再録『GBIニュース』1999.7.8 獄中のブディマン・スジャトミコPDR党首と書面会見

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大川誠一の『GBIニュース』  1999年7月8 Berita GBI(8 Juli 1999)
チピナン刑務所内のブディマン・スジャトミコPRD党首(撮影:デンディ・プラマタ)

【インタビュー】獄中のブディマン・スジャトミコPDR(民主人民党)党首と書面インタビュー

『政治信条のため恩赦は受けない』 

『政治とは人間・人間性に捧げる最も効果的、効率的な手段』


さる7月1日、総選挙(99.6.7)後初めての治安当局とデモ隊との衝突がKPU(総選挙委員会)を舞台に起きた。サレンバ・ラヤ通りからイマム・ボンジョル通りにあるKPU本部へと向かった、およそ700名の学生ら。インドネシアに数ある政党の中でも、最も過激で戦闘的な行動で知られるPRD(Partai Rakyat Demokratik)の活動家たちだ。

総選挙に参加したものの、PRDは惨敗、国会議席を得る可能性は皆無。その腹いせではなかろうが、PRDは、第二党になることがほぼ確実なゴルカル党の失格と、自動的に38議席付与されることが決まっている国軍議席の廃止を求めて、KPUを訪れた。正確に言えば、“突入”を図ろうと試みた。そして治安当局はゴム騨を発砲。警察、デモ隊双方にそれぞれ30名前後の重軽傷者が。

『GAMMA』誌最新号によれば、PRDのファイソル・レザ(Faisol Reza)中央幹部委員会議長は今後、全国114都市で抗議活動を展開すると表明している。PRDのスローガンはかつて同様に“Lawan!(敵対する)”なのだ。

GBIニュース(99.6.27参照)で、首都ジャカルタにあるチピナン刑務所のことに触れたが、筆者が書面インタビューを試みた相手は、他ならぬPRD党首のブディマン・スジャトミコ(Budiman Sudjatmiko)氏だった。愛称Iko(イコ)のスジャトミコは、1996年7月22日、仲間と共に、ジャカルタのディポネゴロ通り74番地にあるYLBHI(インドネシア法律扶助協会)で PRDの設立を公に宣言した。

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チピナン刑務所内で机に向かうブディマン・スジャトミコ氏(撮影:デンディ・プラマタ)

(写真注:刑務所内での写真撮影は禁じられているが、ブディマン・スジャトミコ氏の了解を得てフリーランス・カメランのデンディ・プラマタ氏が国内プレス用に撮影した数葉を入手した。デンディ氏は、およそ二週間前にスジャトミコ氏と面会したというが、どのようにカメラを持ち込んだのかについては説明を避けた)

その場で、ブディマン・スジャトミコ党首は、9項目から成るPRD政治マニフェスト(宣言書)を読み上げる一方、プロデモクラシーの人物に対して表彰を行った。対象者はGoenawan Mohammad, Pramoedya Ananta Toer, Gus Dur(不参加)、Megawati(不参加)、Sri Bintang Pamungkas, Xanana Gusmao(代理でGil da Costaが参加)などであった。PRDは、元々は1994年5月、PRD(Persatuan Rakyat Demokratik=民主人民連合)として学生や労働者によって結成され、1996年4月、その名称をPRD(Partai Rakyat Demokratik=民主人民党)と改めた。

そしてその二ヶ月後、96年6月20-22日に、メガワティ・スカルノプトゥリ党首解任を目的に、スルヤディ元PDI(インドネシア民主党)党首ら反メガワティ派が、政府並びに国軍のバックアップの下、スマトラのメダンでPDI臨時党大会を強行開催した。この理不尽なメガワティ追放劇は、国民の間に一気に反スハルトの声を盛り上げ、その後およそ一ヶ月に渡りディポネゴロ通り58番地にあるPDI本部構内では、反スルヤディ、反スハルト体制の「Mimbar Bebas(自由演説)」が繰り広げられた。

しかし、96年7月27日、国軍・警察部隊の後押しを受けたスルヤディ派PDI党員らが、同党本部を急襲、多くの犠牲者を出した。その日、PDI本部は“陥落”、怒ったおよそ一万人の学生や群衆がジャカルタ市内で暴徒化した。いわゆる「7月27日事件」である。同事件発生五日後には、スティヨソ(Sutiyoso)ジャカルタ軍管区司令官(注:現在ジャカルタ知事)が、『暴徒はその場で射殺する』と発表、また同事件にPRDが深く関与していることを示唆した。

以降PRDは「新PKI(インドネシア共産党)」の烙印を押されることとなった。ブディマンは身の危険を感じ、地下に潜る。しかし96年8月11日、軍当局によって逮捕される。1996年12月12日に裁判が始まり、ブディマンは政府転覆を企てたかどで懲役13年を言い渡された。今彼はジャカルタ東部、ジャティネガラ地区にあるチピナン刑務所に政治犯として服役中だ。ハビビ政権は、ブディマンの恩赦を認めたが、ブディマンは、『恩赦を受けるということは、罪を認めたことと同じことになる。信条に反する』と、それを拒否、政府が同罪を撤回するまで刑務所に留まる姿勢だ。


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『Budiman Sudjatmiko MENOLAK TUNDUK』のカバー

FX Rudy Gunawanが書き下ろした『Budiman Sudjatmiko MENOLAK TUNDUK(ブディマン・スジャトミコ服従拒否)』(1999年2月、Grasindo社刊。160ページ)に、インドネシア最大の作家であるプラムディア・アナンタ・トゥ―ル(Pramoedya Ananta Toer)氏が1998年7月13日に寄せた一文は、『PRD万歳!ブディマン・スジャトミコ万歳!ブディマンは遠くない将来のインドネシア共和国大統領候補、国家指導者候補である』と、最大級の賛辞を送っている。

以下、筆者の質問状に対して、獄中からブディマン・スジャトミコPRD党首が書面回答してきた抜粋を紹介する。

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ブディマンさんが寄せた回答書。A4サイズの用紙に計11枚、びっしりとタイプされている。

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PRDの党旗。

PRDは今回総選挙に参加しましたが、獲得票は極めて小さいですね。これをどのように分析しますか?PRDの将来はどうなるのでしょう?

集計作業はまだ終わっていませんが、確かにこれまでの傾向から見ると、PRDの獲得票は少ないと認めざるを得ません。国民が我々を選ばなかったことを問題にする気はありません。今回総選挙に参加した政党の中で唯一PRDだけが苦く、そしてユニークな経験を持っています。新秩序(注:スハルト体制)が我が党に対して二年間に渡って強制してきた鎮圧的圧迫により、我々は地下活動をせざるを得ない状況に追い込まれました。多くの仲間が逮捕され、誘拐され、そればかりか殺された者さえいました。例えばソロのGilangです。つまり我々がオープンに活動できるようになったのは、スハルト退陣後のことでした。それも残ったわずかなメンバーで始めたわけです。総選挙までのわずか6ヶ月という期間は、あまりにも短い準備期間でした。地方では、一般、軍を問わず、我々は差別的な仕打ちを受けました。円滑な活動ができませんでした。将来的には、PRDは国会外の政治勢力として、新政権が完璧な改革を行うように、自分自身をその立場に置くつもりです。我々にとっては国会内で闘うことと国会外で闘うことに違いはありません。そして将来的には、我々はグローバル化時代に直面し、すなわちインドネシアの経済的資源をめぐって外資や政治権力が跋扈するという時代を迎えるのです。私が思うに、帝国主義というものは、いつでもどこでも政治的、社会的問題を残します。例えば、労働問題、環境問題、土地問題、失業問題等々です。そしてこれは社会の色々なセクターから社会運動を生み出します。そしてそれこそが我々にとって、人民と共に民主主義と社会公正のために闘うモダル(資本・資産)となるのです。

あなたは1996年7月27日事件の“ダラン(dalang=影絵芝居を演ずる人)”と言われましたが?

その事件を語る際には、その当時の政治状況と、その文脈と関係づけて考えなければなりません。当時確かに政治は熱さを増していました。政府、国軍そしてスルヤディ率いるPDIらはメガワティ潰しの陰謀を持っていました。当時、メガワティ支持を打ち出した最初の政治勢力がPRDだったのです。ジャカルタでも我々はMARI(Majelis Rakyat Indonesia=インドネシア人民議会)と共に政治戦線を実行。同時に我々はMasyumi Baru, PNI Baru, PUDI, SBSIなどとも共闘しました。これは、それまで分裂していた野党政治勢力を結束することにつながりました。常に反体制政治戦線の一番前にいたPRD、それが故に政府・国軍はPRDメンバーの逮捕、誘拐に走ったのです。まずPRDをダランとすることで、政府当局は圧迫の口実としたのです。

あなたは、ハビビ政権によって恩赦が与えられ、望みさえすれば出獄できますよね。しかし、チピナン刑務所に留まると主張している。どうしてですか?

もしもその解放というものが恩赦であるものならば、私はそれをはっきりと拒否します。なぜかって?それを受け入れるということは、罪を認めたことと同じになる。それは信条に反する。仮にそれを受け入れれば、自分自身の原則と政治主義を侮辱することになる。私がなおも民主主義と社会公正のために闘うことができるという意味において、解放は私にとって初めて重要となる。

あなた自身は21世紀のインドネシアにおいて国家指導者となる用意がありますか?そしてそれが実現したら、どのような国家をつくりますか?

PRDを結成したとき以来、私はこの国の政治指導者の一人になる用意があった。仮に将来国民から信託を得られれば、その用意はある。しかしそれは私が政治の世界へ飛び込んだ主要目標ではない。私は政治モットーを持っている。『政治とは、自らを人間そして人間性に対して捧げる、最も効果的で、効率的な方法だ』というものです。

あなたには大切な恋人がいると聞きますが?

Jana Catherine Juita(ジャナ・カテリーン・ジュイタ:1973年1月11日ジャカルタ生まれ。私立アトマジャヤ大学医学部卒、現在インターン研修中)のことですね。彼女とは僕が服役後に知り合ったのです。彼女はTeam Relawan Kemanusiaanのメンバーです。彼女はミドルクラスの家庭に生まれた一人っ子です。シングルペアレントです。つまり未亡人の母と二rきりです。母方の関係で、彼女は日本の血も引いています。彼女とは結婚の話しもしました。しかし、現実を直視すれば、私にはあと10年間の服役が残っています。彼女は正直言って政治のことはあまりよく分かっていません、そしてPRDの政治活動についても賛同しない点をもっています。しかし、私たちは愛し合っています。彼女を尊敬するのは、私が13年の懲役刑を宣告されてから恋人になることをうち明けたことです。そして母親にもそのことを告げ、母親もこれまで一度も反対したことがありません。


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PRD機関誌『Pembebasan(解放)』

【備考】

ブディマン氏は、1999年12月10日、時のワヒド政権による恩赦で刑が停止。後、ロンドン大学(政治学)、ケンブリッジ大学(国際関係学修士)留学を経て、2004年末帰国後、PDIP(闘争民主党)へ入党。2012年2月現在、PDIP国会議員の職にある。

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【参考ブログ】

再録『GBIニュース』1999.7.7 インドネシア最大のゲイ組織創設者デデ・ウトモ氏
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再録『GBIニュース』1999.7.6 インドネシアの新聞王ダフラン・イスカン
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201202/article_15.html
再録『GBIニュース』1999.7.5 スラバヤ発【血判】 メガワティを大統領に!
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再録『GBIニュース』1999.7.4 画家ハルディ氏が初公開するウィナのヌード画
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再録『GBIニュース』1999.7.3 スラバヤ発【紙幣】 新50,000ルピアが発行される?
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再録『GBIニュース』1999.7.2 FOSMIが機関誌『PORT NUMBAY』を発行
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再録『GBIニュース』1999.7.1 国立国語研究所でインドネシア語の検定試験を実施
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再録『GBIニュース』1999.6.30【新刊】HMI(イスラム学生協会)会長アナス・ウルバニングルム
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再録『GBIニュース』1999.6.29【セミポルノ新聞】タブーに“挑戦”するタブロイド紙『POP』
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再録『GBIニュース』1999.6.28 【会見】インドネシア・テレビ史の"生き字引"イシャルディ氏
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再録『GBIニュース』1999.6.27 【刑務所】 日曜日のチピナン刑務所
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再録『GBIニュース』1999.6.26  【インタビュー】 ムニールKONTRAS代表
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再録『GBIニュース』1999.6.25 【紙幣】5万ルピア紙幣に秘められた重大な事実とは?
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再録『GBIニュース』1999.6.24 【インタビュー】 アリ・アラタス外相
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再録『GBIニュース』1999.6.7 『漫画で学ぶ改革派の闘士アミン・ライス』
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再録『GBIニュース』1999.5.30 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(4)
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再録『GBIニュース』1999.5.31#2 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(3)
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再録『GBIニュース』1999.5.30 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(3)~(1)
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再録『GBIニュース』1999.5.21 インドネシア手描き絵葉書展
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再録『GBIニュース』1999.5.18 【ヌサンタラ横断・メラウケからサバンまで】(7) ~(1)
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http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_26.html
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再録『GBIニュース』1999.5.17 【人】 スマディ駐日インドネシア大使
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再録『GBIニュース』1999.3.11【インドネシアのジョーク&ユーモア特集7】 『頭文字略語』
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再録『GBIニュース』1999.3.10【インドネシアのジョーク&ユーモア特集6】 『東ティモール』
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再録『GBIニュース』1999.3.9 【インドネシアのジョーク&ユーモア特集5】『お札の価値』
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再録『GBIニュース』1999.3.8【インドネシアのジョーク&ユーモア特集4】『脳の値段』
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再録『GBIニュース』1999.3.7【インドネシア・ジョークユーモア特集3】インテル・インサイド
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再録『GBIニュース』1998.12.14 【インタビュー】 詩人レンドラ
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再録『GBIニュース』1998.12.13 P3M(プサントレンと社会の発展協会)会長マスダール氏
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再録『GBIニュース』1998.12.12 【インタビュー】 不動産評論家パナンギアン氏
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再録『GBIニュース』1998.12.11#2 会見:インドネシア国軍総参謀長ファフルール・ラジ中将
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再録『GBIニュース』1998.12.11GBIとIWAPI(インドネシア女性経営者協会)が協力
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再録『GBIニュース』1998.12.10#2 HMI(イスラム学生協会)会長アナス・ウルバニングル
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