鰐工作隊の隊長日高岩男少佐のお墓発見か?(3) Mayor Iwao Hidaka

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英国で1988年に初版が発刊された『Flying Cats The Catalina Aircraft in World War II』(Andrew Hendrie著・Airlife Publishing Ltd刊)には、ロンベバイ湖のヤピナ島へ、1944年7月31日、10名の連合軍兵士を救出すために、E.Wientjes大尉が操縦する飛行艇が派遣されたことが記録されている。まさしく、その日の未明、わずかな星明りの下、日高岩男少佐が率いる「鰐工作隊」16名による、連合軍前哨基地への夜襲が敢行された。そして、日高少佐、村瀬兵長、杉沢軍曹の計3名が戦死。小泉雅少尉と通信兵の千原恒夫兵長(注:第36師団通信隊の福士分隊の一員。福士分隊は鰐工作隊に配属されていた)が行方不明。

昭和18年10月、ニューギニアへ出発前の日高大尉(当時・右)と徳野軍曹(当時・左)。日高大尉は19年3月少佐に進級、徳野軍曹は18年12月曹長に進級。画像は徳野明氏著の『鰐部隊とパプア人マンドル』から引用

『Flying Catas The Catalina Aircraft in World War II』は、「鰐工作隊」による奇襲攻撃に関して、約50名の日本軍が攻撃してきた。内、15名が戦死、連合軍側は10名中7名が負傷としているが、事実は、日本軍は16名が参加、内ち3名が戦死、1人が行方不明だった。過大な“戦果”の発表は、連合国軍とはいえ日常茶飯事だったようだ。

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『Flying Cats The Catalina Aircraft in World War II』とPBY機
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小泉少尉は、すでに書いたように、救援のために飛来した米軍飛行艇(PBY)に乗せられ、豪州の海軍病院へ搬送された。一方、千原兵長は、半死の状態ながらも、自力で流木を集め筏を組み、ロンベバイ湖を横断して、無事鰐工作隊前進基地まで生還した。しかし、千原兵長は、後日、第36師団の司令部が置かれたサルミ(Sarmi)へ帰還後、病気に斃れたと、『西部ニューギニア戦線 極限の戦場』(久山忍著・2012年12月3日、潮書房光人社刊)に収録された『サルミの戦い』(第36師団通信隊の陸軍軍曹だった中里文吉さんの証言)に書かれている。

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『Flying Cats The Catalina Aircraft in World War II』より引用
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同書には、ヤピナ島夜襲に参加した千原兵長が、死期を悟った日高少佐から、旧ロシア皇帝からもらったとされる貴重な腕時計を手渡された逸話が、元上官であった中里さんの証言として記述されている。すべての内容が千原兵長からの伝聞なのかどうかは不明だが、同書には次のように中里氏の証言が書かれている。ちょっと長文だが、日高少佐に触れた稀有な情報なので引用させてもらう。


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ヤピナ島攻撃略図(『鰐部隊とパプア人マンドル』より引用)

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ヤピナ島の日高岩男少佐の埋葬地

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日高岩男少佐(『鰐部隊とパプア人マンドル』より引用)

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マンベラーモ川からロンベバイ湖に入る。遠方の丘の手前にヤピナ島が浮かぶ(2015年5月24日、レオン氏撮影)

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参考ブログ

鰐工作隊の隊長日高岩男少佐のお墓発見か?(2) Mayor Iwao Hidaka
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201605/article_1.html

鰐工作隊の隊長日高岩男少佐のお墓発見か? Mayor Iwao Hidaka
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201604/article_31.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(36) Bandara Dai Nippon(36 ロンベバイ湖
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_8.html

西部ニューギアから新たな旧日本兵の遺骨情報が Nasib Tentara Dai Nippon
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201412/article_17.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201411/article_16.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_29.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_25.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_24.html
西部ニューギニアから祖国帰還を果たしたとされる“ご遺骨”だが
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_10.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_8.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵、そして生き続ける三八歩兵銃
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201409/article_26.html
「大東亜戦争」関連ブログ記事
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/43f9afaef5.html

参考動画


新穂智少佐の西部ニューギニア横断記 Major Satoru Niiho's West New Guinea
https://youtu.be/FzKN7LNQVug


太田敏子さんが語る故新穂智少佐・神機関工作隊長 Major Satoru Niiho & Toshiko Ota
https://youtu.be/mTifvX_dI7A


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