東部インドネシアの旧日本軍航空基地(27) Bandara Dai Nippon(27) ヌンホル島

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ヌンホル島に日本軍の航空基地が完成・概成するやいなや、まさにビアク島の戦い同様に、連合軍は、事前の猛空爆に次いで、1944年7月2日、ヌンホル島に上陸してきた。エドウィン・パトリック(Edwin D. Patrick)少将率いる米第158戦闘連隊は、カメリ飛行場近辺の海岸に上陸。この前日(7月1日)、ヌンホル守備隊の上部組織である第二軍(在マノクワリ。豊嶋房太郎中将)は、連合軍のマノクワリへの上陸の可能性大とみて、司令部並びにおよそ半数の部隊の、ベラウ地峡のイドレ、そしてソロンへの移動(転進)を決めている。また、この日(7月2日)、ビアク島では、部隊の玉砕を前に、支隊長の葛目直幸大佐が自決している。
『濠北を征く』の「ヌンホル支隊の作戦」藤井清元歩兵第219連隊通信隊員)によれば、当時、ヌンホル島には約3,320名の日本軍将兵と約800名の台湾人義勇隊の総計4,120名が駐屯していた。主要部隊は、第35師団(池田浚吉中将)歩兵第219連隊(清水季貞大佐)の第二大隊、第三大隊、そして第117野戦飛行場設定隊(小田隊)、第102野戦飛行場設定隊(森隊)、野戦機関砲41中隊、歩兵第222連隊の一部外各隊などだ。ちなみに清水大佐以下、歩兵第219連隊の第一陣がマノクワリからヌンホルに到着した日(1944年5月27日)は、奇しくも海軍記念日であり、また、ビアク島に連合軍が初上陸した日でもあった。東のホランジア(現ジャヤプラ)が4月に陥落し、北岸のサルミ地区でも5月中旬に上陸した連合軍と第36師団が激しい交戦を展開していた時期でもある。



カメリ飛行場の修復作業
US Army(July 5, 1944)



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『やがて軍旗は清水大佐の手により厳に埋葬された。終って清水大佐は部下全員を身近に集め静かに諭した。「もはや時が来た、最後迄軍旗を守り抜いた事がせめてもの慰めである。軍旗をこの地に埋葬し、余は死して鬼神となり、軍旗のお供をする。皆はこの苦しい戦いに、良く最後まで奮闘して呉れた。何も悔いを残すところは無い、自分が自決しても、決して自分の跡を追う事は許さない。必ず生き伸びて、もう一度陛下のお役に立つ様心から願うものである」と諄々とさとす言葉は神の声の如く、慈愛に満ちた父の如く、我々の胸を抉った。語り終った清水大佐の面差の上には今までの苦悩の色もいつしか消え、部下将兵に会釈を送りつつ、只一人静かに灌木の林の中に消えて行った。やがて朝靄をやぶるピストルの銃声一発、従容として南国の鬼と化した』---『濠北を征く』の「ヌンホル支隊の作戦」藤井清元歩兵第219連隊通信隊員の手記より。終戦ちょうど一年前の1944年8月中旬のことであった。


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ヌンホル島戦闘経過要図(『濠北を征く』付図より)


日本軍そして台湾出身者から成る「第9回台湾特設勤労団」が、硬い珊瑚台地を削って造成した飛行場群は、ビアク島でそうであったように、日本軍が本格的な使用を始める前に、連合軍の占拠するところとなり、その結果、それらの飛行場を発った連合軍機がさらに日本軍を追い詰めるといった皮肉な連鎖を生んだ。ヌンホル島の完成した三つの飛行場の中では、特にコルナソレン(もしくはコロナソレン)飛行場(注:連合軍はYebrurro飛行場とも呼んだ)、そしてカメリ飛行場が連合軍機によって使用された。
連合軍初上陸の翌日と次の日の二日間(1944.7.3~4)に、米陸軍第503空挺部隊は計1,424名のパラシュート部隊員をカメリ飛行場に降下させ、同飛行場の占拠に成功した。しかも同日、オーストラリア空軍第78飛行中隊のP-40キティホーク (Kittyhawk)は早くも、同飛行場に着陸を果たした。さらに翌日(7/4)、コルナソレン飛行場も連合軍の手に落ちた。そしてさらにその翌日(7/5)、ナンベル飛行場も連合軍に奪われた。また、連合軍の記録によれば、上陸後、7月4日の夜まで日本軍機による反撃はなかったとされる。7月4日、日本軍の軽爆撃機が一機飛来し、カメリ付近に3個の爆弾を投下したが被害はなかったとされる。また、数日後に、4機の単発エンジンの戦闘機が飛来し、約40個の焼夷弾を投下したという。
『戦史業書 西部ニューギニア方面陸軍航空作戦』によれば、7月8日の夜、第三飛行団の第75戦隊は、セラム(Seram)島のアマハイ(Amahai)から発進、カメリ飛行場脇の海岸に停泊中の艦船群を2機で攻撃して、輸送船1隻に命中弾を、別に艦艇1隻に至近弾ニを与えたという。連合軍は、直ちにコルナソレン飛行場の修復・拡張工事を始め、7月25日には、米軍のP-38戦闘機が離着陸可能となった。また9月2日までに、長さ2,100mの二本の並行滑走路が完成し、直ちに重爆撃機B-24が使用を開始。以降、ボルネオ島のバリクパパン近辺の、日本軍石油施設の爆撃のため、この基地を飛び立っていったとされる。連合軍は8月31日に、全ての戦闘が終わったと記録している。



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連合軍のヌンホル島上陸作戦の部隊名は「Cyclone Task Force」、一方5月27日に開始されたビアク島上陸部隊名は「Hurricane Task Force」。ハリケーン機動部隊とサイクロン機動部隊。まさに巨大暴風雨の様に、無数の艦艇による艦砲射撃、そして無数の爆撃機による猛爆。制海権、制空権を牛耳り、まるで赤子をなぶるがの如く日本軍を襲った。今日、ビアク島のフランス・カイシエポ空港:旧モクメル第一飛行場)、そしてヌンホル島に3つあった日本軍建設の飛行場の内の一つ、イェンブルウォ空港(Yemburwo:滑走路の長さは1,800m、幅20m。旧コルナソレン飛行場)は、60数年前にその地で“地獄絵図”が描かれたことなど微塵も見せずに、喜々とした表情の多くの乗客で賑わっている。


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カメリ飛行場偵察写真(滑走路やカメリ川、道路網などの位置が記入されている)
US Army (1944)



米軍記録によれば、上陸時点で、ヌンホル島には “外人補助労働者”として台湾人が600名(元々は900名)、“強制労働者”のインドネシア人が500名いたとされる。米陸軍史によれば、3,000名を超すインドネシア人男女・子供が、日本軍によってスラバヤやその他のジャワ島の都市から船で連れてこられた。彼等は、わずかな食事と衣服、そして医療の下、主に手で滑走路や道路の建設作業を強制されたとされる。飢餓や病気で死亡する者がいる一方で、日本軍の食糧を盗み、処刑されたものもいた、とされる。中には生きたまま焼かれた病気のジャワ人もいたという。
http://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Noemfoor



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カメリ飛行場。破壊された日本軍機の向こうに米軍上陸部隊のテントが見える
US Army(July 1944)



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カメリ飛行場で第13戦隊の一式戦闘機「隼」(Ki-43 Oscar)が米第5空軍第3飛行連隊第8飛行隊の攻撃を受ける
USAAF 5th AF, 4rd BG, 9th BS May 1944



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カメリ飛行場の修復作業
US Army(July 5, 1944)



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カメリ飛行場附近(衛星画像)


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コロナソレン飛行場付近(衛星画像)


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ナンブレ飛行場付近(衛星画像)


2010年10月、マノクワリ在住でEcotourismを主宰しているCharles Roring さんが録画したヌンホル島の光景
Traveling to Numfor Island
http://www.youtube.com/watch?v=jlfCUe3zWEg


【参考ブログ】


東部インドネシアの旧日本軍航空基地(26) Bandara Dai Nippon(26) ヌンホル島(Pulau Numfor)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_30.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(25) Bandara Dai Nippon(25) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_29.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(24) Bandara Dai Nippon(24) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_28.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(23) Bandara Dai Nippon(23) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_26.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(22) Bandara Dai Nippon(22) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_25.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(21) Bandara Dai Nippon(21) ビアク島(Pulau Biak)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_24.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(20) Bandara Dai Nippon(20) マピア島(Pulau Mapia)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_22.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(19) Bandara Dai Nippon(19) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_21.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(18) Bandara Dai Nippon(18) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_20.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(17) Bandara Dai Nippon(17) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_19.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(16) Bandara Dai Nippon(16) ソロン(Sorong)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_18.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(15) Bandara Dai Nippon(15) イドレ(Idore)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_17.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(14) Bandara Dai Nippon(14) イドレ(Idore)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_16.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(13) Bandara Dai Nippon(13) イドレ(Idore)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_15.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(12) Bandara Dai Nippon(12) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_14.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(11) Bandara Dai Nippon(11) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_12.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(10) Bandara Dai Nippon(10) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_11.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(9) Bandara Dai Nippon(9) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_10.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(8) Bandara Dai Nippon(8) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_9.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(7) Bandara Dai Nippon(7) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_8.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(6) Bandara Dai Nippon(6) サガ&バボ(Saga & Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_7.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(5) Bandara Dai Nippon(5) バボ&サガ(Babo & Saga)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_6.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(4) Bandara Dai Nippon(4) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_5.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(3) Bandara Dai Nippon(3) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_4.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(2) Bandara Dai Nippon(2) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_3.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地 (Bandara Dai Nippon) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_2.html

マルク州タニンバル紀行(9) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (9)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200807/article_1.html

マルク州タニンバル紀行(8) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (8)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_10.html

マルク州タニンバル紀行(7) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (7)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_9.html

マルク州タニンバル紀行(6) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (6)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_8.html

マルク州タニンバル紀行(5) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_7.html

マルク州タニンバル紀行(4) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_6.html

マルク州タニンバル紀行(3) Ke Tanimbar, MTB. Maluk (3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_5.html

マルク州タニンバル紀行(2) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_4.html

マルク州タニンバル紀行(1) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_3.html

アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_4.html

戦後が来ない西南東マルク県。占領の傷跡は誰が癒してくれるのか?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_6.html

パプアの桜(No.2) Pohon Sakura Papua(No.2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_4.html

パプアの桜(No.1) Pohon Sakura Papua(No.1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_3.html

西パプア州政府(Provinsi Papua Barat)
http://www.papuabaratprov.go.id/

パプア州政府(Provinsi Papua)
http://web.papua.go.id/

マノクワリ県(Kabupaten Manokwari)
http://www.manokwarikab.go.id/

ヤーペン島嶼県(Kabupaten Kepulauan Yapen)
http://www.yapenwaropen.go.id

ビアク・ヌンホル県(Kabupaten Biak Numfor)
http://www.biak.go.id/

ソロン県(Kabupaten Sorong)
http://www.sorongkab.go.id/

南ソロン県(Kabupaten Sorong Selatan)
http://sorongselatankab.go.id/

サルミ県(Kabupaten Sarmi)
http://www.sarmikab.go.id/

ワローペン県(Kabupaten Waropen)
http://www.waropenkab.go.id/

ファクファク県(Kabupaten Fakfak)
http://www.fakfakkab.go.id/

ビントゥニ湾県(Kabupaten Teluk Bintuni)
http://www.bintunikab.go.id/

ウォンダマ県(Kabupaten Teluk Wondama)
http://www.telukwondama.go.id/

カイマナ県(Kabupaten Kaimana)
http://www.kaimanakab.go.id/

ジャヤプラ市(Kota Jayapura)
http://www.jayapurakota.go.id/

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