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アチェ西海岸ムラボの村人が首都公演(Pertunjukan SHE LAGEE di JKT)
アチェ西海岸ムラボの村人が首都公演(Pertunjukan SHE LAGEE di JKT) 30年以上にも渡ってアチェの人々に暗い影を落とした紛争は、2005年8月の和平協定締結によって幕を下ろした。その重要な引き金となったのは、あの2004年12月26日に起きた、スマトラ島沖大地震そして巨大津波。紛争時代の一時期、アチェでは、たとえ隣村同士であっても、自由な往来、そして自由な集会ができないことがありました。いわんや、州都のバンダアチェを含めて、演劇公演や映画上映会なども厳しい規制を受けて、アーティストたちは“冬の時代”に直面せざるを得ませんでした。 和平協定以降、... ...続きを見る

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2008/06/03 18:53
アチェのサクラさん&ディーヴァちゃんの日本滞在記(2)Kenangan Sakura(2)
アチェのサクラさん&ディーヴァちゃんの日本滞在記(2)Kenangan Sakura(2) 「私は、この体に日本人の血が流れていることをとても誇りに思っています。私の願いは、この絆が孫の子供の世代、そしてそれ以降も、ずっとずっと続いていくことです。私と姉の間柄も、確かに戦争の犠牲と言うこともできるでしょう。でも、あの悲惨な戦争の恨みを乗り越え、血の繋がりが今こうして人間味溢れる姉妹関係を結わいだのです。日本とアチェが、日本とインドネシアが親愛の関係がさらに大きくなっていくことを願っています」----戦前を8日間、戦後を62年間生きてきたサクラさんはそう語る。 ...続きを見る

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2008/05/04 17:01
アチェのサクラさん&ディーヴァちゃんの日本滞在記(1)Kenangan Sakura(1)
アチェのサクラさん&ディーヴァちゃんの日本滞在記(1)Kenangan Sakura(1) 快晴の北アルプス。初夏を思わせる陽射し。ワサビ田の清らかな湧水。穂高川の真上を悠然と飛ぶ春の野鳥。安曇野に春が来た。穂高川右岸の堤の上に立つ「早春賦歌碑」。2008年4月29日。第25回早春賦祭りに参加するため、サクラさん、そして孫娘のディーヴァちゃんがアチェから安曇野にやってきた。「早春賦」の作詞は吉丸一昌(1873-1916)。そしてサクラさんは一昌の孫。終戦の8日前に、今日の州都バンダアチェ(旧クタラジャ)で生まれた。父は一昌の次男である池尻昌言(いけじりまさのぶ)。そして母... ...続きを見る

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2008/05/02 19:49
アチェのサクラさんが来日・上映会&懇親会(Sakura Aceh ke Negeri Sakura)
アチェのサクラさんが来日・上映会&懇親会(Sakura Aceh ke Negeri Sakura) サクラさん(左)とディーヴァちゃん ...続きを見る

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2008/04/12 12:00
アチェの画家マフディさんの個展(Pameran Mahdi Abdullah di NAD)
アチェの画家マフディさんの個展(Pameran Mahdi Abdullah di NAD) 2008年2月23日〜3月8日、アチェ人画家マフディ・アブドゥラ(Mahdi Abdullah)さんの個展が、州都バンダアチェのウレカレン地区にあるギャラリーで開催されている。マフディさんが“津波”をテーマに描いた作品は、2月初旬まで、東京・六本木の新国立美術館で行われた「アジア創造美術展」で展示されたが、今回の個展は、“津波のアチェ”から“現在のアチェ”へとテーマを変えている。あの巨大津波被災からすでに三年の歳月が過ぎた。『あの自然災害による破壊と廃墟、そして避難民の辛苦の生活に... ...続きを見る

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2008/02/28 17:48
アチェ津波絵画&風刺漫画を義援金に(マフディ・アブドゥラ氏の作品)
アチェ津波絵画&風刺漫画を義援金に(マフディ・アブドゥラ氏の作品) インドネシア文化宮(GBI)では、2007年12月17日〜29日、『アチェ津波被災三周年企画展』を実施しますが、これに関連して、バンダアチェ在住の画家マフディ・アブドゥラ氏より、絵画作品をオークションにかけ、その売上代金を、JAN(Japan Aceh Net)を通じて、まだまだ援助の手が差し伸べられない分野の義援金として活用することを希望している旨連絡が入りました。また、最新作の風刺漫画も12枚セットでの販売を希望しています。 GBIは、同氏の志に基づいて、作品を以下の条件で販売す... ...続きを見る

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2007/11/29 18:43
アチェ津波被災三周年企画展のお知らせ(Pameran Aceh 3 thn Tsunami)
アチェ津波被災三周年企画展のお知らせ(Pameran Aceh 3 thn Tsunami) イルワンディ州知事世界へ! 去る2月の就任以来、イルワンディ・ユスフ(Irwandi Yusuf)アチェ州知事は、海外視察が多い。9月末にはアメリカを訪れ、バイオディーゼル工場を見学。アチェの輸出産物を紹介する一方でアチェへの投資を呼びかけている(上の風刺漫画)。 ...続きを見る

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2007/11/24 17:27
アチェの津波ポールとアンボンの津波防災啓蒙看板(Tugu Tsunami Aceh) 
アチェの津波ポールとアンボンの津波防災啓蒙看板(Tugu Tsunami Aceh)  あの超巨大津波を生き抜いた大樹が次から次へと切り倒される中、州都バンダアチェのあちらこちらににょきにょきと建立されたコンクリート製の“津波ポール”----津波がこの高さまで来ました、と告げるいわゆるメモリアルポール。2006年12月26日、津波被災二周年を機に、駐ジャカルタ日本公使によって公認された。 未だテント暮らしの被災民が多数いて、基本的な生活に困る市民が溢れていた時期に、こういった一千万円もの費用を投じた“メモリアル”事業が必要だったかどうかについては不問に付すが、筆者が... ...続きを見る

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2007/11/21 23:03
バンダアチェの樹木の運命(2) Nasib pohon2 Banda Aceh(2)
バンダアチェの樹木の運命(2) Nasib pohon2 Banda Aceh(2) 津波上陸地点にあたる、バンダアチェ市北西のウレレ海岸に一本だけ残った木麻黄(インドネシア語名:Cemarah Laut/学名:Casuarina stricta(syn. Allocasuarina verticillata)。この木より数キロ内陸にある“東洋一美しい”と言われるバイトゥラフマン大モスクまで、遮るものはない。超巨大津波が、総てを一掃、インド洋に連れ去ってしまった(上の画像:被災三ヶ月後の2005年3月撮影)。2007年9月初旬時点で、この木はまだ切られずに残っている。市... ...続きを見る

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2007/11/13 00:23
バンダアチェの樹木の運命(1) Nasib pohon2 Banda Aceh(1)
バンダアチェの樹木の運命(1) Nasib pohon2 Banda Aceh(1) アチェ州だけでも17万もの人命を奪ったインド洋超巨大津波。場所によっては30メートルもの高さの津波が海岸から内陸3-4kmまでのエリアを一掃してしまった。2005年3月、被災三ヵ月後に訪れた州都バンダアチェとその周辺で見た光景は、アチェ人の友人がつぶやいた「神は我々にまたもや大きな試練を与えた」との一言を遥かに超えた、この世の終焉を思わせるような凄惨極まる状況だった。 北のウレレ海岸から市中央に聳え立つバイトゥラフマン大モスクまでの一掃された平らな市街跡は、まさに“死の世界”だった。... ...続きを見る

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2007/11/11 17:22
アチェ教育映画上映会のお知らせ(Pemutaran Film2 Aceh)
アチェ教育映画上映会のお知らせ(Pemutaran Film2 Aceh) 題名:AINUN(アイヌン) 製作年:2003 内容:女の子に教育は不要と考える父親。一方、母親は娘に教育を受けさせたいと思っているが、夫の猛反対には逆らえない。ある日、少女のアイヌンはいつものように母親が手作りしたお菓子の行商に出た。小学校を覗くと、女性教師が生徒に質問中。誰も答えられない中、アイヌンは教室外から見事、正解を答えた。教師はアイヌンが学校へ通えるように、母親を説得。しかし、石頭の父親は怒って、娘を連れ戻すために学校に乗り込んだ。 ...続きを見る

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2007/10/24 18:17
アチェに死す(3) Kuburan Warga Jepang di Aceh(3)
アチェに死す(3) Kuburan Warga Jepang di Aceh(3) 州都バンダアチェから高速艇でおよそ45分。ウェ(Weh)島の南岸にあるバロハン港に着く。この島の中心地はサバン(Sabang)。インドネシアの東西に展開する版図を表現する“サバン(Sabang)からメラウケ(Merauke)”のサバン市の所在地だ。インドネシアで唯一の“自由貿易港”でもある。ウェ島の北西には、(おそらく)インドネシア最北端に位置するロンド(Rondo)島が浮かぶ(北緯約6.5度)。ここには、海兵隊や水上警察部隊が駐屯して、国境警備にあたっている。ウェ島の最西端(バウ=B... ...続きを見る

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2007/09/16 16:42
アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2)
アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2) 州都バンダアチェから高速艇でおよそ45分。ウェ(Weh)島の南岸にあるバロハン港に着く。この島の中心地はサバン(Sabang)。インドネシアの東西に展開する版図を表現する“サバン(Sabang)からメラウケ(Merauke)”のサバン市の所在地だ。インドネシアで唯一の“自由貿易港”でもある。ウェ島の北西には、(おそらく)インドネシア最北端に位置するロンド(Rondo)島が浮かぶ(北緯約6.5度)。ここには、海兵隊や水上警察部隊が駐屯して、国境警備にあたっている。ウェ島の最西端(バウ=B... ...続きを見る

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2007/09/16 16:23
アチェに死す(1) Kuburan Warga Jepang di Aceh(1)
アチェに死す(1) Kuburan Warga Jepang di Aceh(1) 州都バンダアチェの中心部、かつてアチェ王国の宮殿があったとされる地区からさほど離れていない場所に、大きな墓苑がある。地元で「Kerkhof Peutjoet」と呼ばれている。Kerkhofはオランダ語で墓地を意味する。アチェ語に転訛した呼称では、Kerkoffとなる。一方 Peutjoet(もしくはPeucut)は、アチェ語で若い皇太子を意味する。1873年〜1942年のおよそ70年間に、アチェで亡くなったオランダ人を埋葬してある。その数、約2,200名。主にKNIL(オランダ王国陸軍... ...続きを見る

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2007/09/15 13:42
アチェで日本のドキュメンタリー&アニメ映画を上映(Pemutaran Film di Aceh)
アチェで日本のドキュメンタリー&アニメ映画を上映(Pemutaran Film di Aceh) 潟ニモトが制作し、インドネシア文化宮がインドネシア語翻訳を担当したドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』と、葛ウ配が制作した防災アニメ『稲むらの火』の上映会が、2007年9月1日〜2日、アチェ州の州都バンダアチェで実施された。これは、インドネシア文化宮(GBI)が地元最有力紙「Serambi Indonesia」と共に、同州政府に呼びかけた結果、実現したものである。同州では毎年9月2日が“州教育の日(Hardikda=Hari Pendidikan Daerah)”にあたる。今... ...続きを見る

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2007/09/12 02:03
ドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』がアチェで上映(Film Jepang ke Aceh)
ドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』がアチェで上映(Film Jepang ke Aceh) インドネシア文化宮(GBI)で行われた『アチェ伝統刺繍文化展』(2007.4.14〜6.16)のオープニングで特別上映した「二つの故国をつなぐ歌」がアチェで上映されることになりました。同ドキュメンタリー映画は、国際交流基金ジャカルタ日本文化センター、じゃかるた新聞、インドネシア文化宮の共催で、去る5月10日に、ジャカルタでも上映されました。今回はGBIが翻訳を担当し、インドネシア語バージョンでの初の上映会となります。さらに津波をテーマとしたアニメ映画「稲むらの火」も同時上映されます... ...続きを見る

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2007/08/30 03:39

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