再録:サルミからブファレ(27) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(26) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(25) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(24) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(23) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(22) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(21) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(20) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(19) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(18) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(17) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(16) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(15) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(14) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(13) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(12) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(11) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。
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再録:サルミからブファレ(10) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(9) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(8) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 サルミからブファレ…
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再録:サルミからブファレ(7) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 ちなみに今日のインドネ…
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再録:サルミからブファレ(6) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 ちなみに今日のインドネ…
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再録:サルミからブファレ(5) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 ちなみに今日のインドネ…
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太平洋戦争開戦から78周年。それでも“戦後”は続くのか

今日12月8日は、太平洋戦争勃発から78周年。そして、今から71年前、つまり太平洋戦争開戦7周年目の昭和23(1948)年の12月8日、一人の旧日本帝国陸軍少佐が、戦犯としてオランダ軍によって銃殺刑に処せられた。場所は、現在のインドネシア共和国最東端のパプア州(旧蘭領ニューギニア)の州都ジャヤプラ(当時のホラン…
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再録:サルミからブファレ(4) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。 ちなみに今日のインドネ…
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再録:サルミからブファレ(3) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。
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再録:サルミからブファレ(2) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。
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再録:サルミからブファレ(1) Sarmi to Bufareh, Papua 西部ニューギニア未帰還兵

間もなく、終戦70周年の、その日がやって来る。 厚労省の統計によれば、海外戦没者概数は約240万人。その内、今日現在、およそ113万柱が未収容とのことだ。海没そして相手国の事情等で収容が困難とされる遺骨概数は約53万柱。つまり、収容が可能な未収容遺骨は約60万柱ということになる。
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再録:サルミのトル川からサルミ市へ Tor River to Sarmi City, SARMI(22)

西部ニューギニアのパプア州の州都ジャヤプラ(旧ホランジア)から、直線距離でおよそ233km(道路上の距離では約300km)西方のサルミ県の県都サルミを目指した。途中、センタニ湖やゲニェム、ボンゴ、ベタフ、タカール、トゥム、アラレなどを通過してトル川越え。トル川は、戦時中、“命を取る(トル)川”とまで称された。そ…
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再録:サルミのトル川からサルミ市へ Tor River to Sarmi City, SARMI(21)

西部ニューギニアのパプア州の州都ジャヤプラ(旧ホランジア)から、直線距離でおよそ233km(道路上の距離では約300km)西方のサルミ県の県都サルミを目指した。途中、センタニ湖やゲニェム、ボンゴ、ベタフ、タカール、トゥム、アラレなどを通過してトル川越え。トル川は、戦時中、“命を取る(トル)川”とまで称された。そ…
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再録:サルミのトル川からサルミ市へ Tor River to Sarmi City, SARMI(20)

西部ニューギニアのパプア州の州都ジャヤプラ(旧ホランジア)から、直線距離でおよそ233km(道路上の距離では約300km)西方のサルミ県の県都サルミを目指した。途中、センタニ湖やゲニェム、ボンゴ、ベタフ、タカール、トゥム、アラレなどを通過してトル川越え。トル川は、戦時中、“命を取る(トル)川”とまで称された。そ…
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