インドネシア文化宮(GBI-Tokyo)

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zoom RSS マカッサル市民ジャーナリズムに支援の手を(Bantuan utk Buku Panyingkul)

<<   作成日時 : 2008/05/20 17:14   >>

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インドネシア文化宮(GBI)では、去る5月10日、第79期インドネシア理解講座として、リリィ・ユリアンティさんをお招きして、スラウェシ島のマカッサルで二年前に誕生した、インドネシア初の市民ジャーナリズム『パニンクル(Panyingkul!)』の実態についてお話をうかがいました。また、同時に、本邦初公開となるマカッサル・ドキュメンタリー映画の上映会も実施しました。当日、リリさんからも概要説明がありましたが、『パニンクル』では、日本のスラウェシ島ファン、そしてインドネシア・ファンに賛助金を呼びかけて、二冊目となる“普通の人がリポートしたマカッサル”の記事集大成の刊行を企画しています。




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2007年7月に発刊された第一冊目の「Makassar di Panyingkul!)(パニンクルに見るマカッサル)」。定価は\2,500#でインドネシア文化宮で購入可能です。


2007年7月「Makassar di Panyingkul!」を出版した、マカッサルの市民ジャーナリズムグループ『パニンクル(Panyingkul!)』は、過去一年間の主要記事をまとめた二冊目の書籍の刊行を来る7月に計画しています。これに関して、同グループの共同設立者で、現在NHKのラジオ・ジャパンのインドネシア語放送のアナウンサー兼プロデューサーを務めるリリィ・ユリアンティさんから以下のような、募金の呼びかけがなされています。二冊目となる「パニンクルのマッカサル」には、2007年5月〜2008年5月の間にパニンクルのウエッブサイトに掲載された記事の中から、編集チームによって厳選された16-20本の記事(170ページ)が掲載されるとのことです。
“普通の人のジャーナリズム”を市民の視線から構築しようと努力を続けている『パニンクル』は、高校生などを対象に、リポートや執筆に関する講座を設け、質的に高い市民ジャーナリズムを追及しています。しかし、そのための資金は、共同設立者たちからの寄付でまかなっているのが現状で、そこで、広く国際社会からも賛助金を求めることを決めたそうです。
賛助金は一口を\10,000#とし、寄贈者の氏名は、やがて出版される第二冊目の「パニンクルのマカッサル」に明記されます。また機関・組織からの寄付に対しては、書籍の中で、1パラグラフを使って、プロフィールを紹介するとのことです。




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【リリィ・ユリアンティさんのプロフィール】


Lily Yulianti。1971年7月16日、南スラウェシ州マカッサル生まれ。1994年、国立ハサヌディン大学農学部を首席で卒業。2003年、オーストラリアのメルボルン大学から、専攻のジェンダーと開発で修士号。1996〜2000:インドネシアの最有力紙『KOMPAS』記者。2001〜2004:豪ABC放送ラジオ・オーストラリアでプロデューサー。2004〜現在:NHKラジオ・ジャパンのインドネシア語放送アナウンサー兼プロデューサー。2006〜現在:インドネシア初の市民ジャーナリズムサイト『Panyingkul!』の共同設立者。著書:『Makassar di Panyingkul!』(2007年7月、編者)、『Makkunrai』(2008年3月)



送金先は以下の通りです。尚、印刷開始までに氏名を知る必要がありますので、今回の賛助金の送金締め切りは2008年6月10日(火)までとのことです。また、賛助金を提供してくださった方々には、出版後、同書を二冊プレゼントするそうです。


ゆうびん貯金
口座番号:10070 9958 2541
名義:ユリアンティ・リリィ

尚、リリィさんに直接問い合わせの場合は、以下のメールアドレスまで。
lily@panyingkul.com


リリィさんからの呼びかけ全文


Rencana Penerbitan Buku
Tulisan Pilihan Panyingkul! ke-2
Juli 2008

Pendahuluan
Sejak tahun 2007, Panyingkul! (www.panyingkul.com) memulai tradisi menerbitkan kumpulan tulisan pilihan sebagai upaya memperluas keterbacaan laporan-laporan yang ditulis para citizen reporter. Tulisan pilihan tersebut telah ditayangkan di situs Web Panyingkul! selama periode satu tahun dan dinilai memenuhi kriteria citizen journalism yang berlaku di media orang biasa ini, yakni mengutamakan perspektif warga, mengangkat isu-isu pro-rakyat atau tema yang tidak banyak diberitakan media massa mainstream, yang disajikan dengan memenuhi kaidah jurnalistik yang berlaku umum.

Rincian Buku Kedua
Buku kedua ini akan berisi 16-20 tulisan yang dipilih oleh tim editor, terdiri dari tulisan yang telah ditayangkan di situs Web Panyingkul! pada periode Mei 2007 – Mei 2008.
Aspek penting citizen journalism yang ingin ditonjolkan dalam buku kedua ini adalah inisiatif citizen reporter yang sebagian besar merupakan pekerja profesional/peneliti di berbagai bidang yang di sela-sela kesibukan pekerjaannya meluangkan waktu menulis laporan-laporan berperspektif warga, baik yang terkait dengan pekerjaan/penelitian mereka maupun tidak. Di antaranya adalah peneliti kelautan/pemberdayaan masyarakat pesisir yang mengolah laporan dan pengamatan lapangan mereka menjadi laporan jurnalistik, peneliti kehidupan masyarakat terasing yang menayangkan laporan perjalanan di taman nasional di Sumatera, perjalanan menyusuri pelosok Papua yang miskin sarana transportasi, kehidupan masyarakat di Taman Nasional Laut Takabonerate, dan sebagainya.
Selain itu, buku kedua ini juga menampilkan laporan pelajar SMA di Makassar yang mengikuti program penulisan di Panyingkul! dalam satu tahun terakhir, yang memotret kehidupan masyarakat pinggiran di perkotaan serta fenomena urban lainnya.
Buku kedua Panyingkul! ini direncanakan setebal 170 halaman, dengan ukuran 21 x 15 cm dan sampul berwarna.
Menjadi Mitra Penerbitan Buku Kedua Panyingkul!
Bagi individu maupun lembaga yang memiliki visi yang sama dengan Panyingkul! yakni mengembangkan partisipasi warga dalam berdemokrasi melalui laporan-laporan jurnalistik pro-rakyat (yang kami istilahkan jurnalisme orang biasa), kami mengajak untuk menjadi mitra penerbitan buku kedua ini.

Bagi setiap individu yang menyumbangkan 10,000 Yen akan kami cantumkan namanya di halaman sponsor khusus di bagian dalam buku tersebut, sementara bagi lembaga, akan kami siapkan satu paragraf penjelasan tentang lembaga tersebut di halaman dalam buku. Setiap penyumbang akan mendapatkan dua eksemplar buku Panyingkul! kedua.
Panyingkul! didirikan dan dijalankan dengan mengandalkan inisiatif warga yang memiliki visi menyediakan informasi yang cerdas, sehat dan independen yang disiapkan oleh para citizen reporter. Kami mengajak Anda menjadi bagian dari Panyingkul! (p!)

Sumbangan dapat dikirimkan melalui transfer ke:

Tabungan Pos Jepang
Lily Yulianti
Nomor rekening 10070 9958 2541

Untuk informasi lebih lanjut dapat menghubungi:
lily@panyingkul.com


【参考ブログ】


マカッサル映画鑑賞&マカッサル文学講演(Film & Sastra Makassar)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200804/article_2.html

パニンクル
http://www.panyingkul.com/

リリ・ユリアンティさん執筆のパニンクル紹介記事が、以下のサイトの日本語で掲載されています。
インドネシアでの市民ジャーナリズム
http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000005183

また『パニンクル』に掲載された幾つかの記事が日本語訳され、日本貿易振興機構アジア経済研究所の月刊誌『アジ研ワールド・トレンド』に2007年3月号から「スラウェシ市民通信」というタイトルで毎月連載されています。その内、「アバンダの運命のボール」は、以下のサイトで読むことができます。

第1回 アバンダの運命のボール アアン・マンシュール
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/W_trend/pdf/2007_03/wt_sulawesi_02.pdf

原文は以下のパニンクルのサイトに掲載されています。
「Bola Nasib Abanda」(By M. Aan Mansyur)
http://www.panyingkul.com/view.php?id=24&jenis=karebosi

アジ研ワールド・トレンド
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/W_trend/

スラウェシ市民通信連載にあたって 松井和久
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/W_trend/pdf/2007_03/wt_sulawesi_01.pdf

インドネシア文化宮(GBI)活動記録
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_2.html

インドネシア文化宮活動記録(インドネシア語)Kegiatan GBI
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_4.html

トラジャ文化&トラジャ語を学ぶインドネシア理解講座(Budaya & Bahasa Toraja)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200707/article_1.html

トラジャ人画家マイク・トゥルーシー個展(Pameran Tunggal Mike Turusy)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_10.html

トラジャ人画家マイク・トゥルーシー個展のお知らせ(Pameran Mike Turusy)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200705/article_2.html

インドネシア文化宮2007年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2007)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200712/article_2.html

インドネシア文化宮2006年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2006)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200612/article_8.html


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パニンクル
{%拍手webry%}スラウェシ島マカッサルの市民ジャーナリズムグループ『パニンクル(Panyingkul!)』が、過去一年間の主要記事をまとめた二冊目の書籍『INDONESIA di Panyingkul!』が去る7月に出版されました。この出版費用の一部は、日本の個人からの賛助金で賄っています。2007年7月に出版された第一号の表題は『Makassar di Panyingkul』でしたが、今回は、インドネシア各地の話題も取り入れたために、タイトルを『パニンクルに見るインドネ... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/07/29 17:41
北スラウェシ州紀行(1) マナド(Manado) Perjalanan ke Sulut (1)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}スラウェシ(旧セレベス)島の北端に位置する北スラウェシ州(Sulawesi Utara=Sulut)は、日本に一番近いインドネシアだ。かつて“大東亜戦争”において、日本軍がカリマンタン(ボルネオ)島のタラカン島を奇襲攻撃し、インドネシア占領の第一歩を記すが、次いで攻略作戦を実行した地点が、現在の北スラウェシ州の州都マナド(Manado)だった。“空の神兵”と謳われた落下傘部隊が、占領下のフィリピンのダバオから出撃し、昭和17年(1942... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/09/26 00:00
北スラウェシ州紀行(2) シーラカンス  Perjalanan ke Sulut (2)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}“生きた化石”シーラカンス(学名:Coelacanthus コエラカントゥス)は、1938年12月22日、南アフリカ南東部、インド洋のカルムナ(Chalumna)川河口付近で漁師が偶然捕獲し「世紀の大発見」となった。属名&種小名はラティメリア・カルムナエ(Latimeria chalumnae)。次の捕獲は14年後の1952年12月20日で、発見されたのは最初の発見地から3,000kmも離れた、マダガスカル(Madagascar)島近く... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/09/27 00:00
北スラウェシ州紀行(3) ブナケン(Bunaken) Perjalanan ke Sulut (3)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}“竜宮城”は絵にもかけない美しさだそうだが、ミナハサ民族が世界に誇るブナケン(Bunaken)のサンゴ海を、マナド・トモホン在住で、北スラウェシを代表する画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さん(51歳)は描き続けている。その題材に選ぶロケーションは、やはり古マナド(Manado Tua)島とブナケン島。群青のマナド湾に聳え立つ古マナド山、そして宝石を散りばめたようなブナケンの珊瑚海。“極楽の海”とも称すべき、このブナケン... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/09/28 00:00
北スラウェシ州紀行(4) ブナケン(Bunaken) Perjalanan ke Sulut (4)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}ダイビングで使われるスクーバ(潜水用の呼吸器具)の発明者の一人として知られる、フランス人海洋学者ジャック・イヴ・クストー(Jacques Yves Cousteau:1910年6月11日〜1997年6月25日)は、今では世界的に知られるようになった北スラウェシのダイビングスポットの“発見者”でもある。クストーは、インドネシア国内で、美しいダイビング海域13ヵ所を確認し、世界へ紹介した。ブナケンもその一つだ。北スラウェシに限って言えば、ブ... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/09/29 01:15
北スラウェシ州紀行(5) マナド(Manado) Perjalanan ke Sulut (5)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}東部インドネシアの中心地と言えば、誰しもが、スラウェシ島の西南端近くに位置する、南スラウェシ州の州都であるマカッサル(Makassar・旧ウジュンパンダン)を思い浮かべる。人口は約123万。つまり北スラウェシ州の州都マナドのおおよそ3倍弱だ。南スラウェシ州では、タナトラジャ県を例外とすれば、圧倒的多数(約88%:注:この数値は全インドネシアのイスラム人口比率とほぼ同じ)がイスラム教徒であるのに対して、北スラウェシ州では圧倒的多数がキリス... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/09/30 00:00
北スラウェシ州紀行(6) マナド(Manado)  Perjalanan ke Sulut (6)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}ドイツ生まれの二人のキリスト教宣教師が今でもミナハサの人々に記憶されている。リーデル(Riedel)とシュワルツ(Schwarz)。オランダ植民地時代、二人はオランダ政府によってNZGという組織を通じて、プロテスタント教の布教を目的として北スラウェシに送り込まれた。1831年6月12日、二人は半島部東海岸のケマ(Kema)に上陸。リーデルはトンダノ(Tondano)で、シュワルツはランゴワン(Langowan)で布教活動を始めた。布教の... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/01 00:00
北スラウェシ州紀行(7) マナドのお粥  Perjalanan ke Sulut (7)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}“ブナケンのマナド”、“シーラカンスのマナド”。北スラウェシ州の州都マナドは、これまでその世界的に知れ渡った美しい海洋公園と、生きた化石のシーラカンスの発見といった「海」のイメージを強く打ち出してきた。しかし、最近、新たなイメージの創造に懸命だ。2009年5月11〜15日、WOC(世界海洋会議:World Ocean Conference)のホストシティとして、今建設ラッシュが続いている。サム・ラトゥランギ国際空港の規模拡大、そして市内... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/02 00:00
北スラウェシ州紀行(8) イカット文化 Perjalanan ke Sulut (8)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}インドネシアは世界最多の種類を誇るテキスタイル文化を有している。西端のアチェから東端のパプアまで、多種多様な繊維・布文化が花開いている。中でも、イカット(絣)文化は、インドネシアの“お家芸”で、世界中にファンを持つ。スマトラ島、ジャワ島、カリマンタン島、バリ島、東ヌサトゥンガラ(NTT)全域、そしてマルク州のタニンバルなどがイカット産地として知られている。スラウェシ島にもイカット文化はある。トラジャ民族が育んだロンコン(Rongkong... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/03 00:00
北スラウェシ州紀行(9) ベンテナン布  Perjalanan ke Sulut (9)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}州都のマナドから車でおよそ2時間。ミナハサ県のソンデール(Sonder)にあるベンテナン・センター(Pusat Bentenan)は、ミナハサ・テキスタイル文化の“殿堂”的存在。州知事夫人の積極的な関与で建設されたと聞く。ここには数棟の施設があり、ベンテナン・イカット(絣)の工房もある。半機械織りで、数メートルもある長い絣が生産されている。しかし、綿糸も染めの化学薬品もすべてジャワ島産を使用している。最近、州政府は“ミナハサ民族のアイコ... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/04 00:02
北スラウェシ州紀行(10) 竹楽器 Perjalanan ke Sulut (10)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}北スラウェシのミナハサ民族は、インドネシアの中でも、最も音楽好きで、かつ音楽センスが高い民族と言える。とにかく歌が上手い。そして当地の楽器の主役と言えば「コリンタン(Kolingtang)」。コリンタンをして“インドネシアの木琴”とまで呼ばれている。木製そして竹製の二種がある。いわば木&竹製のマリンバ。コリンタンという名称は:TONG(low pitch note),TING (high pitch note),TANG (modera... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/05 00:00
北スラウェシ州紀行(11) マナド美女 Perjalanan ke Sulut (11)
{%ピンクハートhdeco%}誰が言い始めたのか、マナドの魅力を表現する“五つのB”があるそうだ。まず世界的なダイビングスポットであるブナケン(Bunaken)のB、次いで、マナドお粥つまりブブール・マナド(Bubur Manado:地元ではティヌトゥアン(Tinutuan)と呼ぶ)のB。そしてブキット・カシ(Bukit Kasih)と呼ばれるマナドから50kmの距離にあるミナハサ県カノナン(Kanonang)村にある宗教“聖地”のB。四つ目は、マナド市内のメインストリートのB... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/06 00:00
北スラウェシ州紀行(12) トモホン Perjalanan ke Sulut (12)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}州都マナドから約25km、車でおよそ40分。高原の街、トモホン(Tomohon)に着く。同市は“花の街”をキャチフレーズに、アメリカのカリフォルニア州パサディナ市で毎年1月1日に開催されている“ローズ・パレード”をお手本に、花で街興しを図っている。トモホン・フラワー・フェスティバル(TFF:Tomohon Flower Festival)、そしてトーナメント・オブ・フラワー(TOF: tournament of Flowers)を合言... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/07 00:00
北スラウェシ州紀行(13) トモホン2 Perjalanan ke Sulut (13)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}年間平均気温約22度。噴煙を上げるロコン(Lokon)山とカルデラ湖が美しいマハウ(Mahawu)山の間に広がるトモホン(Tomohon)市は、清々しい高原都市だ。北スラウェシ州(Prop.Sulut)の州都マナド(Manado)から車でわずか40分。“花の街(Kota Bunga)”をキャチフレーズに、若い市長(Walikota Jefferson S.M.Rumajar, SE)を中心に、高原リゾートの街づくりに励んでいる。標高およ... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/08 00:00
北スラウェシ州紀行(14) トモホン3 Perjalanan ke Sulut (14)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}TFF(Tomohon Flower Festival:2008年6月29日〜7月6日)を通じて“花の街(Kota Bunga)”をアピールするトモホン(Tomohon)市。TOF(Tournament of Flowers)では、国内の全州が、それぞれ地元のアイコンを模った花車をパレードで披露した。北スラウェシ州の全県、そして地元企業の花車も含めて、その数47台。一角サイ、魚、フクロウ、象、鳥、牛、うさぎ、亀、虎などの動物、そして各地... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/09 00:00
北スラウェシ州紀行(15) トモホン4 Perjalanan ke Sulut (15)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}カバサラン(Kabasaran)は、ミナハサ民族が育んできた伝統舞踊。戦の踊りだ。赤いコスチュームが印象的。チャカレレ(Cakalele)とも称されることがあるが、この言い方は、マルク諸島にある戦の舞踊を指すことが多い。カバサランは、賓客の歓迎式典や祝賀行事で必ず披露されるトラディショナルダンス。2008年6月29日〜7月6日に、トモホン市で初めて実施されたフラワー・フェスティバルTFF(Tomohon Flower Festival)... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/10 00:00
北スラウェシ州紀行(16) トモホン5 Perjalanan ke Sulut (16)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}トモホン(Tomohon)には二十数軒のホテルがあるが、その中でもハネムーンカップルや外国人客に抜群の人気を誇るホテルがガーデニア・カントリー・イン(Gardenia Country Inn)。市内のカカスカセン(Kakaskasen)地区にある同ホテルは、その手入れの行き届いた庭園が最大の特徴。“花の街”をスローガンに掲げるトモホン市の名に恥じない見事な庭園。目の前に広がるロコン火山の雄姿。そして裏手の丘陵から引かれた小さな水路。どの... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/11 00:00
北スラウェシ州紀行(17) トモホン6 Perjalanan ke Sulut (17)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}“花の街”トモホン(Tomohon)を演出するのはジェファーソン・ルマジャール(Jefferson soleiman Montesqieu Rumajar, SE)市長。1966年1月20日、トモホン生まれの42歳。マナドにある国立サム・ラトゥランギ大学(Universitas Sam Ratulangi)工学部中退。キャンパスよりも政治活動に熱中。後、2002年、STIE EL'Fatahを卒業。最初の政治キャリアはPDIP(闘争... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/12 00:00
北スラウェシ州紀行(18) トモホン7 Perjalanan ke Sulut (18)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}トモホン(Tomohon)滞在中、画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さんに誘われて、午前4時にホテルを出発、東トモホン地区のルルカン(Rurukan)村にある高台テンボアン(Temboan)に向かった。日の出を見るためだ。ここからは、かつて日本軍が“マナド富士”と呼んだクラバット(Klabat)山(2022m)の全体像を望める。なんでもオランダ人宣教師が残していったといわれる一軒家が台地の端に建っていて、そこにミュー... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/13 00:00
北スラウェシ州紀行(19) トモホン8 Perjalanan ke Sulut (19)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}“花の街”トモホン(Tomohon)は“クリスチャンの街”でもある。日曜日ともなれば、市内の至る所で教会の鐘が鳴り響く。17世紀に始まるスペインによるカトリック教の布教。そして19世紀に入ると、宗主国オランダによる本格的なプロテスタントの宣教活動が始まった。州都のマナド同様に、高原の街トモホンにも新旧織り交ぜたたくさんの教会がある。幾つかの古い教会は、信仰心豊かなトモホン市民の心の拠り所である傍ら、観光スポットとしても多くの旅人を魅了す... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/14 00:00
北スラウェシ州紀行(20) トモホン9 Perjalanan ke Sulut (20)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}花で彩られた北スラウェシ州の高原の街トモホン(Tomohon)。火山に囲まれ、温泉も噴出。まさに高原リゾートそのものだ。清々しい気温と適度の湿度。当然のことながら、食欲も進む。というわけで、トモホン市の公設市場へ出かけてみた。ここには乗合タクシーのターミナルも併設されていて、一日中、買い物客でごったがえしている。高原野菜の産地だから、まさに早朝取り立ての、新鮮な野菜類が並んでいる。 そして、この市場で見逃せないコーナーが、犬や猫、そし... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/15 00:28
北スラウェシ州紀行(21) トモホン10 Perjalanan ke Sulut (21)
{%イヌファイトhdeco%}{%黒猫hdeco%}羊頭狗肉---という四字熟語は、羊の頭を抱えて犬の肉を売ること、転じて誤魔化し、インチキの意味で使われることが多い。つまりは、羊の肉の方が良くて、犬の肉は良くないということか。本当にそうなのだろうか?鯨を味わう食文化のない民族や国・地域の人々から見ると、鯨を食する民族や国・地域は、どうも野蛮な人、野蛮な国と映るようだ。そうだろうか? 筆者はクジラ肉は好きだ。というか、好きも嫌いも、その昔、小学校の学校給食では、頻繁にクジラ肉... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/16 00:00
北スラウェシ州紀行(22) ワルガ Perjalanan ke Sulut (22) Waruga
{%十字架webry%}エジプトのピラミッド、北京郊外の明の十三陵を見るまでもなく、古いお墓は世界中で著名な観光地となっている。偉人の墓ならなおさらだ。庶民のお墓だって、立派な観光地になることは、スラウェシ島のトラジャ民族の断崖の石室が証明している。実は北スラウェシ州にも、未だ対外的によく知れ渡ってはいないが、それはそれは見ごたえのあるお墓がある。地元で「ワルガ(Waruga)」と呼んでいる、屋根付きの石棺がそれだ。 側聞では、なんでも北スラウェシ州全土に計2,000基ほどあ... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/17 16:36
北スラウェシ州紀行(23) ワルガ Perjalanan ke Sulut (23) Waruga
{%十字架webry%}キリスト教が北スラウェシ一帯に入ると時期を同じくして、石棺の中に亡骸を入れて自宅前に置く埋葬形式は徐々に禁止された。以降は土葬に変わり今日に至っている。屋根や石棺に彫られたシンボルやモチーフは、それぞれのマルガ(Marga)、すなわち同一族(氏)によって異なった。また、その昔は、石棺の脇に、故人の氏名を書いた木札が立てられていたそうだが、今では残っていない。 サワンガン(Sawangan)村は、トンセア語を話すトンセア民族。この近辺の人々は、石棺の素材... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/18 15:27
北スラウェシ州紀行(24) ワルガ Perjalanan ke Sulut (24) Waruga
{%十字架webry%}サワンガン(Sawangan)村の古い石棺(ワルガ:Waruga)は計144基。ミナハサ(Minahasa)地域にある2,000基とも言われるワルガの約7%が、この一村に集中している。西暦800年頃に始まったとされるワルガ石棺。その中には西洋人や、日本人のお墓とされるものもある。 サワンガン村のワルガの幾つかは、軍服を着用したヨーロッパ人の姿がレリーフで描かれている。長い銃を手にしたものもある。おそらく大航海時代にやってきて、この地で最期を迎えた者か、... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/19 00:00
北スラウェシ州紀行(25) ワルガ Perjalanan ke Sulut (25) Waruga
{%十字架webry%}ミナハサ民族のワルガ(Waruga)は、単なる墓標であるばかりではなく、身内との“一体感”を具現化する祖霊像的な意味合いも持つ。今では、一か所に公園墓地風にまとめられているが、かつては各家々の前庭や、門前に置かれていたことから考えても、その可能性が高い。考古学と文化人類学の調査を待たねばならないが、例えば、インドネシア最東端のパプア(Papua)州の南西部、アスマット(Asmat)県一帯に見られるアスマット民族のビスポール(Bis Poll)と、その存在... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/20 00:01
北スラウェシ州紀行(26)サンギヘ Perjalanan ke Sulut (26) Sangihe
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}スラウェシ島の最北端付近の西海岸に位置する北スラウェシ(Propinsi Sulawesi Utara = Sulut)州の州都マナド。ここから北のフィリピンのミンダナオ島に向かって、点々と大小の島嶼が並ぶ。サンギヘ(Sangihe)諸島とタラウド(Talaud)諸島だ。この一帯は隣国フィリピンとの国境エリア。タラウド諸島に属する、インドネシア最北端のミアンガス(Miangas)島は、県都のタラウド島へ行くよりも、フィリピン領土に近い場... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/21 00:00
北スラウェシ州紀行(27)サンギヘ Perjalanan ke Sulut (27)Sangihe
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}インド洋から南太平洋まで展開するインドネシア共和国は、幾つもの国と接している。陸上で接する隣国は、西からマレーシアそして東ティモール、さらにパプアニューギニア。一方、海上で接する国は、インド、タイ、シンガポール、フィリピン、オーストラリア。広大な広がりを称して“サバン(Sabang)からメラウケ(Merauke)まで”と表現する。日本の“北は北海道から南は九州・沖縄まで”と同じ類だ。サバンは、スマトラ島北端のアチェ州の州都バンダアチェの... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/22 00:01
北スラウェシ州紀行(28) タルシウス Perjalanan ke Sulut (28)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}バリ島と東のロンボク島との間にあるロンボク海峡。そしてカリマンタン(ボルネオ)島とスラウェシ島との間のマカッサル海峡。この二つを結ぶ線は、生物学上“ウォレス(Wallace)ライン”と呼ばれ、生物相の東洋区とオーストラリ区とを分かつ分布境界線として知られている。余談だが、ティモール島東部海域とブル島西部海域、そしてハルマヘラ島西部海域とを結ぶ線は“ウェーバー(Weber)ライン”と呼ばれている。前者は、イギリス人博物学者のアルフレッド・... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/26 00:12
北スラウェシ州紀行(29) ブヤット湾 Perjalanan ke Sulut (29) Buyat
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}南ミナハサ県から分離して2007年5月に誕生した南東ミナハサ県(Kab.Minahasa Tenggara:人口約10万人。県都はラタハン:Ratahan)は、かつて重大な汚染問題で世界の耳目を集めた。1996年に金生産を開始した米国の巨大鉱山会社ニューモント社(Newmont Inc)の子会社PT.NMR(Newmont Minahasa Raya)によるとされる、2004年のブヤット湾(Teluk Buyat)の水銀・ヒ素汚染問題の... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/27 00:01
北スラウェシ州紀行(30) コタモバグ Perjalanan ke Sulut (30)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}コタモバグ(Kotamobagu)は北スラウェシ州(Sulut)にある4都市の一つ。他の3つは州都のマナド(Manado)、そして港町ビトゥン(Bitung)とトモホン(Tomohon)。マナドから南西におよそ100km。内陸部に位置し、トモホン市同様に、高原リゾート、そしてアグリビジネスで未来を切り開こうとしている。人口はおよそ98,000人。面積は約68km2。2007年1月に、ボラアン・モンゴンドウ(Bolaang Mongo... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/28 00:00
北スラウェシ州紀行(31) 経済特区 Perjalanan ke Sulut (31) Kapet
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}インドネシア国内では十数のKAPET(Kawasan Pengembangan Ekonomi Terpadu:経済統合開発地域)が指定されているが、州都マナドを中心とするエリアもその一つに組み込まれている。名称は「KAPET Manado-Bitung」。インドネシア政府は、東部インドネシア地域(KTI:Kawasan Timur Indonesia)の開発に腐心してきているが、マナド・ビトゥンKAPETは、NTT(東ヌサトゥンガラ)... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/29 00:00
北スラウェシ州紀行(32) 画家ソニーPerjalanan ke Sulut (32) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}アトリエを州都のマナドから高原の“花の街(Kota Bunga)”トモホン(Tomohon)に移した、北スラウェシ州(Prop.Sulut)を代表する画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さん。本名はサムソン・G・A・レンコン(Samson G.A.Lengkong)。地元紙から“東の真珠”と敬称で呼ばれるソニーさんは、1957年7月16日、トモホンで生まれた。『私にとって絵画とは敬虔であるための媒体です』----2男2... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/30 00:01
北スラウェシ州紀行(33) 画家ソニー Perjalanan ke Sulut (33) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}“東の真珠(Mutiara Timur)”そして“北スラウェシの真珠(Mutiara Sulawesi Utara)”の敬称・愛称で呼ばれる、トモホン(Tomohon)在住の画家ソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さん。『世界の画家の中では、ヴァン・ゴッホが一番好きかな。彼の全ての作品に共通する、あの線、そして筋。素晴らしい』と。『残念ながら、日本の画家については、未だ多くを知っていませんから、誰の絵画が好きかは言えません』... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/10/31 00:01
北スラウェシ州紀行(34) 画家ソニー Perjalanan ke Sulut (34) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}『アートの世界で言えば、ここ北スラウェシの芸術家たちは、バリ島やジョグジャカルタ、そしてジャワ島のその他の都市に暮らす芸術家と比べて、その存在が国内的に認識されていない。あたかも、バリ島とジャワ島の外には、アーティストがいないかのようなメディアの報道、そして美術評論家を始めとして、評論家と名が付く者たちの認識の低さ。僕は首都ジャカルタで行った個展では、いつも、ミナハサ(Minahasa)文化を強く打ち出して、ミナハサ、そして北スラウェシ... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/11/01 00:01
北スラウェシ州紀行(35) 画家ソニー Perjalanan ke Sulut (35) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}ミナハサを代表する画家ソニー・レンコンさんのストーリーを掲載し始めて三日目(11月1日)、東京・高田馬場のインドネシア文化宮(GBI)で中カリマンタン州映画上映会を楽しんでいた時、携帯が鳴った。『突然のお知らせだから、今夜トモホン(Tomohon)に来てよね、とは言わないけれども、実は今日から9日まで、第15回目の個展をトモホンのアトリエで開催するんで、そのことを伝えておこうと思って電話をかけた』と、ソニーさんの声。聞けば、ソニーさんの... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/11/02 00:01
北スラウェシ州紀行(36) 画家ソニー Perjalanan ke Sulut (36) Sonny
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}2008年11月1日、トモホン(Tomohon)のソニー・ギャラリー2(Sonny Art Galeri:兼アトリエ)で、第15回目の「ソニー・レンコン個展」がスタートした。9日までの日程だ。画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さんは、州都のマナドにもギャラリーを所有しているが、最近では創作の拠点をトモホンに移している。そして、トモホンでは三月に一回の割合で、新作の個展を開催している。『北スラウェシ州、殊にトモホンで文... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2008/11/03 17:41
マナドWOC開催記念ソニー・レンコンさんの個展(Pameran Sonny L di Manado)
{%夏海(チカチカ)hdeco%}インドネシア最南端のNTT(東ヌサトゥンガラ)州政府から派遣され、最北端の北スラウェシ州(Prop.Sulut)の州都マナド(Manado)で5月初旬、ササンドゥ(Sasandu)演奏を行うザカリアス・ンダオン(Zakarias Ndaong)さん。当地では、“インドネシア東部の真珠”の異名を持つ、画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さんが待っている。そしてソニーさんも同時期、個展を開催する。 ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/05/01 18:02
マナド&トモホンでソニー・レンコンさんの絵画展(Pameran Sonny Lengkong)
{%夏海(チカチカ)hdeco%}世界海洋会議(WOC=World Ocean Conference:2009年5月11日〜15日)開幕を控える北スラウェシ州の州都マナド(Manado)。5月9日、このインドネシア最北端の州へ、最南端のNTT(東ヌサトゥンガラ)州文化使節団の一員として、ササンドゥ(Sasandu)奏者のザカリアス・ンダオン(Zakarias Ndaong)さんが向かった。およそ150ヵ国から2,000〜5,000名が集まるとされる、マナド史上最大規模の国際会議... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/05/09 19:54
北スラウェシ州のコリンタン音楽(動画)Musik Kolingtan Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolingtan)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GBI... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/07 22:57
北スラウェシ州のコリンタン音楽(2) Musik Kolintang Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolingtan・木琴)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GB... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/09 11:39
北スラウェシ州のコリンタン音楽(3) Musik Kolintang Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolingtan・木琴)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GB... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/10 10:56
北スラウェシ州のコリンタン音楽(4) Musik Kolintang Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolintang・木琴)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GB... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/12 11:53
北スラウェシ州のコリンタン音楽(5) Musik Kolintang Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolintang・木琴)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GB... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/16 21:27
北スラウェシ州のコリンタン音楽(6) Musik Kolintang Sulawesi Utara
{%音符A(キラキラ)hdeco%}インドネシア最南端・ロテ島の伝統楽器ササンドゥ(Sasandu)の音色は、まさに“水芭蕉に眠るかぐや姫の調べ”。さて、インドネシア最北端・北スラウェシ州の伝統楽器コリンタン(Kolintang・木琴)の音色はどう表現すべきだろうか。ササンドゥとコリンタンのコラボ、それにプラスしてインドネシア最西端・アチェの太鼓ラパイ、そしてインドネシア最東端・パプアの口琴楽器ピコンを加えての、インドネシア“最果て四重奏”の実現を夢見るインドネシア文化宮(GB... ...続きを見る
インドネシア文化宮
2009/07/17 23:51

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