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北スラウェシ州紀行(25) ワルガ Perjalanan ke Sulut (25) Waruga
北スラウェシ州紀行(25) ワルガ Perjalanan ke Sulut (25) Waruga ミナハサ民族のワルガ(Waruga)は、単なる墓標であるばかりではなく、身内との“一体感”を具現化する祖霊像的な意味合いも持つ。今では、一か所に公園墓地風にまとめられているが、かつては各家々の前庭や、門前に置かれていたことから考えても、その可能性が高い。考古学と文化人類学の調査を待たねばならないが、例えば、インドネシア最東端のパプア(Papua)州の南西部、アスマット(Asmat)県一帯に見られるアスマット民族のビスポール(Bis Poll)と、その存在意味が似通ってる。 アスマ... ...続きを見る

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2008/10/20 00:00
北スラウェシ州紀行(24) ワルガ Perjalanan ke Sulut (24) Waruga
北スラウェシ州紀行(24) ワルガ Perjalanan ke Sulut (24) Waruga サワンガン(Sawangan)村の古い石棺(ワルガ:Waruga)は計144基。ミナハサ(Minahasa)地域にある2,000基とも言われるワルガの約7%が、この一村に集中している。西暦800年頃に始まったとされるワルガ石棺。その中には西洋人や、日本人のお墓とされるものもある。 サワンガン村のワルガの幾つかは、軍服を着用したヨーロッパ人の姿がレリーフで描かれている。長い銃を手にしたものもある。おそらく大航海時代にやってきて、この地で最期を迎えた者か、あるいはオランダ植民地下で異... ...続きを見る

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2008/10/19 00:00
北スラウェシ州紀行(23) ワルガ Perjalanan ke Sulut (23) Waruga
北スラウェシ州紀行(23) ワルガ Perjalanan ke Sulut (23) Waruga キリスト教が北スラウェシ一帯に入ると時期を同じくして、石棺の中に亡骸を入れて自宅前に置く埋葬形式は徐々に禁止された。以降は土葬に変わり今日に至っている。屋根や石棺に彫られたシンボルやモチーフは、それぞれのマルガ(Marga)、すなわち同一族(氏)によって異なった。また、その昔は、石棺の脇に、故人の氏名を書いた木札が立てられていたそうだが、今では残っていない。 サワンガン(Sawangan)村は、トンセア語を話すトンセア民族。この近辺の人々は、石棺の素材を、村から1kmほどの距離に... ...続きを見る

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2008/10/18 15:27
北スラウェシ州紀行(22) ワルガ Perjalanan ke Sulut (22) Waruga
北スラウェシ州紀行(22) ワルガ Perjalanan ke Sulut (22) Waruga エジプトのピラミッド、北京郊外の明の十三陵を見るまでもなく、古いお墓は世界中で著名な観光地となっている。偉人の墓ならなおさらだ。庶民のお墓だって、立派な観光地になることは、スラウェシ島のトラジャ民族の断崖の石室が証明している。実は北スラウェシ州にも、未だ対外的によく知れ渡ってはいないが、それはそれは見ごたえのあるお墓がある。地元で「ワルガ(Waruga)」と呼んでいる、屋根付きの石棺がそれだ。 側聞では、なんでも北スラウェシ州全土に計2,000基ほどあるそうだ。そして、その中でも... ...続きを見る

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2008/10/17 16:35

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