NTB州スンバワ島紀行(14) 王宮3(Perjalanan ke Sumbawa No14)

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Perjalanan ke Sumbawa(14) Dalam Loka--Kerajaan Sumbawa
Ada "Dalam Loka"---sebuah bagunan kayu yang raksasa. Bekas Istana Kerajaan Sumbawa. Kini berlangsung renovasi
yang diikutsertakan pula pihak instansi pemerintah Jepang.



バリ島の東の東。ロンボク島の東隣のスンバワ島は、バリ島から極めて近い場所にあるものの、これまで注目されることはなかった。一方、この島を超えた東側のフローレス島は、殊に観光面でツーリストのデスティネーション度が高まってきている。国際クラスのリゾート地であるバリ島は、大規模な爆弾テロを二度ほど受けたが、それでも“バリはバリ”の強みで、新たな観光施設やショッピング街の建設など、依然元気がいい。いわんや、最近では中国人やロシア人が大挙して訪れるようになり、益々グローバル化を遂げている。ロンボク島も、バリ島からのオプショナルツアーで、それなりに頑張っている。
で、スンバワ島は?東インドネシア地域の、例えばマルク州タニンバル諸島のように“忘れられた島々”とまでは言われないが、バリ島に近い割には、覚えてもらえない島だ。

スンバワ・ブサール市内にあるダラム・ロカの修復現場。後方にモスクMasjid Agung Nurul Hudaの尖塔が見える


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スンバワ県の県都の北に浮かぶモヨ(Moyo)島だけは、故ダイアナ王妃がお忍びのヴァカンスを楽しんだように、知る人ぞ知る、世界的な“Incognito Resort(お忍びリゾート)”だ。周りに村や耕作地が無く、手つかずの大自然が残っている分、何もない故に、高級リゾートを演出できている。スンバワ県は、バリ島まで来ている何百万人もの外国人ツーリストの、数パーセントを引き寄せようと思案しているが、まだ妙案を見つけてはいない。まず、バリ島では普通の☆☆付きホテルが、まだ2ヵ所しかない(スンバワ・ブサール市郊外のKencana Beach CottageとLaguna Biru)。しかも、双方とも、マリンリゾートの充実度やファシリティ面で、あらゆる年齢層を満足させることはできない状況。また、王宮文化が漂うバリ島のウブドゥのような高原リゾート地があるわけでも、有名寺院が存在するわけでもない。
ないないづくしだが、スンバワ県政府は諦めてはいない。『ここには旧王宮のダラム・ロカ(Dalam Loka)がある』---とザイヌディン県観光局長。ダラム・ロカとは、スンバワ王朝が残した、大規模な木造建造物だ。1885年、時の王様Muhammad Jalaluddin Syah IIIによって建てられた。ダラム(Dalam)とは王宮、ロカ(Loka)とは世界・場所の意味。言わば“世界の王宮”だ。名前だけは凄すぎる。今、ダラム・ロカは何十本もの太い柱だけが空に立っている。修復中なのだ。そして、この修復作業に、日本は積極的に関係している。日本の文化庁とインドネシア文化観光省文化保護振興局は、平成7年度から木造建造物の保存・修復にかかわる交流事業を実施してきている。インドネシア国内で、木造遺産を共同調査し、インドネシア人技術者の日本における研修などを行ってきた。ダラム・ロカの修復作業は、まさにその代表的な技術協力だ。

解体以前のダラム・ロカの姿(県政府資料より引用)


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日本政府は、もう一つ、スンバワ島で無償援助事業を進めている。それは「西ヌサトゥンガラ州橋梁建設計画」だ。供与限度額7億9,400万円で、同州内の南岸基幹道路の、8橋梁の新設並びに1橋梁の改修を実施している。この協力により、「農作物・畜産物を中心に円滑な物流が確保されることにより、西ヌサトゥンガラ州内で開発が遅れているスンバワ島南部地域の開発が促進されることが期待される」としている(外務省ホームページより)。
臨時博物館に置かれた、ダラム・ロカの模型


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ダラム・ロカは1885年、当時の第15代国王Muhammad Jalaluddin III(1883-1931)によって建造された。99本(現在は96本)の支柱を用い、敷地面積はおよそ697m2。この王宮が建設される以前、同地には歴代の王宮(Istana Bala Balong, Istana Bala Sawo, Istana Gunung Setiaなど)が建っていた。尚、1932年には、新たな王宮(Gedung Wisma Praja)が建てられ、現在は県迎賓館として利用されている。


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経年により全ての支柱が台座の石から外れている。工事責任者の話によれば、支柱を動かすのではなく、基礎の石を移動させる方法で修復するという。
折れた支柱の復元には、日本の伝統的な建造物修理技術が活かされている。


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モスクMasjid Agung Nurul Hudaの尖塔から眺めた修復中のダラム・ロカ


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【参考ブログ】

NTB州スンバワ島紀行(13) 王宮2(Perjalanan ke Sumbawa No13)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_12.html

NTB州スンバワ島紀行(12) 王宮(Perjalanan ke Sumbawa No12)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_11.html

NTB州スンバワ島紀行(11) 水牛2 (Perjalanan ke Sumbawa No.11)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_10.html

NTB州スンバワ島紀行(10) 水牛レース(Perjalanan ke Sumbawa No.10)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_9.html

NTB州スンバワ島紀行(9) モスク(Perjalanan ke Sumbawa No.9)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_8.html

NTB州スンバワ島紀行(8) 鍛冶屋(Perjalanan ke Sumbawa No.8)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_7.html

NTB州スンバワ島紀行(7) ソンケット(Perjalanan ke Sumbawa No.7)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_6.html

NTB州スンバワ島紀行(6) 独立記念日2(Perjalanan ke Sumbawa No.6)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_5.html

NTB州スンバワ島紀行(5)独立記念日(Perjalanan ke Sumbawa No.5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_4.html

NTB州スンバワ島紀行(4) 観光(Perjalanan ke Sumbawa No.4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_3.html

NTB州スンバワ島紀行(3) タンボラ火山(Perjalanan ke Sumbawa No.3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_2.html

NTB州スンバワ島紀行(2) ブンギン島(Perjalanan ke Sumbawa No.2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200809/article_1.html

NTB州スンバワ島紀行(1) ノラ猫(Perjalanan ke Sumbawa, NTB) (1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200808/article_5.html

スンバワ県政府Website
http://www.sumbawakab.go.id/

スンバワ島観光
http://sumbawa.org/

スンバワのニュース
http://www.sumbawanews.com/

ドンプー県政府Website
http://www.dompu.go.id/

ビマ県ビマ市政府Website
http://www.bimakota.go.id/

NTB(西ヌサトゥンガラ)州政府Website
http://ntb.go.id/deskripsiwilayah/petasumberdaya.php




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