津波禍のインドネシア人船員3名那智勝浦港へ Nasib ABK WNI

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2004年12月のスマトラ沖大地震・巨大津波を始め、幾多の大規模自然災害の体験を持つインドネシア共和国。かつての日本からの支援へのお返しとして、同国政府は、200万ドルの見舞金と約60名の救援チームの派遣を決めた。明日にも15名規模の先遣隊が来日予定という。

他国と比較して出足が遅い感はあるが、日本政府からのゴーサイン待ちで、派遣が延期されてきたいきさつがある。チームは、医療班、国軍兵士、救難班などから構成される予定。東北3県では未だ連絡がとれないインドネシア人が多数いる。昨日から気仙沼、石巻方面に向かっている在日インドネシア大使館チームの調査によって、安否に関して新たな情報がもたらされるものと思われる。


「夏祭の港風景」保戸島
掲載ページ: http://www.oitasima.net/photo3-1/ThumbnailFrame.html

大地震と巨大津波が発生した時、宮城県塩釜港に停泊中だったマグロはえなわ漁船「第3くに丸」(約70トン)。計10名の乗組員(ABK)の内、7名がインドネシア人だった。そして今日現在内4名の行方が不明。津波の第一波があったあと甲板に出たところ、第二波にさらわれたものと思われる。

行方不明者はインドネシア外務省によれば:Sunardiさん(27歳)、Aripin Siregarさん(29歳)、Rudi Hartonoさん(30歳)、Tony Setiawanさん(30歳)。

一方、残りの3名のインドネシア人船員は難を逃れた。彼らは、同船が所属する大分漁協保戸島支店(津久見市)によれば、Baryantoさん(28歳)、Sadikinさん(27歳)、Muhamadさん(27歳)。「ケガで入院した機関長を除く日本人乗組員2名とインドネシア人3名は、現在(2011年3月17日)神奈川県の三崎港に入港中で、燃料や食糧の積み込みを行っています。自力での航行は無理なため、別の船が曳航しています」と、同漁協関係者。

WNI(インドネシア国籍)の3名の津波禍生還者は、二日以内に、和歌山県那智勝浦港に到着予定とされる。同地で同船の修理が行われる予定。一方、津波発生時に同じく塩釜湾にいた僚船の「第78新貢丸」(約70トン)は、無傷で、同船に乗り組んでいた7名のインドネシア人に被害はない。同船は今日(2011年3月17日)にも、大分県津久見市の保戸島に戻る予定。

日本には多くのインドネシア人青年が、マグロはえなわ漁船の船員として滞在している。彼らの多くは“手配会社”によって、日本各地の漁港に所属する漁船に乗り組んでいる。「第3くに丸」のインドネシア人船員を手配した石巻にある会社とは、今現在連絡が取れない状況という。津波禍にあったのかもしれない。


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ホテルの屋上から那智勝浦漁港が
掲載ページ: http://ymichihata.exblog.jp/14751608/


【参考ブログ

Pray for Japan インドネシアからの声援・応援便り
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201103/article_16.html

日本で死にたくない Saya Tak Ingin Mati di Jepang
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201103/article_15.html

日本からパプアにやってきた津波。Tsunami dari Jepang ke Jayapura
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201103/article_14.html


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