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インドネシア文化宮(GBI)の2007年の文化展示会はスマトラ島でスタートしました。まず2月3日〜3月31日の二ヶ月間、『スマトラ島ランプン州伝統タピス(金刺繍)展』を実施。そして第二弾もスマトラ島の一州に焦点を当てます。対象は、正式名でナングル・アチェ・ダルサラーム(NAD)州、略してアチェ州です。 ランプン州とアチェ州は、共に面積世界第5位のスマトラ島に位置します。最大の相違点は、ランプン州が同島の最南端に、そしてアチェ州が最北端にあることです。GBIでは、この二州の文化的共通点として「刺繍」に着目しました。双方の州にはインドネシア国内でも、その豪華絢爛度において双璧と呼ぶに値する見事な刺繍文化が開花しています。タピスと呼称されるランプン州の金刺繍とウスス(腸)刺繍。一方、アチェ州では金糸ばかりではなく銀糸をも用いたタペストリや、その刺繍技術を応用した各種の製品を見ることができます。 30年以上にもわたる分離独立運動に揺れ、さらに2004年12月26日に襲った大地震と巨大津波によって17万名もの犠牲者を刻んだアチェ州。被災二周年を経て、復興の槌音が一段とスピードを上げてきています。 インドネシア文化宮では、下記に述べるように、2002年以降これまでアチェをテーマに数々の文化イベントを実施してきました。未曾有の地震・津波被害から立ち上がるアチェの人々を微力ながらも支援していくため、災害直後にJAN(ジャパン・アチェ・ネット)を立ち上げ、現在も主に文化面で支援を続けています。アチェの人々が紛争と天災の後遺症からテークオフを試み、自立の道を歩み始めた今こそ、その自立の側面支援として、これも微力ではありますが、アチェが誇る刺繍文化を紹介することによって、何らかの経済的活路を見出す一助にならないものか、との思いから今回の展示会を企画しました。 支援を受ける立場から解き放たれて、自らの努力で自立の糧を模索する伝統刺繍産業に従事する人々。GBIは、2007年1月、同州を南北に縦断する旅の過程で、伝統刺繍文化を守り続ける、手仕事に生きるアチェの人々と出会いました。展示総数およそ300点。州都バンダアチェから最南端の東南アチェ県に至る、北部海岸部と中央山岳部で生まれたアチェ刺繍文化の真髄に触れる展示会です。 【名称】 アチェ州伝統刺繍文化展 【期間】 2007年4月14日(土)〜6月16日(土) 11:00〜18:00 但し、日曜・祝日並びに最終日を除く第1&第3土曜日はお休みです。また、雨天などの悪天候の日も、予告無しに閉める場合があります。 【展示品】 タペストリ、刺繍バッグ、衣装、書籍、音楽CD&VCD、楽器など計300点 【特別展示】アチェ人アーティストのマフディ・アブドゥラ氏製作のアチェ州最大の家族コマ(独楽)計5点 【主催】 インドネシア文化宮、アチェ州政府 【後援】 じゃかるた新聞、「Serambi Indonesia」紙、メトロTV 【場所】 インドネシア文化宮(GBI) JR高田馬場駅より徒歩約6分 【入場】 無料 【備考】 2007年6月には、同州より文化使節団が来日する予定です。 NAD州は、スマトラ島の北端に位置し、西にインド洋、東にマラッカ海峡を抱える。古くから東西交易の十字路としての役割を果たした。イスラム教は、ここアチェを経由してインドネシア、そして東南アジア地域に入った。 NAD州地図。インドネシア文化宮(GBI)は、2007年1月、州都バンダアチェから東南アチェ県まで、北部海岸から中央山脈部を縦断し、各地で伝統刺繍製品の収集を行った。A → 州都のバンダアチェ(Banda Aceh)、B → ピディ(Pidie)県の県都シグリ(Sigli)、C → ビルン(Bireuen)県の県都ビルン(Bireuen)、D → 中アチェ(Aceh Tengah)県の県都タケンゴン(Takengon)、E → ガヨルス(Gayo Lues)県の県都ブランケジェレン(Blangkejeren)、F → 東南アチェ県(Aceh Tenggara)の県都クタチャネ(Kutacane)。 中アチェ県の伝統モチーフ。流れる雲を表現している。 アチェ州各地の刺繍バッグ。マレーシアやタイ、シンガポール、そして中東地域にも輸出されている。 アチェ州各地の伝統モチーフ。 東南アチェ県クタチャネの刺繍傘。結納や結婚式のプロセスが手刺繍で絵巻の如く描かれている。 東南アチェ県の刺繍傘のモチーフ。 西アチェ(Ache Barat)県の県都ムラボ(Meulaboh)製のタペストリ。孔雀がモチーフ。 ガヨルス県製のテーブルセンター。 ガヨルス県の伝統刺繍衣装。 アチェ人画家マフディ・アブドズラ氏製作の“アチェ最大の家族コマ(独楽)”。父コマ、母コマ、そして3人の子どもコマから構成。 父コマの直径は約38cm、高さは約28cm、重さはおよそ11kg。周囲にマフディ氏が描いたアチェ民族の生活史が。出会い、恋愛、結婚、出産などの通過儀礼が鮮やかな色彩で表現されている。まさにアチェ絵巻! 素材はナンカの樹。素材探しから完成まで二ヶ月を要した。 【展示会場の光景】 【アチェ独楽参考ブログ】 インドネシアのコマ(独楽)文化(No.8) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200703/article_9.html マフディ・アブドゥラ氏ホームページ http://www.mahdiart.com 【アチェ州縦断フォト】 州都バンダアチェの津波上陸地点であるウレレ(Ulee Lheue)海岸。防波堤の建設が続く中、日曜日には憩いを求める市民で賑わう。 津波で壊滅的な被害を受けた大アチェ県(Aceh Besar)のランプウ村は、トルコ政府の全面支援によって、およそ700戸の住宅が整備され、津波から生還した大きなモスクの修復も終わった。今では“トルコ村(Kampung Turki)”とも呼ばれている。 ピディ県の県都シグリの街並み。 ビルン県の県都ビルン市内。 中アチェ県の県都タケンゴン市内。 タケンゴン市の脇に巨大な湖がある。ラウト・タワール(Laut Tawar)湖。(撮影:Hari Teguh, Harian Serambi Indonesia) 中アチェ県とガヨルス県の県境。“ルセール・アンタラ(Leuser Antara)州へようこそ”のゲートが。未だ実在しない州だが、アチェ州の二分割案が数年来議論されている。 ガヨルス県の県都ブランケジェレン市内で刺繍工房を営むマリア・アスマさん。数人の縫い子さんと共に、ガヨルス県の伝統文化を守り続けている。 東南アチェ県の県都クタチャネは、高い山脈に囲まれた盆地に発達している。清いアラス川が近くを南に向かって流れている。北スマトラ州にも近く、アチェ文化に限らず、バタック民族やカロ民族の香りも漂う。 クタチャネ郊外には豊富な湯量の温泉が湧き出している。市民は、無料で硫黄泉を楽しめる。 アチェ伝統刺繍製品を首都ジャカルタで懸命に紹介・販売している、ピディ県出身のライディン氏。首都でも人気が高いアチェ製品は、彼の功績無しには語れない。今回の展示には、ライディン・コレクションも並びます。 【GBI並びにJANのアチェ関連活動記録】 2002年1月19日〜6月29日 アチェ人画家マフディ個展 2004年12月26日 スマトラ島沖地震・津波発生 2005年1月15日〜7月25日 戒厳令下アチェ報道写真展(東京) 2005年1月〜11月 日本国内20ヶ所以上で『アチェ報道写真展』&『アチェ津波絵画展』 2005年1月15日 第53期インドネシア理解講座(アチェ復興のために私たちにできることは? JAN=ジャパン・アチェ・ネット設立 2005年1月29日 第54期インドネシア理解講座(メトロTVアチェ地震・巨大津波被害報告DVD) 2005年2月12日〜4月15日 アチェ風刺漫画展 2005年2月12日 第55期インドネシア理解講座 『5時間で話せるアチェ語』 2005年3月5日 第56期インドネシア理解講座『アチェ現状報告』&『4時間で話せるアチェ語』 2005年4月〜5月 JAN共催の全アチェ州小中学生絵画コンクール&高校生作文コンクール 2005年4月16日〜6月17日 アチェ津波被災児童絵画展 2005年4月16日 第57期インドネシア理解講座『アチェ現状ビデオ報告』&アチェ・カレー試食会 2005年6月18日〜9月16日 アチェ“津波”絵画展(児童絵画&マフディ氏作品計27点) 2005年12月26日 絵本『Nyawoung(いのち)』出版(東京・アチェ) 2005年12月26日 『アチェ詩集全集』出版(アチェ・東京) 2006年12月26日 スマトラ島沖地震・津波一周年の集い 2006年1月7日〜21日 スマトラ沖大地震・津波から一年『絵画・写真展』神戸市・ひょうご国際プラザ 2006年2月9日 『世界を震撼させたアチェ津波』出版(アチェ・東京) 2006年12月26日〜12月29日 アチェ巨大津波二周年報道写真展 【参考ブログ】 映像で見るアチェの今昔 http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200701/article_2.html スマトラ島沖大地震・巨大津波二周年報道写真展のお知らせ http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200612/article_7.html アチェ&早春賦(映画:二つの故国をつなぐ歌) http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200702/article_2.html 2007年8月30日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載された映画上映会に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=1&topik=13&beritaid=33867 2007年4月15日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載された展示会に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=1&topik=20&beritaid=27584 2006年12月26日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載された展示会に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=2&topik=39&beritaid=23554 2006年3月1日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載されたジャパン・アチェ・ネット(JAN)と同紙による津波記録本出版に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=1&topik=26&beritaid=15801 2005年12月26日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載された展示会に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=2&topik=39&beritaid=14753 2005年10月20日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載されたアチェ詩集本「慟哭の歌」出版に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=3&topik=46&beritaid=13505 2005年8月23日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載されたジャパン・アチェ・ネット(JAN)と同紙との協力関係に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=1&topik=46&beritaid=12183 2005年8月20日付け「Serambi Indonesia」紙に掲載されたジャパン・アチェ・ネット(JAN)と同紙による津波記録本出版に関する記事 http://www.serambinews.com/old/index.php?aksi=bacaberita&rubrik=3&topik=20&beritaid=12116 |
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インドネシアのコマ(独楽)文化(No.8)
インドネシア文化宮(GBI)で2007年4月〜5月開催予定の『アチェ伝統刺繍展』のマスコットとなる巨大なコマ(独楽)が東京にやってきた。スマトラ島北端のアチェ州の州都バンダアチェに暮らす、同州を代表するアーティストであるマフディ・アブドゥラ氏が、GBIの要請を受けて、一ヶ月半の時を費やして完成させた。“家族コマ”で、父親、母親、そして3人の子どもの計5個から構成。平らな台座に載った、とても微笑ましい作品です。インドネシア語でコマはガシン(Gasing)、アチェ語ではガセン(Gase... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/04/01 16:31 |
映画『二つの故国をつなぐ歌』上映会のお知らせ
♪ 春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/04/09 18:58 |
アチェ最有力紙がアチェ伝統刺繍文化展について報道
アチェ州で最も影響力がある「Serambi Indonesia」紙(上の画像は、2006年初頭に完成した同紙の新社屋。同社も2004年12月26日、巨大津波の直撃を受け、本社社屋が半壊、多数の従業員が帰らぬ人となった)は、2007年4月15日付け紙面の一面で、前日よりインドネシア文化宮(GBI)で始まった『アチェ伝統刺繍文化展』並びに、初日に実施されたドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』の上映会に関して以下のような詳細な報道を行った。 ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/04/17 20:15 |
映画『二つの故国をつなぐ歌』がジャカルタで上映予定
『アチェ伝統刺繍文化展』(2007.4.14〜6.16)のオープニングで上映した「二つの故国をつなぐ歌」が、ジャカルタで上映されることになった。主催は:国際交流基金ジャカルタ、じゃかるた新聞、そしてインドネシア文化宮(GBI)。期日は、2007年5月10日(木)の午後5時と8時の2回を予定。鑑賞希望者が多数の場合は、追加上映も考慮されている。入場は無料。整理券は国際交流基金とじゃかるた新聞で配布予定。詳細は近日中に『じゃかるた新聞』に記事が掲載される。 尚、上映会には、映画の主人... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/04/29 19:01 |
アチェのドキュメンタリー映画上映会のお知らせ
現在開催中の『アチェ伝統刺繍文化展』(2007.4.14〜6.16)のオープニングで特別上映した「二つの故国をつなぐ歌」の追加上映会を下記の日程で行うことになりました。今回は、同映画に加えて、新進気鋭のアチェ人ドキュメンタリー映画監督であるマウラナ・アクバール・カハール(Maulana Akbar Kahar・愛称モモンさん)氏の作品も同時上映します。日本初公開です。マウラナさんは、2004年12月26日にアチェを襲った巨大津波から奇跡的に生還。押し寄せる濁流を背後に必死に逃げ、高... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/05/20 23:48 |
アチェ刺繍展&アチェのドキュメンタリー映画上映会
4月14日に始まりました『アチェ伝統刺繍文化展』も、6月16日(土)に最終日を迎えます。アチェ全土から収集した素晴しいスラマン(刺繍)文化が展示されています。是非、ご覧になってください。 同展にちなんで、インドネシア文化宮(GBI)では、下記の日程で、アチェをテーマにしたドキュメンタリー映画を計4本上映します。特に、アチェ人監督のマウラナ氏の作品公開は、日本では初めての試みです。 ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/06/01 19:24 |
パプアの桜(No.1) Pohon Sakura Papua(No.1)
日本の花と言えば、まず“桜(サクラ)”。春の到来を象徴する花だ。日本人の心を比喩する場合にも頻繁に登場する。パッと咲いてパッと散る。華やかではあるが、短命に終わるサクラの命運は、かつて「同期の桜」の一節で、大和魂の代名詞として使われたこともある。「さまざまのことおもひ出す桜哉」----松尾芭蕉は、桜の開花に、人の世を重ねてそう表現した。 それが故か、かつて太平洋戦争の時代、いわゆる南方に送られた日本軍兵士たちは、当地で見た、日本の桜に似た花に、望郷の想いを込めて、“○○桜”と命名... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/06/04 01:25 |
パプアの桜(No.2) Pohon Sakura Papua(No.2)
日本の面積よりも大きい西部ニューギニア(現在はパプア州と西部パプア州の二つの州が存在しているが、中部イリアンジャヤ(もしくはパプア)州成立構想は頓挫状態)。人口250万を超えている。住民の多くはメラネシア系民族だが、外島からやってきた非メラネシア民族が過半数を超える勢いで増加している。戦前には、この地を宗主国であるオランダより日本が「租借」する計画さえあった(『蘭領東印度の開放及びニューギニア問題解決の急務』昭和12年4月、南洋興発株式会社刊)。しかし「租借」することもなく、日本軍... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/06/04 18:09 |
ドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』がアチェで上映(Film Jepang ke Aceh)
インドネシア文化宮(GBI)で行われた『アチェ伝統刺繍文化展』(2007.4.14〜6.16)のオープニングで特別上映した「二つの故国をつなぐ歌」がアチェで上映されることになりました。同ドキュメンタリー映画は、国際交流基金ジャカルタ日本文化センター、じゃかるた新聞、インドネシア文化宮の共催で、去る5月10日に、ジャカルタでも上映されました。今回はGBIが翻訳を担当し、インドネシア語バージョンでの初の上映会となります。さらに津波をテーマとしたアニメ映画「稲むらの火」も同時上映され... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/08/30 03:40 |
アチェで日本のドキュメンタリー&アニメ映画を上映(Pemutaran Film di Aceh)
潟ニモトが制作し、インドネシア文化宮がインドネシア語翻訳を担当したドキュメンタリー映画『二つの故国をつなぐ歌』と、葛ウ配が制作した防災アニメ『稲むらの火』の上映会が、2007年9月1日〜2日、アチェ州の州都バンダアチェで実施された。これは、インドネシア文化宮(GBI)が地元最有力紙「Serambi Indonesia」と共に、同州政府に呼びかけた結果、実現したものである。同州では毎年9月2日が“州教育の日(Hardikda=Hari Pendidikan Daerah)”にあたる... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/09/12 02:03 |
アチェに死す(1) Kuburan Warga Jepang di Aceh(1)
州都バンダアチェの中心部、かつてアチェ王国の宮殿があったとされる地区からさほど離れていない場所に、大きな墓苑がある。地元で「Kerkhof Peutjoet」と呼ばれている。Kerkhofはオランダ語で墓地を意味する。アチェ語に転訛した呼称では、Kerkoffとなる。一方 Peutjoet(もしくはPeucut)は、アチェ語で若い皇太子を意味する。1873年〜1942年のおよそ70年間に、アチェで亡くなったオランダ人を埋葬してある。その数、約2,200名。主にKNIL(オランダ王国... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/09/15 13:42 |
アチェに死す(2)Kuburan Warga Jepang di Aceh(2)
州都バンダアチェから高速艇でおよそ45分。ウェ(Weh)島の南岸にあるバロハン港に着く。この島の中心地はサバン(Sabang)。インドネシアの東西に展開する版図を表現する“サバン(Sabang)からメラウケ(Merauke)”のサバン市の所在地だ。インドネシアで唯一の“自由貿易港”でもある。ウェ島の北西には、(おそらく)インドネシア最北端に位置するロンド(Rondo)島が浮かぶ(北緯約6.5度)。ここには、海兵隊や水上警察部隊が駐屯して、国境警備にあたっている。ウェ島の最西端(バウ... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/09/16 16:23 |
アチェに死す(3) Kuburan Warga Jepang di Aceh(3)
州都バンダアチェから高速艇でおよそ45分。ウェ(Weh)島の南岸にあるバロハン港に着く。この島の中心地はサバン(Sabang)。インドネシアの東西に展開する版図を表現する“サバン(Sabang)からメラウケ(Merauke)”のサバン市の所在地だ。インドネシアで唯一の“自由貿易港”でもある。ウェ島の北西には、(おそらく)インドネシア最北端に位置するロンド(Rondo)島が浮かぶ(北緯約6.5度)。ここには、海兵隊や水上警察部隊が駐屯して、国境警備にあたっている。ウェ島の最西端(バウ... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/09/16 16:42 |
アチェ教育映画上映会のお知らせ(Pemutaran Film2 Aceh)
題名:AINUN(アイヌン) 製作年:2003 内容:女の子に教育は不要と考える父親。一方、母親は娘に教育を受けさせたいと思っているが、夫の猛反対には逆らえない。ある日、少女のアイヌンはいつものように母親が手作りしたお菓子の行商に出た。小学校を覗くと、女性教師が生徒に質問中。誰も答えられない中、アイヌンは教室外から見事、正解を答えた。教師はアイヌンが学校へ通えるように、母親を説得。しかし、石頭の父親は怒って、娘を連れ戻すために学校に乗り込んだ。 ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/10/24 18:17 |
バンダアチェの樹木の運命(1) Nasib pohon2 Banda Aceh(1)
アチェ州だけでも17万もの人命を奪ったインド洋超巨大津波。場所によっては30メートルもの高さの津波が海岸から内陸3-4kmまでのエリアを一掃してしまった。2005年3月、被災三ヵ月後に訪れた州都バンダアチェとその周辺で見た光景は、アチェ人の友人がつぶやいた「神は我々にまたもや大きな試練を与えた」との一言を遥かに超えた、この世の終焉を思わせるような凄惨極まる状況だった。 北のウレレ海岸から市中央に聳え立つバイトゥラフマン大モスクまでの一掃された平らな市街跡は、まさに“死の世界”だっ... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/11/11 17:23 |
バンダアチェの樹木の運命(2) Nasib pohon2 Banda Aceh(2)
津波上陸地点にあたる、バンダアチェ市北西のウレレ海岸に一本だけ残った木麻黄(インドネシア語名:Cemarah Laut/学名:Casuarina stricta(syn. Allocasuarina verticillata)。この木より数キロ内陸にある“東洋一美しい”と言われるバイトゥラフマン大モスクまで、遮るものはない。超巨大津波が、総てを一掃、インド洋に連れ去ってしまった(上の画像:被災三ヶ月後の2005年3月撮影)。2007年9月初旬時点で、この木はまだ切られずに残っている... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/11/13 00:24 |
アチェの津波ポールとアンボンの津波防災啓蒙看板(Tugu Tsunami Aceh)
あの超巨大津波を生き抜いた大樹が次から次へと切り倒される中、州都バンダアチェのあちらこちらににょきにょきと建立されたコンクリート製の“津波ポール”----津波がこの高さまで来ました、と告げるいわゆるメモリアルポール。2006年12月26日、津波被災二周年を機に、駐ジャカルタ日本公使によって公認された。 未だテント暮らしの被災民が多数いて、基本的な生活に困る市民が溢れていた時期に、こういった一千万円もの費用を投じた“メモリアル”事業が必要だったかどうかについては不問に付すが、筆... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/11/21 23:04 |
アチェ津波被災三周年企画展のお知らせ(Pameran Aceh 3 thn Tsunami)
イルワンディ州知事世界へ! 去る2月の就任以来、イルワンディ・ユスフ(Irwandi Yusuf)アチェ州知事は、海外視察が多い。9月末にはアメリカを訪れ、バイオディーゼル工場を見学。アチェの輸出産物を紹介する一方でアチェへの投資を呼びかけている(上の風刺漫画)。 ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/11/24 17:28 |
アチェ津波絵画&風刺漫画を義援金に(マフディ・アブドゥラ氏の作品)
インドネシア文化宮(GBI)では、2007年12月17日〜29日、『アチェ津波被災三周年企画展』を実施しますが、これに関連して、バンダアチェ在住の画家マフディ・アブドゥラ氏より、絵画作品をオークションにかけ、その売上代金を、JAN(Japan Aceh Net)を通じて、まだまだ援助の手が差し伸べられない分野の義援金として活用することを希望している旨連絡が入りました。また、最新作の風刺漫画も12枚セットでの販売を希望しています。 GBIは、同氏の志に基づいて、作品を以下の条件で販... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/11/29 18:44 |
インドネシア文化宮2007年活動記録(Kegiatan GBI pada tahun 2007)
2007年1月、「アチェ伝統刺繍展」準備のため、アチェ州内陸部を、州都バンダアチェから南東アチェ県のクタチャネまで縦断。各県で、伝統刺繍を種集。(上の画像は、アチェの“象の学校”の象さんたち)” ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2007/12/30 23:02 |
アチェの画家マフディさんの個展(Pameran Mahdi Abdullah di NAD)
2008年2月23日〜3月8日、アチェ人画家マフディ・アブドゥラ(Mahdi Abdullah)さんの個展が、州都バンダアチェのウレカレン地区にあるギャラリーで開催されている。マフディさんが“津波”をテーマに描いた作品は、2月初旬まで、東京・六本木の新国立美術館で行われた「アジア創造美術展」で展示されたが、今回の個展は、“津波のアチェ”から“現在のアチェ”へとテーマを変えている。あの巨大津波被災からすでに三年の歳月が過ぎた。『あの自然災害による破壊と廃墟、そして避難民の辛苦の生... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/02/28 17:49 |
アチェのサクラさんが来日・上映会&懇親会(Sakura Aceh ke Negeri Sakura)
サクラさん(左)とディーヴァちゃん ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/04/12 12:02 |
アチェのサクラさん&ディーバちゃんの日本滞在記録(1)
快晴の北アルプス。初夏を思わせる陽射し。ワサビ田の清らかな湧水。穂高川の真上を悠然と飛ぶ春の野鳥。安曇野に春が来た。穂高川右岸の堤の上に立つ「早春賦歌碑」。2008年4月29日。第25回早春賦祭りに参加するため、サクラさん、そして孫娘のディーヴァちゃんがアチェから安曇野にやってきた。「早春賦」の作詞は吉丸一昌(1873-1916)。そしてサクラさんは一昌の孫。終戦の8日前に、今日の州都バンダアチェ(旧クタラジャ)で生まれた。父は一昌の次男である池尻昌言(いけじりまさのぶ)。そし... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/05/02 19:50 |
アチェのサクラさん&ディーヴァちゃんの日本滞在記(2)Kenangan Sakura(2)
{%春webry%}「私は、この体に日本人の血が流れていることをとても誇りに思っています。私の願いは、この絆が孫の子供の世代、そしてそれ以降も、ずっとずっと続いていくことです。私と姉の間柄も、確かに戦争の犠牲と言うこともできるでしょう。でも、あの悲惨な戦争の恨みを乗り越え、血の繋がりが今こうして人間味溢れる姉妹関係を結わいだのです。日本とアチェが、日本とインドネシアが親愛の関係がさらに大きくなっていくことを願っています」----戦前を8日間、戦後を62年間生きてきたサクラさんは... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/05/04 17:02 |
アチェ西海岸ムラボの村人が首都公演(Pertunjukan SHE LAGEE di JKT)
{%拍手webry%}30年以上にも渡ってアチェの人々に暗い影を落とした紛争は、2005年8月の和平協定締結によって幕を下ろした。その重要な引き金となったのは、あの2004年12月26日に起きた、スマトラ島沖大地震そして巨大津波。紛争時代の一時期、アチェでは、たとえ隣村同士であっても、自由な往来、そして自由な集会ができないことがありました。いわんや、州都のバンダアチェを含めて、演劇公演や映画上映会なども厳しい規制を受けて、アーティストたちは“冬の時代”に直面せざるを得ません... ...続きを見る |
インドネシア文化宮 2008/06/03 18:55 |
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