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インドネシア文化宮

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インドネシア文化宮(GBI=Graha Budaya Indonesia、ICP=Indonesian Culture Plaza)は、インドネシアの24時間ニューステレビ局『METRO TV(メトロテレビ)』東京支局がプロデュースするインドネシア情報発信基地です。多様性の国・インドネシアの素顔と生ニュースを紹介します

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タイトル 日 時
インドネシアの巨石文化(1) (Budaya Megalitik Indonesia(1)
インドネシアの巨石文化(1) (Budaya Megalitik Indonesia(1) 巨石文化といえば、考古学的には、紀元前4000〜3000年に造られた、西ヨーロッパのドルメン(支石墓)がまず浮かび、そして石で構築された文化としては、ずっと後の時代になりますが、南米チリのイースター島のモアイ像も有名ですね。エジプトのピラミッドやジャワのボロブドゥール遺跡、そしてカンボジアのアンコールワットなども石文化の結晶です。なんでも考古学で「アジアの巨石文化」という場合、古墳時代以前の先史時代のものに限るそうですが、その中にあって、インドネシアは今でも巨石文化の信仰が日常生... ...続きを見る

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2008/05/16 12:53
タニンバル島の謎の石階段(Tangga Batu, Tanimbal, MTB, Maluk)
タニンバル島の謎の石階段(Tangga Batu, Tanimbal, MTB, Maluk) マルク州西南東マルク(MTB)県のヤムデナ島東海岸。県都サムラキの北東に位置するサングリット・ドル(Sanglit Dol)村。大きな石船の舳先の向こうにはアラフラ海。舳先部分から砂礫の広場を十数メートル進むと、海岸に続く石の階段がある。長さは50メートル程か。急坂だ。高低差はおよそ40メートル。ヤムデナ島では、海岸からそそりたつ岩山の高台に村があるケースが少なくない。そういった村で... ...続きを見る

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2008/05/11 18:36
タニンバル島の謎の石船No.2(Kapal Batu, Tanimbal MTB) No.2
タニンバル島の謎の石船No.2(Kapal Batu, Tanimbal MTB) No.2 意外と知られていないことだが、インドネシアはメガリス(巨石)文化の宝庫でもある。スマトラ島北部のトバ湖のサムシール島、そして南部のパスマ高原。同島西部のインド洋に浮かぶニアス島も有名だ。ジャワ島も例外ではない。ボロブドゥール遺跡も、一つの石文化だ。古代の墳墓にその面影を見る。そしてスラウェシ島中部のモアイ像のような巨大石像。スンバ島のドルメンは同国を代表する巨石文化。そしてNTT(東ヌサ... ...続きを見る

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2008/05/10 12:18
タニンバル島の謎の石船(Kapal Batu, Tanimbal MTB) No.1
タニンバル島の謎の石船(Kapal Batu, Tanimbal MTB) No.1 東のアラフラ(Arafura)海に舳先を向け、高台の広場に錨を下ろした石船(Kapal Batu)。西南東マルク県の県都サムラキ(Saumlaki)から、ヤムデナ(Jamdena)島東海岸を東北方向へ車でおよそ二時間。サングリット・ドル(Sanglit Dol)村の中心部に、その船はあった。県都から途中まではアスファルト道路だが、でこぼこの土と小石の道。乾季ならまだしも、雨季には走行が極めて困難なことが予想される。... ...続きを見る

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2008/05/08 12:51
アチェのサクラさん&ディーヴァちゃんの日本滞在記(2)Kenangan Sakura(2)
アチェのサクラさん&ディーヴァちゃんの日本滞在記(2)Kenangan Sakura(2) 「私は、この体に日本人の血が流れていることをとても誇りに思っています。私の願いは、この絆が孫の子供の世代、そしてそれ以降も、ずっとずっと続いていくことです。私と姉の間柄も、確かに戦争の犠牲と言うこともできるでしょう。でも、あの悲惨な戦争の恨みを乗り越え、血の繋がりが今こうして人間味溢れる姉妹関係を結わいだのです。日本とアチェが、日本とインドネシアが親愛の関係がさらに大きくなっていくことを願っています」----戦前を8日間、戦後を62年間生きてきたサクラさんはそう語る。 ...続きを見る

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2008/05/04 17:01
アチェのサクラさん&ディーヴァちゃんの日本滞在記(1)Kenangan Sakura(1)
アチェのサクラさん&ディーヴァちゃんの日本滞在記(1)Kenangan Sakura(1) 快晴の北アルプス。初夏を思わせる陽射し。ワサビ田の清らかな湧水。穂高川の真上を悠然と飛ぶ春の野鳥。安曇野に春が来た。穂高川右岸の堤の上に立つ「早春賦歌碑」。2008年4月29日。第25回早春賦祭りに参加するため、サクラさん、そして孫娘のディーヴァちゃんがアチェから安曇野にやってきた。「早春賦」の作詞は吉丸一昌(1873-1916)。そしてサクラさんは一昌の孫。終戦の8日前に、今日の州都バンダアチェ(旧クタラジャ)で生まれた。父は一昌の次男である池尻昌言(いけじりまさのぶ)。そして母... ...続きを見る

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2008/05/02 19:49
マカッサル映画鑑賞&マカッサル文学講演(Film & Sastra Makassar)
マカッサル映画鑑賞&マカッサル文学講演(Film & Sastra Makassar) インドネシア初の“市民ジャーナリズム”として、2006年7月に発足した“普通の市民”による投稿記事サイト「パニンクル(Panyingkul!:ブギス&マカッサル語で“交差点”の意味)」。インドネシア文化宮(GBI)は、このサイト立ち上げの原動力を演じたリリ・ユリアンティ(Lily Yulianti)さんをお招きして、「パニンクルの現状とその未来」をテーマに講演会を開催します。 また同時に、短編映画ですが、女史の短編フィクション小説『Makkunrai(ブギス語で女性の意味)』を原作と... ...続きを見る

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2008/04/14 19:29
アチェのサクラさんが来日・上映会&懇親会(Sakura Aceh ke Negeri Sakura)
アチェのサクラさんが来日・上映会&懇親会(Sakura Aceh ke Negeri Sakura) サクラさん(左)とディーヴァちゃん ...続きを見る

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2008/04/12 12:00
ヌサンタラ・テキスタイル展(Pameran Tekstil Nusantara)
ヌサンタラ・テキスタイル展(Pameran Tekstil Nusantara) 日本・インドネシア国交樹立50周年記念文化イベントとして開催された『ロテ島&サヴ島伝統イカット展』に次ぐ、日イ友好年記念文化イベントの第二弾は、インドネシア全土のテキスタイル文化に焦点を当てます。インドネシア文化宮(GBI)では、2002年11月〜2003年3月『インドネシアン・テキスタイル展』と題して、西端のアチェ州から東端のパプア(旧イリアンジャヤ)州までを網羅するインドネシア各地の伝統テキスタイルを一堂に集めた展示会を実施しました。 あれから五年、GBIのコレクションは... ...続きを見る

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2008/03/26 17:33
東京テキスタイル研究所でイカット作品展(Pameran Tenun Ikat di TTI)
東京テキスタイル研究所でイカット作品展(Pameran Tenun Ikat di TTI) 東京の京王線明大前駅近くにある東京テキスタイル研究所(TTI=Tokyo Textile Institute)で、2008年3月24日(月)〜26日(水)、『イカットクラス展』が開催される。これは、一年間もしくはそれ以上同研究所でイカット(絣)織りを勉強した生徒たちの“成果”を展示するものだ。日本で本格的なイカット織りを学べる場所は、おそらくこの研究所をおいて他にはないだろう。イカットクラスの授業最終日にあたる3月19日、メトロTVの取材で、同研究所を訪問して、草木染を主体とする見事な... ...続きを見る

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2008/03/23 14:12
アチェの画家マフディさんの個展(Pameran Mahdi Abdullah di NAD)
アチェの画家マフディさんの個展(Pameran Mahdi Abdullah di NAD) 2008年2月23日〜3月8日、アチェ人画家マフディ・アブドゥラ(Mahdi Abdullah)さんの個展が、州都バンダアチェのウレカレン地区にあるギャラリーで開催されている。マフディさんが“津波”をテーマに描いた作品は、2月初旬まで、東京・六本木の新国立美術館で行われた「アジア創造美術展」で展示されたが、今回の個展は、“津波のアチェ”から“現在のアチェ”へとテーマを変えている。あの巨大津波被災からすでに三年の歳月が過ぎた。『あの自然災害による破壊と廃墟、そして避難民の辛苦の生活に... ...続きを見る

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2008/02/28 17:48
GBI&Metro TV東京支局スタッフ募集のお知らせ
GBI&Metro TV東京支局スタッフ募集のお知らせ インドネシア文化宮(GBI)は、スハルト政権が崩壊する、ちょうど一週間前に産声をあげました。1998年5月15日のことです。“日本におけるインドネシア文化・情報発信基地”を主テーマに、インドネシア各地の文化を紹介する展示会をおよそ50回開催し、また「インドネシア理解講座」も約80回実施してきました。一方で、インドネシア国内においても、地域文化を軸とする“島興し”プロジェクトを、州政府... ...続きを見る

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2008/02/13 18:40
アジア創造美術展始まる(Pameran Asia Creative Art Exhibition 2
アジア創造美術展始まる(Pameran Asia Creative Art Exhibition 2 2008年1月23日(水)〜2月4日(月)、東京の六本木にある国立新美術館で『アジア創造美術展(Asia Creative Art Exhibition 2008』が始まる。インドネシア文化宮(GBI)は、インドネシアの最西端・アチェと最東端・パプアからアクリル画と伝統刺繍、そして樹皮絵画を出展する。1月22日は、その設置。以下、現場から画像リポート。 ...続きを見る

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2008/01/23 01:44
ロテ島&サブ島伝統イカット展(Pameran Ikat Rotendao & Savu-NTT)
ロテ島&サブ島伝統イカット展(Pameran Ikat Rotendao & Savu-NTT) 日本インドネシア友好年事業【NTT州ロテ島&サヴ島伝統イカット展】 ...続きを見る

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2008/01/01 22:57
インドネシア文化宮2007年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2007)
インドネシア文化宮2007年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2007) 2007年1月、「アチェ伝統刺繍展」準備のため、アチェ州内陸部を、州都バンダアチェから南東アチェ県のクタチャネまで縦断。各県で、伝統刺繍を種集。(上の画像は、アチェの“象の学校”の象さんたち)” ...続きを見る

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2007/12/30 22:59
アチェとパプア絵画を国立新美術館で展示(Asia Creation Art Exhibition)
アチェとパプア絵画を国立新美術館で展示(Asia Creation Art Exhibition) インドネシア文化宮(GBI)は、新年の1月23日(水)〜2月4日(月)に、東京・六本木の国立新美術館(The National Art Center)で、公募展の一つとして開催される『アジア創造美術展』(亜細亜太平洋水墨画会主催・国際アジア共同体学会共同企画)に、インドネシアのアチェとパプア両州のアートを出展します。 インドネシア共和国の東西両端に位置するアチェとパプア。赤道直下、インド洋と太平洋に連なるヌランタラ(インドネシア)の、首都ジャカルタから最も離れた両... ...続きを見る

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2007/12/28 19:43
アチェ津波絵画&風刺漫画を義援金に(マフディ・アブドゥラ氏の作品)
アチェ津波絵画&風刺漫画を義援金に(マフディ・アブドゥラ氏の作品) インドネシア文化宮(GBI)では、2007年12月17日〜29日、『アチェ津波被災三周年企画展』を実施しますが、これに関連して、バンダアチェ在住の画家マフディ・アブドゥラ氏より、絵画作品をオークションにかけ、その売上代金を、JAN(Japan Aceh Net)を通じて、まだまだ援助の手が差し伸べられない分野の義援金として活用することを希望している旨連絡が入りました。また、最新作の風刺漫画も12枚セットでの販売を希望しています。 GBIは、同氏の志に基づいて、作品を以下の条件で販売す... ...続きを見る

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2007/11/29 18:43
アチェ津波被災三周年企画展のお知らせ(Pameran Aceh 3 thn Tsunami)
アチェ津波被災三周年企画展のお知らせ(Pameran Aceh 3 thn Tsunami) イルワンディ州知事世界へ! 去る2月の就任以来、イルワンディ・ユスフ(Irwandi Yusuf)アチェ州知事は、海外視察が多い。9月末にはアメリカを訪れ、バイオディーゼル工場を見学。アチェの輸出産物を紹介する一方でアチェへの投資を呼びかけている(上の風刺漫画)。 ...続きを見る

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2007/11/24 17:27
アチェの津波ポールとアンボンの津波防災啓蒙看板(Tugu Tsunami Aceh) 
アチェの津波ポールとアンボンの津波防災啓蒙看板(Tugu Tsunami Aceh)  あの超巨大津波を生き抜いた大樹が次から次へと切り倒される中、州都バンダアチェのあちらこちらににょきにょきと建立されたコンクリート製の“津波ポール”----津波がこの高さまで来ました、と告げるいわゆるメモリアルポール。2006年12月26日、津波被災二周年を機に、駐ジャカルタ日本公使によって公認された。 未だテント暮らしの被災民が多数いて、基本的な生活に困る市民が溢れていた時期に、こういった一千万円もの費用を投じた“メモリアル”事業が必要だったかどうかについては不問に付すが、筆者が... ...続きを見る

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2007/11/21 23:03
バンダアチェの樹木の運命(2) Nasib pohon2 Banda Aceh(2)
バンダアチェの樹木の運命(2) Nasib pohon2 Banda Aceh(2) 津波上陸地点にあたる、バンダアチェ市北西のウレレ海岸に一本だけ残った木麻黄(インドネシア語名:Cemarah Laut/学名:Casuarina stricta(syn. Allocasuarina verticillata)。この木より数キロ内陸にある“東洋一美しい”と言われるバイトゥラフマン大モスクまで、遮るものはない。超巨大津波が、総てを一掃、インド洋に連れ去ってしまった(上の画像:被災三ヶ月後の2005年3月撮影)。2007年9月初旬時点で、この木はまだ切られずに残っている。市... ...続きを見る

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2007/11/13 00:23
バンダアチェの樹木の運命(1) Nasib pohon2 Banda Aceh(1)
バンダアチェの樹木の運命(1) Nasib pohon2 Banda Aceh(1) アチェ州だけでも17万もの人命を奪ったインド洋超巨大津波。場所によっては30メートルもの高さの津波が海岸から内陸3-4kmまでのエリアを一掃してしまった。2005年3月、被災三ヵ月後に訪れた州都バンダアチェとその周辺で見た光景は、アチェ人の友人がつぶやいた「神は我々にまたもや大きな試練を与えた」との一言を遥かに超えた、この世の終焉を思わせるような凄惨極まる状況だった。 北のウレレ海岸から市中央に聳え立つバイトゥラフマン大モスクまでの一掃された平らな市街跡は、まさに“死の世界”だった。... ...続きを見る

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2007/11/11 17:22
アチェ教育映画上映会のお知らせ(Pemutaran Film2 Aceh)
アチェ教育映画上映会のお知らせ(Pemutaran Film2 Aceh) 題名:AINUN(アイヌン) 製作年:2003 内容:女の子に教育は不要と考える父親。一方、母親は娘に教育を受けさせたいと思っているが、夫の猛反対には逆らえない。ある日、少女のアイヌンはいつものように母親が手作りしたお菓子の行商に出た。小学校を覗くと、女性教師が生徒に質問中。誰も答えられない中、アイヌンは教室外から見事、正解を答えた。教師はアイヌンが学校へ通えるように、母親を説得。しかし、石頭の父親は怒って、娘を連れ戻すために学校に乗り込んだ。 ...続きを見る

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2007/10/24 18:17
バンカ島チュアル展のお知らせ(Pameran Tenun Cual Bangka Belitung)
バンカ島チュアル展のお知らせ(Pameran Tenun Cual Bangka Belitung) インドネシア文化宮(GBI)は、2007年10月6日(土)〜12月8日(土)、『バンカ島チュアル布展』を開催します。GBIは、2007年8月23日、バンカ・ブリトゥン(略称Babel)諸島州の州都パンカルピナンで、同州政府と共催で、第一回『伝統チュル布コンテスト』を実施しました。これは、チュアル(Cual)布が本来は同州のバンカ島を起源とするものの、これまで同州が南スマトラ州の傘下にあったためパレンバン文化として発展してきた史実から脱し、バンカ・ブリトゥン州の独自文化として復活させ... ...続きを見る

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2007/09/23 17:50
ジャカルタの北朝鮮レストラン(2) Restoran Koruta di Jakarta(2)
ジャカルタの北朝鮮レストラン(2) Restoran Koruta di Jakarta(2) 東南アジア地域では、タイとカンボジアに各二店、そしてラオスとベトナムさらにインドネシアに各一店の計七点の“国営レストラン”を経営する朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)。過去二年ほどで、立派な国際的外食産業に急成長した。その勢いが衰える気配はない。やがて世界的リゾート地であるバリ島にもオープンするかもしれない。選び抜かれた美女、そして抜群の歌唱&舞踊能力に魅せられる客。「実に素朴で清純で、甲斐甲斐しいまでの親切な姿勢。これでは惚れてしまうかも」----そんな声が客人の間から聞こえてくるよう... ...続きを見る

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2007/09/21 12:49
ジャカルタの北朝鮮レストラン(1) Restoran Koruta di Jakarta
ジャカルタの北朝鮮レストラン(1) Restoran Koruta di Jakarta ますます増大する貧富の格差や、紫煙にまみれた交通渋滞など“Tidak Apa-apa(どうってことない)”の勢いで、急拡大を遂げる首都ジャカルタ。その“繁栄”の一角が、北東部に位置するクラパ・ガディン(Kelapa Gading=象牙椰子の意味)地区。この地に、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が直営する朝鮮中華料理カラオケレストランがある。国家機関が直接の経営母体なのか、それとも民間のベールを用いているのかは分からない。分かっていることは、PT.Chilbosan(チルボサン株式会社・... ...続きを見る

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2007/09/20 22:51
アチェに死す(3) Kuburan Warga Jepang di Aceh(3)
アチェに死す(3) Kuburan Warga Jepang di Aceh(3) 州都バンダアチェから高速艇でおよそ45分。ウェ(Weh)島の南岸にあるバロハン港に着く。この島の中心地はサバン(Sabang)。インドネシアの東西に展開する版図を表現する“サバン(Sabang)からメラウケ(Merauke)”のサバン市の所在地だ。インドネシアで唯一の“自由貿易港”でもある。ウェ島の北西には、(おそらく)インドネシア最北端に位置するロンド(Rondo)島が浮かぶ(北緯約6.5度)。ここには、海兵隊や水上警察部隊が駐屯して、国境警備にあたっている。ウェ島の最西端(バウ=B... ...続きを見る

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2007/09/16 16:42
アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2)
アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2) 州都バンダアチェから高速艇でおよそ45分。ウェ(Weh)島の南岸にあるバロハン港に着く。この島の中心地はサバン(Sabang)。インドネシアの東西に展開する版図を表現する“サバン(Sabang)からメラウケ(Merauke)”のサバン市の所在地だ。インドネシアで唯一の“自由貿易港”でもある。ウェ島の北西には、(おそらく)インドネシア最北端に位置するロンド(Rondo)島が浮かぶ(北緯約6.5度)。ここには、海兵隊や水上警察部隊が駐屯して、国境警備にあたっている。ウェ島の最西端(バウ=B... ...続きを見る

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2007/09/16 16:23
アチェに死す(1) Kuburan Warga Jepang di Aceh(1)
アチェに死す(1) Kuburan Warga Jepang di Aceh(1) 州都バンダアチェの中心部、かつてアチェ王国の宮殿があったとされる地区からさほど離れていない場所に、大きな墓苑がある。地元で「Kerkhof Peutjoet」と呼ばれている。Kerkhofはオランダ語で墓地を意味する。アチェ語に転訛した呼称では、Kerkoffとなる。一方 Peutjoet(もしくはPeucut)は、アチェ語で若い皇太子を意味する。1873年〜1942年のおよそ70年間に、アチェで亡くなったオランダ人を埋葬してある。その数、約2,200名。主にKNIL(オランダ王国陸軍... ...続きを見る

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2007/09/15 13:42
インドネシア最南端のロテ島で伝統イカットが消滅(Tenun Ikat di Pulau Rote)
インドネシア最南端のロテ島で伝統イカットが消滅(Tenun Ikat di Pulau Rote) インドネシアは名実共に、世界一の“イカット(絣)”生産国。スマトラ島に始まり、カリマンタン島、ジャワ島、カリマンタン島、そしてバリ島からパプアに近いタニンバル諸島まで、各地に絣文化が息づいている。しかし、各地でその生産にあたって伝統手法が消滅の運命にあることも事実だ。2007年9月初旬、“インドネシア最南端の島”として知られるロテ(Pulau Rote)を五年ぶりに再訪した。“最南端”とは言え、実際はロテ島南西部に浮かぶランドゥ(Landu)島が、一般住民が居住する“最南端”にあた... ...続きを見る

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2007/09/12 12:14
アチェで日本のドキュメンタリー&アニメ映画を上映(Pemutaran Film di Aceh)
アチェで日本のドキュメンタリー&アニメ映画を上映(Pemutaran Film di Aceh) 潟ニモトが制作し、インドネシア文化宮がインドネシア語翻訳を担当したドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』と、葛ウ配が制作した防災アニメ『稲むらの火』の上映会が、2007年9月1日〜2日、アチェ州の州都バンダアチェで実施された。これは、インドネシア文化宮(GBI)が地元最有力紙「Serambi Indonesia」と共に、同州政府に呼びかけた結果、実現したものである。同州では毎年9月2日が“州教育の日(Hardikda=Hari Pendidikan Daerah)”にあたる。今... ...続きを見る

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2007/09/12 02:03

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