ロテ島ササンドゥ物語 (1)  Sasandu, Pulau Rote, Propinsi NTT

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インドネシア“最南端”のロテ島(Pulau Rote)で、世界中でそこにしかない伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)が“消滅”の危機に瀕していることは、既報した通りですが、このササンドゥという名の楽器がどのようにして、ロテ島で生まれたのかに関する民話を入手しました。民話をまとめたのは、元ロテ第一高校の校長で、現在はロテ・ンダオ(Rote & Ndao)県の教育局長を務めるマルテン・ヘヌク(Drs. Marthen L. Henukh)さん。以下、シリーズで「ササンドゥ誕生物語」をお届けします。


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◎ サングアナ(Sangguana)の冒険の地
その昔、16世紀の初頭、婚日の南西ロテ郡にあたるNusak ThieのNamotena Desa Oetefuという村に、“サングアナ(Sangguana)”という名前の男が住んでいました。彼は、漁師で生計を立てていました。サングアナはいつもナモタネ(Namotane)の沖合いで漁をしていました。ある日、サングアナは、マヌコア(Manukoa)という名の友人と小船で漁に出ました。沖の中程まで来た時、嵐に襲われ、ダエヘンダ(Daehenda:今日のロテ島)の南側の島に漂着しました。
漂着した島の名前は始め分かっていませんでしたが、数日後に、ンダナ(Ndana)島だと知りました。彼らが漂着したのは、その島のフフ(Fufu)という地名の東海岸でした。彼らは、無性に喉が渇き、空腹で疲労困憊でしたが、最後の力を振り絞って、海岸から遠くないある場所へ行きました。その場所ははやがてルアペシ(Luapesi)として知られるようになります。サングアナとマヌコア漂着した海岸は、今でもサングアナという地名が付いています。そこでの彼らの日々の暮らしは、少しの間生きていくのに必要な分だけの魚や貝を獲ったり、ダエヘンダ(ロテ島)に戻るための方法を考えたり、助けを期待したりすることでした。


◎ 捕えられたサングアナ
幾日か経って、彼らはその島の住民に見つかり、やがて二人は、彼らが知らない島の王様と対面させられました。その時島を治めていた王様はタカラア(Takalaa)という名で、総理大臣(Fetor)はロエラア(Loelaa)という名前でした。
タカラアとロエアアは兄弟で、王宮はヌサクライン(Nusaklain)に、そして総理官邸はウヘンド(Oehendo)にありました。サングアナたちは、囚われの身としてヌサクラインで過ごすことになりました。
タカアア王には数人の娘がいて、その中の一人はとても美しい顔立ちをしていました。満月の時には、王宮はいつもケバック(kebakもしくはケバライ:kebalai)と呼ばれる宴のショーを催し、とても賑やかな恒例行事になっていました。
サングアナは、芸術の才能に溢れ、ケバックで、全来場者の注目の的になるほどでした。更に、サングアナがショーの中で、マネヘロ(Manehelo:詩のリーダー)になると、宴はより一層賑やかに、光り輝くようでした。宴は夜明けまで続きました。そして、サングアナが知るよしもなく、王女は密かにサングアナに恋してしまったのです。



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◎ 王女の頼み
ある日、王女は、王様に知られることなく、サングアナを王宮に招き入れました。王女はサングアナに頼みました。『ここにも、以前住んでいた場所にもない、新しい芸術を創造して欲しいわ』と。王女は忠告も与えました。『もしも、私の願いが満たされなかった時は、あなたは死刑になるでしょう。でも、もしも創ることができた時には、私はあなたの妻になります』と。
王女はサングアナを手に入れるため、そんな約束をしたのです。なぜなら、彼女はすでにサングアナに恋をしていたのです。話が終わり、サングアナは、何を創らなければいけないのか悩みながら元の場所へ戻りました。


◎ サングアナの夢サングアナが王女に新しい芸術を創造した成果を届けなければならない期日が迫ったある日、サングアナは夢をみました。夢の中で、彼は、音色が耳にここちよく、とても素晴らしい楽器を演奏していました。しかし、彼自身その楽器の名前を知りません。眠りから目覚め、サングアナは、昨夜の夢について考えをめぐらせました。
記憶の中で、その楽器の形と、演奏していた曲ははっきりしていました。彼は海岸沿いを散歩しながら、その夢で得た曲と楽器の形を思い描きました。途中、彼は、竹が生えていないはずのその島で、漂着した一本の竹を見つけました。夢で見た、楽器の一部になる竹に出合ったのでサングアナは大変喜びました。
その竹は彼に拾われ、サングアナは笑顔で帰宅し、楽器を作り始めました。菩提樹の木の下で、夢に現れた楽器の創作に取りかかりました。彼は疲れるのも忘れていました。サングアナは、無意識のうちに、夢の中で見たような、竹筒を取り囲むように広がる形を作るため、菩提樹の乾いた根をつかみました。それを引き抜き終えると、なんと嬉しいことでしょうか、夢の中の楽器が眼前に生まれました。簡単な材料と道具で、見事な音楽まで出せるのです。サングアナはすぐに家に帰り、自分の部屋に入り、作った楽器を奏でました。



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楽器ササンドゥは、棕櫚椰子(Lontar)の葉、竹、マホガニなどの木を材料に作る。


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【参考ブログ】


ロテ島の楽器ササンドゥの運命(2) Nasib Sasando di Pulau Rote(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200808/article_4.html

ロテ島の楽器ササンドゥの運命(Nasib Sasando di Pulau Rote) (1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200808/article_3.html

ロテ島&サブ島伝統イカット展(Pameran Ikat Rotendao & Savu-NTT)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200801/article_1.html

インドネシア最南端のロテ島で伝統イカットが消滅(Tenun Ikat di Pulau Rote)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_2.html

第7回アロール県エキスポ画像リポート(2)Expo Alor ke-VII(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200808/article_2.html

第7回アロール県エキスポ画像リポート(1)Expo Alor ke-VII
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200808/article_1.html

第7回アロール・エキスポ情報(Expo Alor ke-VII)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200807/article_2.html

アロール県エキスポでオスカルさんのファッションショー
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_5.html

第6回アロール県エキスポで日本の竹製品を紹介
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_4.html

第6回アロール・エキスポ情報(Expo Alor ke-VI)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_11.html

アロール県がタマンミニにパビリオンをオープン
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200704/article_4.html

Mr.おじいさん&Mrs.おばあさんコンテスト
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200611/article_5.html

アロール島でミスコンを主催
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200611/article_4.html

世界で二番目に美しい海中公園アロール島
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200611/article_3.html

第5回アロール・エキスポで日本の絣&着物を展示
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_7.html

第5回アロール・エキスポで寿司を握る
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_6.html

アロール島事典(日本語): http://alor.hp.infoseek.co.jp/

アロール県公式Website(インドネシア語)
http://www.alorkab.go.id/

アロール県Website(英イ語): http://www.alor-island.com/

インドネシア文化宮(GBI)活動記録
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_2.html

インドネシア文化宮活動記録(インドネシア語)Kegiatan GBI
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_4.html

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