〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉
三一 靴も無く葦分け 行けど 岸遠し
夜(ヨ)は何処(ドコ)に寝(ネ)む 鰐住む湖(ウミ)の
三二 流木に 休みゐて嬉し ゆくりなく
水に埋もれし カヌー見つけたり
三三 忘られし パプアの舟か 苔むすを
押し浮ぶれば…
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テーマ:ロンベバイ湖ヤピナ島
〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉
三一 靴も無く葦分け 行けど 岸遠し
夜(ヨ)は何処(ドコ)に寝(ネ)む 鰐住む湖(ウミ)の
三二 流木に 休みゐて嬉し ゆくりなく
水に埋もれし カヌー見つけたり
三三 忘られし パプアの舟か 苔むすを
押し浮ぶれば…
〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉
二六 戦ひて 幾莫もなきに 夜は白み
硝煙匂う島 あらわなり行く
二七 天の助けと云へるもありや 目の前に
一本の流木 浮び漂よひぬ
二八 流木に倚(ヨ)り 藻を被(カヅ)き 暁(アサ)となりて
米兵の声す 島を離れぬ…
〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉
二一 次次に上る照明灯 銃撃を
花火の如しと 伏せて見てゐぬ
二二 照明と銃撃の間縫ひ 撤退をと
湖(ウミ)に走れど カヌーは見えず
二三 葦のかなた 東北弁の兵あれど
銃撃またし 近よれぬまま
二四 首まで沈む…
〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉
十六 敵、味方さだかに見えず くらやみに
生死分(ワカ)たぬ 白兵戦続く
十七 シュルシュルと 突如上れる照明灯に
島も吾等も 真昼の如く顕(タ)つ
十八 照明灯上る待ちしか 突如敵の
機銃掃射の火 弾(ハジ)け飛びぬ…
〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉
一一 葦を軋(キシ)らせカヌー止れり 泥地踏む
音怖れつつ 敵地に立ちぬ
一二 闇に小さく赤き火浮び 動き来ぬ
敵の歩哨の 煙草なるらし
一三 南無三、藤井少尉の影しのぶ
一瞬の絶呼 敵斃ふるらし
十四 隊長の“…
〈元「神工作隊通訳」風見秀雄氏が詠む戦時雑詠〉
六 日高少佐、藤井少尉と兵二名
隊長カヌーに 吾通訳も
七 敵を臨(ノゾ)む岸の葦間に 一日経ぬ
攻撃は月没 暁(アケ)の闇待つと
八 黙々と擢(カイ)の音(ネ)殺し
カヌー五隻 くらやみの奥 敵目指し行く
九 漆黒の…
第36師団(雪兵団)の生還者らが著した『雪第三十六師団戦誌』(関東地区雪部隊慰霊会編さん委員会編集発行・昭和63年4月30日)には、神工作隊所属ながらも、鰐工作隊の南方攻撃隊に加わった「元特務工作隊通訳」の風見秀雄氏が綴った『ヤピナ基地攻撃に加わり詠める』と題する記述がある。長い文章だが、奇襲作戦の過程を読み取…
小泉元少尉は、『雪第三十六師団戦誌』(関東地区雪部隊慰霊会編さん委員会編集発行・昭和63年4月30日)に収められた『第二軍情報班について』の中で、第二軍隷下の大規模な情報班編成に触れ、神機関、虎機関、自らが属した鰐機関、龍機関、梅機関等に関して詳述している。その中から、小泉元少尉が日高岩男少佐指揮下で参加したロ…
ロンベバイ湖のヤピナ島にあった連合軍水挺基地に対する日高岩男少佐率いる鰐工作隊の奇襲攻撃。第二軍(豊嶋房太郎中将))情報班から鰐機関に配属された小泉雅少尉(青山学院大学卒・陸軍予備士官学校卒)は、攻撃時に4名から成る第二班の舟艇長を務めた。
昭和19(1944)年11月25日、モロタ…
二人の行方不明者の内の一人が帰ってきた。残るは小泉少尉のみだ。三日も経過してから帰還した兵がいたことで、小泉少尉生存の可能性が急浮上した。
昭和18(1943)年10月。西部ニューギニアへ出発前の日高岩男大尉と徳野明軍曹。日高は昭和19年3月、少佐に、徳野は昭和18年12月、曹長に進級
…
終戦後、サルミでは、武器弾薬はもとより私物もぜんぶ占領軍に没収された。そして毎日、占領軍の使役に駆り出された。 昭和21年にはいると、内地送還の話が決まった。そのとき、私は高価な時計をもっていた。この時計は、ニューギニアで亡くなった日高少佐のものである。
日高家に残る資料には、日高岩…
北方攻撃隊(注:新穂智少佐率いる神工作隊)は、約束どおりの日時にヤピナ島へ奇襲上陸したが、敵はすでに撤退していることを確認して帰還していた。私の戦死者確認偵察を待って、新穂少佐は電文を起草し、兵団司令部に打電した。「鰐工作隊は七月三一日払暁ロンベバイ湖ヤピナ島を奇襲攻撃し、該敵の拠点を覆滅せり、わが方の戦死日高…
私のそばで倒れた村瀬兵長の遺体がない。倒れたところから湖水に向って葦も草も、全部なぎ倒されている。不思議だ。かりに村瀬が這って行ったとしても、こんな大きな道はつくるわけがない。四人は草の倒れている先を見つめながらこの跡を追った。鰐だ、大鰐の仕業だ。砂浜に着いたわれわれはここで大鰐の足跡を発見した。鰐は村瀬の死体…
さっそく遺体の捜索をはじめた。先ず第一に隊長の絶叫した地点を探した。そこにはまさしく、隊長の壮烈なる戦死を物語る変り果てた姿があった。正装した隊長の軍服からは、陸軍少佐の襟章がもぎ取られ、私が進上した小刀も、握りしめていた右手を開いて持ち去られていたことがわかった。全員は一列に並び、私の号令で黙?をささげた。敵…
さて、再度、神工作隊隊長の新穂智少佐が、戦後、公判資料として書き上げた『西部ニューギニア横断記』の「第五部未完(自昭和19年5月27日至昭和19年6月6日)」の巻末備忘録から、昭和19(1944)年7月28日~8月4日の「神工作隊」の動きを見てみよう。
「神工作隊」の隊長、新穂智少佐…
三十日夜半、ヤピナ島近くのジャングルの岸辺に集結した鰐機関の人々は、明日の夜までこんな所で待機していて、もし発見されたら水の泡だ、神機関の応援がなくても我々だけで十分攻撃は出来る、といって予定を一日早め、神機関に連絡することもないまま、その夜単独で攻撃を敢行した。なぜそんな決断をしたのかは不明だが、島の周囲には…
こうして、四隻のカヌーが鰐工作隊の前進基地に戻ったのは、昭和19(1944)年7月31日の夕刻のことだった。終戦まではあと1年と半月。西部ニューギニア戦線では、まだまだ熾烈な戦闘が続いていた。拠点では、藤田忠輝軍医中尉や衛生兵によって直ちに負傷者の治療が始まった。時を同じくして、神工作隊の本多文雄憲兵曹長が兵四…
あの裂皐の叫びがはっきりと耳に残っている。「小泉少尉は、誰か知らんか」 「ハイ、私が知っております」 そう言ってその兵隊は黙りこんだ。
「どうした」
「ハイ、小泉少尉は湖に転落行方不明になりました」
「お前見たのか」
「ハイ、パッと敵側から私にとびかかっていく者があったので、私は丸太で殴りつけました。す…
敵機の爆音にフトわれにかえった。水上機がサッと着水していった。夜は白々と明けていた。ここはどこだ。「痛いよ、痛いよ」という声。寝ているのはカヌーのなかだ。
「徳野曹長殿、気がつきましたか」
「おお、高谷、無事だったか」
私は立ち上がろうとしたが足が動かぬ。カヌーは四隻とも、マングローブの下に避…
このとき敵の銃座は、ふたたび火を吹いた。「オーイ、誰か手榴弾を持っているか」 「一発だけ残っております」 最左翼の村瀬兵長が手探りで私の手に渡した。「いいか、おれが銃座に投げ込んだら同時に突撃だ」
「南那珂飫肥 日高岩男」と書かれた格子柄の布袋。日高少佐の遺品の一つ。南那珂は、明治期…
「もとの位置につけ」隊長の命令がきこえた。すでに同志打ちの危険があった。隊長はそれを懸念したのだ。隊長の命令を耳にしたわれわれは湖岸の方に退く。
「ドーン、スポーン」
「ドーン、スポーン」
渋い音を発し敵陣から次々と、照明弾が打ち上げられた。落下傘に吊られ島全体を真昼のように明るく照した。
「畜…
『「出発」ヤピナ島の上空、わずかな星の光をたよって、四隻の丸木舟は一列縦隊で、力強く前進を開始した。夜襲には絶好の闇夜だ。聞ゆるはただ四隻のカヌーのオールの水面をかくひそやかな音のみである』(『鰐部隊とパプア人マンドル』)。奇襲攻撃直前の空気を、徳野明元曹長はそう描く。
大尉の襟章を…
「七月三一日(注:昭和19(1944)年7月31日)午前一時、暗夜の湖上を隊長のカヌーを先頭に、四隻(注:6隻との情報もある)の丸木舟は、第一の目標、孤島の南側に集結した。音も立てず、声も発せず、四隻のカヌーはただ寄りそってただよい、刻一刻と時の過ぎるのを待った。この深夜の静寂を破って、各舟艇長集合と、隊長の低…
イーデンブルグ(現タリタウ)川、そしてマンベラーモ川を下ってきた新穂智(さとる)少佐率いる36名から成る「神工作隊」が、ロンベバイ湖のヤピナ島にある米豪兵士から成る連合軍水艇前哨基地の攻略作戦を練っていた日高岩男少佐指揮下の「鰐工作隊」と合流したのは、昭和19(1944)年7月11日。以降、サルミにある、田上八…
「鰐工作隊」付けの警備隊として拠点に残置された、第223連隊(吉野直靖大佐)の第11中隊(吉田正四郎大尉・1小隊欠)の藤井吉治少尉(注:秋田県八郎潟出身)率いる20名から成る第2小隊の行動に関して、『歩兵第二百二十三聯隊史』(昭和55年8月24日・秋田県雪部隊親交会発行)は、ヤピナ島攻略に出撃した四隻からなるカ…
ヤピナ島の敵水艇前哨基地に対する攻略作戦が、鰐工作隊の日高岩男少佐と神工作隊の新穂智少佐との間で協議されていた頃の、日高少佐の人柄を偲ばせるエピソードが、徳野著の『鰐部隊とパプア人マンドル』に記録されている。宣撫工作隊長としての極めて優れた資質・姿勢についての記述に溢れている。
昭和…
昭和19(1944)年6月23日午前1時、マンベラーモ川上流の合流点を出発し、6月30日午前8時、最大難所のバタビア瀑布を発った鰐工作隊隊長の日高岩男少佐は、同日ピオニルビバク(注:現在のマンベラーモ・ラヤ県の県都カソナウェジャ=Kasonawejaと思われる)まで下った。そして、7月3日、ロンベバイ湖の西南西…
「鰐機関の兵舎の裏を二百メートルほど行くと、ロンベバイ湖の水辺に出る。入り組んだところなので、遠くの方は見えない。ということは遠くの方からもこちらが見えないから、水浴や洗濯するのには好都合なのだ。マンベラモ河とつながっているというが、マンベラモの濁流に比べ、ここの水は気味が悪いほど澄んでいる。かなり深そうだ。昆…
「翌七月八日(注:昭和19(1944)年)、機関長(注:新穂智少佐)は連絡のため、下流の鰐機関本部へ出かけて行った。この警備隊(注:川上に設置された鰐工作隊の警備隊)も二、三日のうちに撤収して鰐機関に合流するというので、我々神機関も同行しようということで、その下準備に行ったのだ。小川の対岸に、鰐機関が残していっ…
「隊長殿、大型のカヌーが下ってきます。敵か友軍かまだわかりません」 上流の監視所から伝令の報告がはいった。「オーイ、オーイ」
叫ぶ声はたしかに日本軍らしい。服装も日本製にまじって赤茶色の服も見える。あれはインドネシア軍警だ。
拠点に着いたカヌーからは、軍刀を握りしめた男がまッ先に上陸してきた。
「アッ、新…