再録『GBIニュース』1998.819 BeritaGBI(19.8.1998) IrianJaya

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GBIのホームページは、もともと宮崎市に拠点を置く㈲ハラパンメディアテックの宇野みれさんが立ち上げてくれた。その宇野さんが、サーバーに残っていたGBIホームページのデータを復元し、送ってきてくれた。今後、機会を窺いながら、特に『GBIニュース』をこのブログ上で再録していこうと考えている。13年前の出来事、そして当時執筆した時点での情報に基づいているため、その後の展開と新たに判明した事実と相違する内容があるかもしれない。しかし、記録の重要性に鑑み、敢えて原文のまま再録することにした。 

ヨリス・ラウェヤイ氏

大川誠一の『GBIニュース』1998年8月19日 Berita GBI(19 Agustus 1998)

【ジャカルタ発】


イリアンジャヤ住民が「一国二制度」方式の自治権を要求

スハルト政権の崩壊に次ぐハビビ政権の誕生に伴って、インドネシアでは「自由な発言」に基づく「改革時代」を迎えたが、それは「多様性の統一」を国是としてきた国家の枠組みに対する新たな疑問を提示する機会をも与えた。憲法上で言論・表現の自由が保証されていたものの、これまでスハルト政権の「猿轡」政策によって、国民は「本音」を述べることに躊躇してきた。そして今、言論界を始め反政府勢力や地方のかつて抑圧されたいた人々が、30数年ぶりに訪れた「言論の春」を期に、ようやく百家争鳴の意味をかみしめている。

すでに広く報じられているように、東ティモールでは、「独立」を前提とした「レファレンダム(住民投票)」を求める声が急拡大している。一方、最西端のアチェでは、8月20日に大規模な国軍撤退式が行われるように、これまで「恐怖」の対象であったABRI(インドネシア国軍)の影響力削減が始まった。それは、東ティモールにおける国軍撤退とも連動しており、本来「国民の軍隊」であった国軍が、「国民と対峙する国軍」であったことをいみじくもさらけ出す結果ともなっている。

東ティモール、次いでアチェ。そして今、最東端の州イリアンジャヤ(西部ニューギニア)でも日増しに「自治権の拡大」と「分離独立」を要求する大衆の声が高まっている。さる8月1日、州都ジャヤプラでは、角界各層の声を吸収する形でLMAIJ(イリアンジャヤ伝統協議団体)が結成された。議長は、センタニ(州都ジャヤプラ西方45km)地区出身のオンドフォロ(部族長の意味)であるテイス・エルワイ氏。

計11県(正確には9県+2都市行政区)の代表すべてが同団体結成に署名しており、首都ジャカルタに代表部を設置している。GBIは8月19日、ジャカルタ代表部のヨリス・ラウェヤイ代表と単独インタビューを行い、LMAIJの今後の活動計画などについて尋ねた。

『これまでインドネシア領となって以来35年間、社会インフラの整備は相当進んだが、しかし人的面で余りにも差別が横行してきた。公務員の70%は非イリアン人。たとえこれまで9人の州知事の内5人がイリアン出身者だが、それはあくまでも中央の思惑があっての上での人事であって、例えばこの35年間に20を超える省庁の地方代表となったイリアン人はわずか2名しかいない。優秀な人材がいても、それ相応のポジションに登用されていない。さらに国軍の非友好的姿勢。それらが35年間をかけてイリアン住民をしてインドネシアからの分離独立を切望させる結果となった。私たちは真の自治権を求める。例えば、いまレファレンダム(住民投票)を実施したのならば90%以上が独立を望むだろう。いまこそインドネシア中央政府は、これまでの姿勢を改め、自分自身を開き、我々イリアン人と対話の席につくことが最良の解決への道だ。もしもこれが叶えられないのならば、我々はインドネシア共和国から離脱する道を選択せざるを得ない。一国二制度の方式でイリアン問題は解決できる』と、ヨリス氏。

ヨリス氏は、インドネシアではPP(ペムダ・パンチャシラ「(建国五原則青年)」の専務理事として知られており、また国民協議会議員でもある。PPは、スハルト政権時代には、政権並びに与党ゴルカル傘下の民間青年団体と位置づけられており、政権より特別な地位を供与され、日本で言えば、右翼団体に似た活動をしてきた。このため、一般大衆の間では、PPは「不良集団」、「政府の犬」的な烙印を押されてきている。

『なにも昨日今日イリアン問題について発言を始めたわけではない。しかしスハルト時代にイリアンの政治的立場について自由に話すことが不可能だったことは事実だ。これからはイリアン住民のために闘う』と、イリアンジャヤのセルイ島出身のヨリス氏。LMAIJは、8月21日ジャカルタで初めての支部総会を催し、ジャワ島に暮らすイリアン出身者の声を聞く機会を持つという。

『我々はイリアンという名称をパプアに変更することも要求している』とヨリス氏。IRIAN(Ikut Republik Indonesia Anti Nederland)とは、「(I)従う(RI)インドネシア共和国(A)反(N)オランダ」とのインドネシア語の頭文字から創られたとも言われるが、もともとはビアク島の地元の言葉で「熱い土地」、「沸騰直前のお湯」を意味する。


(注)かつて西イリアン(Irian Barat)と呼ばれ、イリアンジャヤ(Irian Jaya)の名称に変更されたインドネシア領西部ニューギニアは、後にパプア(Papua)州となり、現在はパプア州と西パプア(Papua Barat)州の二つの州政府から成る。

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【参考ブログ】

再録『GBIニュース』1998.8.18 Berita GBI(18 Agu.1998) Tim2
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201105/article_20.html

再録『GBIニュース』1998年8月18日Berita GBI(18 Agu.1998) Tim2
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201105/article_18.html

再録『GBIニュース』1998年8月17日Berita GBI(17 Agu.1998)HUT RI
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201105/article_14.html

再録『GBIニュース』1998年8月14日Berita GBI(14 Agu.1998) Tim2
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201105/article_1.html

再録『GBIニュース』1998年8月12日Berita GBI(12 Agu.1998) Tim2
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201104/article_30.html

再録『GBIニュース』1998年8月11日Berita GBI(11 Agu.1998) Tim2
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201104/article_29.html

再録『GBIニュース』1998年8月10日Berita GBI(10 Agu.1998) Tim2
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201104/article_28.html

再録『GBIニュース』1998年8月9日 Berita GBI(9 Agus.1998) Tim2
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201104/article_27.html

再録『GBIニュース』1998年8月8日 Berita GBI(8 Agus.1998) Tim2
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201104/article_26.html

再録『GBIニュース』1998年8月7日 Berita GBI(7 Agus.1998) Tim2
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201104/article_25.html

再録『GBIニュース』1998年8月5日 Berita GBI(5 Agus.1998) Tim2
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201104/article_24.html

再録・大川誠一の『GBIニュース』1998年8月3日 Berita GBI(3 Agus.1998)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201104/article_22.html

インドネシア文化宮(GBI)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/

インドネシア文化宮2010年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2010)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_1.html

インドネシア文化宮(GBI)満12歳です HUT GBI ke-12 thn
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201005/article_15.html

インドネシア文化宮2009年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2009)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201001/article_1.html

インドネシア文化宮2008年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2008)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_1.html

インドネシア文化宮2007年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2007)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200712/article_2.html

インドネシア文化宮2006年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2006)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200612/article_8.html

インドネシア文化宮活動記録(日本語)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_2.html

インドネシア文化宮活動記録(インドネシア語)Kegiatan GBI
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_4.html

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