再録『GBIニュース』1999.8.10 【インタビュー】 ルスマンハディ警察庁長官

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ルスマンハディ警察庁長官
大川誠一の『GBIニュース』  1999年8月10日 Berita GBI(10 Agus. 1999)
【インタビュー】 ルスマンハディ警察庁長官
『我々は内務省、国防治安省のいずれの傘下にも入りたくない』
『国民に愛される警察への変身を急ぐ』
♪高すぎる山など無い。昼間に登ってしまえる。深すぎる谷など無い。暗闇の夜に降りてしまえる。密林を、サバンナを。遥かに続く道を行く。猛暑も暴風雨も何のその。警察は絶えず前進する。さあ進もう、戻ることはタブーだ♪あたかも、ゲリラ兵養成のためのような、なんとも勇ましい歌詞だが、これはインドネシアの警察学校で日々歌われ続けている行進曲だ。それにしても、やれ山だ谷だ、そして密林にサバンナと、一体警察官は住民のいない辺地を何が故に行進しようとしているのだろうか。君らはレンジャー部隊か?次のような"戦場の警察官"を描いた、あたかも朝鮮半島の北部方面で流行しているかのような歌詞もある。

♪敏捷な兵にとって困難な戦場はない。血で水浴するよりも汗を水浴代わりに♪

こんな歌ができたのも止むを得まい。独立以来、インドネシア警察は、今年の3月末まで、54年間にわたって、ABRI(インドネシア国軍)の傘下にあったのだから。国防治安省の下、陸軍、海軍、空軍と並んで警察軍として存在していたのだ。警察は、「軍」そのものであったのだ。98年4月1日以降、ABRIという名称は解消され、警察軍はABRIから離脱、残った陸海空三軍はTNI(Tentara Nasional Indonesia=インドネシア国軍)と改称された。一人歩きを始めたばかりのPOLRI(Kepolisian Republik Indonesia=インドネシア共和国警察)が目指すは、"国民に愛される警察"だ。言い換えれば、これまで警察は"国民に嫌われて"いた。公然の秘密だ。誰も否定はしまい。なぜなら筆者との単独会見に応えたルスマンハディ警察庁長官さえ、"国民から嫌われていた警察"について否定はしない。

その不名誉については、改革時代を迎えて、これでもかと地元マスコミがこき下ろしているが、正直言って、外国人の目から見てもインドネシアの警察官のイメージは悪い。彼らの多くは、一般庶民の守護者・味方ではなく、そのものズバリ、敵対者であり、ならず者そのものであった。何かというと銃をぶっ放す。何かというと殴り、蹴る。法の番人であるべき彼らは、その法を楯に"不法な"取り調べや虐待を国民に対して続けてきた。

窃盗や強盗にあって、警察署へ行ったとしよう。少なくないケースで、被害者はこう言われたものだ。『犯人を逮捕したら、いくら分け前をくれる?』『検挙に努めるが、事前にいくら支払ってくれる?』。交通取り締まりのお巡りさんも例外ではなかった。ある日突然道路標識を抜き取ったり、方向を変えることによって、それに気付かぬドライバーらの取り調べ。当然のことながら目的はただ一つ。小遣い銭稼ぎだ。『君は、あの道路標識が目に入らなかったのか? 進入禁止だろう?』と交通警察官。『え、ウソ―? だって昨日まであそこに標識無かったのに!』とドライバー。『昨日まで無くても今日はある。じゃないかね?』と、たいていの場合、口髭をはやし、サングラス姿のお巡りさん。ドライバーたちは、仕方なく、言われるままの金額をその場で支払う。時には「値段交渉」も可能で、この辺りがアジア的阿吽(あうん)の呼吸か。

かつてスカルノ・ハッタ国際空港へと向かう、主に華人系インドネシア人(ノンプリ)の車が、頻繁に交通警察官の"網"にかかった。ああだこうだと理由をつけて、パスポートをチェックしたり、後部トランクを開けたり、そして渡航目的や渡航先についてのしつこい職務質問。時間はどんどん経過。一般的に、商人でお金持ちと思われているノンプリたちは、空港でのチェックインに間に合わないのではとイライラ。頃を見計らって、警察官が言う。『ここでは十分な取り調べができないな。署の方へ同行してもらえるかな?』と。本当のところは、何ら疑惑など無い。ただ単に華人系を困らせているだけだ。飛行機に乗り遅れまいと、最終的にはお金での解決法が取られる。

警察官が言い出すのか、華人系が言い出すのか、それはその時の"阿吽の呼吸"で決まる。このように警察官がチンピラ的な方法で庶民から小銭(時には大金)を巻き上げることは、これまでのスハルト政権下ではごくごく自然なこととされてきた。言い換えると、そうでもしないと、下級警察官たちは、人並みの生活が出来なかったのだ。それと同時に、上司たちが、もっと大規模なワイロを受け取ったり、ピンハネをしたりする行為を見続けてきた下級警察官にとっては、『上がやってるんだから、俺らもやらなきゃ損』との意識があったことも確かだ。インドネシア警察は、これまで一言でいって「腐りきって」いた。腐敗しきっていた。暴力的で、非人間的で、弱きをくじき、強きにペコペコしてばかり。『警察官だけにはなるなよ!』---少なくない一般国民にとって、ポリシ(警察)とは、悪の権化であり、悪そのものであった。

ここに二冊の本がある。著者は1997 年から今日まで西ジャワ州警察本部長を務めるハエルディン・イスマイル(Mayjen. Pol. Drs. Chaeruddin Ismail)警察少将。書名は、『Polisi Penertib VS Pengusik(警察:秩序維持者VS妨害者)』(1998年12月初版。Jakarta Citra社刊)『Polisi Pengayom VS Penindas(警察:擁護者VS圧迫者)』(1998年11月初版。Jakarta Citra社刊)。将来の警察庁長官最有力候補と言われる、この1947年12月27日、スラウエシ島のウジュンパンダン生まれの警察キャリアは、この二冊の書籍を通じて問いかける。我々警察官は、一体秩序を守る者なのか、それとも秩序の妨害者なのか? 我々警察官は、国民の保護(擁護)者なのか、それとも圧迫者なのかと。インドネシア警察キャリアの中でも最もインテリと言われるハエルディン警察少将自らが、この本のタイトルのように自問しなければならないまでに、インドネシア警察は地に落ちているのである。

筆者は、インドネシア警察の素顔の実態に迫るため、"悪の権化"のお城であるMabes Polri(インドネシア警察庁)へと急いだ。警察大佐のベクト・スプラプト氏が待っていてくれた。『長官と会うまでの間、この本でも読んでいて下さい』。ベクト氏がくれた、電話帳のような分厚い本。タイトルは『Setengah Abad Mengabdi(献身半世紀)』。1946年7月1日に発足したインドネシア警察(Polri)の50周年を記念して、1996年7月1日に出版されたフルカラー豪華本だ。経済危機の予兆さえない、スハルト大統領が権勢のピークにいたころの本だ。スハルト並びにトゥリ・ストリスノ副大統領のカラー写真がドーンと掲載されている。『Mengabdi(献身)』とは、一体誰に対してそうしていたのだろうか?疑問が湧く。スハルト政権に対してだろうな。きっと。

応接室には、揚げたカチャン(豆)とシンコン(タピオカ)が入った瓶が。ランプン地方産のコーヒーをご馳走になって待つこと30分。『長官がお待ちです。どうぞこちらへ』と、背筋がぴしっと伸びたサファリ服のベクトさん。ここに長官が座るという椅子脇の脇にある小テーブルに、大急ぎでテープレコーダー、ビデオカメラを設置、スチールカメラとデジカメも手元に。と、準備も整わない内に、奥の部屋から数名が出てきて『お待たせ、お待たせ』と。長官のルスマンハディ氏の名刺には金色の星が四つ。警察大将だ。インドネシアには、現在5名しか大将はいない。ウィラント国軍司令官、そしてスバギオ陸軍参謀長、そして海軍参謀長並びに空軍参謀長、そしてもう一人がルスマンハディ警察大将。警察庁幹部7名を同席させた、豪華なインタビュー設定。以下、会見の一部抜粋。

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長官、まずインドネシア警察が目指す21世紀像についてご説明願えますか?

第一にプロフェショナルな警察を目指すと言うことでしょう。プロということをね。プロとは、国民生活を真に守り、奉仕できる態勢と言うことです。そのためには警察官一人一人の姿勢を大きく変える必要があります。いわゆる国民に愛される警察官への変身です。私たちはこれまで半世紀以上にわたって、ABRI(インドネシア国軍)という環境の中に生き、好むと好まざるに関わらず、ミリタリー的な姿勢を育んできました。しかし、この姿勢を変えるプロセスには時間を要します。警察組織は本来軍組織とは異なるべきですが、これまではABRIの傘下にあったため、国軍の一部としての位置を崩せない状況でした。そこで、とりあえずは、制服の変更から着手しました。国軍的なイメージを払拭するための作業です。

(長官は部下の副官を呼び、新制服について詳細に説明してくれた)
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新しい警察官の制服について説明するルスマンハディ長官(右)

しかし、僕の目には少しもミリタリー色が払拭されたとは見えませんが? 例えばホワイトとかブルーとかの色の選択はなかったのでしょうか?

ブルーでは暑くてたまりません。確かにダークブルーのアイデアもあったのですが、例えばイリアンジャヤ州などの東部インドネシア出身の、肌黒い警察官が、それを身につけると、夜間、自動車にひき殺される警察官が続出するでしょう(笑い)。色というのは好みの問題であって、インドネシアでは茶系の色が、熱さ対策上も好まれます。また、警察署に勤務する者も極力背広やサファリ服などの私服を着用するように指導を始めました。

新警察を取り囲む法律面での整備は?

現在、警察法の修正作業に着手しています。これによってこれまでは国軍の教育システムに則り、警察官の養成に11ヶ月かけていたものを、諸外国並に6ヶ月の教育期間に短縮する予定です。人材の向上のためにも、海外研修や留学制度なども拡充したいのですが、やるべきことは山ほどあるのに、予算は限られており、できることから着手するといった状況です。装備に関しても、これまでは国軍の一部と言うことで、本来の警察には適さない装備が多数ありました。それらを我々の任務と能力とに合った装備に変換することも必要な作業です。

警察官の数については?

現在、118,900人の警察官を抱えていますが、これは人口比で言うと1,300名に一人の割合です。私たちはこれを一人当たり700名ほど程度まで引き上げたいと願っています。海外の先進国では一人当たり400名から500名ですよね。そのためには定年の延長も計画の一つです。

低い給与が警察官の質の低下と関係していると言われていますね。ちなみに長官の給与はいくらんでしょうか?

(笑い)。聞いたら驚きますよ。およそ190万ルピア(約3万5千円)です。高卒の新人などは平均30万ルピア(約5千5百円)です。もちろんお米の支給などの諸手当はありますが、民間企業に勤める者の給与とは比較にもなりませんね。この公務員給与については、これは警察官に限ったことではなく、軍人もそして国家公務員もすべてにおいて国家的な問題なのです。十分な給与がなければ、汚職などは撲滅できないでしょうね。

国民から嫌われてきた警察官を、どのように国民から愛される警察官へと変身させる考えでしょうか? 妙案はありますか?

なんと言っても警察官一人一人が態度を変えないといけません。強圧的な態度から、市民の守護者への態度変換です。宗教面から言っても、今後はもっともっと各宗教界の指導者らとも密接な交流をもって、宗教生活面からも安全な市民生活の創出に努める必要があります。また給与面についてですが、協同組合の活性化によって、安い生活必需品を警察官の家族に提供していくことも重要でしょう。

しかし、先頃のKPU(総選挙委員会)前でのPRD(民主人民党)シンパと機動隊との衝突を見ても、最終的には銃に頼ろうとする警察の姿勢は以前と変わってはいませんね?

あのケースでは、警察側は最後の最後までじっと我慢していました。我々は対話と交渉を通じて衝突を避けようとしましたが、彼らは最初から衝突を意図してやってきました。弓矢を準備し、有刺鉄線やクギをこん棒に打ち付けた凶器など、さらには水銀なども用意していたのです。そこで我々は止むを得ずゴム弾を使用せざるを得なかったのです。

予算面での問題は?

例えばパトロール用の自動車やオートバイの場合、自動車なら一日当たり6リットル、オートバイなら2リットルの割り当てがありますが、これでは不十分です。インドネシア警察の年間予算はおおよそ2兆9千億ルピア(530億円)ですが、その内95%は人件費です。残りわずか5%で何ができるというのでしょう。改革時代の今、マスコミ始め知識人なども、自由な言論の下で、警察に罵詈雑言を浴びせかけていますが、彼らは警察の実態を何も知ろうとはしていません。しかしだからといって我々は我々を正当化しようとなどとは思っていません。国民の多くは実は警察の困難さについてよく知っているのです。国民が期待しているのは、法律の確実性です。法律の絶対性です。従って、我々は法の守護者として、法の絶対性・確実性を高める努力を怠ってはならないのです。

人材育成の上で最近朗報があるとか?

はい。各国から研修生の受け入れを表明してきています。この四月以降を見てみても、アメリカのFBIや英国のスコットランドヤード、それからオランダ、オーストラリアなどから警察官研修生の招待が舞い込んでいます。日本のJICAからも来ていると聞いています。すでにオーストラリアへ20名、オランダへ20名、アメリカへ10名を送りました。また米国からは指導員もこちらへ派遣してきました。

日本に対する期待は?

日本の警察には学ぶことが山ほどあります。インドネシアの警察史も日本とは無関係ではありません。戦前の日本軍政の下で、警察隊や特別警察隊が作られたばかりか、スカブミにはジャワ警察学校もあったのです。インドネシアの警察改革のために、日本の特に技術面での協力、そして人材育成面での交流を期待しています。交番システムなどは是非とも、直ぐにでも導入したいのですが、しかしそのためには警察官と交番、警察署などを常時結ぶ無線機などのハイテク機器が必要となります。こういった面での支援・協力にも期待したいですね。

4月にABRIから分離しましたが、いまだに国防治安相の監督下にありますね。将来的にはPolriは国防治安省、それとも内務省、あるいはそれ以外の省庁の傘下に入るのでしょうか?

我々の望みは、裁判所、検察庁などと並んで独立した犯罪アドジャストメント機関として、可能ならば21世紀には独立した機関となりたいですね。内務省の下にも、国防治安省の傘下にも入りたくはありません。これは正直な気持ちです。ドイツの影響を受けていると思われる現大統領(注:ハビビ大統領)の考え方とは違いますが、私たちは国家警察として一独立機関になりたいと強く望んでいます。



【プロフィール】

Jenderal Polisi(警察大将) Drs. Roesmanhadi S.H。1946年3月5日、東ジャワ州スラバヤの南に位置するシドアルジョ(Sidoarjo)のポロン(Porong)で、四人兄妹の長男として生まれる。父親も警察官で、最終階級は警察少佐。イスラム教徒。
1964年、東ジャワ州パスルアン(Pasuruan)のポンチョル高校卒。1974年、PTIK(=Perguruan Tinggi Ilmu Kepolisian=警察大学校)第二期卒業生。1981年、Seskopol(警察幕僚指揮学校)卒。1990年、Sesko ABRI(国軍幕僚指揮学校)卒。バンドン勤務を皮切りに、イリアンジャヤ州警察Teluk Cendrawasih署副署長を経て、1982-1985年同州Teluk Cendrawasih署長。イリアンジャヤ州警察本部長付け計画・予算担当副官(1987年)、1987-1989年、東ティモール警察署長、後に西ヌサトゥンガラ州警察本部長(階級は警察大佐)。1990年、国軍本部Gakkum第四将校補、1991年、国軍本部・Skamtibmas(国民治安秩序参謀)代表将校補。1991-1992年、西カリマンタン州警察副本部長。1992-1994年、警察准将に昇進すると同時に東ジャワ州警察副本部長。1994-1995年、北スマトラ州警察本部長。1995-1996年、警察少将に昇進と同時に東ジャワ州警察本部長。1996年、警察庁長官補佐官。1997年、国防治安大臣付け参謀(国民治安秩序担当)。1998年7月3日、第14代警察庁長官に就任。
身長165cm、体重75kg、血液型A。趣味はゴルフ(HCは18)、テニス、大型オートバイ(ハーレーダビッドソン)の運転。好きな言葉は『Allah』
ボゴール出身の妻プルティイ(パンチャシラ大学土木工学部)との間に一男(Rudi Bratanus=マラン国立工学院卒で現在は民間企業に勤める技師)一女(Rosita=オーストラリアのパースにある大学で財務・マーケティング専攻)。

【参考ブログ】


GBIニュース
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/d29d402d07.html
再録『GBIニュース』1999.8.9【犯罪】インドネシア警察庁最新データにみる犯罪傾向
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_11.html
再録『GBIニュース』1999.8.8 【スハルト前大統領】脳卒中の遠因は?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_10.html
再録『GBIニュース』1999.8.7 【ポルノグラフィー】 TVRIのディベート出演
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201209/article_9.html
再録『GBIニュース』1999.8.6 【会見】ムハマッド・ユヌス情報大臣
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201206/article_7.html
再録『GBIニュース』1999.7.29 【インタビュー】スシロ・バンバン・ユドヨノ国軍領域参謀長
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201204/article_2.html
再録『GBIニュース』1999.7.28 【書籍】幻のプラムディア(Pramoedya)氏未発表作品
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_28.html
再録『GBIニュース』1999.7.27 【インタビュー】 アブドゥラフマン・ワヒッドNU総裁
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_13.html
再録『GBIニュース』1999.7.24 【紙幣】 メガワティ政権誕生!?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_12.html
再録『GBIニュース』1999.7.22アチェ問題大統領顧問チーム・TPPUAムマッド・サレ氏に聞く
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_11.html
再録『GBIニュース』1999.7.21【会見】 『Kalyanamitra』イタ・F・ナディアさん
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_9.html
再録『GBIニュース』1999.7.20 【インタビュー】 アブドゥラフマン・ワヒッドNU総裁
http://gr再録『GBIニュース』1999.7.20 【インタビュー】 アブドゥラフマン・ワヒッドNU総裁
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_7.html
再録『GBIニュース』1999.7.19 【インタビュー】エミー・ハフィルドWALHI代表
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再録『GBIニュース』1999.7.18#2 【最新流行語】 Bahasa Gaul(交際語)
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再録『GBIニュース』1999.7.18【モデル・パート3】マルパチ航空スチュワーデスのヘニーさん
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_3.html
再録『GBIニュース』1999.7.17 【インタビュー】インドネシアの"ラジオ王"ルスミン・クセン
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201203/article_1.html
再録『GBIニュース』1999.7.15 【インタビュー】 ヌルディン・プルノモPBI党首
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_28.html
再録『GBIニュース』1999.7.12 【インタビュー】 マトリPKB(民族覚醒党)党首
1ttp://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_27.html
再録『GBIニュース』1999.7.11 【インタビュー】 B.J.ハビビ大統領と単独会見
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_25.html
再録『GBIニュース』1999.7.10 【会見】 作家プラムディア・アナンタ・トゥ―ル
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_22.html
再録『GBIニュース』1999.7.8 獄中のブディマン・スジャトミコPDR党首と書面会見
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_21.html
再録『GBIニュース』1999.7.7 インドネシア最大のゲイ組織創設者デデ・ウトモ氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_18.html
再録『GBIニュース』1999.7.6 インドネシアの新聞王ダフラン・イスカン
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再録『GBIニュース』1999.7.5 スラバヤ発【血判】 メガワティを大統領に!
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再録『GBIニュース』1999.7.4 画家ハルディ氏が初公開するウィナのヌード画
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再録『GBIニュース』1999.7.3 スラバヤ発【紙幣】 新50,000ルピアが発行される?
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再録『GBIニュース』1999.7.2#2 【会見】アファン・ガファールUGM講師
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_9.html
再録『GBIニュース』1999.7.2 FOSMIが機関誌『PORT NUMBAY』を発行
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_8.html
再録『GBIニュース』1999.7.1 国立国語研究所でインドネシア語の検定試験を実施
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_7.html
再録『GBIニュース』1999.6.30【新刊】HMI(イスラム学生協会)会長アナス・ウルバニングルム
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_3.html
再録『GBIニュース』1999.6.29【セミポルノ新聞】タブーに“挑戦”するタブロイド紙『POP』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_1.html
再録『GBIニュース』1999.6.28 【会見】インドネシア・テレビ史の"生き字引"イシャルディ氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_31.html
再録『GBIニュース』1999.6.27 【刑務所】 日曜日のチピナン刑務所
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_30.html
再録『GBIニュース』1999.6.26  【インタビュー】 ムニールKONTRAS代表
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_28.html
再録『GBIニュース』1999.6.25 【紙幣】5万ルピア紙幣に秘められた重大な事実とは?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_24.html
再録『GBIニュース』1999.6.24 【インタビュー】 アリ・アラタス外相
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_23.html
再録『GBIニュース』1999.6.23 画家ハルディのモデルがアルマーニのモデルへと華麗な変身
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_21.html
再録『GBIニュース』1999.6.22#3知られざるアリー・スミットの名画に触れる
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_20.html
再録『GBIニュース』1999.6.22#2 【写真展】『インドネシア・歴史の中の芸術家たち』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_18.html
再録『GBIニュース』1999.6.22 バリ島ウブドゥのコマネカ・ファイン・アート・ギャラリー
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_17.html
再録『GBIニュース』1999.6.21【トッペン】GBIがバリ島最高峰のトッペン(仮面)を東京へ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_16.html
再録『GBIニュース』1999.6.20 【会見】スリ・スルタン・ハメンクブォノ10世
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_15.html
再録『GBIニュース』1999.6.19 【会見】イフラスル・アマールUGM(国立ガジャマダ大学学長
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_14.html
再録『GBIニュース』1999.6.17#2 【インタビュー】 シャルワン・ハミッド内務大臣
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_11.html
再録『GBIニュース』1999.6.17#2 【インタビュー】 シャルワン・ハミッド内務大臣
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_11.html
再録『GBIニュース』1999.6.17 【インタビュー】 ウィラント国防治安相兼国軍司令官
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_9.html
再録『GBIニュース』1999.6.16 【インタビュー】ヘリー・コマール『GAMMA』誌編集長
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_8.html
再録『GBIニュース』1999.6.15【出版事情】 笑いでストレス解消! ユーモア本が氾濫
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_7.html
再録『GBIニュース』1999.6.14【総選挙&マスコミ】 GBI代表TVRI出演
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_6.html
再録『GBIニュース』1999.6.13#3【政治倫理】 PUSKAP(政治・政府倫理教育センター)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_5.html
再録『GBIニュース』1999.6.13#2 【人】 画家ハルディTVRIでゴルカル党を酷評。
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201201/article_4.html
再録『GBIニュース』1999.6.13 【総選挙】 UGM教授が開票最終結果を予想
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再録『GBIニュース』1999.6.12 【映画】 新作『SRI』 月中旬ジャカルタと東京で初上映
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再録『GBIニュース』1999.6.11 【インタビュー】 ジョニー・ルミンタン陸軍副参謀
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http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201112/article_14.html
再録『GBIニュース』1999.6.9 ハッジ・モハマド・スハルト前大統領
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201112/article_13.html
再録『GBIニュース』1999.6.8 女優クリスティン・ハキムさんと見た総選挙
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201112/article_12.html
再録『GBIニュース』1999.6.7 『漫画で学ぶ改革派の闘士アミン・ライス』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201112/article_11.html
再録『GBIニュース』1999.6.5 インタビュー:女優のクリスティン・ハキムさん
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201112/article_10.html
再録『GBIニュース』1999.6.2 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201112/article_5.html
再録『GBIニュース』1999.5.30 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201112/article_3.html
再録『GBIニュース』1999.5.31#2 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(3)
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再録『GBIニュース』1999.5.30 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(3)~(1)
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再録『GBIニュース』1999.5.21 インドネシア手描き絵葉書展
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再録『GBIニュース』1999.5.18 【ヌサンタラ横断・メラウケからサバンまで】(7) ~(1)
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再録『GBIニュース』1999.5.17 【人】 スマディ駐日インドネシア大使
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再録『GBIニュース』1999.3.15JIF(日本インドネシア科学技術フォーラム)が運営委員会開催
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再録『GBIニュース』1999.3.11【インドネシアのジョーク&ユーモア特集7】 『頭文字略語』
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再録『GBIニュース』1999.3.10【インドネシアのジョーク&ユーモア特集6】 『東ティモール』
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再録『GBIニュース』1999.3.9 【インドネシアのジョーク&ユーモア特集5】『お札の価値』
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再録『GBIニュース』1999.3.8【インドネシアのジョーク&ユーモア特集4】『脳の値段』
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再録『GBIニュース』1999.3.7【インドネシア・ジョークユーモア特集3】インテル・インサイド
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再録『GBIニュース』1999.3.5 【ビジネス】イリアンジャヤから熱帯魚バラムンディを輸出希望
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再録『GBIニュース』1999.3.4【インドネシア・ジョークユーモア特集2】 それだけは求めるな!
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再録『GBIニュース』1999.3.3【インドネシア・ジョーク&ユーモア特集1】 『地獄への電話』
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再録『GBIニュース』1999.2.25 【人】 アンティック・ストーンとジュナイディ・ハンドコ氏
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再録『GBIニュース』1999.2.24 イリアンジャヤへ帰った研修生ベルナドゥス・ティパガウさん
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再録『GBIニュース』1999.2.23 【インタビュー】 作家セノ・グミラ・アジダルマ氏
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再録『GBIニュース』1999.2.14 IWAPI(イ女性経営者協会)が3月ジャカルタで国際セミナー
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再録『GBIニュース』1999.1.19#2ラトゥナ・サルンパエット女史が演じる『マルシナは訴える』
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再録『GBIニュース』1999.1.19 【書籍】 タブーが消えたインドネシア出版事情(2)
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再録『GBIニュース』1999.1.18【会見】国家人権委員会)事務局長クレメンティノ・アマラ―ル氏
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再録『GBIニュース』1999.1.15  【書籍】 タブーが消えたインドネシア出版事情
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再録『GBIニュース』1999.1.14 【会見】UILPEM(社会経済研究所)スリ・ムルヤニ所長
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再録『GBIニュース』1999.1.13 CAPS(農業政策研究センター)所長のH.S.ディロン氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_31.html
再録『GBIニュース』1998.12.22 【会見】アンディ・アリフィアン・マラランゲン行政法学者
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再録『GBIニュース』1998.12.15  【会見】 メガワティ・スカルノプトゥリ
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再録『GBIニュース』1998.12.14#2 【会見】PAN(国民信託党)総裁アミン・ライス氏
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再録『GBIニュース』1998.12.14 【インタビュー】 詩人レンドラ
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再録『GBIニュース』1998.12.13 P3M(プサントレンと社会の発展協会)会長マスダール氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_26.html
再録『GBIニュース』1998.12.12 【インタビュー】 不動産評論家パナンギアン氏
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再録『GBIニュース』1998.12.11#2 会見:インドネシア国軍総参謀長ファフルール・ラジ中将
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