニー・レンコンさんの絵画展(Pameran Sonny Lengkong)
{%夏海(チカチカ)hdeco%}世界海洋会議(WOC=World Ocean Conference:2009年5月11日〜15日)開幕を控える北スラウェシ州の州都マナド(Manado)。5月9日、このインドネシア最北端の州へ、最南端のNTT(東ヌサトゥンガラ)州文化使節団の一員として、ササンドゥ(Sasandu)奏者のザカリアス・ンダオン(Zakarias Ndaong)さんが向かった。およそ150ヵ国から2,000〜5,000名が集まるとされる、マナド史上最大規模の国際会議... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/05/09 19:55
北スラウェシ州のコリンタン音楽(動画)Musik Kolingtan Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolingtan)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GBI... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/07 22:58
北スラウェシ州のコリンタン音楽(2) Musik Kolintang Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolingtan・木琴)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GB... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/09 11:39
北スラウェシ州のコリンタン音楽(3) Musik Kolintang Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolingtan・木琴)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GB... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/10 10:56
北スラウェシ州のコリンタン音楽(4) Musik Kolintang Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolintang・木琴)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GB... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/12 11:53
北スラウェシ州のコリンタン音楽(5) Musik Kolintang Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolintang・木琴)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GB... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/16 21:27
北スラウェシ州のコリンタン音楽(6) Musik Kolintang Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolintang・木琴)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GB... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/17 23:53

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