再録『GBIニュース』1999.7.22アチェ問題大統領顧問チーム・TPPUAムマッド・サレ氏に聞く

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大川誠一の『GBIニュース』  1999年7月22 Berita GBI(22 Juli 1999)
【インタビュー】アチェ特別州: アチェ問題大統領顧問チーム(TPPUA)メンバーのムマッド・サレ氏に聞く
『アチェ問題は舞い上がる凧のようなものだ。風と糸の関係に似ている』
『解決は対話しかない。GAM(独立アチェ運動)は犯罪ではない、政治運動なのだ』

アチェ問題大統領顧問チーム(TPPUA)メンバーのムマッド・サレ氏

スマトラ島の北端。アチェ特別州が"戦時下"にある。硝煙の臭いが絶えない。一方、東ティモール州では来る8月にも、インドネシア残留か自主独立かを問う住民投票が国連監視下で実施される予定。また、東端のイリアンジャヤ州では、インドネシアからの分離独立を求めるOPM(独立パプア組織)とTNI(インドネシア国軍)との対峙が続き、また改革時代の波に乗った一般住民によるオープンな独立要求の声があちこちで噴出している。

『多様性の統一』を謳ったインドネシア共和国の国是が崩れ始めている。アチェ問題並びにアチェ一般情報に関しては、これまでGBIニュース(98.08.24、99.05.04~99.05.18#2)で度々報告してきたが、この度GBI(インドネシア文化宮)代表兼『GAMMA』誌東京支局長は、同誌アチェ支局長で、ハビビ大統領が設置したTPPUA(アチェ問題大統領顧問チーム)の学生・青年代表でもあるムハマッド・サレ氏とジャカルタで、最新アチェ情勢について話を伺う機会を持った。
以下、サレ氏が語るアチェ問題の昨日・今日・明日について報告する。


最近のアチェ情勢について説明していただけますか?

この過去3ヶ月間に、20人が殺害され、30人の住民が行方不明となり、40軒の住宅が破壊されたと言われています。年初以来およそ20万人が避難民として化しています。人権侵害、殺人、強姦、誘拐等々が日常茶飯事で起きています。TNI(インドネシア国軍)は、GAM(Gerakan Aceh Merdeka=アチェ独立運動)掃討作戦を続ける一方で、GAMに関与していると一方的に断定した一般住民を誘拐、殺害することで、地域住民を恐怖のどん底に陥れています。TNIが村に入ってくると、そこが戦闘地域になることを恐れる住民による集団待避が起こり、村は無人と化しています。今や誰が敵で、誰が味方かが区別つかない状況になっています。お互いが疑心暗鬼になっているのです。特に、ピディ県、北アチェ県、東アチェ県の3県が戦時下にあるといっていいでしょう。

TNIはどの程度の兵力をアチェ特別州に集めているのでしょうか?

通常ならば、2000~3000の兵力が正常なのですが、今ではその倍の6000人ほどが駐留しています。例えば、先程述べた3県には、ジャカルタから送り込まれた陸軍1大隊、メダンから送り込まれた2大隊、さらにジャカルタからやってきた警察機動部隊1大隊などが駐留しています。もちろん、元々いた国軍の他にと言う意味です。ロクスマウェには海兵隊が3大隊駐屯しています。これは東ジャワのスラバヤから送り込まれた部隊です。噂ではコパスス(陸軍特殊部隊)の兵士も、撤退したとされているにも関わらず、およそ20名ほどが残留して特殊任務についていると言われています。

では、対するGAMの兵力は?

武装勢力はおよそ2000名と見られています。彼らはAGAM(Angkatan Gerakan Aceh Merdeka=独立アチェ運動軍)と名乗っています。この内、数百名はリビヤで軍事訓練を積んできたゲリラです。かつては、アチェ人がマレーシア経由でリビアに行き、マレーシア経由でアチェに戻ってきましたが、最近ではアチェとリビアの間をダイレクトに往復しているとも言われています。特に、リビアで特殊訓練を受けたスナイパーが増えていると言われています。武器としては中国製のAK-47やベトナムから流れてきたとされるM-16自動小銃などを装備しています。また、最近では迫撃砲やバズーカ砲も所持しているとも言われています。しかし、この2000名というのはあくまでも武装勢力であって、実際にはアチェ住民410万人のおよそ半分にあたる200万人近くがGAMのシンパサイザーとも推定されています。

スハルト政権崩壊後、DOM(軍事作戦地域)指定時代に行われた住民大量殺人の痕跡が発見されましたね?

DOMは1989年から1998年8月7日まで10年間も続きました。この間にABRI(インドネシア国軍)に殺されたアチェ住民の数は3000人以上と推測されています。主に、ピディ、北アチェ、東アチェの3県で起きています。また最近明らかになった情報によれば、中部アチェの県都タケゴンでもかつて350人の住民が同時に消えたとの報告もあります。これまでに計3カ所で、大量殺戮の跡が一部発掘されました。それらはパディ県のパシロ村、北アチェ県のブキット・シンタン村、そしてピディ県の県都であるシグリ市にあった、地元ではルマ・ゲドゥン(Rumah Gedung)と呼んでいる元コパスス本部が置かれていた大きな建物です。その建物は後に焼かれてしまいました。この3カ所で白骨遺体が次々と発見されました。しかし、完全に掘り返してはいません。というのも宗教指導者達が、掘り起こすと住民の間に復讐心が芽生えるので、そのままにしておいた方がよいと主張しているからです。死体を埋めた穴は計10カ所ぐらいと言われています。私自身が取材した目撃証言によれば、国軍が住民を虐殺する際は、手足を縛られ、目隠しをされた20名ほどを一列に並べ、一斉に射殺し、わきの穴に落としたそうです。そしてその穴を埋める。そして翌日には、さらに隣の列の穴に20名を並べて銃殺。私も発掘現場を見ましたが、頭蓋骨には目隠し用の布が残っていました。また、手足の白骨にはビニール製のひもが巻き付いていました。

DOM以降の変化は?

DOM撤廃以降も状況は基本的に変わっていません。違いと言えば、DOM施行時代には、ABRI(国軍)による軍事作戦地域が明確で、追われているゲリラも誰かを特定できました。しかし現在は、DOM指定がないために、どこもがDOMと同じ状況になってしまっています。また、GAMゲリラだけではなくて、一般住民もシンパと見なされれば国軍の追求を受けます。さらにGAM側も、一般住民を襲っています。つまりかつてABRIのインフォーマント役を演じた地元住民を殺害しているわけです。DOM撤廃以降、GAMは闘争の五段階のすべてを満たすようになってきています。つまり、政治闘争、経済闘争、プロパガンダ闘争、外交闘争、そして武力闘争。これらの五つを同時に行えるようになってきています。ちなみに経済闘争とは経済活動を混乱に陥れる作戦で、商店に対する襲撃、バスやトラックなどの交通手段に対するゲリラ攻撃です。しかし、現在までのところ、国軍は戦闘機や戦闘ヘリコプターは動員していません。ヘリは兵員輸送のみの使用です。

TPPUA誕生のいきさつは?

1999年3月にハビビ大統領が、アチェ住民の意見を直接聞きたいということでスタートしました。最初はジャカルタ在住のアチェ人計12名から構成されていました。しかし、それではアチェの現状が分からないと言うことで、5月にさらに7名のアチェ特別州在住のアチェ人を加えることとなったのです。これで計19名となりました。追加の7名は6名がアチェから、1名がメダンから選出されました。メンバーは、宗教界、政界、学界、NGO団体、そして学生・青年並びに女性を代表する構成です。私自身は学生・青年の枠で選ばれました。いずれにせよ、この19名の中には1名も政府関係者は入っていません。地元在住のメンバーの顔ぶれを紹介しますと、例えば、地元紙『Serambi Indonesia』のSjamsul Kahar編集長、国立シアクアラ大学(Universitas Syiah Kuala=UNSYIAH)のAbdullah Ali学長、IAIN(Institut Agama Islam Negeri=国立イスラム教学院)アチェ校の講師であるAliyasak Abubakar氏、USU(国立北スマトラ大学)の元学長であるYusuf Hanafiah氏、そして紅一点としてアチェ特別州選出MPR(国民協議会)議員(PPPに所属)で人権活動家でもあるNurdahri Ibrahim Naimさんなどです。この19名からなるTPPUAは去る5月以来、計3回(5,6,7月)ほどハビビ大統領と会合を持ちました。

TPPUAの提言により改善された状況はあるのでしょうか?

それは大きく三つに分類できるでしょう。経済的改善、社会的改善、そして人権状況の改善です。経済的改善は比較的成功しつつあるように見えます。中央政府は、およそ700校の私立宗教学校を公立に変えました。700校の内およそ80%はMIN(Madrasah Ibtidayah Negeri)と呼ばれる本来は宗教省の指導下にあった私立学校(小学校レベル)です。これらがすべて教育文化省の傘下となったわけです。また、DOM時代に犠牲となった者の身内が約350名ほど地方公務員として採用されました。これは目標として計2000名と言われています。また2000年からKapek(Kawasan Pengembangan Ekonomi) Sabang=サバン経済開発地域が生まれることになりました。つまり昔のようにサバン市のあるウエ島が自由貿易港となるのです。また、2000年に、バンダ・アチェとメダンの間の鉄路が建設されることにもなりました。また、バンダ・アチェのスルタン・イスカンダール・ムダ(Sultan Iskandar Muda)空港の拡張工事も決まりました。これによって、これまではB-737型機までしか離着陸できなかった滑走路がB-747やエアーバスでも発着できるようになります。ちなみに、これまではメッカ巡礼の際に、アチェ住民はメダン市のポロニア空港から旅立っていたのです。しかし、バンダ・アチェの拡張によって、地元から直接出発できるようになります。社会的改善としては、インドネシア政府や諸外国政府による物資・資金援助やNGOによる住民支援活動が始まっています。主に、社会福祉省や女性問題担当相が関与しています。問題は人権の改善ですが、これが思うように進んでいません。つまり、大量住民殺戮に関与したABRI兵士に対する起訴が何ら行われていないのです。これに住民は大変失望しています。我々TPPUAは29人から構成される独立調査委員会(KIPTA=Komisi Independen Pengusut Tindakan Kekerasan di Aceh)を設置して、直ぐにも実施すべきだと主張、要求していますが、今はハビビ大統領の決定を待つ状況です。TPPUAの要求はDOM以降のすべての人権侵害について調査すべきとしていますが、ハビビ大統領は自分が大統領に就任した昨年の5月21日以降の人権侵害だけを対象にしたいと言っています。我々としてはそれでも構いません。というのも、ハビビの就任が98年5月21日。一方ウィラント国防治安相兼国軍司令官によるDOM撤廃命令が98年8月7日発布。つまり、少なくとも、DOM以前つまり8月7日からさかのぼること5月21日までの人権侵害については追求できるのですから。つまりは、5月21日以前の出来事も触れないわけにはいかなくなるのです。

(注):FPHAM(Forum Peduli Hak Azasi Manusia) Acehによれば1998年11月14日までに計7727件の人権侵害が報告されているという。殺害された住民の数は1321人、強姦被害者が128人、性的嫌がらせ被害者が81人、焼かれた家が597軒、金の略奪が38件、オートバイの略奪が52台、自動車の略奪が152台。孤児の数は16727人と報告されている。

現在国会で『アチェ特別法案』が審議されていますが、これは来る8月末までの会期中に採択される見通しはあるのでしょうか?

その法案はアチェ特別州選出の国会議員らが草案して国会へ提出したものですが、インドネシア共和国の誕生時に中央政府がアチェ住民に約束しながら実行しなかった内容の法的裏付けを狙ったものです。期待的観測としては、8月末までに法案通過となるでしょう。

アチェ問題は今後どのような展開を遂げると想像していますか?

アチェ問題は凧のようなものです。空高く凧があがっていますが、糸はジャカルタが引いています。しかし風が余りにも強いと糸はやがて切れるでしょう。つまりインドネシアから離れて独立へと。しかし、ジャカルタは太くて強い糸に変えようとするでしょう。しかし、まさに実際の凧のように、良い風が吹いていても、太くて強い糸で操っていても、凧自身が何らかの理由で落下することもあるでしょう。私もアチェ人ですが、個人的にはアチェが分離独立することは非常に可能性が小さいと思います。ほぼ不可能でしょう。解決法は対話しかありません。中央政府は独立運動をこれまで『犯罪行為』と見てきましたが、今後は『政治運動』だと捉えるべきでしょう。指にトゲが刺さったとしましょう。これまで中央政府はトゲを抜こうとしないで、指を切り落としてきました。また時にはそのトゲをさらに指の中に押し込んできました。問題をさらに根深くしてきたのです。軍事的な方法では解決できません。軍事的方法では復讐心を煽るだけです。今後はアチェ文化に根ざしたアチェ的な方法で解決していくことが求められます。


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アチェ特別法案

【プロフィール】

Muhammad Saleh。1968年7月10日、ロクスマウェ(Lhokseumawe)生まれ。イスラム教徒。1999年バンダ・アチェにある私立アブリアタマ(Abulyatama)大学経済学部卒。HMI (イスラム学生協会)アチェ特別州代表。大学在学中から地元紙の『Srerambi Indonesia』の記者として活躍。1999年2月より総合ニュース週刊誌『GAMMA』のアチェ支局長。1999年5月よりTPPUA(Tim Penasehat Presiden Urusan Aceh=アチェ問題大統領顧問チーム)の学生・青年代表。

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【参考ブログ】


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http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_6.html
再録『GBIニュース』1999.1.19 【書籍】 タブーが消えたインドネシア出版事情(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_4.html
再録『GBIニュース』1999.1.18【会見】国家人権委員会)事務局長クレメンティノ・アマラ―ル氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_3.html
再録『GBIニュース』1999.1.15  【書籍】 タブーが消えたインドネシア出版事情
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_2.html
再録『GBIニュース』1999.1.14 【会見】UILPEM(社会経済研究所)スリ・ムルヤニ所長
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再録『GBIニュース』1999.1.13 CAPS(農業政策研究センター)所長のH.S.ディロン氏
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再録『GBIニュース』1998.12.22 【会見】アンディ・アリフィアン・マラランゲン行政法学者
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再録『GBIニュース』1998.12.15  【会見】 メガワティ・スカルノプトゥリ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_29.html
再録『GBIニュース』1998.12.14#2 【会見】PAN(国民信託党)総裁アミン・ライス氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_28.html
再録『GBIニュース』1998.12.14 【インタビュー】 詩人レンドラ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_27.html
再録『GBIニュース』1998.12.13 P3M(プサントレンと社会の発展協会)会長マスダール氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_26.html
再録『GBIニュース』1998.12.12 【インタビュー】 不動産評論家パナンギアン氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_25.html
再録『GBIニュース』1998.12.11#2 会見:インドネシア国軍総参謀長ファフルール・ラジ中将
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_24.html
再録『GBIニュース』1998.12.11GBIとIWAPI(インドネシア女性経営者協会)が協力
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_21.html
再録『GBIニュース』1998.12.10#2 HMI(イスラム学生協会)会長アナス・ウルバニングル
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_19.html

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