東部インドネシアの旧日本軍航空基地(34) Bandara Dai Nippon(34) ワクデ島

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サルミ(Sarmi)における日本軍と連合軍の対峙は、太平洋戦争において、戦術・戦略的な側面から見て、制空権と制海権がどれほどまでに勝敗を決定づけたかを物語る好例だろう。飛行場の早期建設を至上命題に、死に物狂いでその任務を達成するものの、その飛行場の存在そのものが自軍を玉砕状況に追い込んでいった。その光景を、仮に、眺めていた地元のパプア人がいたとしたならば、おそらく彼は、彼女はきっとこう目撃談を語るだろう。

『ある日突然、たくさんの日本兵が、遠く北の方からやってきた。すると、村人の許可を得るでもなく、まるで自分の土地かのように、直ちに広大なジャングルを伐開。巨大な飛行場の建設に取りかかった。重機なんてほとんどなかった。スコップとツルハシ、そしてモッコの手作業。まさに血と汗、そして命を賭けて、ようやく滑走路が完成。工事の過程で亡くなった兵士や兵補たちは少なくない。で、その飛行場に日本軍の飛行機がやってくるのかな、と思っていると、突如、連合軍がやってきて、連日連夜、空から大量の爆弾を降らせ、朝から晩まで何日間も、海から艦砲射撃を浴びせた。作ったばかりの飛行場には、あちこちに大穴。たくさんの日本兵の命を奪った。空爆が一段落すると、日本兵は、空爆で開いた穴を一生懸命埋め戻した。と、翌日には再び空襲。そして、再び、三度の修復作業。やがて、連合軍が上陸してきた。その、森に、海岸にぽっかりと開いた、サッカー場のような飛行場で、今度は、大砲や戦車を使って地上戦を展開。空から海から、連合軍の爆弾が降り注ぐ。またまた、たくさんの兵士たちが死傷。気がつくと、日本軍は玉砕。自力で動けない戦傷者や戦病者らは、次から次へと手榴弾を抱えて自決。飛行場から硝煙と死臭がまだ消えない内に、連合軍は幾つもの重機を駆使して、日本軍が作った飛行場をいとも簡単に補修、修復し、数日後には友軍機が降り立った。敗走して湿地帯の、深いジャングルに追いやられた日本兵。そこにはマラリアやアメーバ赤痢が待っていた。その上、致命的な飢餓にも襲われた。まさに生き地獄。地獄絵図の世界。屍となった兵士たちは、太古の密林の肥やしと化した。しかし、こうした出来事は一ヶ所に留まらなかった。戦場は嵐のように、次々とその場所を変え、西へ、北へと移って行った。そして、いずれの戦場でも、同様の光景が繰り返された。遥か彼方から、この赤道直下の島までやってきて、他人の土地で戦いまくり、殺しまくり、累々たる白骨を密林に遺していった。彼等日本兵は、何のために命を賭して飛行場をあちらこちらに築いたのだろうか。友軍に使われないばかりか、敵軍を利することになった飛行場を。確かに、幾つかの飛行場は、今日の空港の礎となったが、幾つかは日本兵の白骨と共に、再びジャングルの巨木に覆われ、このパプアの地で、何もなかったかのように永い眠りについている』

連合軍上陸後のワクデ島飛行場。陸軍97式重爆撃機(Sally)が無残な姿を晒している(USAAF 1944)


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“幸飛行場”と第36師団が名付けたサワル飛行場の跡地は、衛星画像で見ると、今は密林と化している。“御祐飛行場”と名付けられた未完のウォスケ飛行場跡地は、鮮明な衛星画像が入手ができないため、現在どうなっているのかは分からない。「今日の一時間は、空爆下の百時間に優る。いま流す汗は戦闘間の血に代わるもの、全力をあげ、最大能力を発揮せよ」---歩兵第224連隊の松山宗右衛門大佐は、ウォスケ飛行場に携わる兵士たちをそう叱咤激励した[『西部ニューギニア戦 雪部隊 苦闘の軌跡』(大國五郎著、角川書店)]。「飛行場予定地は入江山とウオスケ川の間にある。このあたりは、海岸から奥へ一キロほどが比較的平坦で、飛行場に適していると考えられた。無論それでも、密林であることに変りはない。(中略)直径1.5メートル級の大樹が林立して作業が進まず、圧死者さえ出しながら伐開を急いでいた。歩兵・砲兵の区別なく、全力をあげて工事にとり組んだが、困ったのは土工用具である。準備できたのは、いずれも人力に頼る原始的なもの。兵士の持つシャベルやつるはしは、壕を掘るのが精一杯で、到底、飛行場造りの土工具とはいえない。しかし、とにかく、飛行場は我に制空権があるうちに完成しなければならない」---大國氏は、ウォスケ飛行場建設作業を、同書の中でそう記している。


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西部ニューギニアを作戦地域とした第二軍(豊嶋房太郎中将)の場合、サルミで、ワクデで、マノクワリで、そしてビアク島、ヌンホル島、さらにはベラウ地峡のイドレで、そしてフォーゲルコップ半島の各地で、ある時は戦闘で、ある時は転進という名の敗走で、数百、数千、そして万単位の将兵が、“玉砕”もしくは戦病死していった。サルミ地区の戦闘で約9,000人。ビアク島の玉砕で約10,000人。ヌンホル島の玉砕で約3,000人。イドレ死の転進作戦で約10,000人。さらに東のホランジア(現ジャヤプラ)からサルミを目指した転進作戦の犠牲者がおよそ6,000~10,000人。イドレ転進を例外とすれば、その他の地域では、いずれも日本軍飛行場の存在が引き金となって、戦闘に発展していった。西部ニューギニアに残る幾多の滑走路(跡)。そして、未だに遺骨収集されずに密林中に横たわる幾多の日本兵の屍。戦後すでに60有余年。“英霊”は祖国へ未だ帰還することさえできない。そこに彼等が築いた飛行場があるというのに。


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連合軍上陸約7週間前に米軍偵察機が撮影した日本軍ワクデ飛行場。滑走路近辺の施設を分析している(USAAF 31 March 1944)


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2009年7月空撮のワクデ島(相模原市の座間淳子さん撮影)。


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2009年7月空撮のワクデ島(春日部市の木村宏氏撮影)


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連合軍ワクデ島上陸作戦要図(University of Texas Libraries)


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ワクデ島に上陸する米第163連隊(US Army 17 May 1944)


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日本軍の空爆によって破壊されたワクデ飛行場の米第35戦隊第8中隊の飛行機。P-38戦闘機など計6機が破壊され、80機が損傷を受けた(USAAF 7 June 1944)

連合軍は、早くも上陸三日後の5月21日にワクデ飛行場の修復を終え、使用可能とした。この日、日本軍の第7飛行師団第70中隊機(注:この時点では、第70中隊はマノクワリ南方のムミ飛行場に2機、そしてアンボン島近くのハルク島のハルク飛行場にも2機の百式司令部偵察機を有していた)は、米軍に占拠されたワクデ島を偵察し、滑走路には相当の弾痕があるが、双発一機が着陸中で、さらに南の海上には、一万トン級一隻、7~8千トン級5隻の軍艦及び上陸舟艇約20隻を確認した。5月26日、第75戦隊の双軽一機は、ソロンからワクデ島に飛び、同島南側半島部の宿営地を爆撃し、全弾命中を報じた(『戦史業書 西部ニューギニア方面陸軍航空作戦』)。さらに、同書によれば、日付は明らかではないが、陸軍第7飛行師団の第61戦隊(ハルマヘラ島のワシレ飛行場)の櫻井東洋男大尉は2機をもってワクデ島を夜間攻撃し、電灯をつけて作業中だった滑走路付近を高度4,000mで爆撃した。戦果は確認できず、在地機小型約20機に相当の損害を与え、施設を破壊したものと思う旨を報じた。しかし、この攻撃に関して、米軍は特に言及していない。
一方、6月6日の日本海軍機による空爆については、被害状況を写した写真と共に、詳細な記録が残っている。記録によれば、ハルマヘラ島のワシレ(Wasile)飛行場から6月6日に飛来したスナヤマ・イサオ少尉率いる日本海軍第732航空隊の一式陸攻(一式陸上攻撃機)2機が、ワクデ飛行場を空爆し、P-38など6機を全壊、80機に損傷を与えた、とされる。



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日本軍の空爆によって破壊されたワクデ飛行場の米軍B-24J機(USAAF, 5th AF, 90th BG: 7 June 1944)


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米軍上陸後のワクデ島。日本陸軍の97式重爆撃機(Ki-21 Sally)の残骸と朽ちた椰子の木(USAAF 1944)


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日本軍機の空爆によって破壊されワクデ飛行場の米軍P-47戦闘機(USAAF 7 June 1944)


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米軍上陸後のワクデ飛行場。日本陸軍の九九式双軽爆撃機(Ki-48 Lily)の残骸。(Eugene Salternik 1944)


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米軍が上陸後修復したワクデ飛行場(USAAF, 100th Service Squardon via Lt.Col.Davis: 1944)


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日本軍機による空爆後のワクデ飛行場。6機が破壊され、80機が損傷を受けた(Eugene Salternik: 7 June 1944)


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日本軍機の空爆によって破壊された第167歩兵連隊の観測機L-4B(US Army 7 June 1944)


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米軍占領後修復されたワクデ飛行場。大量の航空機が駐機している。滑走路の端に爆撃機B-24が(USAAF 1944)


【参考ブログ】


東部インドネシアの旧日本軍航空基地(33) Bandara Dai Nippon(33) ワクデ島(Pulau Wakde)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_4.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(32) Bandara Dai Nippon(32) ワクデ島(Pulau Wakde)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_3.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(31) Bandara Dai Nippon(31) サルミ(Sarmi)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_2.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(30) Bandara Dai Nippon(30) サルミ(Sarmi)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_34.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(29) Bandara Dai Nippon(29) サルミ(Sarmi)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_33.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(28) Bandara Dai Nippon(28) ナビレ(Nabire)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_32.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(27) Bandara Dai Nippon(27) ヌンホル島(Pulau Numfor)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_31.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(26) Bandara Dai Nippon(26) ヌンホル島(Pulau Numfor)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_30.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(25) Bandara Dai Nippon(25) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_29.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(24) Bandara Dai Nippon(24) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_28.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(23) Bandara Dai Nippon(23) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_26.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(22) Bandara Dai Nippon(22) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_25.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(21) Bandara Dai Nippon(21) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_24.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(20) Bandara Dai Nippon(20) マピア島(Pulau Mapia)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_22.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(19) Bandara Dai Nippon(19) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_21.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(18) Bandara Dai Nippon(18) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_20.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(17) Bandara Dai Nippon(17) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_19.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(16) Bandara Dai Nippon(16) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_18.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(15) Bandara Dai Nippon(15) イドレ(Idore)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_17.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(14) Bandara Dai Nippon(14) イドレ(Idore)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_16.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(13) Bandara Dai Nippon(13) イドレ(Idore)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_15.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(12) Bandara Dai Nippon(12) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_14.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(11) Bandara Dai Nippon(11) マノクワリ(Manokwari)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(10) Bandara Dai Nippon(10) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_11.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(9) Bandara Dai Nippon(9) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_10.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(8) Bandara Dai Nippon(8) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_9.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(7) Bandara Dai Nippon(7) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_8.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(6) Bandara Dai Nippon(6) サガ&バボ(Saga & Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_7.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(5) Bandara Dai Nippon(5) バボ&サガ(Babo & Saga)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_6.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(4) Bandara Dai Nippon(4) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_5.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(3) Bandara Dai Nippon(3) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_4.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(2) Bandara Dai Nippon(2) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_3.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地 (Bandara Dai Nippon) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_2.html

マルク州タニンバル紀行(9) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (9)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200807/article_1.html

マルク州タニンバル紀行(8) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (8)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_10.html

マルク州タニンバル紀行(7) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (7)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_9.html

マルク州タニンバル紀行(6) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (6)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_8.html

マルク州タニンバル紀行(5) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_7.html

マルク州タニンバル紀行(4) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_6.html

マルク州タニンバル紀行(3) Ke Tanimbar, MTB. Maluk (3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_5.html

マルク州タニンバル紀行(2) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_4.html

マルク州タニンバル紀行(1) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_3.html

アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_4.html

戦後が来ない西南東マルク県。占領の傷跡は誰が癒してくれるのか?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_6.html

パプアの桜(No.2) Pohon Sakura Papua(No.2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_4.html

パプアの桜(No.1) Pohon Sakura Papua(No.1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_3.html

西パプア州政府(Provinsi Papua Barat)
http://www.papuabaratprov.go.id/

パプア州政府(Provinsi Papua)
http://web.papua.go.id/

マノクワリ県(Kabupaten Manokwari)
http://www.manokwarikab.go.id/

ヤーペン島嶼県(Kabupaten Kepulauan Yapen)
http://www.yapenwaropen.go.id

ビアク・ヌンホル県(Kabupaten Biak Numfor)
http://www.biak.go.id/

ソロン県(Kabupaten Sorong)
http://www.sorongkab.go.id/

南ソロン県(Kabupaten Sorong Selatan)
http://sorongselatankab.go.id/

サルミ県(Kabupaten Sarmi)
http://www.sarmikab.go.id/

ワローペン県(Kabupaten Waropen)
http://www.waropenkab.go.id/

ファクファク県(Kabupaten Fakfak)
http://www.fakfakkab.go.id/

ビントゥニ湾県(Kabupaten Teluk Bintuni)
http://www.bintunikab.go.id/

ウォンダマ県(Kabupaten Teluk Wondama)
http://www.telukwondama.go.id/

カイマナ県(Kabupaten Kaimana)
http://www.kaimanakab.go.id/

ジャヤプラ市(Kota Jayapura)
http://www.jayapurakota.go.id/

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