インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)

アクセスカウンタ

zoom RSS 再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ナゴンチュとピトゥ』(1999.6.5)

<<   作成日時 : 2013/06/27 00:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 5 / コメント 0

画像

安田和彦の沖縄マタハリ物語 『ナゴンチュとピトゥ』(1999.6.5)
名護に来て間もない頃、「安田さん、もうピトゥは食べました?名護はピトゥが有名ですからね。」と言われたことがあるのだが、ピトゥとは、クジラの一種の、体長5〜6メートルのゴンドウクジラ、または体長2〜3メートルのバンドウイルカのことであり、名護と言えばピトゥ漁の街、ピトゥ漁と言えば名護と言われるほどである。

西は東シナ海、東は太平洋に面して浮かぶ沖縄本島、その西海岸北部の街・名護の海には、3月から5月にかけてピトゥが何回か群れをなしてやってきた。なぜ、名護湾にピトゥが回遊してきたのかという理由には、名護の山の地形が関係している、またはピトゥのえさになるアオリイカが豊富である等、いくつかのものがある。

いずれにせよ、古くは、琉球王朝の時代からピトゥの記録があり、前世紀には原始的な方法で漁が行われ、明治以降では、明治35年の琉球新報に捕獲の記事が掲載されている。その後、ピトゥ漁は、昭和に入ってから戦前、戦後を通じて盛んになり、昭和40年代には最盛期を迎えた。

2月には、ナゴンチュ(名護人)の発祥の地であるナングスク(名護城)の神殿で、ノロ(神女)が、ピトゥの来遊と豊漁を祈願するピトゥウグヮン(ピトゥ御願)を行い、3月〜5月には、農家の人も家の軒先に銛を出しておき、いつでも海に出られる用意をしていた。そして、名護の海にピトゥが寄ってくるのが発見されると、発見した人は大声でピトゥドーイ(ピトゥが来た、という意味)と叫び、合図が次々と伝えられ、官庁も学校も休みになり、老いも若きも全て海に繰り出した。

中には、葬式の途中から抜けてくる人もいたという。ピトゥは一回に何十頭、何百頭の群れでやってきて、大群の時には海が黒く見えたそうだ。その群れを、サバニ(漁舟)で取り囲んで名護湾の中に追い込み、浅瀬に入ると、銛を投げ込んで捕獲を開始した。ピトゥが弱ると、陸で漁を見守っていた人も総出で銛綱を引いて浜に上げた。

一回の漁で回遊してきたピトゥの全てを捕獲できたわけではなく、追い込みに失敗した例もあるが、大漁の記録として200頭、300頭というものも残っている。大漁の後の浜には、しばらくピトゥのにおいが残っていたという。

ピトゥ漁が成功した時の名護は、街中が喜びに包まれた。今でこそ、沖縄は豚を中心とした肉食文化で知られるが、かつて、肉が食べられるのが正月くらいのものであった時代に、ピトゥは、名護の人々にとって貴重な動物性蛋白源だったのだ。

画像
そして、このピトゥはユイムンである。ユイムンとは寄ってくるものという意味で、まさしく海からやってくる大自然の恵みがピトゥなのである。そのため、ピトゥ漁には、誰でも参加できる。もちろん、海へサバニに乗って出ていき、銛を打つのはウミンチュ(海人、漁師を意味する)だが、陸では女性も子供も綱を引き、上がってきたピトゥに触って、触るだけで解体されたワップ(分け前)を手にすることができた。

ユイムンをみんなで分け合うのである。新鮮な肉、特に尾ビレ付近の身は「尾の身」と呼ばれて刺身で食べられ、その他の部分はイリチャ―(炒め物)、汁物としてその日の食卓に上った。余った分はスーチカー(塩漬け)になり、また他の地域へ売られもした。この時、ピトゥの肉を売り歩くのは女性の仕事だった。

昭和50年代後半以降、急にピトゥは名護にやってこなくなった。最近では、平成元年にバンドウイルカが数頭やってきたのが大きなニュースになったという。また、近年の反商業捕鯨運動の高まりの中で、現在、名護でピトゥを自由に捕獲することは禁止されている。

ピトゥは漢字では海豚と表記される。また、インドネシア語では、クジラをikan babi(豚魚)ともいう。 名護のピトゥ漁は、沖縄の中でも名護に独特のものでありながら、広くインドネシア、東南アジア、オセアニア、環太平洋地域とも通じ合う一つの文化として見ることができよう。特に、ピトゥを海からの授かり物とするユイムンの思想は、大いに注目に値するし、また評価されるべきだと思う。

今回、名護のピトゥ漁について、名桜大学の中村誠司教授、名護市立中央図書館館長の島袋正敏氏、名護博物館学芸員の山本英康氏から、貴重なお話を伺い、また、ピトゥを沖から追い込む様子と浜で捕獲している様子の写真は、名護博物館編集発行、1994年刊の「名護博物館開館10周年記念企画展J『ピトゥと名護人』沖縄県名護のイルカ漁」から、許可を得て転載させていただいた。末筆ながら深く感謝申し上げます。

画像


【参考ブログ】

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『沖縄・カンビン・インドネシア』(1999.5.25)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_26.html

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『うちなータイム』(1999.5.14) 
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_25.html

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 沖縄からインドネシアを考える
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_21.html

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】  『うりずん』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_23.html

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 マタハーリヌ チンダラカヌシャマヨ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_22.html

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 沖縄からインドネシアを考える
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_21.html

“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)5 Goa Jepang Pulau Biak Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200909/article_2.html

“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)4 Goa Jepang Pulau Biak Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200909/article_1.html

“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)3 Goa Jepang Pulau Biak Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200908/article_32.html

“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)2 Goa Jepang Pulau Biak Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200908/article_31.html

“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)Goa Jepang, Pulau Biak, Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200908/article_30.html

インドネシア文化宮(GBI)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/

GBIニュース
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/d29d402d07.html

GBIニュース:人名録インデックス2 Indeks Berita GBI Tokoh
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_18.html

GBIニュース:人名録インデックスIndeks Berita GBI Tokoh Politik
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_17.html

GBIニュース:文化・日本記事インデックスIndeks Berita GBI ttg Budaya
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_16.html

GBIニュース:経済・社会記事インデックスIndeks Berita GBI ttg SosEko
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_15.html

GBIニュース:政治記事インデックス Indeks Berita GBI ttg Politik
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_14.html

GBIニュース2003-1999年インデックスIndeks Berita GBI 2003-1999
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_13.html

GBIニュース1998年インデックス Indeks Berita GBI thn 1998
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_12.html

インドネシア文化宮2012年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2012)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201301/article_1.html

インドネシア文化宮2011年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2011)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_1.html

インドネシア文化宮2010年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2010)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_1.html

インドネシア文化宮(GBI)満12歳です HUT GBI ke-12 thn
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201005/article_15.html

インドネシア文化宮2009年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2009)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201001/article_1.html

インドネシア文化宮2008年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2008)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_1.html

インドネシア文化宮2007年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2007)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200712/article_2.html

インドネシア文化宮2006年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2006)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200612/article_8.html

インドネシア文化宮活動記録(日本語)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_2.html

インドネシア文化宮活動記録(インドネシア語)Kegiatan GBI
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_4.html

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(5件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『南来流&キジムナー』(1999.6.27)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『南来流(なんくる)&キジムナー(木の聖霊)』(1999.6.27) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}名護市内北部の為又(びーまた)区、本部(もとぶ)町へ通じる県道116号線沿いに、ガーデンカフェ南来流(なんくる)という喫茶店がある。私も2年前のオ―プン以来しばしばコーヒーを飲みに立ち寄っているのだが、緑に囲まれた一見して東南アジアのものとわかる木造建築で、門をくぐりトロピカルな庭を通り抜けて店内に入ると、木の床の涼しさが素足に何... ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/27 19:33
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『イノーとスク漁』(1999.7.28)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『イノーとスク漁』(1999.7.28) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}六月一日(新暦では7月13日)の朝、私は、名護市東海岸の嘉陽(かよう)区に仲村悦二(なかむらえつじ)氏({%上昇webry%}上の写真)を訪ねた。嘉陽区は約60世帯に120人ほどが住む小さな字(あざ)で、その区長を務めておられるのが仲村氏である。そして、仲村氏に案内していただき、干瀬(ひし、リーフのこと)に当たり砕け散る白波を沖に見ながら、穏やかな海に漕ぎ出し... ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/28 19:37
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 芭蕉布:東南アジアと沖縄を結ぶイカットの道』(99.8.22)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『芭蕉布:東南アジアと沖縄を結ぶイカットの道』(1999.8.22) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}旧盆を間近にした8月20日、私は、名護市から国道58号を北上し、大宜味村(おおぎみそん)喜如嘉(きじょか)の芭蕉布会館を訪ねた。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/29 18:44
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ウンガミのバーリー』(1999.9.13)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ウンガミのバーリー』(1999.9.13) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}8月27日金曜日、私は、大宜味村(おおぎみそん)塩屋(しおや)に、「塩屋のウンガミ」の御願(ウグァン)バーリーを見に行った。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/30 07:40
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ウンガミのバーリー』(1999.9.13)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ウンガミのバーリー』(1999.9.13) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}8月27日金曜日、私は、大宜味村(おおぎみそん)塩屋(しおや)に、「塩屋のウンガミ」の御願(ウグァン)バーリーを見に行った。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/30 07:40

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ナゴンチュとピトゥ』(1999.6.5) インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる