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zoom RSS 京都産業大学「ふるさと論」講義の感想文Remaja Jepang & Perang Dunia II

<<   作成日時 : 2012/11/18 00:00   >>

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紅葉のピークにはあと数日かと思われる先々週の木曜日(2012.11.8)、京都・上賀茂の京都産業大学で教壇に立った。今年で五回目。一般教養枠の「ふるさと論」の講義。今年も昨年同様、『故郷としての祖国』を主テーマに据えた。今回は、9月に北マルク州のモロタイ島やハルマヘラ島を取材してきたこともあり、モロタイ島で1974年12月、戦後29年と4ヶ月後にジャングル内の潜伏地で救出された、台湾人元日本兵の中村輝夫氏(中国語名は李光輝)に関して話を始めた。次いで今もなお西部ニューギニア地域に“放置されたままの”旧日本軍将兵の遺骨の存在についても語った。

「ふるさと論」に適するテーマかどうか少しは悩んだが、杞憂に終わった。多くの受講生が「ふるさと」の定義に新たな視点を持った、とリポートを提出した。そして、驚きはしなかったが、少なくない若い学生たちが、戦争と言えば、原爆と東京大空襲などの日本国内で起きた“被害者”としての歴史認識であったことだ。

2012年11月。先の大戦終結から67年と3ヶ月。先の開戦からまもなく71年。世は、突然の衆議院解散と師走選挙で、新たな“日本”の行く末を探ろうとしている。厚労省発表のデータによれば、海外戦没者の数は約240万人。帰還した遺骨は約127万柱。未帰還遺骨の数は約113万。この内、海没遺骨の約30万を除くと残りは約83万柱。そして、相手国の事情で期間困難な遺骨がおよそ23万柱。つまり、今日、日本政府にその気さえあれば、祖国帰還が可能な遺骨が約60万柱。

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講義終了の数日後、京都産業大学から、受講生の感想文コピーが送られてきた。恐る恐る開封した。決して自信過剰な講師とは思っていない。批判・非難も相当数あるだろうな、と想像していた。しかし、それも杞憂だった。わずか90分のひとコマ、しかも一般教養の授業。これほどまでに感銘・感動した生徒らがいたとは。しかも、ある学生は「政府のお偉さんたちに、今日にこの講義を授けて欲しいと思いました」とまで書いた。

インドネシア文化宮のブログや動画サイトのYT(ユーチューブ)では、確かにインドネシアを舞台とした太平洋戦争の歴史に関して多くの記事をアップしている。それは、過去を引きずっているから今日があり、そして未来が展開するとの単純な確信からだ。中国や韓国、そして東南アジアの若者世代が、視点の違い、解釈の違いはあれこそ、過去の歴史を十分すぎるぐらい学んでいる中、日本ではどうか。歴史論争すらできない世代が増殖しているのが現実だ。
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というわけで、今号では、京都産業大学の受講生たちの感想文の一部を二篇に分けて紹介する。
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「これほどまでに大量の遺骨がインドネシアや東南アジアの島々に残されているという事実は、あまりにも衝撃的で驚いたというよりもただただ圧倒されてしまった」

「生まれた時は日本人で、日本(台湾)のために戦争へ行ったが、帰ってくると日本人ではなくなっていて、どの国からも歓迎されない。こんな仕打ちを受けたらどんな気持ちなのか、とても想像できません」

「私は外国語学部でインドネシア語専修なので、インドネシアのことについて学ぶ機会は割とあるのですが、私の知らないインドネシアの世界がたくさんあることを知りました」

「国家のためならば命も惜しまないという考えは私には理解しがたいですが、過去のことを知ることは本当に大切なことだと思います。戦争というものについてもう一度詳しく調べてみようと思いました」

「戦争はすごく昔の話で、これからも平和に過ごせるだろうと平和ボケしていました。国のために命をかけて戦った人たちを尊ぶべきだし、国がしっかりと対処して、少しでも多くの遺骨が日本へ還れるようにしてほしいと思いました」

「国家と個人の関係について話がすごく印象的でした。問題は違うものの、北朝鮮のらちに対して取り組んでいるような行動を見せてもらいたいと思いました」

「だからこそ私たちは先人から学び、今の祖国と故郷を思い出せるように毎日を大切に生きなければならない。それほどまでに壮絶な争いは歴史としても記録・記憶も無くしてはならないし、継がなくてはいけないと感じた」

「私たちは戦争を経験していないので、故郷にかえりたくてもかえられない人の気持ちを知らない。しかし、今回の講義を通して、いつでも帰られる場所があるということに感謝しなければならないと感じました」

「異国の地で死んでいった人達は日本に、ふるさとに帰りたかったはずであると思います。しかし、亡くなった後、母国、ふるさとである日本は遺骨を日本へ戻そうとしない。政府は情けないと思いました」

「自分が今まで聞いてきたのと別の角度からの戦争の話で知らなかった事実を少し知ることができて、とても貴重な話だと強く感じました。故郷に帰れることをよりありがたく感じさせてくれました」

「もし、今日本で戦争が起こり自分が兵として戦場に行かなければならなくなったとき、一体自分はどのような行動をとるのか、どれだけ考えても想像もできません」

「インドネシア現地で撮影した映像などを見ても少し洞くつの中に入るといろんな骨が出てくるということも衝撃的だった。その遺骨の回収に日本政府たちが何かと言い訳をして行かないこともショックだった。これからも知らなかったであろう素晴らしいお話を聞けた」

「インドネシアには今でも多くの日本兵の遺骨が埋まっているけど、家族が勝手に探すこともできないし、持ち帰ることもできないのだと知っておどろいた。現地の人たちは遺骨の場所まで知っているのに日本政府が行動しないからこんなことになるのだと思った」

「戦争というものは悲しいなあと思った。国の為に亡くなったのだからせめて、その人達を国がなんとかしてあげてほしいと思った。日本の国の偉い人たちはどうしてまだまだしなきゃいけないことがたくさんあるのに、それをちゃんとやらずに他のことをはじめてしまうのかなあと思う」

「インドネシア語だけじゃなくインドネシアの歴史や日本とインドネシアとの歴史をもしっかり学ばないといけないと思います。亡くなてもなお祖国に戻れないで遠い異国の地で戦争にとりつかれながらさまよっているのは本当に辛いと思います。早く日本政府が動いてみんなの骨を日本へ戻してほしいです」

「今こうやってなに不自由なく生きて、還るふるさともあり楽しい人生を送れていることが昔では当たり前じゃないんだなと思うと、なんかしっかり生きていかなくてはいけないなと思いました」

「今日の授業はとても考えさせられた。各地に散らばっている旧日本軍の兵士たちの遺骨がこんなにも残っているなんてショックだった。そして遺骨を回収しない日本政府。恐怖を通り越して呆れてしまった。こういう事実はもっとみんなが知るべきことだと思う」

「愛した祖国に帰りたいであろうということを理解して、政府は取り組んできたものだと思っていたが、そういうふうに見えるようにいていただけなのかと思った。この話を聞いて、祖国を愛しても片想いになってしまうと思ってしまった」

「戦争が終わって何十年もたつのに、多くの日本兵の遺骨が戻ってこれていません。本当につらく悲しいなと思いました。遺骨のある場所を映像で観て、何もされずに無造作に置かれていて、悲しかったです」

「故郷とは人それぞれだけど、生まれ育ったところだとか、あたり前にあるものだと思っていましたが、今はもうない国だったり、いつの間にかなくなってしまっていることもありえることをはじめて知りました」

「地元に帰った時は記念館(注:舞鶴引揚記念館)に行ってみたい。実際に腐った遺骨が出てきたのを見て、これが祖国のために戦った人に対することかと思った。今回のような講義を続けてもらって、多くの人に今の現状を知ってほしい」

「映像でも、川から少し入った岩山のどうくつで、ちょっと入るだけで骨がいっぱい出てきてショックを受けた。こんな誰でも見つけられるところにあるのに祖国に帰れない戦没者たちがすごく悲しんでいるように思えます。早く帰してあげたいです」

「私は日本と台湾、インドネシア、フィリピン等の国間で起こった問題をほとんど知りませんでした。日本へ帰りたくても帰れない。今の私には考えられません。考えたくもないことです。このようなことは二度と無いようにしたいです」

「今日の講義で印象的だったのが中村輝夫さんの話です。生まれた時は旧日本領に生まれ、日本人として戦争で兵隊をしていたのに、いざ戦争が終わり故郷に戻ると現地の人に歓迎されない。そんな悲しい話を聞き心が痛みました。戦争の残酷さを改めて実感した授業でした」

「祖国日本のために戦って、戦死して祖国に帰れないというのは本当にありえない。それぞれふるさとが存在しているのだから、魂だけは靖国神社に、などの形の上だけに感じる奉りはどうかと思った」

「今の政府の要人たちが戦争をした訳ではないが、その過去のあやまちも背負ってこそ今日の日本政府があるのではないかと思う。ニューギニアだけでなく、世界中にある日本兵の遺骨が日本の地に戻ってくることを望む」

「遺骨となった今でも還れない人がいると考えるとやはりとても悲しい気持ちになる。ぼくらは大学に入学して故郷からは離れたのだが、言ったら半日ほどバスに乗ったら還ることができるし、同じ日本にいる。この、いつでも故郷にかえることができる喜びを胸にこれからも暮らしたい」

「現地にある兵隊さんの遺骨は早く日本へ連れて帰らなければならないと思う。必死に日本のために戦った兵隊さんのためにも。戦争を忘れようとしているのか。確かに二度としてはならないが忘れてはいけない」

「一個人がこのことを言うのではなくて、確かに国が動くことが、その人のため、子孫のためだと思う。命令、国のために戦ったのであれば、その人たちに感謝すべきだし、面倒を見るべきことだと感じる」

「領土的に言うと日本領、しかし土地の名前は台湾というどっちつかずの中村輝夫さん。それを考えると今僕達がすごしているこの環境はすごくいい環境だと思いました。自分のふるさとというものがしっかりとある状態で、さらには何不自由ない生活にすごくありがたみをかんじ、感謝しないといけないと思いました」

「国が人を裏切るという話が出てきて、はっとしました。国が人を裏切るなんて普通あり得る話なのかと思いましたが、国のために命を掛けて戦争に行っているのに、残された遺族には骨も返してもらえないなんて、それはたいへんな裏切り行為だろうと思いました」

「明らかに日本兵の骨がたくさん落ちていたり、放ったらかしにされているのを知っているなら、それだけでも回収しようと努力をすることが、戦争というある種の罪を犯した日本のつぐないになると思った」

「よく考えると、靖国神社をつくったから、今でも世界で眠っている日本兵の骨は放置しておくというのは、おかしな話です。私たちと同じように日本を祖国に持ち、その日本のため命を落とした人たちを、そんな粗末に扱ってほしくないです」

「戦争といえば原爆や東京大空襲などの日本で起こった話がほとんどであるというが、実際は満州、東南アジアに出兵した青年が何十万人もいて、帰国するまでに何十年もかかったという残酷な事実もある。ふるさと論という講義で初めて事実を知る人もいるであろう」

「日本が今日抱えている重要な問題のひとつだと思いました。国と個人との関係はとても難しいものだと感じます。個人と個人の間ならば上手くいくこと---例えば今日の日本人と中国人---が、国家として向き合った時、複雑にからまり合い身動きがとれなくなることを悲しいと思いました」

「国家の命令で外国の地へ戦争に行きその地で死んでしまった人々の遺骨を日本は放置している、連れて帰らない、生活ゴミと一緒に置かれているものもある。このようなことが起こっているなんて考えたことがありませんでした」

「数年前にTVで戦争が終わっても日本に帰られない人、やっと帰られた人のニュースを見た。深く考えなかったけど、今ちゃんと考えると本当に恐ろしいことだと思う。その焦り、恐怖は私には想像することもできない」

「戦後67年目の現在になっても、まだまだ遺骨すらも持ち帰ることすらできないという現実は今まで知らなかった。政治家は形だけで、その事実に真剣に取り組んでいる人など数人しかいないと思う。一人でも多くの方の遺骨を日本へ帰らさないといけないと思った」

「今回の講義を聞くまで、遺骨が戻って来ていない事をはじめて知りました。それも大半が残っているという事で。こんなショックの大きい事実を知らなかった事に情けなさを感じます」

「日本兵の骨を海外に放置している話も、なるほどと思った。政府の命令で戦争に行き死んだのに、最後まで一人一人分の責任をとろうとしない政府。基本的な所は今も昔もそのままのように感じた」


西部ニューギニア・戦後ジャングルに放置されたままの旧日本兵の遺骨
http://youtu.be/VmhnJs3yok4

【参考ブログ&動画】


京都産業大学学生、玉砕のビアク島遺留品の故郷探しに着手
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201005/article_20.html
モロタイ島の中村輝夫さん潜伏地Lokasi Persembunyian Teruo Nakamura
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201210/article_20.html
戦後67年・西部ニューギニアに瞑る数万の将兵 Prajurit Jepang di Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201208/article_15.html
戦後66年・西部ニューギニアに瞑る数万の将兵 Prajurit Jepang di Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201108/article_14.html
上杉重邦軍医少佐の戦没地はどこか?(7)〜(1) 第6飛行師団第14飛行団司令部
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201208/article_14.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201208/article_13.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201208/article_11.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201208/article_10.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201208/article_9.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201208/article_8.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201208/article_7.html
東部インドネシアの旧日本軍航空基地(50)-(48) Bandara Dai Nippon(50)-(48) ジャヤプラJayapura
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_22.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_21.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_20.html
終戦から67年。「遺された戦時機密資料が語るもの」映画&講演 8/13〜18
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201208/article_4.html
12月4日(日) 映画「大本営最後の指令〜遺された戦時機密資料が語るもの」
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201112/article_4.html
『日本軍パプアの軌跡・Jejak Militer Jepang di Papua』が放送される
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_23.html
今夜放送! 『日本軍パプアの軌跡・Jejak Militer Jepang di Papua』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_22.html
ドキュメンタリー映画『大本営最後の指令』 12月2日&4日東京・中野で上映会
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_14.html
日本とアジアの戦争記録映画と戦争体験者の声を聴く8月9〜13日(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201008/article_10.html
5月23日:ドキュメンタリー映画『語らずに死ねるか』&アチェ映画上映会(Film Aceh)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200905/article_20.html
深津信義氏が語る神機関と新穂智少佐8〜1 Nobuyoshi Fukatsu & Agent Kami
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201206/article_21.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201206/article_19.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201206/article_16.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201206/article_15.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201206/article_14.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201206/article_10.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201206/article_9.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201206/article_8.html
福井県鯖江市の川上政記さんを再訪 Kawakami & Perang Asia Timur Raya
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_13.html
東京新聞・中日新聞が報じる西部ニューギニアに放置された旧日本軍将兵の遺骨
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201108/article_23.html
戦後66年・西部ニューギニアに瞑る数万の将兵 Prajurit Jepang di Papua
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201108/article_14.html
新穂智少佐が残した『西部ニューギニア横断記』第3部 (37)〜(20) Mayor Satoru Niiho
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_25.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_23.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_22.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_21.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_19.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_18.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_16.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_15.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_14.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_13.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_12.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_11.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_10.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_9.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_8.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_6.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_5.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_4.html
西部ニューギニア・ビントゥニ湾サルベ村で歌い継がれる哀悼歌(歌詞付き動画)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_7.html
新穂智少佐が残した『西部ニューギニア横断記』第2部 (19)〜(11) Mayor Satoru Niiho
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_3.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_2.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201107/article_1.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201106/article_30.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201106/article_29.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201106/article_28.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201106/article_27.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201106/article_26.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201106/article_25.html
新穂智少佐が残した『西部ニューギニア横断記』第1部 (10)〜(1) Mayor Satoru Niiho
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_30.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_28.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_26.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_23.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_20.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_18.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_16.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_12.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_11.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_8.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201012/article_31.html
太平洋戦争開戦69年。西部ニューギニアに瞑る新穂智少佐が残した手記
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201012/article_9.html
テーマ「大東亜戦争」のブログ記事
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/43f9afaef5.html
テーマ「パプア州」のブログ記事
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/42c3391253.html

【西部ニューギニア戦線関連動画】
Metro Files: Jejak Militer Jepang di Papua(日本軍パプアの軌跡)2011年10月 日「メトロTV放送」

深津信義氏が語る「神機関」と新穂智少佐(8)〜(1) Nobuyoshi Fukatsu & Agent Kami(God)

http://youtu.be/ySvwmGHRL2o
http://youtu.be/blDC_VpS-vU
http://youtu.be/mGXPjkfxevs
http://youtu.be/ZPzfJxMpsig
http://youtu.be/kbJ7CX3nwZk
http://youtu.be/_myKs8orENQ
http://youtu.be/qwFxM6Yw8cA
新穂智少佐の西部ニューギニア横断記「第5部」 (37)〜(33) Major Satoru Niiho's West New Guinea





新穂智少佐の西部ニューギニア横断記「第4部」 (32)〜(27) Major Satoru Niiho's West New Guinea






新穂智少佐の西部ニューギニア横断記「第3部」 (26)〜(20) Major Satoru Niiho's West New Guinea







新穂智少佐の西部ニューギニア横断記「第2部」 (19)〜(11) Major Satoru Niiho's West New Guinea









新穂智少佐の西部ニューギニア横断記「第1部」 (10)〜(1) Major Satoru Niiho's West New Guinea










西部ニューギニア・日本軍イドレ転進作戦 アブラハム氏の証言(3) 〜(1) Long March To Idore



西部ニューギニア・日本軍イドレ転進作戦 ワンマ氏の証言(6)〜(1) Long March To Idore






西部ニューギニア・ビントゥニからバボへ(2) 〜(1) Dari Bintuni ke Babo, Teluk Bintuni, Papua Barat


西部ニューギニア・旧日本軍バボ飛行場 Bandara Babo, Teluk Bintuni, Papua Barat

西部ニューギニア・日本軍イドレ転進作戦 エリー氏の証言(5) 〜(1) Long March To Idore





西部ニューギニア・ビントゥニからマノクワリへ(空撮) Bintuni ke Manokwari

西部ニューギニア・マノクワリからビントゥニへ(空撮) Manokwari ke Bintuni

西部ニューギニア・マノクワリ→イドレ転進作戦 モミ村まで(7)〜(1)







西部ニューギニア・マノクワリ→イドレ転進作戦 イドレ河(4)〜(1)




西部ニューギニア・ビントゥニ湾サルベ村で歌い継がれる哀悼歌&B


西部ニューギニア・ビントゥニ湾サルベ村に瞑る旧日本軍将兵


【マノクワリ→イドレ転進作戦関連動画】
西部ニューギニア戦線・川上政記マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(1)〜(25)

http://www.youtube.com/watch?v=d2blHyTRmyE
http://www.youtube.com/watch?v=KAyrMkZRFNU
http://www.youtube.com/watch?v=EapaVBhmzaM
http://www.youtube.com/watch?v=kLW32VjG6T4
http://www.youtube.com/watch?v=Ze7W4Iq3ny8
http://www.youtube.com/watch?v=gSiri6ERU28
http://www.youtube.com/watch?v=2mEBU-mDzzg
http://www.youtube.com/watch?v=djgSHVICphk
http://www.youtube.com/watch?v=72hQRGMJkPE
http://www.youtube.com/watch?v=SkNpbKTNfz4
http://www.youtube.com/watch?v=vIXJdIVddYQ
http://www.youtube.com/watch?v=8SvrzGGlQa0
http://www.youtube.com/watch?v=BRIJ05oefYY
http://www.youtube.com/watch?v=nAZkJnrxgwA
http://www.youtube.com/watch?v=to5w3lk6Jns
http://www.youtube.com/watch?v=Dd3h20pTa7g
http://www.youtube.com/watch?v=pVPRRWYfnQg
http://www.youtube.com/watch?v=8dmvtGHAZOo
http://www.youtube.com/watch?v=E_8lLU6bQdM
http://www.youtube.com/watch?v=aCGK_0rKgUg
http://www.youtube.com/watch?v=jbP5K59_2r0
http://www.youtube.com/watch?v=7KAcyA8anA8
http://www.youtube.com/watch?v=jRgImrYLys8
http://www.youtube.com/watch?v=_o1Jx9OOlzo
西部ニューギニア戦線・遠藤定夫マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(1)〜(16)

http://www.youtube.com/watch?v=Ceo6Xc_NmmM
http://www.youtube.com/watch?v=TSpEw_jyXW8
http://www.youtube.com/watch?v=Sv8O68Mvnuc
http://www.youtube.com/watch?v=ePbMrZE1J5s
http://www.youtube.com/watch?v=ArLt0lPKY0I
http://www.youtube.com/watch?v=WUYIeSYsNCk
http://www.youtube.com/watch?v=NUWoGhIAm6A
http://www.youtube.com/watch?v=t9UbWD3tjos
http://www.youtube.com/watch?v=5s0cU6U7ALA
http://www.youtube.com/watch?v=9I4D550_HSg
http://www.youtube.com/watch?v=M8V7sZXMN04
http://www.youtube.com/watch?v=pNU-toVWNic
http://www.youtube.com/watch?v=zFj48AqOVmI
http://www.youtube.com/watch?v=M9KTB5cfDCg
http://www.youtube.com/watch?v=CLbzk8zE1Ks
西部ニューギニア戦線・小田切重徳マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(1)〜(18)

http://www.youtube.com/watch?v=rWf5O2yiNeU
http://www.youtube.com/watch?v=GU-Ua5oGeZo
http://www.youtube.com/watch?v=7yab2ZiwPHo
http://www.youtube.com/watch?v=F52Vnz6Ap0E
http://www.youtube.com/watch?v=_ldbONvQb4w
http://www.youtube.com/watch?v=444E-jL9HL4
http://www.youtube.com/watch?v=aigDUcQscW8
http://www.youtube.com/watch?v=yzhA5aZIfTY
http://www.youtube.com/watch?v=VFkrTMGt2Cs
http://www.youtube.com/watch?v=5E6uiP4xPNM
http://www.youtube.com/watch?v=dW7HUi8Ndhs
http://www.youtube.com/watch?v=cn9bcnlS5OU
http://www.youtube.com/watch?v=RJZjtBzptho
http://www.youtube.com/watch?v=2uguhBNU1x8
http://www.youtube.com/watch?v=1y_qP_kixoQ
http://www.youtube.com/watch?v=8_nJqT3QLrw
http://www.youtube.com/watch?v=rQvWicKLjcQ
西部ニューギニア・峰岸政夫マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(1)〜(6)

http://www.youtube.com/watch?v=Bv90x2B04cI
http://www.youtube.com/watch?v=-D3Dgp63dHY
http://www.youtube.com/watch?v=xPEYBHNy-Xk
http://www.youtube.com/watch?v=jVHhjX-wl3g
http://www.youtube.com/watch?v=KTI3us4dvpw

【その他の西部ニューギニア戦線関連動画】
陸軍海上機動第2旅団(巡旅団)西部ニューギニア戦 石井春義の証言(1)〜(10)

http://www.youtube.com/watch?v=uOYsWX0h9bM
http://www.youtube.com/watch?v=JAv_cRvPCq8
http://www.youtube.com/watch?v=TwoB3GCsEfQ
http://www.youtube.com/watch?v=ewBGNgJIgsU
http://www.youtube.com/watch?v=uX9Q6T9Jq2k
http://www.youtube.com/watch?v=O0xhna6C_GM
http://www.youtube.com/watch?v=AJllwBbNzhY
http://www.youtube.com/watch?v=ZVIeeY3-efc
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京都産業大学「ふるさと論」講義感想文2Remaja Jepang & Perang Dunia II
{%学校webry%}紅葉のピークにはあと数日かと思われる先々週の木曜日(2012.11.8)、京都・上賀茂の京都産業大学で教壇に立った。今年で五回目。一般教養枠の「ふるさと論」の講義。今年も昨年同様、『故郷としての祖国』を主テーマに据えた。今回は、9月に北マルク州のモロタイ島やハルマヘラ島を取材してきたこともあり、モロタイ島で1974年12月、戦後29年と4ヶ月後にジャングル内の潜伏地で救出された、台湾人元日本兵の中村輝夫氏(中国語名は李光輝)に関して話を始めた。次いで今もなお西部ニ... ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2012/11/18 22:30
奈良県・神武天皇陵&石舞台 Makam Kaisar Jimmu & Panggung Batu
{%映画館(movie)hdeco%}京都産業大学での講義(2012年11月8日)を機会に、日本史“オタク”の筆者は飛鳥の里を訪ねた。教科書で「石舞台」のモノクロ写真を見たのは遠い昔の事だ。インドネシア誌『TEMPO』の特集記事を書くために『日本書紀』や『古事記』を何度も何度も読み返した日々が懐かしい。もう30年も前のことか。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2012/11/24 22:45

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