アチェ津波被災三周年企画展のお知らせ(Pameran Aceh 3 thn Tsunami)

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イルワンディ州知事世界へ!
去る2月の就任以来、イルワンディ・ユスフ(Irwandi Yusuf)アチェ州知事は、海外視察が多い。9月末にはアメリカを訪れ、バイオディーゼル工場を見学。アチェの輸出産物を紹介する一方でアチェへの投資を呼びかけている(上の風刺漫画)。



インドネシア文化宮(GBI)とJAN(ジャパン・アチェ・ネット)は、スマトラ島沖大地震・巨大津波被災三周年文化イベントとして、以下の催しを実施します。


地元最有力紙『Serambi Indonesia』と共催で、報道写真に見るアチェの2007年
アチェを代表する画家マフディ・アブドゥラ氏作の風刺漫画に見るアチェの2007年
マフディ氏が津波被災直後に描いた作品で、絵画に見るアチェ津波

また、映像で振り返るアチェ津波として、
『Metro TV』が製作した「報道カメラマンが目撃したアチェ津波の全貌(約1時間20分)」を日本で初めてDVD上映します。
アチェ人映画監督マウラナ・アクバール氏製作のドキュメンタリー映画「The Tsunami Song(Nyanian Tsunami:津波の歌)」の上映
アチェ州教育局が製作した2本のユーモラスな教育映画から津波以前の紛争時代のアチェを振り返ります。
映像制作会社㈱ユニモトと共催で、2007年度文部科学省選定映画に選ばれた、アチェ&日本をテーマにしたヒューマンドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」のDVD上映。

また会場では、JAN(Japan Aceh Net)が『Serambi Indonesia』紙などと共同出版した絵本、詩集なども展示・即売します


【期日】2007年12月17日(月)~12月29日(土)。但し、日・祝日は閉館。三周年当日の12月26日(水)は、11:00-20:00オープン、その他の日は11:00-18:00オープン。 
【場所】インドネシア文化宮(GBI) (添付地図参照)
【展示内容】風刺漫画12点。津波絵画3点。報道写真12枚。
【上映会】第74期~第77期「インドネシア理解講座」として、12月8日(土)、12月22日(土)、12月26日(水)、12月29日(土)の4回
第74期 2007年12月 8日(土) 13:00~17:00(④⑤⑥⑦の上映)
第75期 2007年12月22日(土) 13:00~17:00(④⑤⑥⑦の上映)
第76期 2007年12月26日(水) 17:30~20:00(④と⑤のみ上映)
第77期 2007年12月29日(土) 13:00~17:00(④⑤⑥⑦の上映)
【参加費】無料
【申し込み】希望日、氏名、住所、携帯番号を明記してメールにて:okawa@mxg.mesh.ne.jp
【備考】12月8日(土)は、「バンカ島チュアル布展」の最終日ですので、併せてお楽しみいただけます。美味しいアチェのガヨ・コーヒーも堪能してください



☆☆☆風刺漫画に見るアチェの2007年(Aceh 2007 lewat karikatur Mahdi Abdullah)☆☆☆

マフディ氏は、2005年2~4月、GBIで『アチェ風刺漫画展』を行い、アチェ州が抱える政治・社会・宗教などの問題点をテーマに、ジャーナリスティックな視点で、ユーモアたっぷりの鋭い筆端を見せてくれました。今回の作品12点は、アチェ史上初の直接選挙で選ばれた州知事の下で、復興の槌音が高まる中、どのような問題が新たに噴出しているかについて描き出しています。


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義援金
復興に向けた巨額の義援金が海外からアチェに流れ込んでいる。と同時に、そのお金目当てに首都の企業と結びついた外国企業や労働者がやってきて、そのお金を持っていってしまう。アチェの義援金がアチェに落ちない。一握りのアチェ人は異常なまでの利益を手にしたが、多くの庶民の経済生活は向上していない



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HPH(森林伐採権)
非合法の伐採が止まない。売れればドリアンの木さえ切ってしまう。2007年6月、イルワンディ州知事は、伐採モラトリアムを宣言。しかし、不法伐採は依然続いている。



☆☆☆報道写真に見るアチェの2007年(Aceh 2007 lewat foto2 jurnalistik oleh Harian "Serambi Indonesia")☆☆☆


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アチェ全州で、違法な伐採が問題となっている。アチェジャヤ県では不法伐採によって森林破壊が続き、洪水の原因になっている(撮影:M Nasir)


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洪水に襲われたコタリンタン村では家屋がタミアン川に飲み込まれた(撮影:M Nasir)


GBIは、「Serambi Indonesia」と共催で、津波直後の2005年1月から11月まで、日本国内20ヶ所以上の会場で『戒厳令下&津波被災アチェ報道写真展』を実施し、また被災一周年と二周年にも、同紙との共催で一年間を振り返る報道写真展を開催しました。今回は、2007年のアチェを回顧する報道写真が12枚展示されます。


☆☆☆絵画に見るアチェ津波☆☆☆

【マフディ・アブドゥラ(Mahdi Abdullah)氏の津波絵画(Lukisan Tsunami oleh Mahdi Abdullah)】


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題: 『261204
(アクリル画・70 X 80cm、2005年4月作)

2004年12月26日に起きた大地震、そして巨大津波。一瞬にして十数万の命が奪われ、数えきれない建物が消滅した。世代も分断された。天国に向かったお年寄り、そして若者。そして現世に残ったお年寄りと若者。父・母そして子供たちとの永久の別離。
不思議な光景が残った。津波の直撃を受けたウレレ海岸の海辺に建つモスク、そしてランプウ村のモスク。それらは、周囲の全てが消えたというのに、毅然と立っている。
巨大な津波の渦に浮かぶ赤、黄、緑の線。それらは遺体であり死体である。アチェの伝統家屋に見られる赤、黄、緑のタペストリ。赤は民衆、黄は王族、そして緑はウラマ(イスラム法学者)。逃げ惑う人々に容赦なく襲いかかる海水の壁。
261204-----アチェは、神が与えた空前の試練を受けた。


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題: 『飛ぶ船
(アクリル画・70 x 80cm、2005年4月作)

津波の狂気が収まった州都バンダアチェ。私は、父母、そして弟と妹の姿を求めて、市内を駆け巡った。最愛の彼らと出会うことはなかった。そこで見たものは、累々と横たわる死体、そして街中にあるはずのない、いくつもの大きな漁船だった。『神が律する大自然。それに比べ、人間、そしてこの世に存在する物のなんと小さなことか』----私は神の御心にひれ伏した。人は、神の前で微塵の意味も持たない。超自然。それは神がお創りになった世界そのものだった。



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題: 『終焉。そして生還
(アクリル画・50 X 65cm、2005年4月作)

『261204』に次いで、2005年、僕が絵筆をとった第二作目だ。前触れもなしに突如、巨大な津波が押し寄せてきた時、人々は枯葉のように濁流に飲み込まれた。パニックという言葉のなんと陳腐なことか。その光景は、この世の終焉そのものだった。自然の脅威を背に、逃げ惑い、そして生き延びた母と子。母は子を強く抱きしめた。


【マフディ・アブドゥラ氏の津波体験】

絵心が家族の命を救った
日曜日には、きまって家族と過ごすことにしていた。その何年も続いた生活習慣が、僕の家族の運命を決めることになった。
2004年12月26日(日)。その日の朝、僕らは州都バンダアチェ郊外のジャント(Jantho)へ向かった。未完成の絵画を仕上げるためだった。家を出たのはちょうど7時ぐらい。道中、目的地で食べる昼食を購入。そして8時。走る車が左右に大きく揺れた。奇遇にも、その場所は、一週間前まで僕ら家族五人が暮らしていた家の前だった(一週間前の日曜日、僕らは市内中心部にある僕の両親の家へ引っ越していた)。僕は、元の家に残してあった画材をピックアップしようとしていた。もの凄い揺れだった。車から降り、家族はそれぞれが自らの身を守ろうとした。電柱にしがみつく長男。垣根に張り付く次男。僕は末っ子の赤ん坊を抱きかかえ、車の脇で身をかがめた。止んだかと思うと、また大きな、長い揺れ。周辺の家々から、叫び声をあげながら、青ざめた表情の人々が道路に飛び出した。
家の中で電話が鳴っている。崩れはしないかと気にしながらも、僕は家に飛び込み、受話器を取り上げた。妹からだった。『お兄ちゃん、こっちは皆大丈夫。家も問題ないわ。お父さんも、お母さんも、弟も大丈夫….』そこで電話は切れた。安心すると同時に、どうして電話が突然切れてしまったのか嫌な予感がした。
しばらくすると、遠くから『水が来た、水だっ!』と、多くの人々がこっちに向かってきた。『水が三叉路まで来ている!』。まるでマラソン大会のような光景だ。誰もが恐怖に慄く表情だ。『なぜ水が?』----僕はそう思った。津波など想像もできなかった。そして急に不安が襲った。『市内にいる両親たちは大丈夫だろうか?』
水が引いた後、近所に預けてあった単車に乗り、僕は市内へ向かった。道路はオートバイで溢れていた。しかし、トゥク・ウマール通りの文化公園に近づくと、前に進んでいたオートバイが方向を逆転、一斉に戻ってきた。前方で、軍服を着た集団が『水が来た。戻れ!』と叫んでいる。失望感を抑え、僕も戻ることを決めた。ファキナ病院付近まで戻ると、中庭には、たくさんの蒼白で硬直した死体が、運び込まれていた。知り合いがいないか、僕は、一体ずつ顔に掛けられた布を取った。その夜、僕は家族と共にTVRI(国営放送局)バンダアチェ支局前の庭に、避難民としてとどまった。余震も止むことはなかった。
翌日、僕は徒歩で、両親の家を目指した。中心部へ近づくと、道路わきのあちこちに死体が並んでいた。両親の家があったタマン・サリ通りの手前。道路上は瓦礫と倒れた街路樹、そして死体で埋まっていた。学校の制服を着た子供。全裸の女性。僕は、倒木の上をおそるおそる、前へと進んだ。芸術評議会の建物前まで来た時、僕は吐き気に襲われた。でも戻るわけにはいかない。自らに進めと命じた。腐り始めた死体の顔を何百体も調べた。知人や両親家族の姿はなかった。
タマン・サリ通りに到着。僕は絶望感に打ちのめされた。かつて住宅が並んでいた通りは、平らな土地に変わっていた。夕刻のお祈りの時間が迫っていた。僕は妻と子供たちが待つ場所へ戻らざるを得なかった。
父(アブドゥラ・ラティフ)、母(マヤム)、妹(ヌルマラ・デウィ)、そして弟(アズハール・アブドゥラ)。僕が愛した両親そして妹弟たちよ。今、どこにいるのですか?
Innalillahi wa inna Ilahi rajun. Allahummaghfirli zunubi waliwalidaiya warhamhuma kama Rabbayani saghira. Amin!

【プロフィール】
マフディ・アブドゥラ(Mahdi Abdullah)。1960年6月26日、バンダアチェ生まれ。バンダアチェ・ムハマディア大学建築工学部卒業。ジョグジャカルタ芸術大学(非公式)卒業。2002年1月~3月、東京で個展『Nyawoung Aceh(アチェ・命)』、2005年2月~4月、東京で『風刺漫画展』、2005年6月~10月、東京、京都、浜松、函館で個展『アチェ津波絵画展』。


☆☆☆書籍から知るアチェ津波(Tsunami Aceh lewat buku2)☆☆☆

会場で販売しています。売上金は、JANを通じてその全額が今後の支援プロジェクトに充てられます。また郵送での販売にも応じています。残部数は僅かですのでお早めに。okawa@mxg.mesh.ne.jp



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JANが「Serambi Indonesia」紙と共同出版した絵本『Nyawoung(いのち)』(\1,500#:日本語&インドネシア語)


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JANとASA(Aliansi Sastrawan Aceh・アチェ文学者連合)が共同出版した、アチェ詩集全集『LAGU KELU (慟哭の詩)』(\3,000#:インドネシア語)


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JANと「Serambi Indonesia」紙が共同出版した、スマトラ島沖地震・津波災害の全貌を記録した『TSUNAMI ACEH GETARKAN DUNIA(世界を震撼させたアチェ津波)』(\5,000#:インドネシア語)


☆☆☆映像で振り返るアチェ津波(Tsunami Aceh lewat Film2 Dokumenter)☆☆☆


【METRO TVの報道カメラマンが目撃したアチェ津波の全貌("Para Pemberani di Tengah Tsunami" oleh Metro TV)】

アチェ津波を含め、国内で起こる大自然災害や事件を、どのテレビ局よりも早く、そして正確に、詳細に伝える24時間ニュース局「メトロTV」。同局のカメラマンたちは“TSUNAMI”をどのように取材・記録したのか。未放送のビデオを含めた当時の映像記録、そしてそれらを撮影した四人が解説する取材現場。日本初公開の1時間20分(インドネシア語)の津波記録集大成です。


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【アチェ人映画監督マウラナ・アクバール氏のドキュメンタリー映画(Film dokumenter oleh Maulana Akbar)】


「The Tsunami Song(Nyanian Tsunami:津波の歌)」
2005.5制作。インドネシア語&英語字幕付き(約30分)
巨大津波から五ヵ月後、マウラナ監督は、津波で壊滅的な被害を受けた村々を回った。あのアチェ民族の魂とされる太鼓ラパイの響きはどこへいってしまったのだろうか。復興に向け、悲しみを乗り越えてラパイを奏で始めた村人たち。


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☆☆☆アチェ州教育局が製作した教育映画から知る津波以前のアチェ(Film2 pendidikan produksi Dinas Pendidikan NAD)☆☆☆


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題名:Deschooling Society(学校のない社会)
製作年:2003(約30分:インドネシア語)
貧しさゆえに、採掘現場で働いてから学校へ通うジェラニ。いつも遅刻してしまう。服 は汚れ臭いも。生徒からは嫌われ、教師も理由のいかんを問わず遅刻を認めてくれない。やがて学校へ出てこなくなったジェラニ。用務員のムスタフィは父を説得して、仕事が終わった後自分が勉強を教えると申し出る。やがて、地域は紛争の波に飲み込まれ、学校が焼かれた。



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題名:Titik Balik(折り返し点)
製作年:2003(約30分:インドネシア語)
クリスチャンで科学を教える青年教師スルヤディ。ダーウィンの進化論を教えるが、ム スリムの生徒たちは全く理解しようとしない。彼らの親もしかり。そればかりか、彼の周辺では奇怪なことが起こり続ける。



☆☆☆日本で製作されたドキュメンタリー映画に見る日本&アチェ秘話(Film dokumenter "Menyambung Dua Tanah Air")☆☆☆

ヒューマンドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』(約60分:日本語)

春の訪れを待ちわびる思いを謳いあげた有名な叙情歌「早春賦」を、州都バンダアチェで子や孫に教えている女性がいる。彼女の名前はサクラ・ナルカヤさん。作詞者・吉丸一昌は祖父に当たる。そして父親は、一昌の次男で、先の大戦中アチェに暮らした池尻昌言。サクラさんは「早春賦」に込められた、どんな事に遭遇しても挫けない、諦めないを心の支えに。2004年12月、突然アチェを襲った大地震と巨大津波。家を失い、孫までをも連れ去った大自然災害を前に、サクラさんの歌声は弱まることはなかった。プロデューサーは、サクラさんのいとこに当たる吉丸昌昭さん。


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【GBI並びにJANのアチェ関連活動記録(Kegiatan GBI & JAN ttg Aceh selama ini)】


2002年1月19日~6月29日 アチェ人画家マフディ個展
2004年12月26日 スマトラ島沖地震・津波発生
2005年1月15日~7月25日  戒厳令下アチェ報道写真展(東京)
2005年1月~11月 日本国内20ヶ所以上で『アチェ報道写真展』&『アチェ津波絵画展』
2005年1月15日 第53期インドネシア理解講座(アチェ復興のために私たちにできることは?
JAN=ジャパン・アチェ・ネット設立
2005年1月29日 第54期インドネシア理解講座(メトロTVアチェ地震・巨大津波被害報告DVD)
2005年2月12日~4月15日 アチェ風刺漫画展
2005年2月12日 第55期インドネシア理解講座 『5時間で話せるアチェ語』
2005年3月5日 第56期インドネシア理解講座『アチェ現状報告』&『4時間で話せるアチェ語』
2005年4月~5月 JAN共催の全アチェ州小中学生絵画コンクール&高校生作文コンクール
2005年4月16日~6月17日 アチェ津波被災児童絵画展
2005年4月16日 第57期インドネシア理解講座『アチェ現状ビデオ報告』&アチェ・カレー試食会
2005年6月18日~9月16日 アチェ“津波”絵画展(児童絵画&マフディ氏作品計27点)
2005年12月26日 絵本『Nyawoung(いのち)』出版(東京・アチェ)
2005年12月26日 『アチェ詩集全集』出版(アチェ・東京)
2006年12月26日 スマトラ島沖地震・津波一周年の集い
2006年1月7日~21日 スマトラ沖大地震・津波から一年『絵画・写真展』神戸市・ひょうご国際プラザ
2006年2月9日 『世界を震撼させたアチェ津波』出版(アチェ・東京)
2006年12月26日~12月29日 アチェ巨大津波二周年報道写真展
2007年4月14日~6月16日 アチェ州伝統刺繍文化展
2007年4月14日 ドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』上映会
2007年5月10日 国際交流基金ジャカルタ日本文化センター&「じゃかるた新聞」と共催で『二つの故国をつなぐ歌』をジャカルタで上映。
2007年6月9日 & 6月16日 アチェ人監督製作ドキュメンタリー映画上映会
2007年9月1日~2日 州都バンダアチェで『二つの故国をつなぐ歌』&アニメ映画『稲むらの火』のインドネシア語版を上映。
2007年11月3日&11月17日 アチェ教育映画上映会(Pemutaran Film2 Aceh)


【インドネシア文化宮への道順(Akses ke GBI)】JR高田馬場駅より徒歩約6分。さかえ通りを進み、新宿区立図書館方向へ。東京富士大学図書館前正門向かいのビル1F(東京都新宿区下落合1-6-8 TEL:03-5331-3310)




【参考ブログ】

インドネシア文化宮(GBI)活動記録
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_2.html

インドネシア文化宮活動記録(インドネシア語)Kegiatan GBI
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_4.html

アチェ津波絵画&風刺漫画を義援金に(マフディ・アブドゥラ氏の作品)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200711/article_5.html

アチェの津波ポールとアンボンの津波防災啓蒙看板(Tugu Tsunami Aceh) 
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200711/article_3.html

バンダアチェの樹木の運命(2) Nasib pohon2 Banda Aceh(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200711/article_2.html

バンダアチェの樹木の運命(1) Nasib pohon2 Banda Aceh(1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200711/article_1.html

アチェ教育映画上映会のお知らせ(Pemutaran Film2 Aceh)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200710/article_1.html

アチェに死す(3) Kuburan Warga Jepang di Aceh(3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_5.html

アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_4.html

アチェに死す(1) Kuburan Warga Jepang di Aceh(1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_3.html

アチェで日本のドキュメンタリー&アニメ映画を上映(Pemutaran Film di Aceh)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_1.html

ドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』がアチェで上映(Film Jepang ke Aceh)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_10.html

アチェのドキュメンタリー映画上映会のお知らせ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200705/article_4.html

映画『二つの故国をつなぐ歌』ジャカルタ上映&報告
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200704/article_6.html

映画『二つの故国をつなぐ歌』上映会のお知らせ
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200704/article_2.html

アチェ伝統刺繍文化展のお知らせ(Pameran Budaya Sulaman Aceh)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200704/article_1.html

映像で見るアチェの今昔
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200701/article_2.html


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