インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)

アクセスカウンタ

zoom RSS 日本からパプアにやってきた津波。Tsunami dari Jepang ke Jayapura

<<   作成日時 : 2011/03/14 00:00   >>

驚いた ブログ気持玉 2 / トラックバック 12 / コメント 0

画像


2011年3月11日(金)、東日本大地震の発生。あのアチェの巨大津波の爪痕を彷彿させる地獄図絵。2004年12月26日(日)、一瞬にして、アチェだけでも十数万もの人命が奪われた。今盛んにテレビ出演している地震や津波の専門家たち。彼らも、あのアチェの惨状に接した。そして、あの時と同じように言う。「想定外の規模でした」と。

彼ら専門家と称する学者は、アチェから何を学習したのだろうか。疑問は尽きない。そして彼らが言う「想定外」とは、何を根拠に“想定”していたのか。東海地震の到来が叫び始められた頃、多くの建築家や“専門家”たちが言った。「この建物は、関東大震災の二倍の規模の地震にも耐えることができます」と。

さて、門外漢として問いたい。関東大震災の三倍、四倍規模の地震発生の可能性はあるのか、と。そういった条件は「想定内」なのか、それとも「想定外」なのかを。


画像


大自然の息遣いを理解したかのような“専門家”。自然も反論に窮しているのかもしれない。「あなた方は、どうも私たちの力を甘く見ているようですね」と。アチェから何を学んだのか、もう一度考えたい。

三陸沖で発生した津波は、まっすぐ南下。赤道を超え、西部ニューギニアにまで達した。パプア州(Propinsi Papua)の州都ジャヤプラ(Jayapura)まで、およそ5,000kmを旅した波は、ヨテーファ湾(Teluk Youtefa)一帯を襲った。現地から寄せられた情報によれば、一名の犠牲者が報告されている。ジャヤプラ市タミ河口地区(Distrik Muara Tami)のホーテカン(Holtekamp)で養殖業を営む、スラウェシ島のマカッサル出身のダルワント・オダン(Darwanto Odang)さん(35歳)が、高さ1〜2mの津波に飲まれた。

ホーテカンやトバティ(Tobati)村、そしてエングロス(Enggros)村では、多くの水上家屋が流され、さらにコンクリート製の、ブアヤ川にかかる橋も真ん中からV字型に崩れた。村人が話すところによれば、津波は現地時間(日本時間と同じ)午後8時30分頃から始まり、9時30分まで計3回起こったという。ちなみにジャヤプラ気象台は、同日、午後8時頃、津波警報を発令した。
「日本の地震が送ってきた津波の波がトバティで家屋と橋を破壊」---国営アンタラ通信社は、そう伝えた。


画像


写真提供(Photo)

在ジャヤプラのRian Budimanさん。リアンさんは、PTGC(Papua Tour Guides Community)のインターネット&技術担当。

【参考ブログ】

パプア州関連ブログ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/42c3391253.html

アチェ・津波関連ブログ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/3c51fbcd1e.html

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
驚いた
かわいい

トラックバック(12件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
津波禍のインドネシア人船員3名那智勝浦港へ Nasib ABK WNI
{%うずうずwebry%}2004年12月のスマトラ沖大地震・巨大津波を始め、幾多の大規模自然災害の体験を持つインドネシア共和国。かつての日本からの支援へのお返しとして、同国政府は、200万ドルの見舞金と約60名の救援チームの派遣を決めた。明日にも15名規模の先遣隊が来日予定という。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/03/17 14:42
“桜の国”へアチェの祈り Doa Aceh untuk Sakura
{%うずうずwebry%}去る3月20日(日)、スマトラ島北西端のバンダアチェ(Banda Aceh)で行われた、アチェ文化人による日本連帯の集い『“桜の国”へアチェの祈り(Doa Aceh untuk Sakura)』の模様を伝える画像が送られてきた。詩の朗読、そしてジャンベ太鼓の演奏。2004年12月26日、マグニチュード9.1の大地震と巨大津波でおよそ17万の犠牲者を記したアチェ州。“津波の連帯”は、アチェ人が故に説得力・同情力を持っている。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/03/23 20:30
“桜の国”へアチェの祈り(2) Doa Aceh untuk Sakura(2)
{%うずうずwebry%}去る3月20日(日)、スマトラ島北西端のバンダアチェ(Banda Aceh)で行われた、アチェ文化人による日本連帯の集い『“桜の国”へアチェの祈り(Doa Aceh untuk Sakura)』の模様を伝える画像第二弾。詩の朗読、そしてギター&ジャンベ太鼓の演奏。2004年12月26日、マグニチュード9.1の大地震と巨大津波でおよそ17万の犠牲者を記したアチェ州。“津波の連帯”は、アチェ人が故に説得力・同情力を持っている。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/03/25 22:00
アチェから福島Dari Aceh ke Fukushima:Puisi Rahmad Sanjaya
{%うずうずwebry%}アチェの詩人ラフマド・サンジャヤ(Rahmad Sanjaya)さんから、『福島原発』をテーマに据えた詩が届いた。同氏は、去る3月20日に州都バンダアチェで文化人が集まって開催した「“桜の国”へアチェの祈り(Doa Aceh untuk Sakura)」にも参加し、ギターを片手に、追悼の詩歌を披露した。アチェは2004年12月26日に起きた大地震と巨大津波でおよそ17万もの尊い命を失った。未曾有の大自然災害から復興を遂げたその地から、ラフマドさんが叫ぶ。「... ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/03/26 17:57
アチェから日本へDari Aceh kpd Saudara Jepang: M.Y.Bombang
{%うずうずwebry%}またまたアチェの詩人からメッセージが届いた。今度はボンバン(M.Y.Bombang)さんからだ。巨大津波の被災体験(2004年12月26日)を基に、日本の地震・津波被災者に、深い弔いの気持ちと熱い応援の声を届けたいと言う。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/03/27 23:29
黙想する我々の為に Untuk Kita Renungkan(EBIET G.ADE)
{%うずうずwebry%}首都ジャカルタ在住の友人ムティア(Meutia Anggraeni)女史から、地震・津波被災の日本国民に是非視聴していただきたい、と一本の映像がFB(フェースブック)経由で送られてきた。かつてインドネシアを代表するフォークシンガーだったエビート(Ebiet G.Ade)さんが歌い上げる『Untuk Kita Renungkan(黙想する我々の為に)』。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/03/28 20:17
インドネシア国家防災庁と津波(BNPB & Bencana Alam/Tsunami)
{%うずうずwebry%}日本人とインドネシア人のキャラクターは、俗に言うジャワ人の精神構造との類似性を除けば、筆者の40年間にわたる体験から見ると、余り相似性はない。相反すると言っても過言ではない気質や道徳観が、両民族の間に存在する。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/04/09 16:11
東日本歳震災から一ヵ月・アチェから何を学んだか Tsunami Jepang & Aceh
{%うずうずwebry%}明日(2011.4.11)は、東日本大震災からちょうど一ヵ月。あの歴史的大自然災害から私たち日本は、そして世界は、何を学び、その事実・体験を今後どのように活かしていこうとしているのでしょうか。人間の健忘癖を知りつつ、3万を超すであろう犠牲者を悼み、そして何十万もの被災者の苦渋の生活に思いを馳せる時、果たして私たちは、どれほどの教訓を得たと言えるのでしょうか。気がかりでなりません。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/04/10 23:20
東日本大震災から一ヵ月・『稲むらの火』と津波防災 Nyawa Api
{%うずうずwebry%}2011311。東日本大震災からちょうど一ヵ月。いまだ15万もの人々が、我が家を離れ避難生活を余儀なくされている。警察庁発表で13,116人の犠牲者(2011年4月11日午前10時現在)。さらに2万を超すかもしれない行方不明者の数。そして、あの“核心”が見えない福島原発の脅威。東京では満開のサクラ。桜前線は着実に北上し、被災地からも開花の便りが届き始めた。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/04/11 13:16
津波禍のあとに起きた不法森林伐採 Penebangan Liar Pasca Tsunami
{%うずうずwebry%}2004年12月26日に津波による大被災を受けた、スマトラ島北西端のアチェ(Aceh)州。地震と津波は天災だが、当地で“人災”が“天災”を引き起こしている。それは、不法森林伐採による洪水。アチェでは津波禍の一年後に、長く続いた分離独立紛争に終止符が打たれたが、自由の風が吹き始めるや、各地で不法伐採が急激に増加した。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/04/12 17:54
パプア州の民族に学ぶ自然との共生 Belajar dari Suku Bangsa Papua
{%うずうずwebry%}今年の流行語大賞候補になるかもしれない「想定外」。東日本大震災が起きて以来、何度このフレーズを聞いたことでしょう。地震学者、津波学者、官房長官、東電、気象庁等々、いずれもが、今回の巨大津波の襲来に対して「想定外」の言葉で、まさに批判・非難をかわしている。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/04/13 17:06
災害から逃れられないアチェ Usaha Penanggulangan Bencana di Aceh
{%うずうずwebry%}あのアチェ巨大津波から6年以上も経過したにも関わらず、スマトラ島北西端のアチェ州では自然災害の脅威から解き放されていない---とするリポートが今日付けの地元紙『Serambi Indonesia』に掲載された。災害は忘れなくてもやってくる。 ...続きを見る
インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)
2011/04/14 15:34

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
日本からパプアにやってきた津波。Tsunami dari Jepang ke Jayapura インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる