インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)

アクセスカウンタ

zoom RSS 再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 マタハーリヌ チンダラカヌシャマヨ

<<   作成日時 : 2013/06/21 00:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 10 / コメント 0

画像

安田和彦の沖縄マタハリ物語
『マタハーリヌ チンダラカヌシャマヨ』(1999.3.25)
インドネシアは西か南か?
大学に入学してインドネシア語を学び始め、12年を過ごした大阪から、ここ沖縄本島北部の街・名護に来て、3年が経った。来てすぐの頃、自己紹介を度々したのだが、「インドネシア語をやっています。」と言うと、多くの人が「マタハリってインドネシア語にもあるんですよね。」と反応した。インドネシア語にも、というより「マタハリ(太陽)」はインドネシア語だろうと思っていたので、「ハリマオ(虎)」のように何か言われでもあるのかなとも考えた。

「マタハリ」が何のことかわかったのは、ある歌を聞いてからである。それは、「安里屋(あさどや)ゆんた」という歌で、この中の囃子ことばの部分に「マタハーリヌ チンダラカヌシャマヨ」とあるのだ。「安里屋(あさどや)ゆんた」は、八重山竹富島の古謡を元歌に昭和初期に近代風に編曲されたもので、1994年に郵便局の主催、ラジオ沖縄・琉球放送の共催で行われた「あなたが選ぶ沖縄の歌100選」では、40000余りの葉書が寄せられた中で第1位になったという、広い範囲で知られている歌である。

「マタハリ」が囃子ことばとしてどのような意味なのかは残念ながらわからないのだが、「マタハリってインドネシア語にもあるんですよね。」と言われる度に、沖縄とインドネシアの間につながっている何かを感じた。

その後、名護に住んでいて自分の中で大きく変化したものに、「地図」がある。この「地図」とは、自分がいる場所とインドネシアを結ぶ、自分の意識の中にある地図のことだ。大阪にいる時は、まず横長の長方形の右上に大阪があって、そこから左斜め下に向かうと、その先にジャカルタがあり、ジャワがあり、バリがあって、という絵を思い浮かべた。

現実には、大阪の真南はイリアンジャヤであるのだが、どうもうまく実感できず、ここから西南に飛んだ所がインドネシアだと感じていた。そして、大阪からインドネシアに引かれる線は、空の上を飛んでいくもので、具体的にガルーダインドネシア航空機の形をしていた。

ところが、いまは南に向かって目の前に広がる海の水平線の向こうにハルマヘラ・マルクがある、という絵を思い描くことができる。ここから南に行き、フィリピンを越え、赤道付近まで達したら、そこに東西に広がっている島々がインドネシアであると、実感できるようになった。もちろん、インドネシアに続く海上の線は船の形をしている。

さて、自分の中の「地図」が変わったことで、インドネシア語と日本語について、その起源を思うと心がときめくようになった。インドネシア語は系統的にはオーストロネシア語族に属すが、その起源について、台湾経由説というものがある。つまり、何千年もの昔にインドネシア語の祖先にあたる言葉が、中国大陸からまず台湾に広がり、そこからフィリピン・インドネシア西部・マレー半島に分布していったという考えだ。

日本語についても、その起源にオーストロネシア語族の影響を認めるという考えがあり、そのことを具体的に示す例として、琉球(特に八重山方言)語の語彙が挙げられている。これら二つの話は、大阪にいる時は一つの学説に過ぎなかった。しかし、ここに暮らしていると、それらを言語学的に検証するという前に、そうであったらいい、とか、そうであっても不思議ではないというような気持ちが先に来る。

原オ―ストロネシア語が大陸から台湾へ渡った後、ほんの少し北東に足を伸ばしていたかもしれないと、海を見ながら思い浮かべるのも楽しい一時に違いない。遠い昔から、つい何百年か前まで、沖縄・日本・インドネシアは海を間にして確かにつながっていたのだ。


【参考ブログ】

再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 沖縄からインドネシアを考える
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_21.html

“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)5 Goa Jepang Pulau Biak Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200909/article_2.html

“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)4 Goa Jepang Pulau Biak Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200909/article_1.html

“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)3 Goa Jepang Pulau Biak Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200908/article_32.html

“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)2 Goa Jepang Pulau Biak Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200908/article_31.html

“玉砕の”ビアク島訪問記(By 安田和彦)Goa Jepang, Pulau Biak, Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200908/article_30.html

インドネシア文化宮(GBI)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/

GBIニュース
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/d29d402d07.html

GBIニュース:人名録インデックス2 Indeks Berita GBI Tokoh
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_18.html

GBIニュース:人名録インデックスIndeks Berita GBI Tokoh Politik
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_17.html

GBIニュース:文化・日本記事インデックスIndeks Berita GBI ttg Budaya
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_16.html

GBIニュース:経済・社会記事インデックスIndeks Berita GBI ttg SosEko
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_15.html

GBIニュース:政治記事インデックス Indeks Berita GBI ttg Politik
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_14.html

GBIニュース2003-1999年インデックスIndeks Berita GBI 2003-1999
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_13.html

GBIニュース1998年インデックス Indeks Berita GBI thn 1998
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201306/article_12.html

インドネシア文化宮2012年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2012)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201301/article_1.html

インドネシア文化宮2011年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2011)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_1.html

インドネシア文化宮2010年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2010)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_1.html

インドネシア文化宮(GBI)満12歳です HUT GBI ke-12 thn
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201005/article_15.html

インドネシア文化宮2009年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2009)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201001/article_1.html

インドネシア文化宮2008年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2008)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_1.html

インドネシア文化宮2007年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2007)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200712/article_2.html

インドネシア文化宮2006年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2006)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200612/article_8.html

インドネシア文化宮活動記録(日本語)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_2.html

インドネシア文化宮活動記録(インドネシア語)Kegiatan GBI
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_4.html

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(10件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】  『うりずん』
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『うりずん』(1999.4.13) 15世紀、ジャワのマジャパヒト王国を訪ねた琉球人がいた。沖縄とインドネシアは500年もの交易の歴史を持つ {%上昇webry%}1880年代の那覇の光景。{%下降webry%}1880年代の守礼の門。写真は共に、1880年代にインドネシア、ニューギニア、台湾、沖縄、カムチャッカ半島 を航海したMarchesa号の航海記『Cruise of the Marchesa to Kamuschatka & Ne... ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/21 22:13
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】  『しーみー』
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『しーみー』(1999.4.29) {%クローバー(キラキラ)hdeco%}沖縄で4月の日曜日といえば、まず「しーみー」ということになる。 {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}「しーみ―」、漢字で書くと「清明」であり、いわゆる二十四節季の一つであるが、本土からやってきた私(内地の人、という意味でナイチャーとも言われる)にとっての第一印象は、この日を前に各商店、スーパーなどはこぞって「清明セール」を行い、当日はある決まった道が路上の縦... ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/22 21:18
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『うちなータイム』(1999.5.14) 
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『うちなータイム』(1999.5.14) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}日常生活の中で沖縄とインドネシアで共通していると思うことの一つに、時間の感じ方がある。沖縄では「うちなータイム」といい、インドネシアでは"Jam karet"(ゴムの時間、伸び縮み自由な時間)というものである。どちらも、決まった時刻、時間に縛られない、よく言えばあくせくせずに自然の流れに身を任せて暮らすことだろうし、悪く言えば約束の時間がほとんど守られず、集... ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/23 18:31
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『沖縄・カンビン・インドネシア』(1999.5.25)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『沖縄・カンビン(山羊)・インドネシア』(1999.5.25) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}島袋氏にお会いしお話を伺いたいと思ったきっかけは、氏が書かれた「沖縄の豚と山羊」(1989年、ひるぎ社)という本を読んだことである。名桜大学で山原(やんばると読み、沖縄県本島北部を指す)の地域研究を専門にしている中村誠司教授のお部屋でこの本を見つけ、そのタイトルの山羊の部分に興味を持ってお借りしたものだ。 {%上昇webry%}島袋正... ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/24 20:05
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ナゴンチュとピトゥ』(1999.6.5)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ナゴンチュとピトゥ』(1999.6.5) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}名護に来て間もない頃、「安田さん、もうピトゥは食べました?名護はピトゥが有名ですからね。」と言われたことがあるのだが、ピトゥとは、クジラの一種の、体長5〜6メートルのゴンドウクジラ、または体長2〜3メートルのバンドウイルカのことであり、名護と言えばピトゥ漁の街、ピトゥ漁と言えば名護と言われるほどである。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/26 19:42
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『南来流&キジムナー』(1999.6.27)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『南来流(なんくる)&キジムナー(木の聖霊)』(1999.6.27) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}名護市内北部の為又(びーまた)区、本部(もとぶ)町へ通じる県道116号線沿いに、ガーデンカフェ南来流(なんくる)という喫茶店がある。私も2年前のオ―プン以来しばしばコーヒーを飲みに立ち寄っているのだが、緑に囲まれた一見して東南アジアのものとわかる木造建築で、門をくぐりトロピカルな庭を通り抜けて店内に入ると、木の床の涼しさが素足に何... ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/27 19:33
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『イノーとスク漁』(1999.7.28)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『イノーとスク漁』(1999.7.28) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}六月一日(新暦では7月13日)の朝、私は、名護市東海岸の嘉陽(かよう)区に仲村悦二(なかむらえつじ)氏({%上昇webry%}上の写真)を訪ねた。嘉陽区は約60世帯に120人ほどが住む小さな字(あざ)で、その区長を務めておられるのが仲村氏である。そして、仲村氏に案内していただき、干瀬(ひし、リーフのこと)に当たり砕け散る白波を沖に見ながら、穏やかな海に漕ぎ出し... ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/28 19:37
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 芭蕉布:東南アジアと沖縄を結ぶイカットの道』(99.8.22)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『芭蕉布:東南アジアと沖縄を結ぶイカットの道』(1999.8.22) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}旧盆を間近にした8月20日、私は、名護市から国道58号を北上し、大宜味村(おおぎみそん)喜如嘉(きじょか)の芭蕉布会館を訪ねた。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/29 18:44
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ウンガミのバーリー』(1999.9.13)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ウンガミのバーリー』(1999.9.13) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}8月27日金曜日、私は、大宜味村(おおぎみそん)塩屋(しおや)に、「塩屋のウンガミ」の御願(ウグァン)バーリーを見に行った。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/30 07:40
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ウンガミのバーリー』(1999.9.13)
【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 『ウンガミのバーリー』(1999.9.13) {%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}8月27日金曜日、私は、大宜味村(おおぎみそん)塩屋(しおや)に、「塩屋のウンガミ」の御願(ウグァン)バーリーを見に行った。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2013/06/30 07:40

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
再録 【安田和彦の沖縄マタハリ物語】 マタハーリヌ チンダラカヌシャマヨ インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる