再録・大川誠一の『GBIニュース』1998年8月3日 Berita GBI(3 Agus.1998)

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今から13年前の1998年。インドネシア近代史の大転換の年だった。スハルト長期独裁政権が倒れ、民主化のうねりが一気に国中を覆った。インドネシア文化宮(GBI=Graha Budaya Indonesia)は、スハルト大統領退陣のちょうど一週間前の1998年5月15日、東京・下落合にオープンした。そして、同年8月から“インドネシア21世紀の人物像”を基本テーマに、民主化・地方自治の向上の流れの中で指導者として活躍するであろう、各界各層の人物に焦点を当てた単独インタビューを企画し、2003年初旬まで続けた。

この間、インタビューした人物は優に200名を超えた。その中には、当時のハビビ大統領や、後に大統領職に就任する、ワヒド氏、メガワティ女史、現大統領のユドヨノ氏なども含まれていた。当時、この企画は、C社で単行本として刊行される予定だったが、担当者の急逝に伴って、その計画は頓挫した。

インタビューの要点や、その他諸々のジャンルの記事は、1998年8月3日から2003年1月23日までの、およそ4年半にわたって『大川誠一のGBIニュース』として、当時、GBIのホームページに連載した。しかし、諸般の事由で、同ホームページは閉鎖を余儀なくされた。以降、ブログを立ち上げ今日に至っている。

GBIのホームページは、もともと宮崎市に拠点を置く㈲ハラパンメディアテックの宇野みれさんが立ち上げてくれた。その宇野さんが、サーバーに残っていたGBIホームページのデータを復元し、送ってきてくれた。今後、機会を窺いながら、特に『GBIニュース』をこのブログ上で再録していこうと考えている。13年前の出来事、そして当時執筆した時点での情報に基づいているため、その後の展開と新たに判明した事実と相違する内容があるかもしれない。しかし、記録の重要性に鑑み、敢えて原文のまま再録することにした。 


大川誠一の『GBIニュース』1998年8月3日 Berita GBI(3 Agustus 1998) 

【ジャカルタ発】


(1)450万人の子供たちが就学断念の危機

一年間にわたってインドネシアを窮地に追い込んでいるクリシス・エコノミ(経済危機)。公式推計によれば、98年末までに1500万人の失業者を生むと言われているが、その影響を受けているのは大人たちばかりではない。
教育文化省の推定によれば、およそ450万人の小中学生が学業を断念せざるをえない状況に追い込まれている。失業や収入の急激な減少により、教育費を支払えない家庭が急増しており、小中学校の義務教育化が軌道に乗り始めた矢先の緊急事態に、ユオノ・スダルソノ教育文化大臣は、奨学金の支出やその他の方法での問題解決にあたると強調。具体的な財源には触れていないが、これらの措置によって、少なくとも160万人の子供たちが学校生活を継続できるものと見られている。

(2)ストリートチルドレンが急増

経済危機は、一般庶民ことに低所得者層に最も打撃を与えているが、中部ジャワのデイポネゴロ大学のヌニック教授の最新調査によれば、スマラン市のストリートチルドレンの数は、この一年間で700人から2000人へと急増した。「彼らが路上の児童売春やその斡旋に走ることが危惧されている」と教授は語る。
背景には、もともと両親が失業者だったり、通貨危機によって失業したための生活困難があり、また経済危機に遠因する両親の離婚によって、行き場を失った子供たちが路上生活者と化していることがある。
ジュステイカ社会相は、国連機関との協力に基づいて、近く「児童友愛自動車」と名付けた7台の車両を、それぞれ首都ジャカルタ、バンドン、スマラン、スラバヤ、ジョグジャカルタ、ウジュンパンダン、メダンの各市に配置し、ストリートチルドレンの調査に乗り出すことを発表した。計画によれば、専門指導員が子供たちの実態を把握した後、奨学金の支出やその他の救済策を講じるという。

(3)50を超す政党が出現

スハルト政権の崩壊と共に「レフォールマシ(改革)」の嵐は一段と風力を増しているかのようだ。ことに政治の世界では、政党設立ブームが「開発独裁政治」への決別を如実に表している。「それは手綱を離れた暴れ馬のようだ」と比喩されるほどで、次から次へと政党が誕生している。
新政党法は現在内務省の特別チームが検討中だが、それにも関わらず、来年の五月にも予定されている総選挙を視野に入れて、各層各界のリーダーたちが政党の設立を急いでいる。
その数、7月末時点で52政党。
特徴としては、スカルノ初代大統領の「オルデ・ラマ=旧秩序」時代に存在していたが、スハルト政権下で吸収・統合されたりした政党の“復活”を目指すものや、ある特定の民族や特定の宗教を背景としたものなど。凝った名称で新鮮味を訴える政党も少なくない。
例えば、イスラム指導者党、新マシュミ党、華人改革党、インドネシア女性党、民族信任党、民族覚醒党、インドネシア貧困者党、インドネシア中途退学青年並びにインフォーマル農民国民党、インドネシア家族党、漁民・農民繁栄党、などなど。
結社・結党の自由を謳歌する時代が到来したことを示す現象とは言え、現実問題としては全国規模の政党組織の編成のためには膨大な資金が必要となり、果たしていくつの政党が来年の総選挙に名乗り出れるのか、政治評論家の間には懐疑的な声が強い。
かつてスカルノ時代の1955年の総選挙の際にも数多くの政党が名乗り出たことがあるが、その選挙はインドネシア選挙史のなかでも特筆的な平和的なものであった。来年の総選挙もそうであって欲しいと願う国民の声は日増しに高まっている。スハルト政権下での総選挙がいつも流血を伴った「民主主義の祭典」であったことを考えれば、この国民の願いが遂げられることを祈らずにはいられない。

(4)アビリオ東テイモール州知事と会見!日本政府に突きつける重大要求とは?

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インドネシア文化宮(GBI)代表はこのほど、首都ジャカルタでアビリオ東テイモール州知事にインタビューする機会を得た。同知事は近く日本政府に対してある重大な要求を発表すると強調。その内容とは?8月3日より現地入りする予定につき、ディリ市で再度同知事と面会し、その重大要求の中身についてリポートする。ご期待下さい!


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【参考ブログ】

インドネシア文化宮(GBI)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/

インドネシア文化宮2010年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2010)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201101/article_1.html

インドネシア文化宮(GBI)満12歳です HUT GBI ke-12 thn
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201005/article_15.html

インドネシア文化宮2009年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2009)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201001/article_1.html

インドネシア文化宮2008年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2008)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_1.html

インドネシア文化宮2007年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2007)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200712/article_2.html

インドネシア文化宮2006年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2006)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200612/article_8.html

インドネシア文化宮活動記録(日本語)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_2.html

インドネシア文化宮活動記録(インドネシア語)Kegiatan GBI
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_4.html

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