再録『GBIニュース』1999.5.30 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(4)

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大川誠一の『GBIニュース』  1999年6月1 Berita GBI(1 Juni 1999)
アグスティヌス・アキガット・コサイ氏

インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(4) 『バリエム渓谷の秀才アグスティヌス氏が語る中央高地の未来』

大湿原アスマット地方の未来の“星”がユーフェン・ビアカイ氏(GBIニュース99.5.31#2参照)とするのならば、中央高地バリエム渓谷の“星”は、愛称アグスのアグスティヌス・アキガット・コサイ氏だろう。イリアンジャヤ州13県の中で、人口45万を抱える一番大きな県であるジャヤウイジャヤ県のKNPI(Komite Nasional Pemuda Indonesia=インドネシア青年民族委員会)議長を務める。1968年8月14日、元バリエム盆地大部族長のヨハネス・エキアック・コサイ(Yohanes Ekiak Kossay)の第二子、長男としてワメナのカマ(Kama)村で生まれた。種族はダニ(Dani)。『父は1964年、バリエム谷の部族長としては初めてペペラ(Pepera=Penentuan Pendapat Rakyat=西イリアン住民による自由選択権の行使:GBIニュース99.5.30参照)を通じてインドネシアへの帰属を表明した人物です』とアグスさん。

カマ村生まれの故ヨハネス氏は、1960年代、指導力と勇敢さでバリエム渓谷中にその名を知られていた。15人の妻をめとり、計14人(内2名は幼児期に死亡。男7名、女5名)の子宝に恵まれた。アグスさんの母は、ヨハネス氏の第一夫人で、マルティナ・フビィ(Martina Huby)さん。同じ母親を持つ姉弟としては、姉のヘロ・コサイ、弟のマルクス・コサイがいる。

『父の名前のヨハネスは洗礼名です。実は死の三日前に宣教師からもらった名前なのです。もともとの名前はエキアック・コサイで、コサイはバリエム谷に暮らすダニ族の一つの家系名です。そしてエキアックは、ダニ語の手(エキ)、それから邪悪(ウエアック)の合成語です。邪悪といっても、要するに部族戦争において戦いが上手、つまりは弓矢やヤリの扱いが優れているといった、凄腕といった意味です』とアグスさん。『父は1996年4月25日に神に召されましたが、4月22日、重病の中、自らの意思で洗礼を受けたのです。昔は伝統と慣習に生きる部族社会でしたから、父は外部から入ってきたキリスト教を受け入れようとはしませんでした。しかし、死の直前になって、我々人間は、そして全てのものは、全能の神によって創られたものだと言いだし、洗礼を受けたいと言ったのです。しかし父は、私が小学生の時、確か1978年だっと記憶していますが、洗礼を受けることに反対はしませんでした。それは母のおかげかもしれません。母は本当にリベラルで民主的な考え方の持ち主でした』

アグスさんはワメナのカトリック系小学校(1981卒)、そして同様にカトリック系中学校(1984卒)を経て、州都ジャヤプラにある高校へ進学した。

『小学校3年生まではコテカ(ペニスケース)を着けていました。なのに、その頃父はすでに衣類を身につけていました。たとえ衣服という文明が入ってきていても、その当時ワメナ盆地では、コテカを着けない男の子は一人前として認められなかったのです。早ければ早いほどいいとされ、その昔は2歳ぐらいでコテカを着けたそうです。僕らが子供の頃は、だいたい5-6歳で着け始めました。外部の人々はコテカを見て、原始的と思うかもしれませんが、それは大きな誤解です。だってダニやラニ族の男にとって、コテカを着けるということは、成人の証だったのですから』

父の強い勧めで、アグスさんはイリアンジャヤを出て、外島の大学へ進むことを決めた。州都ジャヤプラにも国立チェンドラワシ大学があるが、『地元にいてはダメだ。外の世界を見てこい!』との父の命令に従って、スラウエシ島を選んだ。入学したのは、北スラウエシ州のメナドにある国立サムラトゥランギ(Samratulangi)大学経済学部。1993年、経済学士(SE)の称号を手に入れた。手に入れたものは学位ばかりではない。『大学でイリアンジャヤの西端ソロン(Sorng)出身の女性と恋仲に。で、すぐに結婚してしまったのです。名前はヨセフィナ・フランシスカ(Yosefina Fransisca)。彼女はアヤマル(Ayamaru)族出身で、僕よりも2歳年下です』と、1女1男の父であるアグスさん。

学生時代、アグスさんは空手の練習にも打ち込み、1991年に黒帯、初段になった。大学卒業と同時に故郷ワメナ盆地に戻ったアグスさんは、ジャヤウイジャヤ県庁の見習い公務員となる。そして1995年からは、県助役の下で、地域経済の専門官として勤務している。

『僕の担当は、経済開発と環境問題の関連です。道路建設などの公共工事や民間開発などで、その開発が環境に悪影響を及ぼさないように計画を立案することが仕事です』

1994年5月、アグスさんは、ジャヤウイジャヤ県にある12郡の若者代表を集めて行われた総会において、KNPI(インドネシア青年民族委員会)のジャヤウイジャヤ県議長に選出された。KNPIはいわゆる地元の優秀な青年を糾合した組織で、将来の指導者への登竜門とされている。

『自分から立候補したわけではありません。皆が僕を推薦しただけです』と、謙虚なアグスさん。実は、指導者になるための“帝王学”は、子供の頃、大部族長だった父親から直接授かっていたのだ。『父はよく言ってました。ウソをつくな! 人のものを盗むな! 自惚れるな! 他人を尊敬しろ! そして自らの能力を過信するな!と。人間の評価というものは、自分自身が決めるものではなくて、他人が決めるものだとも。僕にはKNPI議長の座への野心はありませんでした。そしたら周りの人が、お前が最適だ、ということになったのです』

父親そして母親を最も尊敬するというアグスさんに、イリアンジャヤ中央高地の未来について尋ねてみた。

あなたはKNPIの議長。ということは未来のジャヤウイジャヤ県知事?

僕は、いつでも心の中でこうだと決めていることがあります。それは、今与えられている仕事を通じて、どうしたら人々のためになることができるかと考えることです。人々とは、特に生まれ故郷であるジャヤウイジャヤ県の住民のことですが、それはイリアンジャヤ州民、そして大きくはインドネシア国民のために何が出来るのか、ということでもあります。僕には県知事になりたいとか、州知事になりたいとか、そういった政治的野心はありません。宗教の教えも、そして父親の教えもそうでしたが、僕はいつでも最高の仕事をやり遂げようと思っています。そしてそれは人々に最大限尽くすことでもあります。僕が生まれたバリエム谷では、父がそうであったように、指導者は自ら突出して名乗り出るものではなくて、知らないうちに誰からともなく推薦が始まって、そしてやがて前面に出てくるものだと思います。評価するのは他人だということです。

中央高地の奥地にはまだまだ多くの未開発地域、つまり学校や保健所、政府関連施設などのない社会が存在しています。石器時代はとうの昔に終わったとは言え、鉄器時代と言ってもいい地域も広大です。昔、僕がある村で『この国で一番偉い人は、もしくは大統領は誰ですか?』と尋ねると、多くの村人が『彼だ』といって一人の老人を指さしました。彼は部族長だったのですね。少なくとも、彼らにとって「国家」や「州」もしくは「県」といった行政的な枠組みを考える思考はないと思いました。あなたは、ジャヤウイジャヤの若者代表として、そのあたりについてどのように考えますか?

少なくとも、僕の父親はあの昔(注:1960年代の部族社会時代)、すでに国家という概念を持っていましたね。それは招待されて出かけた首都ジャカルタ旅行が、大きなきっかけとなったものだと想像します。父は後に言ってました。『この大地は、この地球はイリアンジャヤだけではない。バリエム渓谷に多くの部族がいるように、インドネシアにはたくさんの民族、そして文化、言葉があるんだ』と。つまり外の世界を覗く機会があれば、人々は自然と国家観を持てるのではないでしょうか。それが故に、父親は僕に『ワメナだけにいてはダメだ。外で勉強してこい!』と、スラウエシ島の大学へ進ませたのです。父は満足なインドネシア語も話せませんでしたが、未来を見据える目は持っていました。僕が大学を卒業し、結婚もし、娘のフェベリアニを連れてワメナへ戻った時、父は泣いて喜びました。残念なことに、二番目の子供である息子のアルフレッド・エキアックが生まれる四ヶ月前に父は神に召されたのです。そこでその子には父の名前をとってエキアックと名づけたのです。

あなたは、日本の松檮館流の空手の有段者です。ジャヤウイジャヤ県出身者としては初めての黒帯“空手家”です。空手から何を学んだのでしょうか?

実は、大学を卒業してワメナへ戻ってから、県庁勤めの傍ら、毎週金曜日に地元の子供や、同僚たちに空手を教えています。まずは、「レイ(礼)」、「センパイ(先輩)」、「ドウジョウ(道場)」などといった言葉を教えます。僕が強調していることは、空手は他人を攻撃するためのものではない、ということです。逆に他人を尊敬するための精神を身につけることだと言ってます。そして自己をコントロールする力を鍛錬することでもあります。ところが、香港のカラテ映画の影響でしょうか、子供たちや青年の中には、便利な“喧嘩の道具”と捉えている連中も少なくない数います。僕の望みは、空手を通じて、ディシプリンを養ってもらいたいということです。

イリアンアジャヤの未来についてですが、あなたはどのような未来図を描いていますか?

外の世界からの知識、影響なくしてはジャヤウイジャヤは前に進めません。経験、そして情報などどんどん取り入れていかなければならないでしょう。それはインドネシア国内からばかりではなく海外からも吸収する必要があります。そして初めて理想的な開発や発展が望めます。

イリアンアジャヤ州にインドネシアからの分離独立を目指すOPM(独立パプア組織)が存在していることは事実です。高度な教育を受ければ受けるほど、やがてはイリアンジャヤの青年男女は、そういった方向へ進みたいと考えるのでは?

GPK(Gerombolan Pengacau Keamanan=治安攪乱集団:(注)インドネシア政府当局はGPKの名称を使用)の活動については、二つの側面があります。良い面と悪い面です。良い面としては、社会不満の存在が、その活動で明らかになることです。イリアン人と非イリアン人との大きな経済格差、そしてイリアンジャヤが生み出す豊かな天然資源の利益がジャワ島へ持っていかれている、とする彼らの主張はそれなりにイリアン人の共感を呼んでいます。一方、ネガティブな面ですが、治安の悪化は、当然のことながら政府が進めようとしている開発の進行にとって妨げとなります。彼らの性急な要求がすべて間違っているとは思いませんが、しかし、GPKのシンパが少なくない数いると言うことは、やはりこれまでの政府なり当局による住民へのアプローチが的確ではなかったということでしょう。同胞による同胞へのアプローチがなかった結果ともいえます。ですから、同胞であるGPKメンバーがアプローチしていくと、村人の中には彼らを受け入れることもあるのです。この問題を解決する鍵は、このアプローチの姿勢にかかっています。

あなたの夢は?

僕は何でも学ばなければいけないといつも思っています。そして何でも学びたいとも。なぜなら余りにも知らないことが多すぎるからです。僕の中には、学ぶための器が宇宙のように無限に広がっているように思えます。人を尊敬し、人から尊敬されるような人生を歩みたいと思っています。

【プロフィール】
Agustinus Aligat Kossay, SE。1968年8月14日、ワメナ盆地カマ(Kama)村生まれ。ダニ(Dani)族。身長168cm、体重70kg。血液型O。カトリック教徒。1993年北スラウエシのメナドにある国立サムラトゥランギ大学経済学部卒業。ジャヤウイジャヤ県庁・経済局職員。KNPI(インドネシア青年民族委員会)ジャヤウイジャヤ県議長。


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【参考動画】


パプア州中央高地ワメナ盆地の彫刻家ハルク氏(1) Haluk, Pemahat Papau Indonesia
http://youtu.be/DK0HzH8RrQs
http://youtu.be/omBtidpT30s
http://youtu.be/T-MF4FKDfVs
http://youtu.be/xTIjPq9C6Bc
パプアTVの番組に見る西部ニューギニア・ワメナの編み袋
http://youtu.be/hlkLPwBrROY

【参考ブログ】

パプアで今何が起きているのか? “独立”50周年とされる2011年12月1日
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201112/article_1.html
再録『GBIニュース』1999.5.30 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(3)~(1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201112/article_2.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_30.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_29.html
再録『GBIニュース』1999.5.21 インドネシア手描き絵葉書展
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_28.html
再録『GBIニュース』1999.5.18 【ヌサンタラ横断・メラウケからサバンまで】(7) ~(1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_27.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_26.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_25.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_23.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_22.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_21.html
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_20.html
再録『GBIニュース』1999.5.17 【人】 スマディ駐日インドネシア大使
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_24.html
再録『GBIニュース』1999.3.15JIF(日本インドネシア科学技術フォーラム)が運営委員会開催
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_19.html
再録『GBIニュース』1999.3.11【インドネシアのジョーク&ユーモア特集7】 『頭文字略語』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_18.html
再録『GBIニュース』1999.3.10【インドネシアのジョーク&ユーモア特集6】 『東ティモール』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_17.html
再録『GBIニュース』1999.3.9 【インドネシアのジョーク&ユーモア特集5】『お札の価値』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_16.html
再録『GBIニュース』1999.3.8【インドネシアのジョーク&ユーモア特集4】『脳の値段』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_15.html
再録『GBIニュース』1999.3.7【インドネシア・ジョークユーモア特集3】インテル・インサイド
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_14.html
再録『GBIニュース』1999.3.5 【ビジネス】イリアンジャヤから熱帯魚バラムンディを輸出希望
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_13.html
再録『GBIニュース』1999.3.4【インドネシア・ジョークユーモア特集2】 それだけは求めるな!
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_12.html
再録『GBIニュース』1999.3.3【インドネシア・ジョーク&ユーモア特集1】 『地獄への電話』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_11.html
再録『GBIニュース』1999.2.25 【人】 アンティック・ストーンとジュナイディ・ハンドコ氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_10.html
再録『GBIニュース』1999.2.24 イリアンジャヤへ帰った研修生ベルナドゥス・ティパガウさん
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_9.html
再録『GBIニュース』1999.2.23 【インタビュー】 作家セノ・グミラ・アジダルマ氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_8.html
再録『GBIニュース』1999.2.14 IWAPI(イ女性経営者協会)が3月ジャカルタで国際セミナー
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_7.html
再録『GBIニュース』1999.1.19#2ラトゥナ・サルンパエット女史が演じる『マルシナは訴える』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_6.html
再録『GBIニュース』1999.1.19 【書籍】 タブーが消えたインドネシア出版事情(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_4.html
再録『GBIニュース』1999.1.18【会見】国家人権委員会)事務局長クレメンティノ・アマラ―ル氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_3.html
再録『GBIニュース』1999.1.15  【書籍】 タブーが消えたインドネシア出版事情
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_2.html
再録『GBIニュース』1999.1.14 【会見】UILPEM(社会経済研究所)スリ・ムルヤニ所長
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201111/article_1.html
再録『GBIニュース』1999.1.13 CAPS(農業政策研究センター)所長のH.S.ディロン氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_31.html
再録『GBIニュース』1998.12.22 【会見】アンディ・アリフィアン・マラランゲン行政法学者
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_30.html
再録『GBIニュース』1998.12.15  【会見】 メガワティ・スカルノプトゥリ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_29.html
再録『GBIニュース』1998.12.14#2 【会見】PAN(国民信託党)総裁アミン・ライス氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_28.html
再録『GBIニュース』1998.12.14 【インタビュー】 詩人レンドラ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_27.html
再録『GBIニュース』1998.12.13 P3M(プサントレンと社会の発展協会)会長マスダール氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_26.html
再録『GBIニュース』1998.12.12 【インタビュー】 不動産評論家パナンギアン氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_25.html
再録『GBIニュース』1998.12.11#2 会見:インドネシア国軍総参謀長ファフルール・ラジ中将
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_24.html
再録『GBIニュース』1998.12.11GBIとIWAPI(インドネシア女性経営者協会)が協力
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_21.html
再録『GBIニュース』1998.12.10#2 HMI(イスラム学生協会)会長アナス・ウルバニングル
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_19.html
再録『GBIニュース』1998.12.10 【グラフ】 東ティモール展(TTF'98)が開催される
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_18.html
再録『GBIニュース』 【グラフ】 1998.12.9#2 【会見】ANTARA通信社社長パルニ氏 
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_17.html
再録『GBIニュース』 【グラフ】 1998.12.9 YLBHIで ハンストを続ける農民
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_16.html
再録『GBIニュース』1998.12.8 【インタビュー】 インドネシア“ヤクザ”社会の元ボス
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_15.html
再録『GBIニュース』1998.12.7 【最新インドネシア・ポルノ映画事情】
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_13.html
再録『GBIニュース』1998.12.6 【グラフ】 ♪ジングルデモ・ジングルデモ・靴が減る♪
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_12.html
再録『GBIニュース』1998.12.5#3 【人】 映画・テレビドラマ制作プロデュ―サーのケマラ氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_11.html
再録『GBIニュース』1998.12.5#2 【テレビドラマ・映画事情】 
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_10.html
再録『GBIニュース』1998.12.5 ジャカルタの映画制作会社が日本人の女優候補を公募
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_9.html
再録『GBIニュース』1998.12.4 【メディア】BUMN(国営企業)の民営化に備えて創刊
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_8.html
再録『GBIニュース』1998.12.3 【インタビュー】 若手女性映画監督ミラ・レスマナさん
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_7.html
再録『GBIニュース』1998.12.2#2 【ギャラリー】 画家クリヨノ氏が描く『木炭画のバリ島』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_6.html
再録『GBIニュース』1998.12.2 【ギャラリー】 画家クリヨノ氏が描く動物ファンタジー
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_5.html
再録『GBIニュース』1998.12.1#3  【詩の夜】 詩人レンドラが最新作を発表
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_4.html
再録『GBIニュース』1998.12.1#2 【書籍】 『Free East Timor』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_3.html
再録『GBIニュース』1998.12.1 【ビジネスパートナー求む】“黒檀の位牌はいかが?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_2.html
再録『GBIニュース』1998.11.30#2【インドネシアの民主化と東ティモール問題国際セミナー】
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201110/article_1.html
再録『GBIニュース』1998.11.30  【インタビュー】 オーケストラ指揮者アディ・MS氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_30.html
再録『GBIニュース』1998.11.29#2 【人】ジャカルタのキャリア・ウーマンたち
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_29.html
再録『GBIニュース』1998.11.29 【人】 国際交流基金ジャカルタ日本文化センター・稲見和己
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_28.html
再録『GBIニュース』1998.11.28 【グラフ】 GBIジャカルタ事務所スタッフ紹介
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_27.html
再録『GBIニュース』1998.11.27 大統領府開発監査官ラオデ・カマルディン氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_26.html
再録『GBIニュース』1998.11.26 画家ハルディさんのモデル:デイス・エル・アンワール
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_25.html
再録『GBIニュース』1998.11.25#2 Poli-T-Shirt(政治Tシャツ)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_24.html
再録『GBIニュース』1998.11.25 『GATRA』誌で経営側クーデタ成功?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_23.html
再録『GBIニュース』1998.11.24  会見:映画監督スラメット・ラハルジョ氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_22.html
再録『GBIニュース』1998.11.23 国際セミナー『インドネシアの民主化と東ティモール問題』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_21.html
再録『GBIニュース』1998.11.22 アジス&ドゥイの結婚式
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_20.html
再録『GBIニュース』1998.11.21 『Tajuk』誌編集長モハマド・ホリッド氏
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_19.html
再録『GBIニュース』1998.11.20#4 アンタラ通信社WWCR dgn Parni Hadi
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_18.html
再録『GBIニュース』1998.11.20#3 バンドン文化人の詩集カセット『Sajak LUKA』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_17.html
再録『GBIニュース』1998.11.20#2 画家ハルディ氏が初の画集を自費出版
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_16.html
再録『GBIニュース』1998.11.20 『アミン・ライス大統領の座への道のり』
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_15.html
再録『GBIニュース』1998.11.19 イリアン出身の歌手エド・コンドロギットさん
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_14.html
再録『GBIニュース』1998.11.18 対日輸出を夢見るインドネシアの女性起業家たち
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_12.html
再録『GBIニュース』1998.11.17 IWAPI(インドネシア女性経営者協会)会長スルヤニ女史
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_11.html
再録『GBIニュース』1998.11.16 行政関連3法案の初期草案を入手
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_10.html
再録『GBIニュース』1998.11.15 大人気のハビビ切手&『改革』切手シリーズ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_9.html
再録『GBIニュース』1998.11.14 “革命”前夜?の首都ジャカルタ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_8.html
再録『GBIニュース』1998.11.13#2 血塗られたSIMPR(国民協議会特別会議)最終日
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201109/article_7.html
再録『GBIニュース』1998.11.13 ダワムUNISMA学長 Dawam Rahardjo
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再録『GBIニュース』1998.11.12#3 スナヤン地区を警備する国軍ジャヤ師団の兵士
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再録『GBIニュース』1998.11.12 画家ダルマジ・サティマンDarmadji Satiman
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再録『GBIニュース』1998.11.12 LBH(インドネシア法律扶助協会)が“野戦病院”態勢に
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再録『GBIニュース』1998.11.11#2 画家ハルディ氏個展 Pelukis Hardi
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再録『GBIニュース』1998.11.11 会見:政治学者アルビ・サニット Arbi Sanit
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再録『GBIニュース』1998.11.10#3 SIMPR(国民協議会特別会議)
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再録『GBIニュース』1998.11.10#2 SIMPR(国民協議会特別会議)開催
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