再録『GBIニュース』2000.3.27【映画パチンコ6】  3月27日、ついにクランク・アップ!

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大川誠一のGBIニュース(2000年3月27日)(Berita GBI: 27 Mar.2000)
【映画パチンコ】  3月27日、ついにクランク・アップ!
ハリー監督、月末に離日、ジャカルタでの撮影開始。

2000年3月13日(月)にスタートした映画『パチンコ』の撮影が、3月27日(月)、ちょうど2週間でクランクアップにこぎつけた。
出演者と撮影スタッフ(3月25日・東京下落合の山楽ホテルにて)

撮休はわずか一日のみという強行軍だったが、助監督のリザ君と、衣裳担当で日大芸術学部2年生の山本樹歓さんの二名が「倒れた」のみで、全体的には比較的順調な撮影結果に終わった。今後は、月末のハリー監督帰国以降、ジャカルタで行われる予定のインドネシアでの撮影を残すのみだ。

同映画は全体の9割が日本での撮影、残りのわずか1割がインドネシアでの撮影という、ユニークな構成。制作統括の立場から、今回の"異常な"映画制作を見てきたわけだが、日本サイドでの撮影が終了したことで、その責務を果たせたことに、不十分ながら満足している。撮影が終わってもいまだに続行している制作資金集め。映画『パチンコ』制作は、まさに「お金がなければ映画はできない」ことを実証する一つのプロジェクトでもあった。
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映画『パチンコ』制作過程は、NHKによって取材された。海外向けの番組である『Japan This Week』で、4月中旬にも放送予定である。また、総理府の監修の下、時事画報社が発刊する海外向け日本広報誌である『Pacific Friends』誌も、同映画作りを取材。GBI代表による執筆で、7月号に掲載予定だ。

日本での撮影が終わった今だから初めて明らかにできることだが、実は同映画の言い出しっぺであるハリー・スハルヤディ監督が用意した自己資金は、なんとわずか25万円だけだった。これまでGBIニュースで幾度となく、そして新聞紙上でも「200万円の自己資金で映画制作を!」と報じられてきたが、実はハリー監督が提供できた自己資金は、25万円のみであった。

このことを撮影スタッフや共同製作者であるインドネシア文化宮(GBI)が知らされたのは、クランクインの直前。まさに開いた口がふさがらない事実を突きつけられたわけだが、その時、すでに撮影日程を始め、撮影現場の無償提供交渉、そして出演者の新聞紙上を通じての公募も終了していた。つまり、引くに引けない状況があったのである。

選択肢は二つしかなかった。つまり、継続してGBIが製作を支援していくのか、それとも同計画から撤退するか、だった。詳細については、後日編纂される予定の映画制作報告書に任せるが、クランクインの1週間前の3月6日(月)、『GAMMA』東京支局に全スタッフが集まり緊急集会が持たれた。その場で行われたハリー監督の説明によれば、手持ちの自己資金で撮影用のデジタルカメラや、将来の公開に備えてプロジェクターなどの機材を購入するために、200万円の内、60万円を使ってしまったとのことだ。

そしてジャカルタでの編集作業用の資金を残しておかなければならないこと、さらには同映画に音楽を付けてもらうために、ジャカルタの友人にある程度のお金を支払わなければいけないこと、などを理由に、映画制作費としては、25万円しか出せないことを述べた。

200万円の制作自己資金があることをバネに、GBI始め多くのスタッフ、いわんや新聞報道を通じて集まった俳優候補らは、同映画のクランクインとその後の展開に十分な可能性を描いていたが、当初予定の八分の一に当たるわずか25万円しか提出できないという"驚異的な"事実を前に、正直うろたえた。「これでは詐欺だ!」という声が制作スタッフから聞こえてきたのも無理はない。
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下落合の山楽ホテルで宴会シーン用の食器を洗う美術担当の小川晋君(左)と、衣裳担当の山本樹歓さん。

ハリー監督自身は、この点に関して日本人スタッフが驚くほどの"罪意識"は持っていない。「私にとってお金がすべてではない。皆のスピリットで撮影を始めたかった。今でもお金のことは考えていないし、考えたくもない。映画が実現すればいいと思っている。みんなで頑張ろう、という精神でやりたい」---ハリー監督はそう強調。

「僕が貯めた200万円を元手に映画を作りたい。不足分を集めるために協力してもらえないか」---GBIを訪ねたハリー監督は去る2月12日(土)、そのように語っていた。それがすべてのスタートだった。半端ではない額の自己資金を投じて、日本のボランティア・スタッフである日本映画学校の若者たちと手に手を取り合い一つの作品を完成させようと熱望するインドネシア人若手監督。日本の多くのマスコミが取り上げたことで証明されているように、誰しもが感動するストーリーであった。

だが、事実は小説よりも奇であった。そして「サイは投げられた」状況下で後戻りもできなかった。緊急集会の中で、ハリー監督は言った。「GBIにはこれまで通り助けてもらいたい」と。そして結局は、GBIも支援の継続を決め、マイナス175万円の"自己資金"を埋め合わせるための必死の努力が始まった。その1週間後、クランクインの日を迎えたのである。

映画は情熱だけではできない。映画は俳優だけではできない。映画は撮影クルーだけではできない。映画は"頑張り"だけではできない。それを今回の映画『パチンコ』制作を通じて実感した。何よりも映画を作ろう、作りたいとの情熱が必要なことは言うまでもない。それが原資であることは否定できない。しかし、現実問題として最も重要な条件は、制作資金の確保である。制作資金無くしては、たとえボランティア参加といえども、撮影クルーや俳優の交通費ばかりか昼食、夜食さえも用意できない。

まず、足(交通費)と腹(食費)の問題が解決できて、次のステップへ移行できる。「お金がすべてではない」と言いつつも、最初にコミットメントした自己資金さえ提出せずに、「みんなで頑張ろう」はない。少なくとも日本社会では通用しない。これではただの"駄々っ子"でしかない。これでは単なる詐欺商法でしかない。しかし、カメラはすでにまわり始めていた。すでにカンパを提供してくれた方々も少なくなかった。すでに二度にわたるオーディションも終わっていたのだ。つまり、すでに"社会的責任"が発生していた。

だが残念なことにハリー監督自身は、GBIに対して「責任、責任とプレッシャーをかけないでほしい」と、その責任回避の姿勢をあっけらかんに表明してもいた。無責任な一映画監督、しかし同時にハリー監督は映画作りに燃える一人の監督の卵でもあった。こういった状況下で撮影を続行するためには、カンパ資金のさらなる呼びかけ、そして同時並行での制作費の節約しかない。そのため、撮影クルーは進んで自分のアパートの部屋や小道具などを自主的に提供。時には出演者にも変身。

GBIも、全シーンを通じて最重要なロケ地となる、芸者の化粧部屋として、練馬区桜台に一軒家を独自に確保、また映画のクライマックス・シーンとなる宴会場ロケ地として、GBIの近く、新宿区下落合にある山楽ホテルの所有者と精力的な交渉を続け、その場を有償確保した。そして宴会シーンで使用する箱膳や食器類などは、同ホテルの好意で無償提供を受けることにもなった。
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芸者の化粧部屋作りに徹夜で励む美術担当の小川君

制作資金の件もそうだが、日本とインドネシアという二カ国の文化差、そして個人としてのキャラクター差は、避けようのない"障壁"となることが多い。例えば、芸者の化粧部屋。美術担当の小川晋君は、徹夜作業で、見事な芸者の化粧部屋を再現した。築40年ほどの練馬区・桜台にある一軒家の、四畳半の畳部屋に、神棚を取り付け、縁起物の品々を設置、歴代の芸者衆を表現するために、額縁に入った芸者写真も 3枚取り付けた。

しかし、ハリー監督は、それらの多くを画面から外した。「火鉢も置こうとしたのですが、監督からそれは何?必要ないと言われちゃいました。無理やり押し込みましたけれどもね」と小川君。一方のハリー監督は「事前に化粧部屋のイメージは伝えてあった。僕が指示しなかった部分まで作ってもフレームの中には入れない」と。芸者衆の化粧部屋について、事前に歴史考証を行い、なるべく現実的なものに近づけたいと願った小川君。

美術担当の意気と粋を見せたかった。だが、芸者のゲの字も理解できない異国の監督は、欧米人が著わした一冊の芸者写真集をそのすべての"教師"として取り上げ、イメージを作ることで、「小川の世界」は完璧に無視した。「まあ、監督が最終的に決めることは仕方がないですけれども、なんだか空しい気持ちですね」と小川君。

似たような"葛藤"、"軋轢"は、主役の留美さん役を演じる南さんや、留美の恋人であるたけし役を演じる石井さんも体験した。「恋人のたけしが、家にやってくるシーンを撮影しているとき、監督は私に、高さ30センチもあるたたき(土間)に素足で降りて、たけしのコートを取ってあげなさいと指示しました。でもね、日本で、裸足で土間に降ります?いくら説明しても聞く耳を持たないから、石井さんと二人で話し合って、自分たち自身で演技を決めちゃいました」と南恵美子さん。つまり俳優自身が演出をも担当してしまったのだ。家の中では靴を脱ぐ日本文化、そして靴のままでも裸足のままでも双方可のインドネシア文化。異国の地で文化が絡む映画制作の難しさをハリー監督は感じたに違いない。

節約作戦は、四名の芸者衆が身に付ける着物をいかに入手するかでも発揮された。これをレンタルしたら、それこそ監督自身が出したわずかばかりの資金がそれだけで消えてしまう。本来は衣裳担当や制作担当が考えなければいけないことだろうが、今回の映画作りの"特殊性"は、俳優の方々をも時に、衣裳担当、制作担当に変えてしまった。たけし役に扮した石井清士さんは、自らが関与する、渋谷区にある美容・理容専門学校と交渉して、無料で着物を借りることに道をつけた。そしてそのフォローは、GBIに引き継がれ、「借りるに当たっては、映画制作の代表者自らが挨拶に来ること、その際、着物について十分な知識を持った人が同行すること」を前提条件として課せられた。
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着物選びをする伊藤槇子さん(右)と主役の留美役の南恵美子さん
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着物選びの南恵美子さん(左端)と伊藤槇子さん(左より二人目)
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留美役の南恵美子さんが芸者に変身

芸者役に扮する四名の役者さんは、皆着物を自分できることができることでオーディションを通過したが、決して着物のプロとまではいかない。そこで登場したのが『GAMMA』誌東京特派員である伊藤静子の母親で、千葉県・土気に住む伊藤槇子さん。泊り込みで上京し、専門学校まで出かけ、その重要な役割を演じてくれた。伊藤槇子さんがプロの目で選んだ四枚の着物と帯は、本来芸者用の着物ではないのにも関わらず、芸者役の南さんを始め、仲野眞由美さん、長谷川たかこさん、小島京子さん計四名の美女たちを見事に芸者に変身させた。
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下落合にある山楽ホテル2階宴会場を借りての宴会シーンの撮影

3月24日(金)の練馬区桜台での芸者の化粧部屋撮影、そして翌25日に新宿区下落合で行われた宴会シーンの撮影。ハリー監督の「カメラ!」、「アクション!」、「カット!」の掛け声と共に、緊張の中にも、熱気あふれる映画制作の独特の空気が醸し出された。

さらには、芸者用のカツラの格安入手について、『GAMMA』誌記者の伊藤静子の活躍が目立った。「私って衣裳担当でしたっけ?」と冗談を言う彼女は、同映画制作の中では「制作統括補」の肩書きを持つ。新聞報道で応募してきた、150名を超すボランティア俳優志願者とのオーディション設定や、書類選考で惜しくも落ちた方々に対する事務連絡を一手に引き受けた。また、GBIで二度にわたって実施されたオーディションのコーディネートもこなした。あちこちの貸し衣装屋に電話連絡し、予算内で収まる芸者用カツラの確保に当たった。

ここにも裏話がある。限られた予算内で、四名の芸者用カツラを手に入れることは極めて難しくなった時、ハリー監督は、撮影スタッフに対して「四名ともカツラをかぶせたい」と。「予算がないから、それは無理」というスタッフに対して、「僕はお金のことは考えたくない。映画の内容に没頭したい」と。これって、おもちゃ売り場で、買ってくれるまで駄々をこねる幼児によく似ている。監督とは"駄々っ子"的才能を持つことこそ、最重要才能かもしれない。「そんなにカツラが欲しいのだったら、自己資金から出せば?」---スタッフの一人が言った。

結果的には、制作資金集めに奔走するGBIの努力によって四個のカツラを入手することができたが、「二度と見せ金で協力を仰ぐ映画監督には協力できない」との印象を残す結果ともなった。監督はつらい。しかし、それ以上につらいのは、「ガソリンは満タン」という言葉を信じて、監督の運転する車に同乗する羽目になった制作スタッフなのかもしれない。教訓は、「制作資金を確保してからクランクインせよ!」かも。
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ルディ役を演じるハリー監督が、芸者との野球拳で負けて裸になってしまった

ボタンの掛け違えでスタートした映画『パチンコ』制作。映画の主題そのままのように、「人生とはパチンコのようなもの。うまくいくと思ってもうまくいかない。しかし、駄目かと思えば、うまくいったりする」。これまでのところ、うまくいかないような雰囲気の中で、なんとなくうまく進んできた。日本での撮影は終わった。しかし負債は終わらない。さらに制作資金集めは続く。いつ終わるとも分からない状況の中で。

しかし、"駄々っ子"監督によって、映画作りの辛さ以上に、面白さを知ってしまったのも事実だ。その意味で、"詐欺的行為"に泣かされながらも、日本での撮影が無事終了したことは、草の根的な協力で一本の映画が作れることを証明したことにもなり、今後の二国間、多国間の映画作りに貴重な可能性を示すことにもなった。 3月31日に帰国の途につくハリー・スハルヤディ監督。まだ弱冠30歳の監督だ。

新制インドネシアへ戻り、映画『パチンコ』の残りの撮影にとりかかるハリー監督。予定では、8月にも完成ビデオが日本へ送られてくる。「そうだったよね、ハリー監督?」。これまでに一法人から50万円、個人から約50万円、計100万円のカンパが寄せられた。これにハリー監督の自己資金25万円をプラスして総計125万円。一本の映画が 125万円でできることが証明された。しかし、ボランティア参加した俳優のみなさん、そしておよそ1ヶ月の間、寝るのも惜しんで連日連夜、ボランティアで撮影に没頭したクルーの若者。さらには、ロケ地を無償提供してくれた多くの方々。これらの無私の貢献をお金に換算すれば、一千万円近くにもなるだろう。

一人の"ラッキー"な映画監督が、何十本ものビデオテープを手に日本を離れる。それは日イの映画を愛する者たちの汗と努力の結晶だ。それは日イの文化が交じり合って生まれた、新たな複合文化の結晶だ。映画『パチンコ』の完成が待たれる。インドネシアお得意のジャム・カレット(Jam Karet=ゴムの時間)さえなければ、8月上旬にもGBIで、初上映会が開催される。そこで、我々は、あの小津安二郎が描いた『東京物語』の現代版・ハリー版を見るのに違いない。

お礼

今回の映画『パチンコ』制作に当たって、制作資金のカンパを寄せて下さった皆様、そしてボランティア参加を快諾して下さった俳優の皆様、さらにロケ地や撮影機材・衣裳などを無償提供して下さった方々に、GBIから心よりのお礼を申し上げます。また、撮影に当たったクルーの若者たちにも労いの言葉を表明いたします。

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静岡県の伊豆で生まれ、子供のころ修善寺温泉の芸者衆と露天風呂で混浴したことが自慢のGBI代表も、大人になって初めて南恵美子さん扮する芸者と手をつなぐことに成功。!

参考ブログ

GBIニュース
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/d29d402d07.html

再録『GBIニュース』2000.3.17 【映画パチンコ5】日イの文化衝突を乗り越えて
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_20.html
再録『GBIニュース』2000.3.9 【映画パチンコ4】 3月13日(月)クランクイン敢行!
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_19.html
再録『GBIニュース』2000.2.27 【映画パチンコ】 クランクインまであと一週間
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再録『GBIニュース』2000.2.24 【ダンドゥット】 東京・赤坂見附でムラユ・ロックが大爆発!
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再録『GBIニュース』2000.2.20 【映画】ハリー監督、ロケハン開始。キャスティングに悩み。
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再録『GBIニュース』2000.2.14【旧日本兵(3)】さらに発見"見捨てられた日本軍将兵の遺骨
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再録『GBIニュース』2000.2.13 【人】 映画監督ハリー・スハルヤディ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_12.html
再録『GBIニュース』2000.2.11【ライブ】 スランク東京公演・画像リポート
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再録『GBIニュース』2000.2.1 【人】 アミン・ライスMPR(国民協議会)議長
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_10.html
再録『GBIニュース』2000.1.30【ライブ】 『インドネシアン・ロック日本初公演』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201303/article_9.html
再録『GBIニュース』2000.1.14【インタビュー】 作家ユディスティラ・ANM・マサルディ
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再録『GBIニュース』2000.1.13【インタビュー】 ハサン・アルウィ国立国語研究所所長
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再録『GBIニュース』2000.1.12【インタビュー】アチェの反体制知識人オットー・シャムスディン
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再録『GBIニュース』2000.1.11【インタビュー】 Ali Hasjmy元アチェ特別州知事
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再録『GBIニュース』2000.1.6 【政治コミック】漫画で見るメガワティの闘争
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再録『GBIニュース』1999.12.25 【人】 ワルディマン元教育文化相
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再録『GBIニュース』1999.12.13 【インタビュー】 アチェMP-GAM事務局長
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再録『GBIニュース』1999.12.12 【インタビュー】フサイニ・ハサンGAM協議会議長
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再録『GBIニュース』1999.12.11 【インタビュー】アチェ独立軍司令官アブドゥラ・シャフェイ
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再録『GBIニュース』1999.12.9 【インタビュー】 特報!西パプア独立運動指導者テイス氏
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再録『GBIニュース』1999.12.7 【旧日本兵】 特報! 映像が語る"見捨てられた日本軍将兵
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再録『GBIニュース』1999.11.26 【旧日本兵】 イリアンの鍾乳洞に32体の遺骨
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再録『GBIニュース』1999.11.13【インタビュー】ワヒド大統領 Gus Dur
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再録『GBIニュース』1999.11.7【書籍】グス・ドゥールを知るための一冊
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再録『GBIニュース』1999.11.6 【人】アイヌの詩人アト゜イ(Atuy) Suku Ainu
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再録『GBIニュース』1999.11.2【グス・ドゥ―ル政権分析】(No.3)
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再録『GBIニュース』1999.11.1【グス・ドゥ―ル政権分析】(No.2)
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再録『GBIニュース』1999.10.31【グス・ドゥ―ル政権分析】(No.1)
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再録『GBIニュース』1999.10.30【グス・ドゥ―ル政権閣僚名簿】(No.3)
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再録『GBIニュース』1999.10.29【グス・ドゥ―ル政権閣僚名簿】(No.2)
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再録『GBIニュース』1999.10.28【グス・ドゥ―ル政権閣僚名簿】(No.1)
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再録『GBIニュース』1999.10.11 【人】デヴィ・スカルノ初代大統領夫人
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再録『GBIニュース』1999.10.7【トペン展】小学生がGBIでイ文化理解授業
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再録『GBIニュース』1999.9.6 デヴィ・スカルノ初代大統領夫人声明
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201211/article_12.html
再録『GBIニュース』1999.9.3【モデル・パート4】インドネシアのミケランジェロはヌード画一筋
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_28.html
再録『GBIニュース』1999.9.2 【セミナー】 JICA主催『インドネシア再生の道を探る』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_27.html
再録『GBIニュース』1999.8.26 【インタビュー】 ハビビ大統領
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_15.html
再録『GBIニュース』1999.8.21【インタビュー】 ウィラント国防治安相兼国軍司令官
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_14.html
再録『GBIニュース』1999.8.13【インタビュー】 AGグループ総帥トミー・ウィナタ氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_13.html
再録『GBIニュース』1999.8.10 【インタビュー】 ルスマンハディ警察庁長官
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_12.html
再録『GBIニュース』1999.8.9【犯罪】インドネシア警察庁最新データにみる犯罪傾向
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_11.html
再録『GBIニュース』1999.8.8 【スハルト前大統領】脳卒中の遠因は?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_10.html
再録『GBIニュース』1999.8.7 【ポルノグラフィー】 TVRIのディベート出演
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_9.html
再録『GBIニュース』1999.8.6 【会見】ムハマッド・ユヌス情報大臣
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201206/article_7.html
再録『GBIニュース』1999.7.29 【インタビュー】スシロ・バンバン・ユドヨノ国軍領域参謀長
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201204/article_2.html
再録『GBIニュース』1999.7.28 【書籍】幻のプラムディア(Pramoedya)氏未発表作品
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_28.html
再録『GBIニュース』1999.7.27 【インタビュー】 アブドゥラフマン・ワヒッドNU総裁
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_13.html
再録『GBIニュース』1999.7.24 【紙幣】 メガワティ政権誕生!?
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再録『GBIニュース』1999.7.22アチェ問題大統領顧問チーム・TPPUAムマッド・サレ氏に聞く
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再録『GBIニュース』1999.7.21【会見】 『Kalyanamitra』イタ・F・ナディアさん
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http://gr再録『GBIニュース』1999.7.20 【インタビュー】 アブドゥラフマン・ワヒッドNU総裁
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再録『GBIニュース』1999.7.19 【インタビュー】エミー・ハフィルドWALHI代表
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_5.html
再録『GBIニュース』1999.7.18#2 【最新流行語】 Bahasa Gaul(交際語)
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再録『GBIニュース』1999.7.18【モデル・パート3】マルパチ航空スチュワーデスのヘニーさん
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再録『GBIニュース』1999.7.17 【インタビュー】インドネシアの"ラジオ王"ルスミン・クセン
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_1.html
再録『GBIニュース』1999.7.15 【インタビュー】 ヌルディン・プルノモPBI党首
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_28.html
再録『GBIニュース』1999.7.12 【インタビュー】 マトリPKB(民族覚醒党)党首
1ttp://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_27.html
再録『GBIニュース』1999.7.11 【インタビュー】 B.J.ハビビ大統領と単独会見
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_25.html
再録『GBIニュース』1999.7.10 【会見】 作家プラムディア・アナンタ・トゥ―ル
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_22.html
再録『GBIニュース』1999.7.8 獄中のブディマン・スジャトミコPDR党首と書面会見
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_21.html
再録『GBIニュース』1999.7.7 インドネシア最大のゲイ組織創設者デデ・ウトモ氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_18.html
再録『GBIニュース』1999.7.6 インドネシアの新聞王ダフラン・イスカン
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_15.html
再録『GBIニュース』1999.7.5 スラバヤ発【血判】 メガワティを大統領に!
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_14.html
再録『GBIニュース』1999.7.4 画家ハルディ氏が初公開するウィナのヌード画
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_11.html
再録『GBIニュース』1999.7.3 スラバヤ発【紙幣】 新50,000ルピアが発行される?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_10.html
再録『GBIニュース』1999.7.2#2 【会見】アファン・ガファールUGM講師
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_9.html
再録『GBIニュース』1999.7.2 FOSMIが機関誌『PORT NUMBAY』を発行
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_8.html
再録『GBIニュース』1999.7.1 国立国語研究所でインドネシア語の検定試験を実施
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_7.html
再録『GBIニュース』1999.6.30【新刊】HMI(イスラム学生協会)会長アナス・ウルバニングルム
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_3.html

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