東部インドネシアの旧日本軍航空基地(50) Bandara Dai Nippon(50) ジャヤプラ

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米軍資料によれば、昭和19(1944)年4月22日の連合軍ホランジア(現在のジャヤプラ)上陸敢行に先立つ3月、潜水艦を使って、二組の偵察隊が密かに送り込まれた。計12名からなるチームはアメリカ人、オーストラリア人、インドネシア人、そして地元のパプア人で構成されていたという。内、5名は帰還しなかった。1944年4月21日、早朝、突如、米海軍艦載機グラマンの第一陣がセンタニ湖上空に姿を現した。日本軍機で離陸できたものは6機。しかし、1機が無事帰還したのみだった。攻撃は夕刻まで8回にわたり、敵機の数は延べ600機。そして、地上にあった出動可能の日本軍の30数機は、すべて被弾し、戦闘能力を一瞬にして失った。同日、連合軍は、ホランジアばかりではなく、西のワクデ(Wakde)やサルミ(Sarmi)の日本軍飛行場をも空爆した。4個もの飛行場を有しながら、ホランジアの日本軍機は皆無となった。
そして翌4月22日、連合軍は、フンボルト湾そしてタナメラ湾の東西方向からホランジア・センタニ地区への上陸作戦を開始した。この日、連合軍は東ニューギニアのアイタペ(Aitape)にも上陸作戦を敢行した。日本軍機は一機も飛び立つことはなかった。出動できる機体は一機も存在しなかったのだ。これに先立ち、3月末から、連合軍機による空襲が本格化した。例えば3月30日に行われたセンタニ湖飛行場地区に対する空爆で、およそ120~130の日本軍機が失われていた。米軍の記録によれば、上陸後、センタニ地区の3飛行場で計340機の日本軍の破損機を数えたという。
当初、日本軍は、連合軍はまず東ニューギニアのウェワク(Wewak)に上陸してくるものと推定していた。ホランジア来攻するなどとは予想すらしていなかった。しかし、マッカーサー将軍率いる連合軍は、ウェワクを素通りして、アイタペとホランジアを急襲した。また、当時、大本営もホランジアを“絶対確保圏”に組み込んではいなかった。大量の航空機の損失、そして第6飛行師団の壊滅、さらにセンタニ飛行場群を奪われたことは、その後の日本軍の西部ニューギニア戦線の命運を決定づけることとなった。ワクデ島そしてサルミへの上陸(1944年5月17日)、そしてビアク島上陸(1944年5月27日)、ヌンホル島上陸(1944年7月2日)、サンサンポール上陸(1944年7月30日)と矢継ぎ早の連合軍上陸作戦が続いた。
米軍公刊戦史によれば、ホランジア上陸作戦における米軍の死者は124名、負傷1,057名、行方不明28名で、相当数の日本軍捕虜と重要書類を得たとされる。また、連合軍上陸翌日の4月23日夜間、一機の日本軍機がフンボルト湾岸を爆撃し、日本軍弾薬集積所に命中し、さらに米軍の燃料にも引火、戦死24名、負傷100名を生じ、また同地区に揚陸した米軍軍需品の大半が焼失したという。おそらく、この攻撃は、セラム島のアマハイ飛行場からビアク島経由で出撃した第75戦隊(九九双軽)爆撃機によってなされたものと思われる。



タミ(Tami)飛行場。タミ川の西、スコマボ(Skomabo)村の南に位置していた。長さおよそ1,400mでほぼ概成していたが使用直前に連合軍が上陸。他の多くの、日本軍が西部ニューギニア各地に建設した飛行場同様に“幻の飛行場”と化した。しかし、連合軍上陸後、同滑走路はC-47などの輸送機専用の飛行場として利用された。


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海岸沿いに二つのスコマボ村の集落。かつてタミ滑走路があった場所は、今では密林に覆われている。

当時、ホランジア並びにセンタニ湖周辺には、合計約1万5千の日本軍が展開していた。しかし、そのほとんどは第18軍、そして第4航空軍の補給部隊であって、守備隊は皆無に近い状況だった。中部ニューギニアに位置するホランジアは、その戦略的価値は軍部によって深く認識されていたが、東部ニューギニアの第8方面軍、そして西部ニューギニアをも範疇とする第2方面軍との境に位置したこともあって、実際には、守りの態勢ができていなかった。連合軍は早くも4月28日、輸送機C-47をホランジア飛行場に初着陸させ、そして5月3日には、P-40の2個飛行中隊が展開した。

戦況は私の予想通りである。今更ら何を周章てることがあろう、心静かに運命の来るのを待つばかりである。(中略)戦力も戦闘意志もない、というのは言い過ぎかもしれない、が空戦に徹底すべき航空部隊が、柄にもなく出来もしない地上防禦に玉砕して其名を潔くする、そんな物の考方は私のとらない所である。私は死華を咲かせに来たのではない現、戦争段階に於いて一番緊切な対米航空戦線を一時も早く建直すのが私の任務である。五千の部下をして生きるだけは生きて応分の御奉公を続け得させる為最善の手段を考えてやらねばならぬ。玉砕、それは最後の手段である。少なくとも操縦者だけは何とかして今一度飛行機に乗せてやらねばならぬ。兵器もない弾薬もない地上勤務者をみすみす此の山中で餓死させる手はないであろう。サルミには友軍がいる。その師団は手不足で現地自活も思うように進んでいない筈だ。あそこ迄辿りつけたら、仮令航空として働けずとも、少なくとも後方勤務に力を添える可能性は十分にある」----『濠北を征く』の「第六飛行師団始末記」で、元第六飛行師団長の稲田正純少将が記している。



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当時、ホランジアにいた主な部隊は、第3野戦輸送司令部(北園豐蔵少将)、第9艦隊(遠藤喜一中将)、第6飛行師団(稲田正純少将)、第18軍第54兵站地区隊(石津經吉大佐)、南洋第6支隊など。第9艦隊とは名ばかりで、艦船は皆無、第90警備隊を含む約400名程度の“艦隊”だった。同様に、第6飛行師団も航空機はゼロ。しかも燃弾や糧食のほとんどは、海岸部の補給廠にあり、そこは上陸した連合軍に占拠された。
半定量で五日分しかない食糧を手に、稲田少将指揮下、約7,300名の日本軍将兵は、4月末、センタニ湖を後に、直線距離でおよそ220km西方の、第36師団が司令部を置くサルミへ向かって、深いジャングルと湿地帯を越える“死の転進作戦”に旅立った。およそ一ヵ月を費やした“退却・転進”の中で生き残った者はわずか一割だった。



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連合軍上陸作戦図(赤い矢印が侵攻方向)。東ではフンボルト湾からハマディ海岸一帯に上陸。ここには航空燃料、食糧、弾薬・武器などが大量に集積されていた。それらを確保する間もないうちに、日本軍はセンタニ湖方面へ後退を余儀なくされた。東のフンボルト湾には第41師団、そして西のタナメラ湾には第24師団を主力とする連合軍が上陸。ホランジア上陸作戦(向こう見ず作戦=Operation Reckless)に投入された連合軍兵力は4万にも上った。(US Army Center for Military History)。


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終戦後、1950年代のホランジア。港湾施設(『Handbook on Nederlands New Guinea』The New Guinea Institute of Rotterdam: 1958)。



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連合軍上陸作戦経過図(上はUniversity of Texas Libraries。下はUS Army Center for Military History)。


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ホランジアに上陸した連合軍部隊(US Army)。



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フンボルト湾には今も朽ちた艦船が残っている(衛星画像)。


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ピム(Pim)村付近に今も残る日本軍の沈船。ここは海上輸送第四大隊の泊地だった。


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ジャヤプラ(旧ホランジア)の東北、太平洋に面した海岸。ここは連合軍のベースG(Base-G)として使用された。


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昭和19(1944)年4月に刊行された、海軍ニューギニア調査隊作成の『ホランディア地區地質鑛物資源調査報告書(調査員 海軍嘱託 八木健三)』挿入の「ホランディア地方地質略図」。調査隊は、マノクワリを出発、1943年5月29日~6月30日センタニ湖周辺並びにホランジア周辺で地質・鉱物調査を行い、7月6日、マノクワリに戻った。サイクロープ山(現在はチクロップ山と呼ばれている)周辺で、タングステン、金、銅、マンガン、鉄、ボーキサイト、ニッケル、クローム、褐炭、石英などについて調査。しかし、タングステンを除いて有望と見られる鉱物はなし、と報告している。同報告書の中では、チクロップ山の最高峰は“國見岳(1960m)”と表記されている。
地図には「ホランジア飛行場」のみが記されている。この飛行場は昭和18年2月に、海軍第19設営隊(井筒義三大尉、海軍呉建築部で編成)の第一班が設定した。近くに「三井農林農場」が。センタニ湖の桟橋名は、“大和桟橋”そして“萬歳桟橋”。



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【参考ブログ】


東部インドネシアの旧日本軍航空基地(49) Bandara Dai Nippon(49) ジャヤプラ(Jayapura)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_21.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(48) Bandara Dai Nippon(48) ジャヤプラ(Jayapura)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_20.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(47) Bandara Dai Nippon(47) メラウケ(Merauke)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_19.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(46) Bandara Dai Nippon(46) ジャヤ峰(Puncak Jaya)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_18.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(45) Bandara Dai Nippon(45) ジャヤ峰(Puncak Jaya)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(44) Bandara Dai Nippon(44) ジャヤ峰(Puncak Jaya)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(43) Bandara Dai Nippon(43) ジャヤ峰(Puncak Jaya)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(42) Bandara Dai Nippon(42) ジャヤ峰(Puncak Jaya)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(41) Bandara Dai Nippon(41) ミミカ(Mimika)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_13.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(40) Bandara Dai Nippon(40) カイマナ(Kaimana)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_12.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(39) Bandara Dai Nippon(39) ファクファク(Fakfak)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(38) Bandara Dai Nippon(38) ヤムール湖(Danau Yamur)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(37) Bandara Dai Nippon(37) ハベマ湖(Danau Habema)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(36) Bandara Dai Nippon(36) ロンベバイ湖(Danau Rombebai)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_8.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(35) Bandara Dai Nippon(35) ウィッセル湖(Danau Wiessel/Paniai)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(34) Bandara Dai Nippon(34) ワクデ島(Pulau Wakde)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(33) Bandara Dai Nippon(33) ワクデ島(Pulau Wakde)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_4.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(32) Bandara Dai Nippon(32) ワクデ島(Pulau Wakde)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_3.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(31) Bandara Dai Nippon(31) サルミ(Sarmi)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200901/article_2.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(30) Bandara Dai Nippon(30) サルミ(Sarmi)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_34.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(29) Bandara Dai Nippon(29) サルミ(Sarmi)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_33.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(28) Bandara Dai Nippon(28) ナビレ(Nabire)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_32.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(27) Bandara Dai Nippon(27) ヌンホル島(Pulau Numfor)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(26) Bandara Dai Nippon(26) ヌンホル島(Pulau Numfor)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(25) Bandara Dai Nippon(25) ビアク島(Pulau Biak)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(24) Bandara Dai Nippon(24) ビアク島(Pulau Biak)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(23) Bandara Dai Nippon(23) ビアク島(Pulau Biak)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(22) Bandara Dai Nippon(22) ビアク島(Pulau Biak)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(21) Bandara Dai Nippon(21) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_24.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(20) Bandara Dai Nippon(20) マピア島(Pulau Mapia)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(19) Bandara Dai Nippon(19) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_21.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(18) Bandara Dai Nippon(18) ソロン(Sorong)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(17) Bandara Dai Nippon(17) ソロン(Sorong)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(16) Bandara Dai Nippon(16) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_18.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(15) Bandara Dai Nippon(15) イドレ(Idore)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(14) Bandara Dai Nippon(14) イドレ(Idore)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(13) Bandara Dai Nippon(13) イドレ(Idore)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(12) Bandara Dai Nippon(12) マノクワリ(Manokwari)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(11) Bandara Dai Nippon(11) マノクワリ(Manokwari)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(10) Bandara Dai Nippon(10) マノクワリ(Manokwari)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(9) Bandara Dai Nippon(9) マノクワリ(Manokwari)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(8) Bandara Dai Nippon(8) マノクワリ(Manokwari)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(7) Bandara Dai Nippon(7) マノクワリ(Manokwari)
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(6) Bandara Dai Nippon(6) サガ&バボ(Saga & Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_7.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(5) Bandara Dai Nippon(5) バボ&サガ(Babo & Saga)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_6.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(4) Bandara Dai Nippon(4) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_5.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(3) Bandara Dai Nippon(3) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_4.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(2) Bandara Dai Nippon(2) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_3.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地 (Bandara Dai Nippon) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_2.html

マルク州タニンバル紀行(9) Ke Tanimbar, MTB, Maluku (9)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200807/article_1.html

マルク州タニンバル紀行(8) Ke Tanimbar, MTB, Maluku (8)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_10.html

マルク州タニンバル紀行(7) Ke Tanimbar, MTB, Maluku (7)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_9.html

マルク州タニンバル紀行(6) Ke Tanimbar, MTB, Maluku (6)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_8.html

マルク州タニンバル紀行(5) Ke Tanimbar, MTB, Maluku (5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_7.html

マルク州タニンバル紀行(4) Ke Tanimbar, MTB, Maluku (4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_6.html

マルク州タニンバル紀行(3) Ke Tanimbar, MTB. Maluku (3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_5.html

マルク州タニンバル紀行(2) Ke Tanimbar, MTB, Maluku (2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_4.html

マルク州タニンバル紀行(1) Ke Tanimbar, MTB, Maluku (1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_3.html

アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_4.html

戦後が来ない西南東マルク県。占領の傷跡は誰が癒してくれるのか?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_6.html

パプアの桜(No.2) Pohon Sakura Papua(No.2)
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パプアの桜(No.1) Pohon Sakura Papua(No.1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_3.html

西パプア州政府(Provinsi Papua Barat)
http://www.papuabaratprov.go.id/

パプア州政府(Provinsi Papua)
http://web.papua.go.id/

マノクワリ県(Kabupaten Manokwari)
http://www.manokwarikab.go.id/

ヤーペン島嶼県(Kabupaten Kepulauan Yapen)
http://www.yapenwaropen.go.id

ビアク・ヌンホル県(Kabupaten Biak Numfor)
http://www.biak.go.id/

ソロン県(Kabupaten Sorong)
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南ソロン県(Kabupaten Sorong Selatan)
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ワローペン県(Kabupaten Waropen)
http://www.waropenkab.go.id/

ファクファク県(Kabupaten Fakfak)
http://www.fakfakkab.go.id/

ビントゥニ湾県(Kabupaten Teluk Bintuni)
http://www.bintunikab.go.id/

ウォンダマ県(Kabupaten Teluk Wondama)
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http://www.kaimanakab.go.id/

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