テーマ:ジャヤ峰

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(46) Bandara Dai Nippon(46) ジャヤ峰

「2月10日、午前中は氷河の測量で過した。その結果は驚くべきもので、25年間に、カルステンツ氷河は452m後退し、メーレン氷河は745mも後退していた」----1936年末、オランダ王立地理学協会(RNGS)が派遣した、A.H.コライン(Colijn)博士を隊長とする登山・探検隊がカルステン…
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(44) Bandara Dai Nippon(44) ジャヤ峰

1623年、オランダ王室に仕える航海者ヤン・カルステンツ(Jan Carstensz:Jan Carstenszoon)は、アラフラ海を航海中、偶然、北の山脈に雪を抱く峰々を目撃した。雲に覆われることが多い中央山脈だが、その日は幸運にも快晴だったのだろう。カルステンツはペラ号とアルンハイム号…
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(43) Bandara Dai Nippon(43) ジャヤ峰

インドネシアが独立後、依然オランダ領として残った西部ニューギニア(当時のインドネシア名は西イリアン=Irian Barat。インドネシア併合後から2005年までイリアンジャヤ=Irian Jaya。現在はパプア)の“解放”を旗印に、1961年オランダ軍との武力衝突を始めた翌1962年1月5日…
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(42) Bandara Dai Nippon(42) ジャヤ峰

「飛べども飛べども果てしなく続く大密林、積乱雲、白雪の雪山山系」----第19軍の河村高級参謀は、西部ニューギニアで空中偵察した感想をそのように述べている。西部ニューギニア戦に参加し、好天に恵まれ、雪を抱くカルステンツ(Carstensz)峰(4884m)を望めた体験を持つ戦闘機や爆撃機の操…
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