再録『GBIニュース』2002.9.28【豪州~台湾縦断計画・No.2】シーカヤックが流された

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大川誠一のGBIニュース(2002年9月28日)(Berita GBI: 28 Sept,.2002)
【オーストラリア~台湾縦断計画・No.2】シーカヤックが流された!
大失敗の顛末を八幡氏が報告。
再挑戦に向け国産カヤックが年内にも完成。

日本のH-IIロケットだってそうだ。アメリカのスペースシャトルだってそうだった。壮大な探検・冒険には予期せぬミスが付きまとうものだ。幸運の女神がいつも現れるとは限らない。GBIニュース(2002/6/18)号で報じた、八幡氏と関口氏両名によるオーストラリア北端から西部ニューギニア、マルク諸島、スラウェシ北 部などを経て、さらにフィリピン海域を北上して最終的に台湾のカオシュン(高 雄)まで一艘のシーカヤックで縦断するという大冒険が、予想だにしなかった出来事によって断念に追い込まれた。

『無念の一言です』と八幡さん。海を知り尽くした男たち。まさか、そんなことが起きようとは。トレス海峡にもうすぐ入れたというのに。ヨーク岬半島の突端付近で、その“事故”は起きた。陸上で待機中に、あろうことかカヤックが激し い潮流によって流されてしまったのだ。『おそらくパプア州のアラフラ海の方に流れていったんでしょうね。誰かが見つけてくれるといいんですがね』 無念の気持ちを吹っ切るかのように、帰国後二人は、徳島の吉野川へ、そして沖 縄の八重山へと旅立った。

将来の冒険行に備えて資金を稼ぎ、一方で体力と技術 をさらに磨くためだ。と、早くも再挑戦の意向が伝わってきた。『年内にもシーカヤックを国内で作り、もう一度挑戦します』と。一方、インドネシア文化宮(GBI)は、インドネシアの最西端サバンから最東端のメラウケまでの横断計画を 提案しているのだが、雪辱戦を期したい二人は、今のところオーストラリア→台湾を狙っているようだ。いずれにせよ遠くない将来、突如『行って来ます!』なんて言ってくるんでしょうね。頑張れ! 以下、八幡さんがGBIに寄せた顛末記をお伝えします。

【2002 台湾~オーストラリア縦断計画 経過報告】

今回の計画は、ヨーク岬 南西に位置するセイシアよりスタート。 トレス海峡を縦断した後 進路を北から西に向けてインドネシア メラウケ入国、 距離にして450キロ程。 来季に向けてのインドネシア長期ビザの申請と、現地の海 気候の状況を見てく るまでが目的でした。

6月29日 ブリスベン入り オーストラリアは初冬で,朝晩は、息が白くなります。 日中 長袖でも肌寒く感じました。(例年に比べて気温が大分 低いとのこと) 4月から10月あたりまで続くドライシーズンのため空気は乾燥していて、空には雲さえ見当たりません。 丸々1週間経って、初めて雲を見たほどです。

日本から輸送したカヤックの引き取りに幾度となく街を往復し、苦戦しまし た。 慣れない貨物引取りに加え、英語のコミュニケーションが障害になっていまし た。 最終的にわかったことでは、手続き上書類のことで
日本人に対する嫌がらせが行われていたことがわかりわたし達はオーストラリアの心象を悪くしました。 

7月9日 予定 出発日より1日遅れて出発レンタカーでカヤックを運ぶ予定でしたが、友人がブリスベンで生活していまし た。 彼がドライバーとしてサポートしてくれることになりました。 いすゞ ビッグホーン85年式 29万キロ走っている4WD(現地ではホールディング ジャッカルという車名)全長6メートル60センチのカヤックを乗せて、 ケープヨーク付近を目指します。

日本、さらに現地で情報を集めた限りでは、ケープヨークへの道のりは交通量も少なく携帯の電波も届かない、舗装されていない酷い悪路が続くとのこ とでした。 (現地のガイドブックには車が川に浸かっていた) 
ケアンズまで1800キロを1日半で走りました(ハイウェイは無料、道路の脇には轢かれたカンガルー多数、北に向かうにしたがってサトウキビ畑)。 この先1000キロが雨季に走行が、極めて困難になるといわれている道。 オーストラリアを鬼の顔に見立てれば 右の角(北東)がその道のりになります。

結果から見れば、乾季である季節は乗用車でも可能では?という感想でした。 舗装ではないけれども、80キロくらいで皆 走っています。 個人で4WDに乗ってきた観光客にも1日何度もすれ違いました。 延々 赤の大地と人間大のアリ塚が目立つサバンナ気候という様子です。 途中の街には必ずといっていいほど、スプリンクラーが廻っていて水の豊富さを 感じ、緑がありました。逆にいえば、人がいなければ、ひたすら赤い大地ということです。 アボリジニーの家からは音楽が流れ、南東の風がゆるく吹いていました。

予定のスタート地はSEISIAでしたが以下の理由でスタート地をヨーク半 島西岸 真ん中辺りに位置するWEIPAに変更しました。

1 現地気候下での体を慣らすため(カヤックに30日分の食料と25リットルの水
を搭載、さらには携帯水タンクを25リットル分入れることが出来る状態)
2 トレス海峡縦断が約270キロ、WEIPAからSEISIAが250キロほどで
あること
3 ヨーク半島西岸はクロコダイルが多く生息しているとのことで、来期以降の
インドネシアでの良い経験になることが考えられる
4 この西海岸沿いは、アボリジナルリザーブに指定されていて、入るには許可
が要る土地で一般人があまり入っていない地域。原住民の生活を垣間見ることへ
の期待
5 ドライバーとしてサポートしてくれた友人の岐路が1人であることを考慮し、 帰りの道のりを少しでも減らすため

MISSION RIVER がそそぎこむ ALBATROSS BAY の河口付近に広がる街がWEIPAでヨーク半島の中では一番大きい規模を持っています(人口7500)。 ボーキサイトの産地で(この赤土もうなずける)この現代の採掘町は世界の最も 豊かなボーキサイト堆積地であり、企業城下町になっています。そのため白人が 多く、家の並びも整然としていました。 (物価はこのヨーク岬に向かうルートの中で一番安かった。といっても生鮮物に関しては、街の3倍はした)

7月13日 1日目  4時間 27キロ航行 南東からのやや追い風(荷物の少ないときは時速7キロ超で漕いでいたので、予想通り) 出発の準備を終え午前11時 出発

海水は、緑に濁っていましたが、マングローブ地域特有の硫黄のような臭いはあ りません。 スタートした直後、ラダーに強い衝撃があり、クロコダイルにドツカレタのでは?と2人で笑いました。 地元の人が岬を越えると海がうねるよ と教えてくれたので岬手前の長い浜辺で初日のキャンプを張ることにしました。 (亀の産卵場所らしく、足跡と生臭さの残る卵の殻が散乱していた。浜にごみは無い)

7月14日  7時間半 45キロ 東南東 から 昼過ぎには無風状態
南半球に来れば、太陽の位置も星の見え方も変わってくるのは、誰もが周知のこ とですが、目の当たりにすると多少混乱するものです。南緯12度付近まで北上してきているので、北極星が見えるだろうと思うが、まだ発見できませんでした。
南東、東よりの風は、安定して吹いていましたが、カヤッキングには、大きな影響もなく、海はほとんどなぎの状態でした。 岬付近に記念碑を発見します。1601年にヨーロッパより流れ着いた船の碑でし た。 道も無ければ、電線も無い人工物の無いこの浜に、たたずむ姿は際立っていてい ました。
途中、イルカの群に遭遇。
浜の様子は、湿地という感じは全く無く、ひたすらビーチで乾ききった葉の少ない木々が続いていました。 潮と風の関係か流れ着いているゴミは非常に少ないです。 アボリジニーリザーブに入り、ワニがいるかもしれないと予想していた河口にキャンプ。 河口付近の水は、明らかに少ないようでした。川が分断され、池のようになっている箇所があり、アボリジニーは投網をかけていました。 (アボリジニーに水とシャワーを浴びさせてもらう。クロコダイルは見かけなかった)

7月15日  8時間 50キロ弱 風 東南東、時折 東北東
多少 雲が多く、風は相変わらず安定していました。事前の情報では、この時期かなり風があり危険だろうとのことであったが、ここまでは拍子抜けするくらい静かな海です。  全く人工物が無く、ひたすら北北東にビーチが延び消えています。 海水の透明度が良くなることはありません。 海草が多いところでは、小魚が多いようです(海の事情は万国共通)。 鳥の群が空を埋め、鳴き、空から海面へ垂直に落下すると、しっかり口に魚をく わえているのです。空からだけでなく、水中からも大型の魚が小魚を捕食してい ました。小魚が群をなして逃げ動いているため、その音が脅かすような音をたてているのです。 そのたびにパドリングのリズムが狂うほどでした。  この透明度では、潜れないため釣り道具を持っていないことが口惜しく感じました。
ここまで人がいないと、海亀も油断するようです。海面に浮いている亀を見たこ とがある人は多くいると思いますが、1メートルまで近づいて数分に及んで観察 できたのは初めてでした。(ビデオ収録)
この日あたりから、遠浅の地形が増え、潮の時間も都合が悪くなってきました。 遠浅が大きくなるにつれて、ハエの数が異常に増えてきたのです。わたし達の体 に止まったまま、何キロも共に航海しました。

7月16日 10時間 62キロ 東風 一時雨 
南方に広がる大きな雨雲を始めて目撃 朝は6時半から明るくなり始めて、6時半には日が沈みます。当初、日中の日差し が強ければ、朝早いうちと、夕方の3時間が漕ぐのにいいだろうと考えていまし た、体温が上がるような気配も無い、風も程よく吹いているし、水も思ったより は減りませんでした。飯は腹いっぱい食べていましたが、味のレパートリーをいかに作り出すかが、今後の鍵になりそうでした。魚を取るのに、サースデイアイランドで釣具を買おうと2人で話しました。
満潮が夜に突入し、日中 沿岸は大分迂回しなくてはいけなくなりました。 海から、陸が現れます。沖縄などで見たものとは規模が違う陸が干潮で姿を見せるのです。人間の気配はありません。おそらく、この干潟で足を止めた人間は、 過去においても数えるくらいしかいないだろうことが、容易に想像できます。 オーストラリアペリカンがその陸で休んでいました。他の鳥も見えました。 そういったものの数時間限りの陸でした。

7月17日  東南東 25キロ
この日は、潮の干潮が来る前に、上陸してしまって飯も早めに炊いてしまうこと
しました。もし、夕方に上陸ということになると干潮にあたって、カヤックを上 げる作業が大変になるのはわかっています。 昼頃上陸して、さらに潮が引き、また潮があがってくるのを待ってカヤックを上 げようということになりました。
それでも、上陸した場所はビーチまで、結構な距離がありました。 この日は 多少、東南東の風がいつもより強く感じました。 それでも、白波さえ立たないくらいです。 この5日間で白波は一度も立ちませんでした。
25キロばかり漕いで上陸した土地は、 この西岸沿いで唯一、アボリジナルリザーブではないキャンプ場でした。 キャンプ場といっても、水、水道はもちろん無いし、設備というものは何もない、 ただのビーチです。ケープヨークに向かう本道から外れ、途中の海を垣間見られ るといった意味合いくらいしかありません。 ダートの道を走ってきた4輪駆動車が8台ほど止まっていて、船外機をつけた小型のボートも見えました。 アボリジニーの姿はありませんでした。
「ようやく明日は、残り40キロ程で本来のスタート地点だね」 準備で試してみようと考えていたことは無事終わったと思っていました。250キロの慣らし運転、クロコダイル、夜間試航行、シーズン最長航行距離、重いカ
ヤックのパドリング。
既に、トレス海峡を渡りオーストラリアの出国手続きを上手く切り抜け、インド ネシアの交渉について考えていました。

このような状況下で これ以上ないミスをしました。
飯も食べ終わって、テントを張り 夕方6時半。まだカヤックのところまで海水は満ちてませんでした。 本来であれば、カヤックの荷物を出して浜を何度も往復しなくてはなりません。 日本でも、ずっとそうしてきたし誰もがすることです。 この作業が面倒なことは、はじめからわかっていたことでした。 しかし、このときは、まあ見ながらでも大丈夫というだろう。 2人ともそう思っていました。 そして、大量のハエから逃げるようにテントに一時入りました。 風が木を揺さぶる音がしていたことを2人とも感じていました。

6時55分、西日も落ちて空がオレンジ色に染まる頃に、海はカヤックまで満ちてきました。 「丁度、満ちてきたかな」 テントから顔を出してまだ沖にあるカヤックを眺めました。 テントに体を戻して、テントの中のものを整理して もう一度外を確認すまで5分経っていませんでした。

「カヤックが大変なことになっている」 と海に飛び出しました。 ひざ下の海をしばらく追いかけても カヤックは、まだ先にあります。 既に風でカヤックが流れているのは明らかでした。 夕闇が迫ってきていて、カヤックのシルエットだけでは距離が上手くわかりませ ん。 水は何時しか腰を超えて、ようやく背が立つところまできていました。 しばらく、われを忘れて泳ぎ、カヤックに近づいているようでしたが、空はます ます暗さを増して距離感を失いました。 既に体に乳酸がたまり、鈍くなっています。

海にボートを係留しているオーストラリア人がいるのを思い出して、今度はビーチへ急ぎました。 関口さんのヘッドランプが見えています。 「ボート ボート」 ようやく言葉が届いたときには、僕の息は上がっていました。 これでなんとかしないといけない。

丁度 夕食時のオーストラリア人の反応は、あまりにも冷めたものでした。 「助けることは出来ない。何も出来ることはない。夜はクロコダイルが危なすぎる。まだ岩も出ていて危険だ」 岩などビーチに出れば無い、そういうことは問題ではない反応でした。 助けようという意思が全く帰ってこない。あれほど簡単にお手上げのゼスチャーを見たことありませんでした。 わたし達の懇願は人間の形をした黒い影に話しているようなものでした。 一組のグループだけが話をまともに聞いてくれました。 「明日の朝、釣りに行くから、そのときに探そう。夜は危険が多すぎる」 今、自分達に出来ることは1日中風の方向を確認にすることしかありませんでし た。 犯したミスの大きさと、必ず明日の朝 見つかると願う気持ち。 自己責任、個人が集まる大人の国の対応 と後に思いました。
出来ることは多くはありません。風を見ながら流れたカヤックが流れるスピード、方向、探す範囲、冷静に考えようと努めまし た。 この日の夜 強風ではないが常に南東の風が吹いていたのです。

7月18日  
翌日の朝は、もう一度ショックを受けることになりました。 「もう沖に流れているはずだし、魚釣りは北西の方向ではなく、南西の岬に行 く」 20キロから30キロ沖合いに浮いてるはずのカヤックを この朝 探すことは不可能になりました。こうしているうちにも、今日も吹いている南西の風にカヤックは流されているはずです。 他の人は、むしろ僕らが近づいてくるのを避けているようでもありました。 「30分だけ出してくれませんか。貸してくれませんか?」 それでも近づいていくと「わたしたちできることは、何もない。それに、ここは日本ではないのだから、 しっかり英語を話しなさい。あそこにコースとガードの仕事をしている男がいる から行ってみなさい」 そのコースとガードの男は、大きな無線を積んで誰かと話していました。 昨夜からのことを話すと「バマガの警察、コースとガードに連絡を取った。彼ら がここまで迎えに来る。ほかに方法は無い」 奥さんが、心配してコーヒーを入れてくれました。 昼食にとパンとソーセージをいただきました。

警察が3時間ほどして現れ、1時間ほどキャンパー達と雑談していました。 わたし達は、カヤックのことが気になり、早く手続きを進めたいと苛立ちを感じ ました。 バマガの警察で簡単な手続きを済ませて、スタートを予定していたセイシアに下 ろされました。何とかコーストガードの協力を得ようと試みましたが相手にされませんでした。 その頃には、夕方近くになり 船をチャーターするにも明日の朝ということになります。 丸2日と1夜という時間を考えると、流されたカヤックを漁船で探せる範囲を超 えていました。 セイシアで下ろされた わたし達の目の前に広がるトレス海峡は、わたしたちが 北上した200キロの間のどの区間より クリアで青くエメラルドグリーンの海でした。 あの日ほど、虚脱感を感じたことは無く どうにも立ち直れないような気持ちに初めてなったのです。

カヤックが流れてから1週間、わたしたちはUmagikoというアボリジナルコミュニ ティーでキャンプ生活を送りました。 日本人とアボリジニーのハーフジャパニーズに出会い(木曜島は過去において日本人が真珠の養殖を行っていたことで有名)アボリジニーたちに毎日 挨拶の声をかけられ、励まされ徐々に気持ちを取り戻しました。

7月25日 日本帰国
結論から言えば、コーストガードも警察も この件に対して一度でも動くことはありませんでした。 時間が過ぎるほどにカヤックは北西に流れて、おそらくイリアン地域にカヤックが流れ着いていることと思います。
現地の人がGPSやウォーターメーカーを見て何に使うのだろうか。 この1週間を記録したフィルムだけでも発見されることを願いつつ計画の建て直しを考えています。


参考ブログ
GBIニュース
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/d29d402d07.html
再録『GBIニュース』2002.6.18【オーストラリア~台湾縦断計画:シーカヤックで3年間の大冒険
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_30.html
再録『GBIニュース』2002.6.17 【会見】 UNTAS(東ティモール難民連合)事務局長
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_26.html
再録『GBIニュース』2001.3.25【人】デヴィ・スカルノ 3月11日命令書の真相(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_23.html
再録『GBIニュース』2001.3.13【人】デヴィ・スカルノ 3月11日命令書の真相
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_22.html
再録『GBIニュース』2000.12.9【アチェ(4)】サバン自由貿易港 Sabang, Aceh
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_21.html
再録『GBIニュース』2000.11.25【アチェ(3)】アチェを代表する画家・マフディ・アブドゥラ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_19.html
再録『GBIニュース』2000.11.24【アチェ(2)】音楽『ACEH Nyawoung』大ヒット
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_18.html
再録『GBIニュース』2000.11.21 【アチェ】GAM(独立アチェ運動)24周年
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_13.html
再録『GBIニュース』2000.9.920 GBI主催『パプア芸術展』10月20日ジャカルタ開催
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_10.html
再録『GBIニュース』2000.9.918 【映画】インドネシア若手映画監督7人の作品上映
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_9.html
再録『GBIニュース』2000.9.910 【テレビドラマ】カメリアマリクCamelia Malik
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再録『GBIニュース』2000.9.9【パプア】 パプア生まれの歌手エド・コンドロギット
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_7.html
再録『GBIニュース』2000.9.8【パプアIII】 エド・コンドロギット&グループ・ナヤック
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_5.html
再録『GBIニュース』2000.9.6 【人】村人と共に小規模事業を起こしたエコ・ウィトノ氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201305/article_4.html
再録『GBIニュース』2000.9.5 【切手】ワヒド大統領&メガワティ副大統領の肖像画切手
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再録『GBIニュース』2000.9.3【パプア(2)】国連総会を通じてパプアの"主権"を国際社会へ
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再録『GBIニュース』2000.8.30 特報 【パプア】 テイス・エルアイ最高幹部評議会議長と会見
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再録『GBIニュース』2000.7.26 【パプア州】独立グッズに見るパプア住民の思いPapua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201304/article_27.html
再録『GBIニュース』2000.7.25【講演】 杉並区主催『海外文化理解講座』をGBIが共催
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201304/article_26.html
再録『GBIニュース』2000.7.17【パプア芸術】GBI主催パプア展 Papua JKT
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201304/article_23.html
再録『GBIニュース』2000.7.8 【東部インドネシア】 ポソ、マルク、そしてパプア
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201304/article_22.html
再録『GBIニュース』2000.6.26 【書籍】イリアン森と湖の祭り『Romo Rahadi』 
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201304/article_21.html
再録『GBIニュース』2000.6.25 【書籍】パプア問題の本質を知るための一冊
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201304/article_20.html
再録『GBIニュース』2000.6.24 【パプア】住民会議Kongres Rakyat Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201304/article_19.html
再録『GBIニュース』2000.6.21【伝統民族音楽】インドネシアの民族音楽CD
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201304/article_18.html
再録『GBIニュース』2000.6.19 【人】 童話作家レニー・ヤニアール
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201304/article_17.html
再録『GBIニュース』2000.6.17 【講演】 ワルディマン・ジョヨネゴロ元教育文化大臣
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201304/article_2.html
再録『GBIニュース』2000.6.5 【アチェ&パプア】人道的休戦と独立再宣言・二人の革命家の明暗
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201304/article_1.html
再録『GBIニュース』2000.5.29 【エディ・ハスビ報道写真展】7月1日~31日、GBIで開催
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_28.html
再録『GBIニュース』2000.5.17 【人】エディ・ハスビ---『コンパス』紙報道カメラマン
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_27.html
再録『GBIニュース』2000.5.11 【ビデオ】 これがインドネシア全州だ!
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_26.html
再録『GBIニュース』2000.5.10 【人】 サヨリ夫妻----イリアンジャヤからやってきた花婿
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_25.html
再録『GBIニュース』2000.4.21 【人】 歌手デシー・ラトゥナサリ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_24.html
再録『GBIニュース』2000.3.31 【画家ダルマジ展】 『素晴らしい多様性の世界へどうぞ』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_23.html
再録『GBIニュース』2000.3.27【映画パチンコ6】  3月27日、ついにクランク・アップ!
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_21.html
再録『GBIニュース』2000.3.17 【映画パチンコ5】日イの文化衝突を乗り越えて
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_20.html
再録『GBIニュース』2000.3.9 【映画パチンコ4】 3月13日(月)クランクイン敢行!
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_19.html
再録『GBIニュース』2000.2.27 【映画パチンコ】 クランクインまであと一週間
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_16.html
再録『GBIニュース』2000.2.24 【ダンドゥット】 東京・赤坂見附でムラユ・ロックが大爆発!
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_15.html
再録『GBIニュース』2000.2.20 【映画】ハリー監督、ロケハン開始。キャスティングに悩み。
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_14.html
再録『GBIニュース』2000.2.14【旧日本兵(3)】さらに発見"見捨てられた日本軍将兵の遺骨
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_13.html
再録『GBIニュース』2000.2.13 【人】 映画監督ハリー・スハルヤディ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_12.html
再録『GBIニュース』2000.2.11【ライブ】 スランク東京公演・画像リポート
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_11.html
再録『GBIニュース』2000.2.1 【人】 アミン・ライスMPR(国民協議会)議長
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_10.html
再録『GBIニュース』2000.1.30【ライブ】 『インドネシアン・ロック日本初公演』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_9.html
再録『GBIニュース』2000.1.14【インタビュー】 作家ユディスティラ・ANM・マサルディ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_8.html
再録『GBIニュース』2000.1.13【インタビュー】 ハサン・アルウィ国立国語研究所所長
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_7.html
再録『GBIニュース』2000.1.12【インタビュー】アチェの反体制知識人オットー・シャムスディン
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_3.html
再録『GBIニュース』2000.1.11【インタビュー】 Ali Hasjmy元アチェ特別州知事
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_2.html
再録『GBIニュース』2000.1.7 【書籍】 Buku 『独立アチェ運動(GAM)』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201302/article_4.html
再録『GBIニュース』2000.1.6 【政治コミック】漫画で見るメガワティの闘争
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201302/article_3.html
再録『GBIニュース』1999.12.25 【人】 ワルディマン元教育文化相
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201301/article_27.html再録『GBIニュース』1999.12.16 【インタビュー】 リアス・ラシッド地方自治相
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201301/article_26.html
再録『GBIニュース』1999.12.13 【インタビュー】 アチェMP-GAM事務局長
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201301/article_25.html
再録『GBIニュース』1999.12.12 【インタビュー】フサイニ・ハサンGAM協議会議長
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201301/article_24.html
再録『GBIニュース』1999.12.11 【インタビュー】アチェ独立軍司令官アブドゥラ・シャフェイ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201301/article_23.html
再録『GBIニュース』1999.12.9 【インタビュー】 特報!西パプア独立運動指導者テイス氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201301/article_9.html
再録『GBIニュース』1999.12.7 【旧日本兵】 特報! 映像が語る"見捨てられた日本軍将兵
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201301/article_8.html
再録『GBIニュース』1999.11.26 【旧日本兵】 イリアンの鍾乳洞に32体の遺骨
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201301/article_7.html
再録『GBIニュース』1999.11.22 【新国家】 インドネシア共和国が10ヶ国に分裂?
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再録『GBIニュース』1999.11.18【国際情勢研修プログラム】NHK職員がGBIでイ勉強会
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再録『GBIニュース』1999.11.16 【フォトエッセイ】ワヒド大統領来日
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再録『GBIニュース』1999.11.13【インタビュー】ワヒド大統領 Gus Dur
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再録『GBIニュース』1999.11.7【書籍】グス・ドゥールを知るための一冊
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再録『GBIニュース』1999.11.6 【人】アイヌの詩人アト゜イ(Atuy) Suku Ainu
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再録『GBIニュース』1999.11.2【グス・ドゥ―ル政権分析】(No.3)
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再録『GBIニュース』1999.10.11 【人】デヴィ・スカルノ初代大統領夫人
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再録『GBIニュース』1999.9.6 デヴィ・スカルノ初代大統領夫人声明
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再録『GBIニュース』1999.9.3【モデル・パート4】インドネシアのミケランジェロはヌード画一筋
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再録『GBIニュース』1999.8.7 【ポルノグラフィー】 TVRIのディベート出演
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再録『GBIニュース』1999.8.6 【会見】ムハマッド・ユヌス情報大臣
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再録『GBIニュース』1999.7.29 【インタビュー】スシロ・バンバン・ユドヨノ国軍領域参謀長
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再録『GBIニュース』1999.7.28 【書籍】幻のプラムディア(Pramoedya)氏未発表作品
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再録『GBIニュース』1999.7.27 【インタビュー】 アブドゥラフマン・ワヒッドNU総裁
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再録『GBIニュース』1999.7.24 【紙幣】 メガワティ政権誕生!?
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再録『GBIニュース』1999.7.22アチェ問題大統領顧問チーム・TPPUAムマッド・サレ氏に聞く
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再録『GBIニュース』1999.7.21【会見】 『Kalyanamitra』イタ・F・ナディアさん
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再録『GBIニュース』1999.7.20 【インタビュー】 アブドゥラフマン・ワヒッドNU総裁
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再録『GBIニュース』1999.7.19 【インタビュー】エミー・ハフィルドWALHI代表
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再録『GBIニュース』1999.7.18#2 【最新流行語】 Bahasa Gaul(交際語)
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再録『GBIニュース』1999.7.18【モデル・パート3】マルパチ航空スチュワーデスのヘニーさん
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再録『GBIニュース』1999.7.17 【インタビュー】インドネシアの"ラジオ王"ルスミン・クセン
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_1.html
再録『GBIニュース』1999.7.15 【インタビュー】 ヌルディン・プルノモPBI党首
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再録『GBIニュース』1999.7.12 【インタビュー】 マトリPKB(民族覚醒党)党首
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再録『GBIニュース』1999.7.11 【インタビュー】 B.J.ハビビ大統領と単独会見
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再録『GBIニュース』1999.7.10 【会見】 作家プラムディア・アナンタ・トゥ―ル
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_22.html
再録『GBIニュース』1999.7.8 獄中のブディマン・スジャトミコPDR党首と書面会見
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_21.html
再録『GBIニュース』1999.7.7 インドネシア最大のゲイ組織創設者デデ・ウトモ氏
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再録『GBIニュース』1999.7.6 インドネシアの新聞王ダフラン・イスカン
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_15.html

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