東部インドネシアの旧日本軍航空基地(12) Bandara Dai Nippon(12)マノクワリ

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真珠湾奇襲攻撃による太平洋戦争の勃発からおよそ二ヶ月後、昭和17年(1942年)の2月初旬、大本営はニューギニア島の占領命令を下した。『西部ニューギニア方面陸軍航空作戦』(戦史業書:防衛庁防衛研修所戦史室著)によれば、「東部ニューギニアの要地をソロモン諸島要地と共に攻略し、豪州本土と同方面との連絡を遮断し、豪州東部北方海域を制圧すべし」との命令が、ラバウル方面占領の陸海軍部隊になされた。この命によって、日本軍は3月上旬、今日のPNG(パプアニューギニア独立国)の北部海岸地帯のラエ(Lae)、サラモア(Salamaua)を占領した。一方、西部ニューギニア方面(今日のインドネシア共和国領)に関しては、大本営海軍部が、同年3月5日、連合艦隊に対して、要地の占領を命じた。そして3月末から4月中旬にかけて海軍陸戦隊は、ファクファク(Fakfak)、バボ(Babo)、ソロン(Sorong)、テルナテ(Ternate)、マノクワリ(Manokwari)、ムミ(Momi)、セルイ(Serui)、ナビレ(Nabire)、サルミ(Sarmi)、ホランジア(Holandia)などを占領した。


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それから約一年後、海軍は西部ニューギニアに学術調査隊を派遣し、将来の軍政、占領政策、資源獲得などに必要となる基礎データを集めるために多岐にわたる調査にあたらせた。調査には海軍嘱託として採用された学者・研究者らがあたった。調査は何度にもわたって行われたようだが、入手できた資料からその幾つかを紹介する。例えば、昭和18年3月12日~5月17日に実施された計11名の調査員と計4名の警備隊によるヤムール地峡調査。これは測量班で、ヤムール地峡における自動車通過可能路線の有無に関する調査、同路線近辺の飛行場適地の有無、オンバ川の交通路としての価値等々について調べた。このメンバーの中には後に東京大学東洋文化研究所所長になる、文化人類学者の泉靖一もいた。担当は輸送並びに原住民調査となっている。
昭和18年2月23日~4月27日(第一次)、昭和18年5月14日~6月19日(第二次)、昭和18年7月9日~8月1日(第三次)には、警護兵を伴い、さらにパラオ島住民や地元パプア人をも入れた測量隊がベラウ(Berau)地峡の横断道路の可能性に関する調査にあたった。このベラウ地峡は、この第三次調査からちょうど一年後に連合軍が“緑の地獄”と呼んだ、日本軍約12,000名による“死の転進作戦”が行われた地域そのものであった。



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民族班(調査員:海軍嘱託 泉靖一、助手:海軍嘱託 中山稲雄)は、昭和18年3月5日~5月29日(第一回調査)、昭和18年6月16日~7月11日(第二回調査)に、フェールフィンク(Geelvink)湾(今日のチェンドラワシ湾)一帯の諸民族(当時の表現で“原住民”)の調査にあたった。この調査目的が、労務者の確保、食糧確保、宣撫工作などといった日本軍による占領・軍政政策と密接な関係をもっていたことは言うまでもない。
資源鉱物調査班は、昭和18年3月25日~5月23日にフォーゲルコップ半島のプラフィー川流域の鉱床調査、3月19日~4月28日、ランシキ(Ransiki)、アンギ・ギジ(Anggi Giji)&アンギ・ギタ(Anggi Gita)湖一帯で地質・鉱物調査を実施。また同年2月23日~4月27日にはベラウ地峡で鉱物資源調査が行われた。



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マノクワリのレンダニ飛行場の造成、そしてムミ、ランシキに新たな飛行場を整備した日本軍。しかし、昭和19年(1944)7月、マノクワリに司令部を置く第二方面軍隷下の第二軍は、連合軍の到来を予想し、兵の約半数を“転進”させることを決めた。転進先は、今号の地図で示したマノクワリ→ムミ→そしてベラウ地峡のイドレであった。しかしこの転進作戦は未曾有の悲劇を生むことに(次号で詳しく紹介する)。また、第二軍隷下の第35師団の約400名は、西のソロンに向かった。



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)使用モノクロ地図は『㊙ ニューギニア調査報告書 第10篇(特別班報告)昭和19年6月 海軍ニューギニア調査隊』から引用



【参考ブログ】


東部インドネシアの旧日本軍航空基地(11) Bandara Dai Nippon(11) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_12.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(10) Bandara Dai Nippon(10) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_11.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(9) Bandara Dai Nippon(9) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_10.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(8) Bandara Dai Nippon(8) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_9.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(7) Bandara Dai Nippon(7) マノクワリ(Manokwari)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_8.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(6) Bandara Dai Nippon(6) サガ&バボ(Saga & Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_7.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(5) Bandara Dai Nippon(5) バボ&サガ(Babo & Saga)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_6.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(4) Bandara Dai Nippon(4) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_5.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(3) Bandara Dai Nippon(3) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_4.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地(2) Bandara Dai Nippon(2) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_3.html

東部インドネシアの旧日本軍航空基地 (Bandara Dai Nippon) バボ(Babo)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200812/article_2.html

マルク州タニンバル紀行(9) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (9)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200807/article_1.html

マルク州タニンバル紀行(8) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (8)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_10.html

マルク州タニンバル紀行(7) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (7)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_9.html

マルク州タニンバル紀行(6) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (6)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_8.html

マルク州タニンバル紀行(5) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_7.html

マルク州タニンバル紀行(4) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_6.html

マルク州タニンバル紀行(3) Ke Tanimbar, MTB. Maluk (3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_5.html

マルク州タニンバル紀行(2) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_4.html

マルク州タニンバル紀行(1) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200806/article_3.html

アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_4.html

戦後が来ない西南東マルク県。占領の傷跡は誰が癒してくれるのか?
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_6.html

パプアの桜(No.2) Pohon Sakura Papua(No.2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_4.html

パプアの桜(No.1) Pohon Sakura Papua(No.1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_3.html

西パプア州政府(Provinsi Papua Barat)
http://www.papuabaratprov.go.id/

パプア州政府(Provinsi Papua)
http://web.papua.go.id/

マノクワリ県(Kabupaten Manokwari)
http://www.manokwarikab.go.id/

ヤーペン島嶼県(Kabupaten Kepulauan Yapen)
http://www.yapenwaropen.go.id

ビアク・ヌンホル県(Kabupaten Biak Numfor)
http://www.biak.go.id/

ソロン県(Kabupaten Sorong)
http://www.sorongkab.go.id/

南ソロン県(Kabupaten Sorong Selatan)
http://sorongselatankab.go.id/

サルミ県(Kabupaten Sarmi)
http://www.sarmikab.go.id/

ワローペン県(Kabupaten Waropen)
http://www.waropenkab.go.id/

ファクファク県(Kabupaten Fakfak)
http://www.fakfakkab.go.id/

ビントゥニ湾県(Kabupaten Teluk Bintuni)
http://www.bintunikab.go.id/

ウォンダマ県(Kabupaten Teluk Wondama)
http://www.telukwondama.go.id/

カイマナ県(Kabupaten Kaimana)
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ジャヤプラ市(Kota Jayapura)
http://www.jayapurakota.go.id/

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