ニャル・メンテンの施設、通称“オランウータンの学校”では、食糧としてバナナ、スイカ、柑橘類、椰子、マンゴ、パパイヤ、野菜類、イモ類、そしてサトウキビなどを定時に与えている。飲み物は、水以外に、赤ちゃんには脂肪入りのミルク、そして大人にはカルシウム入りのミルクをあげているそうだ。“学校”との俗称があるが故に、ここでは、ペットとして人間社会で飼われていたものや、開墾地で捕獲されたオランウータンが、日々森に帰るための基礎訓練を積んでいる。例えば、木登り技術、巣作り、そして食の確保方法などだ。「総勢約60名の男性スタッフがいます。主な仕事は施設のメインティナンス関連、そして森でのリハビリ指導などです。この他、いわゆるベビーシッター的な女性スタッフが約50人。さらに、エリアの警備関連でおよそ40名。獣医は一名ですが、助手が約7名います」と、広報担当のウントゥンさん。 およそ52ヘクタールの面積を有するニャル・メンテン。「施設は、主にオランダやドイツからの援助で運営しています。日本からの援助もあると聞いています。帰るべき森を奪われたオランウータンを森へ戻してあげる僕らの作業はすごく意義あるものと思いますが、問題は、森へ帰った後に、本当に自らの力で野生に戻れるかどうかという点です。野生に戻した後も、定期的に食糧をそれとなく与えてあげたりするケースも少なくありません」----ウントゥンさんは“森の人”を“森”へ戻すことの難しさをそう語る。この施設でおよそ6ヶ月間の“リハビリ”を終えたオランウータンは、三つの島に送られる。これらの島は、まさにオランウータンにとって“最後の砦”的存在となっている。その内の一つであるパラス(Palas)島は、ニャル・メンテンに近く、面積約20ヘクタールを有する。「理想的には1頭のオランウータンに20平方kmの森が必要とされています。しかし、現実的にはその達成は極めて困難な状況です。保護林、国立公園とは言うものの、そういったエリア内で人工的な森林火災が発生し、やがてプランテーションに変貌することも稀ではないのです」とウントゥンさん。 カリマンタン(ボルネオ)のオランウータンたちが直面している生存の危機は、世界のNGOや研究者の努力にも関わらず、その危機が軽減されていく方向にあるとは思えない。人間が、生活確保の名の下、そして国家が開発と経済的発展の名の下、どんどん森に入っていく。そしてそこには“先住民”である森の人・オランウータンが森の生活を太古の昔から続けてきている。中カリマンタンで見られるオランウータンの保護とリハビリ活動は、それ自体、賞賛されるべき行為であるのは論を待たない。しかし、本来の大地と森を奪われ、馴染みのない土地で“移民生活”を余儀なくされる彼らの姿を見るとき、いわんや、それらの移民地にも、遠くない将来次の脅威が待ち受けている現実を知るとき、テラス州知事が願うような「オランウータンが自由に生活できる」中カリマンタン州の森の未来像を想像することは容易ではない。 スマトラ島のジャングルの“先住者”である野生象と人間社会との軋轢を見るまでもなく、インドネシアでは各地で人と動物の“共生”関係が崩壊している。人は森を焼き払い、農地を確保し、換金作物の生産に精を出す。一方で、同時刻的に象やオランウータンは、その生活環境を失っていく。破壊した後で、そこに暮らしていた動物たちを保護し、リハビリ教育を施すプロセスは、どことなく、人間社会が国際社会で行っている戦争と復興作業に似ている。スマトラ島北部のアチェ州のガヨ・ルエス県にもオランウータンが暮らしている。ここでは、未だその生息地並びに生息数に関する総合的な調査も手付かずと聞く。同地域がこれまで紛争地域であったこと、そして生息地域が、人の開発の意思を打ち砕くほどの過酷な自然環境であったことが逆に幸いして、“森の人”の安住の地を約束してきた。しかし、この状況がいつまで続くのか。明確な回答は誰からもない。 “ベビーシッター”が、まさに自分の赤ちゃんのように病弱な赤ちゃんオランウータンのケアをしている。 冷房の効いた部屋でベッドに横たわるオランウータンを、心配そうな表情で獣医が付っきりの看護。 広報担当のウントゥンさんもマスク姿。「人が持ち込む病原菌がオランウータンにとって重大な脅威なのです」と。 事務棟には、個々のオランウータンに関するデータが保管されている。インターネットへのアクセスも容易で、世界中へ情報発信を行っている。 オランウータン専用の食糧庫。果物や野菜、サトウキビなどが毎日外部から配達される。【参考URL】 オランウータン(No.1) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200708/article_1.html The Borneo Orangutan Survaival Foundation(BOS) http://www.orangutan.or.id 中カリマンタン州(No.5)オオコウモリ (Prop.Kalimantan Tengah)No.5 http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_9.html http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_8.html 変貌する中カリマンタン州(No.4)Propinsi Kalimantan Tengah(No.4) 変貌する中カリマンタン州(No.3)Propinsi Kalimantan Tengah(No.3) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_7.html 変貌する中カリマンタン州(No.2)Propinsi Kalimantan Tengah(No.2) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_6.html 変貌する中カリマンタン州(Propinsi Kalimantan Tengah) No.1 http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200706/article_5.html 中カリマンタン州政府公式ホームページ http://www.kalteng.go.id/ |
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中カリマンタン州でロタン編みタペストリーコンテストを初開催
インドネシア文化宮(GBI)は、中カリマンタン州政府と共催で、2007年8月19日、同州で初の「Menjawet(ロタン編みタペストリー)コンテスト」を実施しました。同州は、テラス県知事の下、かつての森林伐採行政から森林保護行政に移行中です。ダヤク民族文化を基盤に、新たな中カリマンタン像を描き出そうとしています。その一環として、今回の全州14県を対象としたコンテストが企画・実施されました。森で生まれたロタン(籐)を加工した“メンジャエット編み”は、本来はカーペットとして使われていま... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/08/22 02:07 |
インドネシア文化宮2007年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2007)
2007年1月、「アチェ伝統刺繍展」準備のため、アチェ州内陸部を、州都バンダアチェから南東アチェ県のクタチャネまで縦断。各県で、伝統刺繍を種集。(上の画像は、アチェの“象の学校”の象さんたち)” ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/12/30 23:04 |
中カリマンタン文化展(Pameran Budaya Kalimantan Tengah)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}日本・インドネシア国交樹立50周年記念文化イベントとして開催された『ロテ島&サヴ島伝統イカット展(2008.1.12〜3.29)そして『ヌサンタラ・テキスタイル展(2008.4.12〜6.14)』に次ぐ、日イ友好年記念文化イベントの第三弾は、世界第三位の巨島カリマンタン(ボルネオ)島の真ん中に位置する中カリマンタン州(Propinsi Kalimantan Tengah)にスポットを当てます。題して『中カリマンタン文化展(Pamer... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/06/05 18:42 |
中カリマンタン文化展始まる(Pameran Budaya Kalimantan Tengah)
{%ハイビスカス(ヒラヒラ)hdeco%}カリマンタン(ボルネオ)島のど真中。しかも“インドネシアのへそ”的位置にあたる中カリマンタン州(Propinsi Kalimantan Tengah)。日本・インドネシア友好50周年記念文化イベントの第三弾は『中カリマンタン文化展』です。今週の土曜日(6/21)から三ヶ月間、9月20日までの予定です。 凄まじい勢いで世界中の熱帯林が縮小しています。カリマンタン島ではオランウータンが生息地をますます奪われています。地球温暖化、そしてCO... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/06/19 11:07 |
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