東部インドネシアの旧日本軍航空基地(29) Bandara Dai Nippon(29)サルミ

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富士山から真南へ約4,117km。世界で二番目に大きいニューギニア島の北岸に位置するサルミ(Sarmi)がある。現在はインドネシア最東端のパプア州サルミ県の県都が置かれている。同県は2003年4月12日、ジャヤプラ(Jayapura:旧ホランジア)県から分離して新たな県となった。面積およそ17,740km2。10郡、84の村から構成され人口は約32,700人。サルミと言っても現在の日本人の多くにとっては、まず馴染みのない地名だが、東北地方のお年寄りにとっては、ビアク(Biak)島と並んで、決して忘れることのできない地名だ
。太平洋戦争(大東亜戦)時、多くの東北出身者が、このサルミで連合軍と熾烈な戦いを演じた。そして日本人将兵だけに限っても、サルミに上陸した12,762名中、生還できた者はわずか3,718名。生存率29.1%の激戦地だった。
同地に司令部を置いた陸軍第36師団(通称雪兵団:田上八郎中将)は、秋田の歩兵第223連隊(吉野直靖大佐)そして山形の歩兵第224連隊(松山宗右衛門大佐)が主力だった。同師団隷下の青森編成の歩兵第222連隊(葛目直幸大佐)は、元々は第36師団に組み込まれていたが、輸送途上で、第二軍(在マノクワリ:近衛師団長の職から移った豊島房太郎中将が司令官)直轄の支隊となり、ビアク島の守備隊として派遣された(1943年12月25日、ビアク島到着)。そして既述のように“玉砕”を遂げた。三連隊とも中国大陸からの南方派遣だった。東北編成の連隊は、酷寒の中国大陸には、気候的に適していたかもしれない。しかし、ニューギニア方面の戦況の変遷に伴って、大本営は、当時、中国東北部にあった第二方面軍(阿南惟幾大将)並びにその隷下の第二軍の豪北(オーストラリアの北方)への移動を命じた。そして雪などまったく縁のない酷暑・炎熱の西部ニューギニア北岸に送られた。
第36師団副官部資料によれば、第223連隊(吉野連隊)は3,184名がサルミ上陸し、終戦時の生存者は1,104名、つまり生存率は34.7%。一方、第224連隊(松山連隊)は、3,347名が上陸、生存者わずか625名と、生存率は18.7%だった。ちなみに、師団の司令部は1,821人が上陸、生存率は50.8%(925名)とされる。



現在のサルミ空港(長さ750m、幅23m)。C-212型機が離着陸可能。これは日本軍が造成したものではない。


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昭和19(1944)年1月15日、第224連隊はサルミ到着。実は、この連隊はまだ中国の南京にいた頃、大本営の命で、サルミの東230kmに位置する、海空軍の重要な基地であったホランジア(現在のパプア州の州都ジャヤプラ)に派遣される予定だった。しかし、ホランジアは元々、東部ニューギニアを管轄する第8方面軍の第18軍のエリアだったため(注:ホランジアは初め南方軍の作戦地域に含まれていたが、南太平洋方面の戦況悪化に伴い、昭和18年4月2日付で、東経140度以東は第8方面軍の作戦地域となった。東経140度はホランジア西方約80km、あるいはデムタ村西方約17kmのグリメ川(現在はセルモ=Sermo川)付近にあたり、ここを境に東は第8方面軍の作戦地域、西が南方軍すなわち隷下の第2方面軍、つまり第2軍、第36師団の作戦区域と区別されていた)、さらに三個連隊が、サルミの西約300kmのビアク島、サルミ、ホランジアと三地域に孤立分散されることは、すでに同地域で制空権を失いつつあった日本軍にとって戦略的に問題だとする第36師団の意見を考慮して、最終的に大本営は同連隊のサルミ直行を認めた。
第二方面軍は、昭和18(1943)年12月1日、フィリピンのミンダナオ島のダバオで統帥を発動。第二軍も12月1日、マノクワリで統帥を発動した。第223連隊は、第224連隊よりも早く、1943年12月25日、サルミに到着していた。



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第二軍は、1943年12月マノクワリに着くやいなや。同軍の作戦地域内に計25個の飛行場を設定することを計画した。その内2個(1943年12月末に完成したヌンホル島のカメリ飛行場と、1943年12月下旬に概成したマノクワリ南方のムミ飛行場)はすでに完成していた。その内、第36師団の分担は、サルミ地区に計6個の飛行場を設定することであった。1個の重爆用飛行場、そして5個の戦闘機用の飛行場だ。求められた概成期日は、重爆用飛行場が1944年3月まで、3個の戦闘機用が4月~7月まで、残りの2個が1944年末までであった。吉野連隊は第103野戦飛行場設定隊(富澤太郎少佐)を、松山連隊は第16野戦飛行場設定隊(加藤芳次郎中佐)を指揮し、それぞれサワル(Sawar)飛行場、ウォスケ(Woske)飛行場の建設に着手した。


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サワール(Sawar)とウォスケ(Woske)に滑走路の建設が始まったが。湿地帯が多く、場所の設定は容易ではなかった。

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日本軍が進駐する以前、サルミにはすでに1924年から日本企業(南洋興発㈱)が進出し、南興農園を経営し、綿花、黄麻(こうま・ジュート)などの栽培を行っていた。また、サルミには、1917年頃から一人の日本人が住みつき、椰子園の開拓を行っていた。名を海老名庄次郎といい、和歌山県出身。敬虔なクリスチャンで、彼に助けられた日本軍将兵は少なくない。


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ワクデ&サルミ連合軍戦闘作戦要図(U.S. Army Center of Military History)


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ワクデ&サルミ連合軍戦闘作戦要図(University of Texas Libraries)


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連合軍は近くの村の名からマフィン(Maffin)飛行場と呼んだが、日本軍は近くの川の名前を用い、ウォスケ(漢字では御祐と書いた)飛行場と呼んだ。


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第36師団部隊配置図(『濠北を征く』より


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1998年撮影のサルミ付近(Pacific Wrecks.comより引用)


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現在のサルミ空港は、海岸に並行して作られている。双発プロペラ機(C-212型)が定期便でジャヤプラ(センタニ)から就航している。


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太平洋側から本島を望む(衛星画像)。右はサルミ。この海岸付近にサワール飛行場(師団は漢字で幸飛行場と書いた)が造成されたが、今ではジャングルが覆い、場所の特定が難しい。


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東部ニューギニアからホランジアを目指してやってきた転進部隊(敗残兵)。しかし、そのホランジアも連合軍の手中に陥落(1944年4月22日)。そしてホランジアからサルミに向けて転進(敗走)した在ホランジア部隊。その数1万を超すと思われる日本軍将兵のおよそ9割が、ホランジア~サルミの間で屍となった。その多くは今日まで遺骨収集さえされていない。



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第36師団のサルミ付近での戦闘に関して詳述している戦記『西部ニューギニア 雪部隊 苦闘の軌跡』(大國五郎著:平成4年8月30日初版 角川書店)


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2007年2月、サルミ近辺を調査のために訪れた早稲田大学探検部の鈴木邦和氏提供のサルミの画像。
早稲田大学探検部が新種生物との遭遇のためパプア州へ出発
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200702/article_4.html



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【参考ブログ】


東部インドネシアの旧日本軍航空基地(28) Bandara Dai Nippon(28) ナビレ(Nabire)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_32.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(27) Bandara Dai Nippon(27) ヌンホル島(Pulau Numfor)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_31.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(26) Bandara Dai Nippon(26) ヌンホル島(Pulau Numfor)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_30.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(25) Bandara Dai Nippon(25) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_29.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(24) Bandara Dai Nippon(24) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_28.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(23) Bandara Dai Nippon(23) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_26.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(22) Bandara Dai Nippon(22) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_25.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(21) Bandara Dai Nippon(21) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_24.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(20) Bandara Dai Nippon(20) マピア島(Pulau Mapia)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_22.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(19) Bandara Dai Nippon(19) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_21.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(18) Bandara Dai Nippon(18) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_20.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(17) Bandara Dai Nippon(17) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_19.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(16) Bandara Dai Nippon(16) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_18.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(15) Bandara Dai Nippon(15) イドレ(Idore)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_17.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(14) Bandara Dai Nippon(14) イドレ(Idore)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_16.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(13) Bandara Dai Nippon(13) イドレ(Idore)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_15.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(12) Bandara Dai Nippon(12) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_14.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(11) Bandara Dai Nippon(11) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_12.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(10) Bandara Dai Nippon(10) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_11.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(9) Bandara Dai Nippon(9) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_10.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(8) Bandara Dai Nippon(8) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_9.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(7) Bandara Dai Nippon(7) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_8.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(6) Bandara Dai Nippon(6) サガ&バボ(Saga & Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_7.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(5) Bandara Dai Nippon(5) バボ&サガ(Babo & Saga)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_6.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(4) Bandara Dai Nippon(4) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_5.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(3) Bandara Dai Nippon(3) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_4.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(2) Bandara Dai Nippon(2) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_3.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地 (Bandara Dai Nippon) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_2.html

マルク州タニンバル紀行(9) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (9)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200807/article_1.html

マルク州タニンバル紀行(8) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (8)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_10.html

マルク州タニンバル紀行(7) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (7)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_9.html

マルク州タニンバル紀行(6) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (6)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_8.html

マルク州タニンバル紀行(5) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_7.html

マルク州タニンバル紀行(4) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_6.html

マルク州タニンバル紀行(3) Ke Tanimbar, MTB. Maluk (3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_5.html

マルク州タニンバル紀行(2) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_4.html

マルク州タニンバル紀行(1) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_3.html

アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_4.html

戦後が来ない西南東マルク県。占領の傷跡は誰が癒してくれるのか?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_6.html

パプアの桜(No.2) Pohon Sakura Papua(No.2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_4.html

パプアの桜(No.1) Pohon Sakura Papua(No.1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_3.html

西パプア州政府(Provinsi Papua Barat)
http://www.papuabaratprov.go.id/

パプア州政府(Provinsi Papua)
http://web.papua.go.id/

マノクワリ県(Kabupaten Manokwari)
http://www.manokwarikab.go.id/

ヤーペン島嶼県(Kabupaten Kepulauan Yapen)
http://www.yapenwaropen.go.id

ビアク・ヌンホル県(Kabupaten Biak Numfor)
http://www.biak.go.id/

ソロン県(Kabupaten Sorong)
http://www.sorongkab.go.id/

南ソロン県(Kabupaten Sorong Selatan)
http://sorongselatankab.go.id/

サルミ県(Kabupaten Sarmi)
http://www.sarmikab.go.id/

ワローペン県(Kabupaten Waropen)
http://www.waropenkab.go.id/

ファクファク県(Kabupaten Fakfak)
http://www.fakfakkab.go.id/

ビントゥニ湾県(Kabupaten Teluk Bintuni)
http://www.bintunikab.go.id/

ウォンダマ県(Kabupaten Teluk Wondama)
http://www.telukwondama.go.id/

カイマナ県(Kabupaten Kaimana)
http://www.kaimanakab.go.id/

ジャヤプラ市(Kota Jayapura)
http://www.jayapurakota.go.id/

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