題名:AINUN(アイヌン)製作年:2003 内容:女の子に教育は不要と考える父親。一方、母親は娘に教育を受けさせたいと思っているが、夫の猛反対には逆らえない。ある日、少女のアイヌンはいつものように母親が手作りしたお菓子の行商に出た。小学校を覗くと、女性教師が生徒に質問中。誰も答えられない中、アイヌンは教室外から見事、正解を答えた。教師はアイヌンが学校へ通えるように、母親を説得。しかし、石頭の父親は怒って、娘を連れ戻すために学校に乗り込んだ。 あのスマトラ島沖超巨大地震&津波災害(2004年12月26日)から、まもなく三年が経とうとしています。インドネシア文化宮(GBI)では、ジャパン・アチェ・ネット(JAN:2005年1月15日、アチェへの義援金の受け皿として、GBI内に設置)並びに、アチェ州の最有力紙『Serambi Indonesia』との連携で、これまでに数々の文化イベントを開催してきました。例えば、今年4月14日〜6月16日「アチェ州伝統刺繍文化展」を実施しました。さらに、同展のオープニング当日、日本軍兵士を父に持つアチェ人女性を描いたドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」の上映会を実施、また5月10日、ジャカルタでも国際交流基金ジャカルタ日本文化センター並びに『じゃかるた新聞』と共催で、同映画の上映会を行いました。さらに去る9月1日〜2日には、アチェ州の州都バンダアチェで、州教育局と共催で、同映画(インドネシア語版)並びに防災啓蒙アニメ「稲むらの火」(インドネシア語版)の上映会も実施しました。アチェでは未曾有の津波被害を一つの引き金に、その後和平合意が結ばれ(2005年8月15日)、長年続いてきた紛争が収束、昨年末には初の州知事直接選挙も平和裏に行われ、ようやく訪れた平穏な政治社会環境の中、被災からの復興に拍車がかかっています。 30年間も続いた分離独立紛争時代も、今となっては過去の不幸な歴史として、アチェの人々の日常生活から徐々に、その亡霊が消え去ろうとしているかに見えます。紛争と大自然災害はアチェの教育史に決定的なダメージを与えました。紛争時代、およそ1,000校が焼かれ、さらに巨大津波は、1,000校以上を破壊しつくし、また2,500名以上もの教師、さらに何万人もの生徒の命を奪いました。しかし、教育界を襲った悲劇の歴史に対して、人々は黙していただけではありません。かつて植民地化勢力に敢然と立ち向かっていったアチェ民族の子孫は、これらの悲劇から立ち上がる努力を惜しみませんでした。一例を挙げれば、2002年初頭に誕生したTEKKOMDIKNAD(Balai Teknologi Komunikasi & Informasi Pendidikan NAD:ナングル・アチェ・ダルサラム州教育情報コミュニケーション技術センター。現在は、Pusat Teknologi Komunikasi dan Informasi (PUSTEKKOM) にその業務が引き継がれている)は、同年から教育映画の製作を積極的にスタートさせ、特に、紛争時代に急激に低下した教育熱への対処として、教育の重要性を啓蒙する数々の映画を完成させました。今回、インドネシア文化宮は、アチェ州教育局から提供を受けた、計12本の短編映画をDVD上映します。使用言語はインドネシア語+多少のアチェ語ですが、インドネシア語が分からなくても、十分理解できる内容です。 《映画上映会詳細》 【日時】2007年11月3日(土)& 11月17日(土)の二日間。 13:00〜17:00 第72期インドネシア理解講座(アチェ教育映画鑑賞会・I)2007年11月3日(土) 第73期インドネシア理解講座(アチェ教育映画鑑賞会・II)2007年11月17日(土) 【場所】インドネシア文化宮(GBI)。JR高田馬場駅より徒歩約6分。富士大学図書館前正門向かい。 【参加費】無料 【申し込み】希望鑑賞日、氏名、住所、電話番号(携帯を含む)を明記してメールにて (okawa@mxg.mesh.ne.jp) 【備考】開催中の『バンカ島チュアル布展』も併せてお楽しみ下さい。また美味しいアチェのガヨ・コーヒーも堪能してください! 題名:Pelabuhan Bakti(献身の港)製作年:2004 内容:教師の職を天職と考える青年ファトゥール。小さな農村の小学校に勤めている。しかし両親は「そんな田舎の教師になるために大学まで出したんじゃない」と不満。ある日、紛争に巻き込まれ、学校が何者かによって焼かれてしまった。教育の必要性を力説し、村人に学校再建を呼びかけるファトゥール。彼の熱意は村人を動かし、新たな小学校が完成した。だが、両親はそれでも都市の学校へ移ることを薦める。 題名:Harapan Baru(新たな希望)製作年:2004内容:ヌールはある小学校の女性教師。ある日、紛争がらみで校舎が焼かれてしまった。ヌールは自宅のガレージを仮設学校に。かつてヌールに片思いだった男は、ここぞとばかりに、仮設学校の悪評をでっち上げる。ある日、ある夫婦は借用書にサインを求められた。共々、字を読むことができない。そこで、小学生の息子に内容を読んでもらうと、とんでもない条件が書かれていた。人々は、識字の大切さを痛感。そんな時、学校再建の決定書が州政府から届いた。 題名:DARA(ダラ)製作年:2003 内容:デリアが勤めている高校の門の外に、教室をじっと見つめる少女ダラがいた。聞けば、ダラの学校は、紛争に巻き込まれ、何者かによって焼かれてしまった。小さい頃、母親を亡くし、父親に育てられたダラ。実はデリアとダラの父親は、その昔知り合いだった。父は、親として最後の務めは娘を嫁がせることだ、と考え、娘がデリアの高校へ入学することを認めない。「子供の将来は親が決めるものではない。ダラの未来は今学校へ通うことから始まる」と父を説得するデリア。 題名:Penantian(待合場)製作年:2003 内容:ハリマとラムリは新婚夫婦。時化の海に漁に出たラムリは帰らぬ人に。ハリマはやがて発狂。サイフルは、母親と姉のハリマを助けるため、学校をやめて漁の手伝い仕事に就いている。心配したクラスメートがサイフルの家を訪ねた。学校の大切さは分かるが、家計を助けるため復学の決心がつかないサイフル。そんな中、一年前にラムリと一緒に漁に出たジョーが突然現われ、ラムリが亡くなったことを告げた。 題名:INTAN(インタン)製作年:2003 内容:近く卒業を控えた女子高三年生のインタンは進路で悩んでいた。自分は芸術学部を希望しているが、両親は医学部か経済学部を望んでいる。兄の説得で母親は娘の希望を叶えてあげたいと思うようになったが、父親は依然として認めようとしない。「親の考えを子供に押し付けることは良くない。自らが選択した道を歩ませるべきだ」と兄のアルマンが父に迫る。 題名:BEK(ベック)製作年:2003 内容:ストリートチルドレンの姉と弟。物乞いのような行為をする弟を姉は許さない。アチェ王国のイスカンダールムダ王の墓で昼寝をしていると、墓守の男がお小遣いをくれた。そのお金で水を買ってあげる姉。やがて、弟はスーパーで万引き、大人たちに殴られる。他人の食べ残しに手を伸ばす弟を姉がきつく叱る。ある屋台で、食事をご馳走になった二人。偽の物乞いの男に絞め殺されんばかりの弟。姉は男に「離して!」と迫る。「離して!離して!」と叫ぶ姉。はっと我に返ると、そこは自宅のベッド。傍らで弟が勉強中。全ては夢の出来事だった。 題名:Titik Balik(折り返し点)製作年:2003内容:クリスチャンで科学を教える青年教師スルヤディ。ダーウィンの進化論を教えるが、ムスリムの生徒たちは全く理解しようとしない。彼らの親もしかり。そればかりか、スルヤディの周辺では奇怪なことが起こり続ける。他校に移ったものの、やはりムスリムの生徒に進化論は受け入れられない。科学教師が故に信仰を疎かにしてきたことを悔い、十字架の前で祈る。すると翌日からは、総てがスムースに。生徒たちのおかげで信仰心を取り戻すことができたスルヤディは「本来の教師像」と「本来の自分」を見つけた。 題名:Pertentangan(抵抗)製作年:2003内容:ポチュルは高校を卒業後、大学の教育学部への進学を夢見ていた。しかし、父親は勝手に新郎候補を見つけ、縁談を取り付けていた。「女に学歴は不要」が父の考え方。ポチュルは「今は女性にも男性と平等の権利がある」と主張するが、聞く耳をもたない父。友人のアイデアで、結婚話を駄目にしてしまう策略がスタート。花婿候補のトゥプが結婚を申し込むためにポチュルの家を訪ねた。と、ポチュルはおかしな格好をして歌を歌い、しかも手にしたお玉でトゥプを一撃。怒ったトゥプは「結婚はなかったことに」と退散。しかし、父はショックで気絶。 題名:Meraih Permata Dalam Luka(傷心から宝石を捉えて)製作年:2002内容:バクリは親元を離れ、新聞売りをしながら大学へ通っている。貧しい実家。病気がちの母が市場で働いているが、中学、高校へ通う弟と妹も、朝学校へ行く前に、野菜売りの手伝いをしている。母は字が読めず、子供たちには教育を、と願っている。一方、バクリには、医学部で学ぶ恋人リザがいる。しかし、公務員であるリザの父は、貧しいバクリとの付き合いを認めない。かまってくれないバクリをリザが詰問。バクリは生活が苦しいことを告白。リザは親に頼んでみると言うが、バクリは自分の力でやりたいと断る。 題名:Deschooling Society(学校のない社会)製作年:2003内容:貧しさゆえに、採掘現場で働いてから学校へ通うジェラニ。いつも遅刻してしまう。生徒からは嫌われ、教師も理由のいかんを問わず遅刻を認めてくれない。やがて学校へ出てこなくなったジェラニ。用務員のムスタフィは父を説得して、仕事が終わった後、自分が勉強を教えると申し出る。勤務を休みがちなムスタフィは、やがて解雇の宣告を受け、ジェラニは試験を受けれなくなった。ジェラニは校長と面会、「なぜ自分は試験をうけられないのか?」「なぜ学校へ来てはいけないのか?」と詰め寄る。やがて、地域は紛争の波に飲み込まれ、学校が焼かれた。そしてムスタフィは避難所で仮設学校をオープン。そこにはジェラニとクラスメートの姿が。 題名:Nyang Toe-Toe製作年:2002内容:家が貧しく、学校に通えないラジ。ラジの父は紛争に巻き込まれ銃撃され死亡。家は焼かれ、兄も亡くなった。母は物乞いをしてかろうじてラジを養っている。ある日、ラジは喜捨の心に富んだ、アンポニアンと出会う。アンポニアンは病気の母を入院させてくれるばかりか、土地の権利書もラジに与え、二人で自立できるように全てをアレンジ。やがて、ラジの畑は豊作、学校にも通えるようになった。 【インドネシア文化宮への道順】JR高田馬場駅より徒歩約6分。さかえ通りを進み、神田川の橋を越え、新宿区立図書館方向へ。東京富士大学図書館前正門の向かい側のビル1F(東京都新宿区下落合1-6-8 TEL:03-5331-3310) 【第72期インドネシア理解講座の光景】 【第73期インドネシア理解講座の光景】 【参考ブログ】 TEKKOMDIKNADのホームページ http://www.tekkomdiknad.net/ TEKKNOMDIKNADの映像紹介 http://www.tekkomdiknad.net/film.htm 尚、以下の3映像のイントロ部分を見ることが可能です Ainun Deschooling Societies Nyang Toe-toe インドネシア文化宮(GBI)活動記録 http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_2.html インドネシア文化宮活動記録(インドネシア語)Kegiatan GBI http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200610/article_4.html アチェに死す(3) Kuburan Warga Jepang di Aceh(3) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_5.html アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_4.html アチェに死す(1) Kuburan Warga Jepang di Aceh(1) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_3.html アチェで日本のドキュメンタリー&アニメ映画を上映(Pemutaran Film di Aceh) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200709/article_1.html ドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』がアチェで上映(Film Jepang ke Aceh) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_10.html アチェのドキュメンタリー映画上映会のお知らせ http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200705/article_4.html 映画『二つの故国をつなぐ歌』ジャカルタ上映&報告 http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200704/article_6.html 映画『二つの故国をつなぐ歌』上映会のお知らせ http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200704/article_2.html 早春賦をテーマにした映画が完成しました! http://soushunfu.blog89.fc2.com/ アチェ伝統刺繍文化展のお知らせ(Pameran Budaya Sulaman Aceh) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200704/article_1.html 映像で見るアチェの今昔 http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200701/article_2.html スマトラ島沖大地震・巨大津波二周年報道写真展のお知らせ http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200612/article_7.html アチェ&早春賦(映画:二つの故国をつなぐ歌) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200702/article_2.html 【GBI並びにJANのアチェ関連活動記録】 2002年1月19日〜6月29日 アチェ人画家マフディ個展 2004年12月26日 スマトラ島沖地震・津波発生 2005年1月15日〜7月25日 戒厳令下アチェ報道写真展(東京) 2005年1月〜11月 日本国内20ヶ所以上で『アチェ報道写真展』&『アチェ津波絵画展』 2005年1月15日 第53期インドネシア理解講座(アチェ復興のために私たちにできることは? JAN=ジャパン・アチェ・ネット設立 2005年1月29日 第54期インドネシア理解講座(メトロTVアチェ地震・巨大津波被害報告DVD) 2005年2月12日〜4月15日 アチェ風刺漫画展 2005年2月12日 第55期インドネシア理解講座 『5時間で話せるアチェ語』 2005年3月5日 第56期インドネシア理解講座『アチェ現状報告』&『4時間で話せるアチェ語』 2005年4月〜5月 JAN共催の全アチェ州小中学生絵画コンクール&高校生作文コンクール 2005年4月16日〜6月17日 アチェ津波被災児童絵画展 2005年4月16日 第57期インドネシア理解講座『アチェ現状ビデオ報告』&アチェ・カレー試食会 2005年6月18日〜9月16日 アチェ“津波”絵画展(児童絵画&マフディ氏作品計27点) 2005年12月26日 絵本『Nyawoung(いのち)』出版(東京・アチェ) 2005年12月26日 『アチェ詩集全集』出版(アチェ・東京) 2006年12月26日 スマトラ島沖地震・津波一周年の集い 2006年1月7日〜21日 スマトラ沖大地震・津波から一年『絵画・写真展』神戸市・ひょうご国際プラザ 2006年2月9日 『世界を震撼させたアチェ津波』出版(アチェ・東京) 2006年12月26日〜12月29日 アチェ巨大津波二周年報道写真展 2007年4月14日〜6月16日 アチェ州伝統刺繍文化展 2007年4月14日 ドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』 2007年5月10日 国際交流基金ジャカルタ日本文化センター&「じゃかるた新聞」と共催で『二つの故国をつなぐ歌』上映会。 2007年6月9日 & 6月16日 アチェ人監督製作ドキュメンタリー映画上映会 2007年9月1日〜2日 州都バンダアチェで『二つの故国をつなぐ歌』&アニメ映画『稲むらの火』のインドネシア語版を上映。 2007年8月30日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載された映画上映会に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=1&topik=13&beritaid=33867 2007年4月15日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載された展示会に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=1&topik=20&beritaid=27584 2006年12月26日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載された展示会に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=2&topik=39&beritaid=23554 2006年3月1日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載されたジャパン・アチェ・ネット(JAN)と同紙による津波記録本出版に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=1&topik=26&beritaid=15801 2005年12月26日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載された展示会に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=2&topik=39&beritaid=14753 2005年10月20日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載されたアチェ詩集本「慟哭の歌」出版に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=3&topik=46&beritaid=13505 2005年8月23日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載されたジャパン・アチェ・ネット(JAN)と同紙との協力関係に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=1&topik=46&beritaid=12183 2005年8月20日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載されたジャパン・アチェ・ネット(JAN)と同紙による津波記録本出版に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=3&topik=20&beritaid=12116 |
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スイスの果物豊作
スイスの果物、今年はとっても豊作って知ってた?スイスのお庭のある家庭には、果物の木がよくあるんだけど、今年は、大変な豊作で、生った洋ナシ、プルーン、リンゴなどを色んな方法で料理したり、もらってもらったりするのに苦労しているようだよ。やっぱり新鮮な食べ物っていいよね。私もそのおこぼれを頂戴して、季節の味を楽しんでるよ。でも、フルーツを売るお店では、商売上がったりかもね。 ...続きを見る |
スイス滞在10年の日本人が綴る[必見]ス... 2007/10/25 12:44 |
バンダアチェの樹木の運命(1) Nasib pohon2 Banda Aceh(1)
アチェ州だけでも17万もの人命を奪ったインド洋超巨大津波。場所によっては30メートルもの高さの津波が海岸から内陸3-4kmまでのエリアを一掃してしまった。2005年3月、被災三ヵ月後に訪れた州都バンダアチェとその周辺で見た光景は、アチェ人の友人がつぶやいた「神は我々にまたもや大きな試練を与えた」との一言を遥かに超えた、この世の終焉を思わせるような凄惨極まる状況だった。 北のウレレ海岸から市中央に聳え立つバイトゥラフマン大モスクまでの一掃された平らな市街跡は、まさに“死の世界”だっ... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/11/11 17:22 |
バンダアチェの樹木の運命(2) Nasib pohon2 Banda Aceh(2)
津波上陸地点にあたる、バンダアチェ市北西のウレレ海岸に一本だけ残った木麻黄(インドネシア語名:Cemarah Laut/学名:Casuarina stricta(syn. Allocasuarina verticillata)。この木より数キロ内陸にある“東洋一美しい”と言われるバイトゥラフマン大モスクまで、遮るものはない。超巨大津波が、総てを一掃、インド洋に連れ去ってしまった(上の画像:被災三ヶ月後の2005年3月撮影)。2007年9月初旬時点で、この木はまだ切られずに残っている... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/11/13 00:23 |
アチェの津波ポールとアンボンの津波防災啓蒙看板(Tugu Tsunami Aceh)
あの超巨大津波を生き抜いた大樹が次から次へと切り倒される中、州都バンダアチェのあちらこちらににょきにょきと建立されたコンクリート製の“津波ポール”----津波がこの高さまで来ました、と告げるいわゆるメモリアルポール。2006年12月26日、津波被災二周年を機に、駐ジャカルタ日本公使によって公認された。 未だテント暮らしの被災民が多数いて、基本的な生活に困る市民が溢れていた時期に、こういった一千万円もの費用を投じた“メモリアル”事業が必要だったかどうかについては不問に付すが、筆... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/11/21 23:03 |
アチェ津波被災三周年企画展のお知らせ(Pameran Aceh 3 thn Tsunami)
イルワンディ州知事世界へ! 去る2月の就任以来、イルワンディ・ユスフ(Irwandi Yusuf)アチェ州知事は、海外視察が多い。9月末にはアメリカを訪れ、バイオディーゼル工場を見学。アチェの輸出産物を紹介する一方でアチェへの投資を呼びかけている(上の風刺漫画)。 ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/11/24 17:27 |
アチェ津波絵画&風刺漫画を義援金に(マフディ・アブドゥラ氏の作品)
インドネシア文化宮(GBI)では、2007年12月17日〜29日、『アチェ津波被災三周年企画展』を実施しますが、これに関連して、バンダアチェ在住の画家マフディ・アブドゥラ氏より、絵画作品をオークションにかけ、その売上代金を、JAN(Japan Aceh Net)を通じて、まだまだ援助の手が差し伸べられない分野の義援金として活用することを希望している旨連絡が入りました。また、最新作の風刺漫画も12枚セットでの販売を希望しています。 GBIは、同氏の志に基づいて、作品を以下の条件で販... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/11/29 18:43 |
インドネシア文化宮2007年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2007)
2007年1月、「アチェ伝統刺繍展」準備のため、アチェ州内陸部を、州都バンダアチェから南東アチェ県のクタチャネまで縦断。各県で、伝統刺繍を種集。(上の画像は、アチェの“象の学校”の象さんたち)” ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/12/30 23:06 |
アチェの画家マフディさんの個展(Pameran Mahdi Abdullah di NAD)
2008年2月23日〜3月8日、アチェ人画家マフディ・アブドゥラ(Mahdi Abdullah)さんの個展が、州都バンダアチェのウレカレン地区にあるギャラリーで開催されている。マフディさんが“津波”をテーマに描いた作品は、2月初旬まで、東京・六本木の新国立美術館で行われた「アジア創造美術展」で展示されたが、今回の個展は、“津波のアチェ”から“現在のアチェ”へとテーマを変えている。あの巨大津波被災からすでに三年の歳月が過ぎた。『あの自然災害による破壊と廃墟、そして避難民の辛苦の生... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/02/28 17:48 |
アチェのサクラさんが来日・上映会&懇親会(Sakura Aceh ke Negeri Sakura)
サクラさん(左)とディーヴァちゃん ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/04/12 12:01 |
アチェのサクラさん&ディーバちゃんの日本滞在記録(1)
快晴の北アルプス。初夏を思わせる陽射し。ワサビ田の清らかな湧水。穂高川の真上を悠然と飛ぶ春の野鳥。安曇野に春が来た。穂高川右岸の堤の上に立つ「早春賦歌碑」。2008年4月29日。第25回早春賦祭りに参加するため、サクラさん、そして孫娘のディーヴァちゃんがアチェから安曇野にやってきた。「早春賦」の作詞は吉丸一昌(1873-1916)。そしてサクラさんは一昌の孫。終戦の8日前に、今日の州都バンダアチェ(旧クタラジャ)で生まれた。父は一昌の次男である池尻昌言(いけじりまさのぶ)。そし... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/05/02 19:49 |
アチェのサクラさん&ディーヴァちゃんの日本滞在記(2)Kenangan Sakura(2)
{%春webry%}「私は、この体に日本人の血が流れていることをとても誇りに思っています。私の願いは、この絆が孫の子供の世代、そしてそれ以降も、ずっとずっと続いていくことです。私と姉の間柄も、確かに戦争の犠牲と言うこともできるでしょう。でも、あの悲惨な戦争の恨みを乗り越え、血の繋がりが今こうして人間味溢れる姉妹関係を結わいだのです。日本とアチェが、日本とインドネシアが親愛の関係がさらに大きくなっていくことを願っています」----戦前を8日間、戦後を62年間生きてきたサクラさんは... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/05/04 17:01 |
アチェ西海岸ムラボの村人が首都公演(Pertunjukan SHE LAGEE di JKT)
{%拍手webry%}30年以上にも渡ってアチェの人々に暗い影を落とした紛争は、2005年8月の和平協定締結によって幕を下ろした。その重要な引き金となったのは、あの2004年12月26日に起きた、スマトラ島沖大地震そして巨大津波。紛争時代の一時期、アチェでは、たとえ隣村同士であっても、自由な往来、そして自由な集会ができないことがありました。いわんや、州都のバンダアチェを含めて、演劇公演や映画上映会なども厳しい規制を受けて、アーティストたちは“冬の時代”に直面せざるを得ません... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/06/03 18:54 |
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