テーマ:北マルク州

テルナテ島の皆既日食 Gerhana Matahari di Pulau Ternate

2016年3月9日(水)、インドネシア各地で皆既日食(Gerhana Matahari Total)が観測された。21年ぶりとか。インド洋に始まり、スマトラ島、カリマンタン島、スラウェシ島、そしてテルナテ島やハルマヘラ島へと、まさに赤道を横断する天体劇。日本からも相当な数の観光客が訪れた模様だ。 {%上昇…
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ハルマヘラ島の「ハルマヘイラ島生活」3 Pulau Halmahera Doelu & Kini

江川俊治著『ハルマヘイラ島生活』(初版:大正10(1921)年6月28日発行・南洋協会刊)が、巻末の附録で記した「ハルマヘイラ島事情」は、90年前に日本人がどのよにハルマヘラ島を記録・描写していたかを知る稀有な資料だ。さほど労苦なしで入手できる資料の範囲では、江川俊治氏のプロフィールを網羅し…
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ハルマヘラ島の「ハルマヘイラ島生活」2 Pulau Halmahera Doelu & Kini

昨日に続き、江川俊治著『ハルマヘイラ島生活』(初版:大正10(1921)年6月28日発行・南洋協会刊)に見る、90年前のハルマヘラ島事情に触れてみたい。実は、去る9月のハルマヘラ島とモロタイ島の取材中、モロタイ島中西部西岸のワヤブラ村(Desa Wayabula)で、80歳代の老人たちが「E…
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ハルマヘラ島の「ハルマヘイラ島生活」 Pulau Halmahera Doelu & Kini

ハルマヘラ島(Pulau Halmahera)やモロタイ島(Pulau Morotai)に関して、2012年9月の現地取材をベースに何本かの記事をアップした。それらは主に戦時中の日本軍に関する内容だ。戦記や戦史分野では、同地域は西部ニューギニア地域などと比べて、生還者による記録が充実している…
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北マルク州テルナテ島の要塞跡(2) Benteng Tolukko, Ternate

大航海時代、インドネシアの東部海域は、次々と香料を求めるヨーロッパ列強の進出を受けた。いわゆる香料貿易、香料諸島。ポルトガルが、スペインが、そしてイギリス、オランダなどがやってきた。現インドネシアを欧州社会と結びつけた香料。現インドネシアの数世紀に渡るオランダによる植民地支配。丁子を、胡椒を、ナ…
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北マルク州テルナテ島の要塞跡(1) Benteng Tolukko, Ternate

大航海時代、インドネシアの東部海域は、次々と香料を求めるヨーロッパ列強の進出を受けた。いわゆる香料貿易、香料諸島。ポルトガルが、スペインが、そしてイギリス、オランダなどがやってきた。現インドネシアを欧州社会と結びつけた香料。現インドネシアの数世紀に渡るオランダによる植民地支配。丁子を、胡椒を、ナ…
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北マルク州テルナテ王宮 Keraton Kesultanan Ternate

新州庁舎が完成はしているが、ハルマヘラ島のソフィフィへの移転が進まないため、北マルク州の実質的姑であるテルナテ島のテルナテ市。ここには13世紀半ばから続くテルナテ王宮がある。現在第48代目のDrs. Haji Mudaffar Syah(Mudaffar II)。観光客にも公開されている同宮を侍…
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京都産業大学「ふるさと論」講義感想文2Remaja Jepang & Perang Dunia II

紅葉のピークにはあと数日かと思われる先々週の木曜日(2012.11.8)、京都・上賀茂の京都産業大学で教壇に立った。今年で五回目。一般教養枠の「ふるさと論」の講義。今年も昨年同様、『故郷としての祖国』を主テーマに据えた。今回は、9月に北マルク州のモロタイ島やハルマヘラ島を取材してきたこともあり、モロタイ島で19…
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京都産業大学「ふるさと論」講義の感想文Remaja Jepang & Perang Dunia II

紅葉のピークにはあと数日かと思われる先々週の木曜日(2012.11.8)、京都・上賀茂の京都産業大学で教壇に立った。今年で五回目。一般教養枠の「ふるさと論」の講義。今年も昨年同様、『故郷としての祖国』を主テーマに据えた。今回は、9月に北マルク州のモロタイ島やハルマヘラ島を取材してきたこともあり、モロタイ島で19…
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北マルク州テルナテ島周遊(3) Keliling Pulau Ternate(3)

インドネシア東北部の北マルク州。大小の島嶼から構成され、1999年、当時のマルク州の北部地域が分離して生まれた。ハルマヘラ島やモロタイ島、オビラ島、バチャン島、タリアブ島、マンゴリ島、カシルタ島、そしてテルナテ島やティドレ島などが主な島。 テルナテ島のスラマダハ浜から…
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北マルク州テルナテ島周遊(2) Keliling Pulau Ternate(2)

インドネシア東北部の北マルク州。大小の島嶼から構成され、1999年、当時のマルク州の北部地域が分離して生まれた。ハルマヘラ島やモロタイ島、オビラ島、バチャン島、タリアブ島、マンゴリ島、カシルタ島、そしてテルナテ島やティドレ島などが主な島。 大トリレ湖の向こう、噴煙をあ…
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北マルク州テルナテ島周遊(1) Keliling Pulau Ternate(1)

インドネシア東北部の北マルク州。大小の島嶼から構成され、1999年、当時のマルク州の北部地域が分離して生まれた。ハルマヘラ島やモロタイ島、オビラ島、バチャン島、タリアブ島、マンゴリ島、カシルタ島、そしてテルナテ島やティドレ島などが主な島。 噴煙をあげるテルナテ島のガマ…
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北マルク州ハルマヘラ島からテルナテ島へ Dari Sofifi ke Ternate

2012年9月15日、ハルマヘラ島のソフィフィ(Sofifi。北マルク州の州都)からフェリーでテルナテ島へ渡った。テルナテ島は取材時点で北マルク州の実質的州都。フェリーの船旅はおよそ1時間強。左にティドレ島の高峰を望み、北方に西ハルマヘラ県(Kabupaten Halmahera Barat)の…
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北マルク州都ソフィフィから南ワシレ郡へ Dari Sofifi ke Wasile Selatan

新州庁舎は完成したものの、行政機能の移転が遅れている北マルク州の州都ソフィフィ。テルナテ島からフェリーで一時間余りの近距離。K字型のハルマヘラ島の四つの半島部がくっつく、一番細い地峡近くに州都ソフィフィは位置する。太平洋戦争時代、日本軍はハルマヘラ島とモロタイ島に計11個もの飛行場を建設した。そ…
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北ハルマヘラ県カオから州都ソフィフィへ(2) Dari Kao ke Sofifi(2)

北マルク州の北ハルマヘラ県(Kabupaten Halmahera Utara)のカオ(Kao)から州都のソフィフィへ向かう。カオ(もしくはカウ)は戦時中、日本海軍(第26特別根拠地隊)が二つの飛行場を建設した村。現在、その内の一本はクアバン(Kuabang)空港として利用されている。北スラウェ…
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北ハルマヘラ県カオから州都ソフィフィへ(1) Dari Kao ke Sofifi(1)

北マルク州の北ハルマヘラ県(Kabupaten Halmahera Utara)のカオ(Kao)から州都のソフィフィへ向かう。カオ(もしくはカウ)は戦時中、日本海軍(第26特別根拠地隊)が二つの飛行場を建設した村。現在、その内の一本はクアバン(Kuabang)空港として利用されている。北スラウェ…
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北ハルマヘラ県トベロからカオへ Dari Tobelo ke Kao, Halmahera

県都トベロ(Tobelo)から南に約63kmに位置するカオ(カウ・KaoもしくはKau)へ向かう。トベロは戦時中、日本陸軍の第32師団が司令部を置いた。そしてカオには日本海軍が二本の滑走路を建設した。その内の一本は現在、クアバン(Kuabang)空港として利用されている。北スラウェシ州の州都マナ…
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北ハルマヘラ県トベロからガレラへ Dari Tobelo ke Galela, Halmahera

北マルク州の北ハルマヘラ県(Kabupaten Halmahera Utara)の県都トベロ(Tobelo)から北西に位置するガレラ(Galela)へ向かう。トベロは戦時中、日本陸軍の第32師団の司令部が置かれた場所。一方、ガレラは陸軍が飛行場を建設した地点。その飛行場は、現在ガマール・マラモ空…
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モロタイ島からハルマヘラ島へ船旅 Dari Morotai ke Halmahera

2012年9月12日、「Sail Morotai 2012」の式典クライマックス(9/15)を控えるモロタイ島の喧騒を後に、ハルマヘラ島へのフェリーに乗った。目指すは北ハルマヘラ県の県都トベロ(Tobelo)。かつて太平洋戦争時代、ハルマヘラ島とモロタイ島防衛の任務を背負った陸軍第32師団が司令…
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モロタイ島で戦争を"掘る"若者3 Museum Pemerhati Perang Dunia II

「一月五日の連隊の転進開始は、四〇高地へ進出した私と服部少佐(注:第32師団隷下の歩兵第211連隊の第1大隊長だった服部寛威少佐。昭和20年5月23日、モロタイ島北西部のリバノで戦死)との、短時間の協議の後、直ちに行動に移された。既に少佐は、独自に所要の準備を進めていた。連隊の惨状の一端として、…
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北マルク州テルナテ島で日本語学習熱・日本研究センターもみじ Momji-Ternate(3)

かつて大東亜戦争・太平洋戦争時代、侵攻した日本軍は東南アジアの各地で日本語教育を強制的に実施した。戦争自体の功罪・評価は別問題として、特にインドネシアの東部地域を訪ねると、その多くの地域で、日本語や日本の唱歌・軍歌を学んだことを憎悪の感情無しに、時には感謝の念さえ込めて話す戦争世代の人々に出会う…
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モロタイ島の中村輝夫さん潜伏地Lokasi Persembunyian Teruo Nakamura

今から38年前の1974年12月18日、モロタイ島(Pulau Morotai)の山中で“発見”された台湾人(高砂義勇隊)元日本兵の中村輝夫さん。陸軍第32師団(石井嘉穂中将)隷下の歩兵第221連隊(守田義輝大佐→大内競大佐)傘下の第二遊撃隊(川島威伸少佐)の歩兵一等兵として、昭和19(1944…
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モロタイ島ワヤブラ村フセン氏が語るモロタイ島の戦い2 Husen & Perang Morotai

北マルク州モロタイ島。中西部に浮かぶラウ島の向かい側、本島のワヤブラ村の最長老フセン・バクリ(Husen Bakri)さん。来る11月25日、満80歳を迎える。2012年9月11日、ワヤブラの自宅で筆者のインタビューに応じてくれた。ワヤブラの“少年”が見た大東亜戦争、殊にモロタイ戦について語って…
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モロタイ島ワヤブラ村長老フセン氏が語るモロタイ島の戦いHusen & Perang Morotai

道路距離でおよそ58km。モロタイ島の中西部海岸に位置するワヤブラ(Wayabula)村は、戦前(オランダ時代)・戦中(日本軍進駐・連合軍占拠)を通じて、行政の中心地だった。戦前には、「拓南の父」こと秋田県出身の日本人・江川俊治が拓いた江川農場(ハルマヘラ島のカオ/カウに大きな農園を所有していた…
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モロタイ島県都ダルバからワヤブラ村へDari Daruba ke Wayabula, Morotai

道路距離でおよそ58km。モロタイ島の中西部海岸に位置するワヤブラ(Wayabula)村は、戦前(オランダ時代)・戦中(日本軍進駐・連合軍占拠)を通じて、行政の中心地だった。戦前には、「拓南の父」こと秋田県出身の日本人・江川俊治氏が拓いた江川農場(ハルマヘラ島のカオ/カウに大きな農園を所有してい…
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