NTB州スンバワ島紀行(3) タンボラ火山(Perjalanan ke Sumbawa No.3)

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Perjalanan ke Sumbawa(3) Gunung Tambora
Pulau Sumbawa dahulu, namanya sempat "Go Internasional". Pertama ketika Gunung Tambora meletus pada tahun
1815. Sebelum leakan yang berskala histrois, konon tinggi gunung diperkirakan melebihi Gunung Fuji. Kedua
kalinya ketika Almarhumah Putri Diana berlibur ke Pulau Moyo.
Gunung Tambora yang begitu gagah, dan Gunung Batulanteh yang begitu indah. Kab. Sumbawa milik potensi amat
besar di bidang "Mountain Resort".


NTB(西ヌサトゥンガラ)州のスンバワ島は、小スンダ列島の一角を占め、バリ島から見てロンボク島の先にある。“アラー”のアラビア語文字にも似た形の島で、西から西スンバワSumbawa Barat)県、スンバワ(Sumbawa)県、ドンプー(Dompu)県、そしてビマ(Bima)県の4県から成る。西スンバワ県は2003年12月18日、スンバワ県から分離して新たに生まれた県。スンバワ・ブサールを県都とするスンバワ県は人口約38万人。20の郡を抱え、計152の村がある。ドンプー県は7郡から構成され、人口は約20万人で、県都はドンプー。県都をウォハ(Woha)に置く同島東端のビマ県は人口約42万人。
スンバワの名を世界に知らしめた二つの出来事がある。まず第一に、1815年4月11~14日に大噴火を起こしたタンボラ(Tambora)山。そして生前のダイアナ妃が訪れたモヨ(Moyo)島のリゾート。島はその昔二つの王宮によって支配されていた。東のビマ王宮(最後の王は1915-1951のMuhammad Salahhuddin)。そして西のスンバワ王宮(最後の王は1931-1958のMuhammad Kaharuddin III)。バリ島からロンボク島経由の乗り継ぎ便でおよそ50分でスンバワ・ブサール市へ。また、バリ島からビマ市へは直行便もあり、コモドドラゴン観光の拠点となっている。バリやロンボクと比較すると、白砂の砂浜が少ない点で、マリン・リゾートとしての開発は遅れている。しかし、手つかずの自然が残るモヨ島は、ダイアナ妃がお忍びで訪れたように、俗世界から隔絶されたリゾートを楽しみたい人には最適だ。
スンバワ県観光局は、タンボラ山の南側、サレー湾一帯で、ダイビングやサーフィン観光地の選定を進めているが、道路網や宿泊施設などの面で、未だ国際標準には達していない現状。タンボラ火山への登山は、将来的に大きな可能性を秘めてはいるが、これも、ガイドや登山道の未整備などの点で、直ちにツーリストを集める段階ではない。現段階で観光スポットと呼べるものは、スンバワ・ブサール市内に残り、現在まさに修復中の旧王宮(Istana Dalam Loka)や、旧王家の自宅(Bala Kuning)などか。同市から車で約2時間西方に位置するブンギン(Bungin)島は、“人口密度世界一”をキャッチフレーズに、僅かではあるが国内観光客を集める魅力を持っている。また水牛レースも必見の価値がある。


上の画像は:スンバワ県の県都スンバワ・ブサール市西方の海岸線

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衛星画像で見るスンバワ島

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スンバワ・ブサール市近辺の海岸線

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タンボラ(Tambora)山(2851m)。1815年4月に大噴火。火山学上、スマトラ島とジャワ島の間にあるクラカタウ火山と並んで最大規模の噴火を起こした山として世界的に知られている。噴火前の山容は、推定で富士山を超える4000m級の火山だったとされる。大噴火によって、山の1/3に当たる頂上部が吹き飛ばされ、その結果、世界最大規模の、直径6-7kmものカルデラが出来上がった。この大噴火は巨大な地震、津波を引き起こし、また溶岩流や火砕流は、周辺にあった三つの王国を飲み込んだ。

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巨大なカルデラ。「カルデラ底までの高度差は約700m、カルデラ縁の直径は6-7km以上あり対岸は遥かに遠い。周囲の壁は崖錐と崩壊斜面の組み合わせで、何本も水平層が入っている壁もある。下部の崖錐には植生があり、風も弱い底に近い部分には灌木が育っているのが見える。東から南側の崖錐と底が接する部分に、規模は小さいが白く変色した噴気孔があり、ゆっくり水蒸気が上がっている」----『多雨林と火山:インドネシアの自然と人々』(古今書院1997年8月25日発行)の中で、著者でインドネシアのスマトラ島からマルクまで、各地で主峰を征してきた児玉茂氏が、タンボラ登山の様子をこう記している。


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スンバワ本島のスンバワ県とドンプー県の県境付近からサレー湾を隔ててタンボラ山を望む。視界が悪く、遠方にかろうじて霞んで見える


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スンバワ県内陸部。美しい水田は、火山が生み出した肥沃な土地と、豊富な水源によって支えられている


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牛の放牧。スンバワ島では、牛、水牛、山羊、馬などが完璧に放し飼い状態。まさに自然のままの育て方


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県都の南方に広がる山岳地帯。バトゥランテ(Batulanteh)山(1730m)


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【参考ブログ】


NTB州スンバワ島紀行(2) ブンギン島(Perjalanan ke Sumbawa No.2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_1.html

NTB州スンバワ島紀行(1) ノラ猫(Perjalanan ke Sumbawa, NTB) (1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200808/article_5.html

スンバワ県政府Website
http://www.sumbawakab.go.id/

スンバワ島観光
http://sumbawa.org/

スンバワのニュース
http://www.sumbawanews.com/

ドンプー県政府Website
http://www.dompu.go.id/

ビマ県ビマ市政府Website
http://www.bimakota.go.id/

NTB(西ヌサトゥンガラ)州政府Website
http://ntb.go.id/deskripsiwilayah/petasumberdaya.php

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