テーマ:タニンバル諸島

戦争の記憶・インドネシアで聞いた日本の歌2 Lagu Dai Nippon di Indonesia

戦後65年。半世紀以上も前に終わった太平洋戦争、第二次世界大戦、大東亜戦争。今では戦争の傷跡もますます風化の一途にある。戦争体験者の数も年々激減の傾向。一方で、いまだにニューギニア島、フィリピンなどに放置されたままの旧日本兵・軍属らの遺骸。 東部インドネシア地域を旅して、各地で“日本の歌”を…
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戦争の記憶 東部インドネシアで聞いた日本の歌Lagu Dai Nippon di Indonesia

戦後65年。半世紀以上も前に終わった太平洋戦争、第二次世界大戦、大東亜戦争。今では戦争の傷跡もますます風化の一途にある。戦争体験者の数も年々激減の傾向。一方で、いまだにニューギニア島、フィリピンなどに放置されたままの旧日本兵・軍属らの遺骸。 東部インドネシア地域を旅して、各地で“日本の歌”を…
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マルク州タニンバル紀行(9) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (9)

太平洋戦争末期の昭和19年(1944年)11月に、ババル(Babar)島のエンプラワス(Emplawas)村で、日本軍による住民400名以上にものぼる虐殺事件が起きていたことは、それから42年も経った1986年11月23日付の『朝日新聞』報道で初めて知られることになった。同紙には以下のような見出しが並んだ…
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マルク州タニンバル紀行(8) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (8)

日本軍が進駐した時8~16歳だった今日のリンガット村の長老たちは、いまだ鮮明に当時のことを記憶している。以下は、彼らの証言。(注:但し、記憶内容は人によって異なり、必ずしも正確とは言えない部分もある。文中に引用した年月日や数値は、大多数が同意した発言内容と理解いただきたい)。
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マルク州タニンバル紀行(7) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (7)

マルク州MTB(西南東マルク)県のセラル(Selaru)島。日本軍の最前線基地があったリンガット(Lingat)村の西方、最西端のイリアサ(Iljasa)村へ至る途中に、広大な平らな台地がある。通称ケブン・トゥアウ(Kebun Tuau)と言われている地域だ。ここには大戦中、日本軍が建設しようと…
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マルク州タニンバル紀行(6) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (6)

セラル(Selaru)島のリンガット(Lingat)村。かつて日本軍の最前線部隊が駐留していた村だ。2007年8月時点での人口は453世帯で2,003名(女性1,017名&男性986名)。ユスフ・サンボヌ(Yusuf Sambonu)村長(36歳)が語る。 「日本軍の進駐で、この村は戦争の…
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マルク州タニンバル紀行(5) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (5)

「セラル(Selaru)島は日本軍の最前線だった。リンガット(Lingat)村にたくさんの日本兵がいた。もちろんタニンバル諸島の各地にも駐屯していたがね。終戦後、日本軍の弾薬や機材は全て海に捨てられた。まだ、それらは海の中に残っている。一方で、当時最新のトラックなどは陸上に残していった。日本…
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マルク州タニンバル紀行(4) Ke Tanimbar, MTB, Maluk(4)

スハルト政権の崩壊に始まったインドネシアの民主化と地方自治の向上。次から次へと新たな州が誕生。いわんや県となるとまさに雨後の筍の勢いで増え続けている。“多様性の統一”といえばインドネシアが独立以来掲げてきた国家スローガンだが、今や“多様性の共存”の時代を迎えている。SARA(Suku=民族、…
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マルク州タニンバル紀行(3) Ke Tanimbar, MTB. Maluk(3)

“エキゾチックな海洋・文化パラダイス(The Exotic Marine and Culture Paradise)”をキャッチフレーズに、“忘れられた島々(Forgotten Islands)”の手つかずの、美しい自然、殊に“サムラキ・ブルー”の海と珊瑚礁、そして白砂のビーチを資本に、楽園…
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マルク州タニンバル紀行(2) Ke Tanimbar, MTB, Maluk(2)

西に東ティモール、南にオーストラリア。MTB(西南東マルク)県は、海を隔てて二つの異国と接している。この地理的状況を活かして、州都アンボンや首都のジャカルタばかりに顔を向けてきたこれまでの姿勢を変え、同県は、二国とを結ぶエリアを“成長の三角地帯”と位置付けている。特に、老後をヨット遊びに熱中…
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戦後が来ない西南東マルク県。占領の傷跡は誰が癒してくれるのか?

終戦記念日の前日(2007.8.14)、マルク州西南東マルク県のセラル島のレミャン海岸に立った。ここは、日本軍が連合軍と対峙した、正真正銘、“最前線”だった。南の方角にはオーストラリアのダーウィンが位置する。レミャン海岸に夜間上陸した日本部隊は、陸路、東海岸に面するリンガット村に進駐した。リンガット村で、“戦後”が訪れていな…
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