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zoom RSS 海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(27)

<<   作成日時 : 2017/07/15 00:00   >>

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「ジャワの極楽、ビルマの地獄、死んでも帰れぬニューギニア」。軍人、軍属、民間人、そして徴用された朝鮮半島や台湾出身者。さらにはインド人、インドネシア兵補や民間人、そして地元民等々、およそ20万人の命を奪ったニューギニア戦線。真珠湾奇襲攻撃による太平洋戦争の勃発からおよそ二ヶ月後、昭和17年(1942年)の2月初旬、大本営はニューギニア島の占領命令を下した。『西部ニューギニア方面陸軍航空作戦』(戦史業書:防衛庁防衛研修所戦史室著)によれば、「東部ニューギニアの要地をソロモン諸島要地と共に攻略し、豪州本土と同方面との連絡を遮断し、豪州東部北方海域を制圧すべし」との命令が、ラバウル方面占領の陸海軍部隊になされた。

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海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(27)
https://youtu.be/1emxEmtr_fw

この命によって、日本軍は3月上旬、今日のPNG(パプアニューギニア独立国)の北部海岸地帯のラエ(Lae)、サラモア(Salamaua)を占領した。一方、西部ニューギニア方面(今日のインドネシア共和国領)に関しては、大本営海軍部が、同年3月5日、連合艦隊に対して、要地の占領を命じた。そして3月末から4月中旬にかけて海軍陸戦隊は、ファクファク(Fakfak)、バボ(Babo)、ソロン(Sorong)、テルナテ(Ternate)、マノクワリ(Manokwari)、ムミ(Momi)、セルイ(Serui)、ナビレ(Nabire)、サルミ(Sarmi)、ホランジア(Holandia・今日のパプア州都のジャヤプラ)などを四月中旬にわたって占領した。また、陸軍側の西部ニューギニアに対する兵力投入は、当時、全然問題にはならなかった。

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同書は書く。「わが軍、特に陸軍のニューギニア方面に対する戦前の関心はきわめて薄く、海軍側に一任した形


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(26)
https://youtu.be/FXnhBIE98jw


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(25)
https://youtu.be/KfihmVnWtp4

旧帝国海軍は、どのように西部ニューギニア域を占領していったのだろうか。その一端を偲ばせる記述が『海軍報道班作家前線記録』にある。同書は、昭和17年(1942)12月に第一輯である『進撃』が、昭和18年2月に第二輯である『闘魂』が発行されている。双方、大本營(営)海軍報道部が監修、編者はくろがね會。発行所は、博文館。

『闘魂』の一篇に戦後直木賞作家となる“海軍報道班員”の村上元三氏による「ニューギニア作戰」がある。西部ニューギニアの占領作戦を作家なりの感性で描いた貴重なルポだ。

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大本営海軍部の命令により、連合艦隊は昭和17(1942)年3月末〜4月中旬にかけて、西部ニューギニアの要所の占領に動いた。同年3月29〜30日、航空母艦千歳、軽巡洋艦鬼怒、駆逐艦雪風、駆逐艦時津風などを動員した“N(ニューギニア)攻略部隊”は、アンボンを発った。アンボンを3月29〜30日に出発した艦隊は、セラム島北岸の、オランダ所有の石油生産基地があったブラ(Bula)に無血上陸。その後二手に分かれて、一手はニューギニア本島のファクファク(Fakfak)の攻略に向かい(3月31日17:20PM)、4月1日、7:55AMファクファクに到着、直ちに当地を占拠。以降、ソロンに向かい4月4日、07:35AM到着、同日18:45PMにはハルマヘラのガネ湾へ向け発った。

もう一手は、オランダの石油施設があったニューギニア本島のバボ(Babo)を目指した。4月1日15:00PM、ブラを発った部隊は4月2日、06:15AMバボ到着。バボ“掃蕩”後、翌日4月3日、17:00PMにはハルマヘラ島のガネ湾、次いでテルナテ島を目指して出港している。4月7日、10:05AMテルナテ島に到着したこの部隊は、4月9日,14:00PMには早くもマノクワリ攻略作戦のためテルナテ島を出港した。

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4月12日、10:00AMマノクワリ到着。西部ニューギニアの最重要ポイントであるマノクワリを占拠した部隊は、ここで二手に分かれ、4月14日、22:50PM、一手はモミ(ムミ)、そしてナビレ、さらにサルミへ、もう一手はヤーペン島のセルイ、次いで東端の要所ホランジア(現在のジャヤプラ)へ向かった。モミには4月15日、06:00AM着、13:00PM出発、4月17日、06:27AMナビレ到着、同日23:50PMには、サルミへ向かった。サルミ着は4月19日、06:00AMとされる。セルイを占拠した艦隊は、4月18日、06:00AM同地を出発、翌4月19日、07:00AM、ホランジアに到着している。

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この“N攻略部隊”には、当時もすでに著名で、戦後も作家として大活躍することとなった村上元三氏が乗船していた。『ニューギニアこそは、無限の宝庫であり、ほとんど今まで手がつけられていない資源地である。こんどわが海軍がそのニューギニアを攻略確保したことは、わが国将来の資源政策にとって実に意義深いことだと言わなければならない。』---「海軍報道班作家前線記録・2・闘魂」(昭和18年2月27日、博文館発行。大本営海軍報道部監修)に収められた「ニューギニア作戦」の章で村上元三氏はそう描く。




海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(24)
https://youtu.be/GTi7HHfcDY8


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(23)
https://youtu.be/ITS4PQBEoQg


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(22)
https://youtu.be/N9ecfsxHyFo


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(21)
https://youtu.be/NId5trygTSg


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(20)
https://youtu.be/oPPuevomBi8


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(19)
https://youtu.be/HR2U5iATdnM


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(18)
https://youtu.be/SYWyHSv8BOk


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(17)
https://youtu.be/cICEb140xD8


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(16)
https://youtu.be/dlyxCUC1laY


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(15)
https://youtu.be/PIyHjpdshe4


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(14)
https://youtu.be/e_le8ISdJzQ


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(13)
https://youtu.be/HKzEf6vpwos


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(12)
https://youtu.be/r3BjkmJZ4Yg


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(11)
https://youtu.be/klRjCIMUbOM


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(10)
https://youtu.be/8albk7GrEbY


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(9)
https://youtu.be/oqbANbd3hfs


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(8)
https://youtu.be/qLTrkTbq4oI


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(7)
https://youtu.be/He2A6beQnMM


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(6)
https://youtu.be/sFy2RoTsFfM


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(5)
https://youtu.be/ZcvwmLIiJbI


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(4)
https://youtu.be/i677j9FikNs


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(3)
https://youtu.be/cdS82ZDLTuw


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(2)
https://youtu.be/9lBhh35HOhM


海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(1)
https://youtu.be/se7tgRQJWf8

西部ニューギアから新たな旧日本兵の遺骨情報が Nasib Tentara Dai Nippon
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201412/article_17.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(5)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201411/article_16.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(4)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_29.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(3)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_25.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか(2)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_24.html
西部ニューギニアから祖国帰還を果たしたとされる“ご遺骨”だが
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_10.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵 こんな遺骨収集でいいのか
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201410/article_8.html
西部ニューギニアに瞑る旧日本兵、そして生き続ける三八歩兵銃
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201409/article_26.html

参考動画


海軍ニューギニア調査隊「ホランジア調査隊行動日誌」八木健三(12)〜(1)
https://youtu.be/GdEoK8rZhSw













海軍ニューギニア調査隊「アンギ・ランシキ調査隊一般報告」 八木健三(15)〜(1)
https://youtu.be/hqD8HvOUPM0
















海軍ニューギニア調査隊「ニューギニア探検雑記」 八木健三(20)〜(1)
https://youtu.be/8zlFRB0u6dE





















海軍ニューギニア調査隊報告書(49)〜(1) ベラウ地峡横断道路調査図など
https://youtu.be/eughZAczrrk


















































海軍報道班作家前線記録2『闘魂』ニューギニア作戦 村上元三(1)
https://youtu.be/se7tgRQJWf8

参考動画


海軍ニューギニア調査隊「ホランジア調査隊行動日誌」八木健三(12)〜(1)
https://youtu.be/GdEoK8rZhSw













海軍ニューギニア調査隊「アンギ・ランシキ調査隊一般報告」 八木健三(15)〜(1)
https://youtu.be/hqD8HvOUPM0
















海軍ニューギニア調査隊「ニューギニア探検雑記」 八木健三(20)〜(1)
https://youtu.be/8zlFRB0u6dE





















海軍ニューギニア調査隊報告書(49)〜(1) ベラウ地峡横断道路調査図など
https://youtu.be/eughZAczrrk
















































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