東部インドネシアの旧日本軍航空基地(4) Bandara Dai Nippon(4) バボ

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帝国海軍バボ(Babo)基地は、西部ニューギニア(蘭領ニューギニア)にあっては、昭和18年(1943年)の1~3月時点において、日本軍がほぼ建設を終えた二つの飛行場の一つだった。もう一か所は、北部海岸のサルミ(Sarmi)の近く、ワクデ(Wakde)島に帝国海軍が造成した飛行場。ワクデ島は、小さな島で、東西方向に、島の端から端まで滑走路であった。この頃は、この二つの航空基地の他に、ホランジア(Holandia:現在のププア州の州都ジャヤプラ)に、同じく海軍の手によって建設が進められていた。さらに、マノクワリ(Manokwari)南方のムミ(Momi)や、アラフラ海に面したミミカ(Mimika)にも飛行場の新設が計画されていた。
ちなみに、大本営がニューギニア島の占領命令を下したのは、昭和17年(1942年)の2月初旬のことだ。『西部ニューギニア方面陸軍航空作戦』(戦史業書:防衛庁防衛研修所戦史室著)によれば、「東部ニューギニアの要地をソロモン諸島要地と共に攻略し、豪州本土と同方面との連絡を遮断し、豪州東部北方海域を制圧すべし」との命令が、ラバウル方面占領の陸海軍部隊になされた。この命によって、日本軍は3月上旬、今日のPNG(パプアニューギニア独立国)の北部海岸地帯のラエ(Lae)、サラモア(Salamaua)を占領した。一方、西部ニューギニア方面(今日のインドネシア共和国領)に関しては、大本営海軍部が、同年3月5日、連合艦隊に対して、要地の占領を命じた。そして3月末から4月中旬にかけて海軍陸戦隊は、ファクファク(Fakfak)、バボ(Babo)、ソロン(Sorong)、テルナテ(Ternate)、マノクワリ(Manokwari)、ムミ(Momi)、セルイ(Serui)、ナビレ(Nabire)、サルミ(Sarmi)、ホランジア(Holandia)などを占領した。



バボ基地には帝国陸海軍の様々な戦闘機、爆撃機が残っていた。東部・中部ニューギニア地域の戦況悪化に伴って、後方基地としてのバボに緊急避難的に移ってきたものと思われる。画像は、右エンジン、そして機首部の破損を除けば、ほぼ原形を保っている陸軍九九式双発軽爆撃機(1977年撮影)。


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衛星画像で見た現在のバボ。ビントゥニ県政府は4~5年をめどに滑走路を1,800mに延長する計画を推進している。


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連合軍の空爆によってできたクレーターの脇に、陸軍一式戦闘機「隼」(右中央)と海軍零式艦上戦闘機が(1977年撮影)。


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日本帝国海軍が建設したバボ基地の掩体地区には、まるで月の表面を彷彿させる、凄まじい数の、連合軍の爆撃でできたクレーターが水を湛えている。中央に、海軍の双発夜間戦闘機「月光」の姿が。海軍153航空隊所属機と思われる(1977年撮影)。


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両主翼をもがれた陸軍の双発爆撃機「一式陸上攻撃機」。周辺には水をたたえた丸いクレーターが。昭和19年(1944年)、東部インドネシア地域(豪北地域)で制空・制海権をほぼ失った状況下で、海軍バボ基地は連合軍の猛爆を浴びた(1977年撮影)。


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バボ基地の一角に残っていた零戦五二型。馬蹄形の掩体の中、ほぼ原形を留めている。左上に外れたカウリングが見える。戦時下、バボに駐屯していた電信24連隊の元兵士は『二千メートル滑走路の北側の端にある掩体壕に入っていた零戦ですね。基地にいた航空隊員は、部品が一個あれば飛べるんだが、と悔しがっていました』と語る(1977年撮影)。


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バボ基地に散乱する旧日本軍の航空機。プロペラには貫通した機銃の跡が。


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現在のバボ空港。現在は小型プロペラ機しか運行していないが、拡張工事が終われば、乗客数100名程度の機種が離着陸可能だ。


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【参考ブログ】


東部インドネシアの旧日本軍航空基地(3) Bandara Dai Nippon(3) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_4.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(2) Bandara Dai Nippon(2) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_3.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地 (Bandara Dai Nippon) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_2.html

マルク州タニンバル紀行(9) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (9)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200807/article_1.html

マルク州タニンバル紀行(8) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (8)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_10.html

マルク州タニンバル紀行(7) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (7)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_9.html

マルク州タニンバル紀行(6) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (6)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_8.html

マルク州タニンバル紀行(5) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_7.html

マルク州タニンバル紀行(4) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_6.html

マルク州タニンバル紀行(3) Ke Tanimbar, MTB. Maluk (3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_5.html

マルク州タニンバル紀行(2) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_4.html

マルク州タニンバル紀行(1) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_3.html

アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_4.html

戦後が来ない西南東マルク県。占領の傷跡は誰が癒してくれるのか?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_6.html

パプアの桜(No.2) Pohon Sakura Papua(No.2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_4.html

パプアの桜(No.1) Pohon Sakura Papua(No.1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_3.html

西パプア州政府(Provinsi Papua Barat)
http://www.papuabaratprov.go.id/

パプア州政府(Provinsi Papua)
http://web.papua.go.id/

マノクワリ県(Kabupaten Manokwari)
http://www.manokwarikab.go.id/

ヤーペン島嶼県(Kabupaten Kepulauan Yapen)
http://www.yapenwaropen.go.id

ビアク・ヌンホル県(Kabupaten Biak Numfor)
http://www.biak.go.id/

ソロン県(Kabupaten Sorong)
http://www.sorongkab.go.id/

南ソロン県(Kabupaten Sorong Selatan)
http://sorongselatankab.go.id/

サルミ県(Kabupaten Sarmi)
http://www.sarmikab.go.id/

ワローペン県(Kabupaten Waropen)
http://www.waropenkab.go.id/

ファクファク県(Kabupaten Fakfak)
http://www.fakfakkab.go.id/

ビントゥニ湾県(Kabupaten Teluk Bintuni)
http://www.bintunikab.go.id/

ウォンダマ県(Kabupaten Teluk Wondama)
http://www.telukwondama.go.id/

カイマナ県(Kabupaten Kaimana)
http://www.kaimanakab.go.id/

ジャヤプラ市(Kota Jayapura)
http://www.jayapurakota.go.id/

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この記事へのコメント

A6M
2018年05月09日 17:32
長期の活動ご苦労様です。残しておかなくてはならない記録ばかり。情報量に感服します。バボ基地跡の航空写真数枚(1977年撮影とあります)他にもあれば拝見したいです。
インドネシア文化宮
2018年05月09日 19:00
以下のブログにバボ飛行場跡の動画があります。

西部ニューギニア・旧日本軍バボ飛行場 Bandara Babo, Teluk Bintuni, Papua Barat
https://youtu.be/ICrE0cVENWI
91166kf
2018年05月26日 10:51
つい最近復元零戦関係の調べ物をしていてインドネシア文化宮様のブログを目にしました。とてつもない情報量、取材力に感動を覚えつつ少しずつ読み進めています。A6M様も触れているバボ基地周辺の航空写真には胸を締め付けられる思いです。大変厚かましいお願いですが、1977年撮影とある写真のうち何葉かを使わせて頂く訳には行きませんでしょうか?現存している零戦の保存活動(バボから回収された機体を元に修復されたものです)に協力しておりまして、バボ基地跡の紹介に使用したいと思っています。どうかご許可お願い致します。
インドネシア文化宮
2018年05月26日 15:43
バボ空撮画像につきましては、「インドネシア文化宮」のクレジットを付けることで、使用を許可いたします。同画像は、月刊誌『丸』の第30巻第11号(昭和52年11月1日発行・通巻第376号)の巻頭グラビアにも掲載されています。

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